ええ!? NIE推進ってそんな大それた…。俺にはまだまだ早いですよ、自分の書いた記事が子供たちの学習教材になるなんて…。いつも取材でヘマばかりやらかしている俺。まずは日々の自戒と反省をしなければ。俺にとっては「教育に新聞を」の前に「新聞に教育を」、そうそうEIN推進が先決事項ッス。
EIN(アイン)は Education In Newspaperの略。日本語で「新聞に教育を」とムリヤリ訳します。NIE推進の前に、まずは記者自身が我が身をかえりみ、「子どもたちに笑われないような新聞をつくろうじゃんか」というのがEINのコンセプトです(ホントかよ…)。前にEINをマジだと勘違いしてしまった人(しかも学校のセンセイ)がいたので申し上げておきますが、あくまでNIEはEINのパロ、もとい、EINはNIEのパロディーです。

NIE(エヌアイイー。「ニー」と言ってる人もいるけど、これを使うと叱られちゃうんだよ)とは Newspaper In Educationの略で、日本語で「教育に新聞を」。「青少年の活字離れに歯止めをかけよう」とアメリカで始まったキャンペーンです。
日本では昔から新聞を教材にした授業が行われていましたが、日本新聞協会は1994年度から本格的な推進事業を展開、97年度は全国約260の小、中高校が実践校に指定されました。その後も実践校指定は続いており、各校は社会や国語の授業などで新聞を使った授業を行っています。また実践指定校には新聞購読料の助成や、新聞関係者によるレクチャー、新聞社見学などの機会も与えられています。
現在NIE事業は、同協会の関連団体である日本新聞教育文化財団(本部・横浜市中区)に移管され、2006年度の実践校は459校となり(第一次指定)、規模が年々拡大されています。2005年度には「NIE週間」も設けられ(11月)、「わがまち新聞コンクール」など各種事業が東京を中心に全国各地で展開されています。
NIEの一方の担い手である新聞記者が、アホであっては話になりません。このホームページはそんなアホ記者が自戒と反省を込めて、少しでも質的向上を図ろうと開設したものです。ところがホームページを立ち上げて以来、ますますおのれのアホさ加減に拍車がかかっているような気がしてならない今日このごろ。ああ、俺は一体どうしたらいいのでしょうか…。
1・俺って本当に馬鹿な記者(通称オレバカ) >>>>>目次へ
日常取材での失敗談などを紹介している当サイトのメーンコーナー。これまで好評だったのは、「太郎が俺を憎む」「アレを洗う恥ずかしい俺」など。中には力一杯陰気な話もありますので、地雷を踏まないようにお気をつけください。
2・新聞休刊日の透明な哀しみ >>>>>目次へ
EINの最新コンテンツ。記者が新聞休刊日をどう過ごしているのか、その一端を知っていただければと思い立ち、2001年に設けました。第一作の「最後のバッターボックス」で俺が提案した「3チーム制野球」はニュースポーツとして認知され、首都圏を中心に人気が出始めています(ウソ)。
3・折々のバカ/オレバカ歳時記 >>>>>目次へ
人様のサイト「タイトル未定」「もぐもぐ館」で展開している「出張コラム」で、主に写真部時代の話を中心に、季節のバカ話をお届けしています。「オレバカ歳時記」は1999年末に完結。2000年から新企画「折々のバカ」を始めたのですが、新作が滞っていて恐縮しています。
4・あいつも全くアホな記者 >>>>>目次へ
他の記者がしでかした新聞表記の誤りなど、国語表現の話題を中心に紹介しています。
5・素晴らしき電話応対 >>>>>目次へ
新聞社にかかってくるしょーもない電話と、その応対ぶりを会話タッチで展開しています。同業者に人気があるコンテンツです。
6・びし白板 >>>>>目次へ
毎日更新のコンテンツ。ホワイトボード形式で、その日のスケジュールが書き込まれていますが、「こんなに忙しいわけがない」「『営み無し』は本当か」などと、その信ぴょう性には疑問の声が上がっています。格言を楽しみにしてくれている閲覧者さんもいますが、こちらは産みの苦しみに身をよじっています。
7・EIN校閲室 >>>>>ファイルへ
コンテンツの誤字脱字、表記の誤りなどを指摘し、主宰者を凹ます閲覧者参加企画。的を射た指摘は校閲実績として認定し、そのポイントによって出世の道が開かれています。以前は認定証を発給していたのですが、「ありがた迷惑」とのことなので(笑)中止しました。
8・刺身のつま(通称サシツマ) >>>>>ファイルへ
閲覧者さんのご要望により、本編更新までのつなぎとして始めた日記です。ウエブ日記は大の苦手(というより嫌い)なので、全然力が入っていません(^o^;)。 最近は通勤の行き帰りに、電車の中でPDA(手のひらサイズのコンピュータ)を使って更新しています。
9・閲覧者アンケート >>>>>ファイルへ
当サイトに対するご感想をお寄せください。メール送信タイプのフォームになっていますので、ブラウザーのメール設定をした後にお送りください。
10・EIN保存館 >>>>>目次へ
EINの英語バージョン(太郎が俺を憎む)、閲覧者投稿、逆リンク検索サイト集などを収納しています。
名前:俺(別名 びし)、「サシツマ」においては私
性別:男。でもよく、体臭?が「女の子みたい」だと言われる。
年齢:白髪染めをしているお陰で、実年齢より12歳ぐらい若く見られる。好み銘柄はパオン(シュワルツコフ ヘンケル社)のクリームカラー6G(自然な褐色)です。が、自分の「老い」を自覚するために、白髪染めは2008年6をもって終了。
住まい:2000年7月、横浜から東京・玉川上水の団地に転居。2002年4月、老後に備えて上水緑道添いの一戸建て住宅を、サラ金の借金返済に追われていた老婦人から買いたたく取る。将来はここを改築して茶店でも開くつもり。この家を2003年1月から、5人家族と犬3匹に貸す事になった。家賃収入は月15万円。これをローンの支払いに充てて、俺が住まうまでに完済してしまおうという腹だった。で、上水緑道添いの一戸建てローンの返済は2006年夏に繰り上げ終了。2007年3月には、多摩地区の新築一戸建て分譲住宅を購入す。
仕事:1996年5月、カメラマンから遊軍記者(なんでも請け負い屋)に。2000年7月、記者兼IT担当に。2002年9月、経済記者クラブ担当に転じるが、遠距離通勤と不規則な勤務がたたって体調不良に陥り、半年間の病休を余儀なくされる。2003年4月遊軍記者に逆戻りするも、体調が元に戻らないまま同年9月、地方支局に異動を命ぜられる。そこで更に体調が悪化し、再び病休に突入。2004年10月末には体調が戻り、かねてから働いてみたかった販売促進セクションへ異動。そして2005年9、ついに首都圏のNIE推進協議会に“出向”を命ぜられる! でも2008年4月に、クビになる orz

経済記者時代の汚らしい仕事机
使用機械:マッキントッシュ以外なら何でも使う(一昔前とは大違い)。会社では東芝、自宅ではDELLとHP、旅先ではEVEREX。実家ではOSとしてHDDからKNOPPIXを読み込ませて総鉄屑(別名SOTEC)を使用している。使っているのは全部ノートPC。
座右の銘:顔はヤバイよ。ボディーを狙いな! (三原じゅん子)
いま考えていること:多摩地区特産「のらぼう菜」の種を全国各地の閲覧者さんに配布して、日本で「当たり前の野菜」にしたい。
