【99年6月】

6月1日(火)グリングリンやめて!

 母のお腹の中に差し込まれていたチューブ(体内にしみ出した血液を排出するためのもの)が抜き取られ、これで母は完全に「ヒモなし」になった。やれやれ、と胸をなでおろしたいところだが、母は「あーこれで楽になった」などと、いきなり屈伸運動や「上半身グリングリン回し」を始めるではないか。私は慌てて「やめてくれ! チューブを抜いた穴から汁が出てきたらどうするんだ!」と制止した。

 ジッと大人しくしていることができず、しかもやることなすことそそっかしい母(昨年7月20日の日記参照)。退院後は「普通に生活すること」が一番なのだが、本来が「普通じゃない人」なので、これから苦労しそうだなあ。この親あってこの子あり、と言われればそれまでなのだけれど。

 それにしても先月はいろいろなことが一度に起こって、目まぐるしい一カ月だった。母が大手術を受けたり、友達がカイシャを去ったり、カイシャに反旗を翻したり。今月はどんな一カ月になるのかなあ…。

6月2日(水)6月の大輪

 仕事を終えて帰宅し、夕飯のオムレツを食べていると、ドカン、ドカンという音が戸外から聞こえてきて肝を潰す。何だなんだナンダ、ゴジラの逆襲か! 慌ててバルコニーに飛び出すと、眼前に花火の大輪が咲いては消え、咲いては消え、していた。そうか、今日は横浜の開港記念日であった。隣町のMM21地区では毎年この日の夜、花火を打ち上げるのである。

 バルコニーに椅子を持ち出し、ボーッとながめる。大輪が花開くたびに、近くの公園からは子供たちの歓声も聞こえてくる。これまではそんなこと考えもしなかったが、今年の花火はえらく寂しい。

 もう独りでいるの、やめたい。

6月3日(木)「独り」にさよなら

 今日はO君(5月5日の日記参照)が、某新聞社の内定者懇親会に出席するために関西から東京に出てくるというので、時間を割いて夜、会うことにした。ついでに私のカイシャの本社見学でもしてもらうか。ということで、日記の更新は朝のうちに済ませてしまおう。

 もう独りでいるの、やめたい。やめよう。

 昨晩こう決意した私は、一夜明けて早速行動に出た。実家に足を運んで庭の草花に水をやった後、プルメリア(昨年8月13日の日記参照)の鉢植えを自宅マンションに運び込んだのである。「来年は一緒に花火を見ようね」。プルメリアに話しかける私であった。明日はペット屋に行ってアメリカザリガニでも買ってくるか。

 って、こういうオチでどもしーましぇん(^o^;)。

6月4日(金)思い当たるフシがあるとすれば…

 最寄りの保健所に足を運び、体験取材を兼ねて

エイズ検査を受けた。

 ま、「人一倍営まない男」の私であっても、検査をやっといた方が得策かな、と思って。

 受付嬢も、採血をしてくれた看護婦さんも、みんな取材上の知り合いだった。それでも「あ、びし山さんだ」などの声は一切かけられず、ことは淡々と進んでいった。プライバシーの保護に関しては徹底しているようだ。私には検査の都合上、「18番」という名前がつけられた。桑田投手や松坂投手と同じエースナンバーとは、光栄の至りである。

 「心当たりは、ここ3カ月より以前ですか?」「はあ、思い当たるフシがあるとすれば、97年の11月29日、ですが、いくら何でも古すぎますか? その時もちゃんと予防措置を講じてはおりますが」「3カ月以内であれば検査結果に反映されないのですが、3カ月以前の話であれば、これはもう新しいとか古いとかの話ではないんですよ。ところで最近、体重が急に減ったようなことはないですか?」「昨年の8月から15キロ以上も目方が落ちました」「ええ〜っ!?」「あいえ、これは自分の意思による減量ですから」「そうですか、では『18番』さん、検査結果は11日に出ますので、またいらしてください」「ども」

 検査といっても、ほんのちょっと血を取るだけ。それに無料ですから、みなさんも受けてみてはいかがでしょうか。名前や住所は聞かれないので、地元の保健所じゃなくてもいいんですよ。

 結果は11日の日記で報告します。

6月5日(土)実際は在宅

 白板の空欄(とりわけ「営み」の項)が波紋を広げているようですが、実の所私は、自宅でのんびりくつろいでおります。ひさびさにのんびりできる土曜日でもあり、昨晩は本編を更新したことでもあり、今日のところはお休みさせてくだされ。スンマセン。

6月6日(日)週休2日制導入へ

 今日からしばらくの間、日記は週休2日制とさせていただくことにいたしました。疲労回復のためです。皆さまのご理解、ご協力をよろしくお願いいたします(でもときには週末のフェイント更新があるやも)。

6月7日(月)町のうわさ、病院のうわさ

 母が入院してから、今日で丸2カ月が過ぎた。術後の経過は順調で、来週中にも退院できそうな気配。本当に大変なのは退院後ではあるが、それは退院後に考えればいいことだ。常連の閲覧者さんから頂戴した「くるみゆべし」を病院に持ち込み、親子で食す。

 近ごろ実家の周りでは、「びし野さんのお母さんの姿が見えない。一体どうしたのだろうか」と、ご近所さま方はうわさ話でもちきりらしい。それもこれも、「ご近所の人が心配して見舞いに来るようでは申し訳ない。ワタシは横浜から他都市に引っ越した娘夫婦のところに身を寄せ、孫の面倒を見ていることにしておいてほしい」という母の強い要望で、子供たちが母の現状を秘匿しているからなのだ。ま、町のうわさも母が戻れば、すぐに沈静化するであろう。

 一方で、母が入院している病院にも、変なうわさが流れていることを知った。

「びし野さんの下の息子さん、婦長付きの新人看護婦に熱を上げているらしいわよ。それでお母さんの見舞いにかこつけて、毎日やってくるのよ」

 ふざけるな! 単に可愛いからとか初々しいからとかいった理由で、若い看護婦さん(ヒロスエに似ている)に惚れ込む私ではないぞ 凸(--) 。実は私、ふくよかでにこやかな婦長さん(原日出子に似ている)にお熱だったりして (^o^)。

6月8日(火)だまされたと思って

 送信票のない1枚紙のファクス文書が会社に届いた。

 「はまっこからし」さんを紹介します。戦前からの機械を使い、種を粉砕して粉からしを作っている家族経営の小さな会社です。横浜には1軒しかなく、そこには深い歴史と、今では滅多に見られない高度な技術があり、素晴らしいからしが作られています。本物です! 他にはない「これぞからし」が食べられます。

 だまされたと思って、ぜひ取材してみてください。電話番号は●▲●−×◆×●、工場長さんの名前は、●藤×▲夫さんです。

 へええ、横浜にからし屋があったなんて、知らなかった。これは面白い情報提供だ。でもこの文書、送信者の名前が書いてないんだよな。あ、末尾に発信元登録がある。どれどれ、ファクス番号は●▲●−×◆×●、名前は●藤×▲夫とな。こ、これって

他薦とみせた自薦じゃんか! 凸(--)

 工場長本人が会社の電話兼ファクスを使って文書を送りつけてきたのだろう。「深い歴史と高度な技術」ねえ。ヌケヌケとよく言うよ、まったく…。

 よし、なんだか他人とは思えぬ「オレバカ工場長」の努力をムゲにするのも気の毒だ。ここはひとつ、取材させてもらうか。だまされたと思って。

6月9日(水)根っこまで奪われないようにね

 朝起きて、実家の庭先の草花に水をやりに出かけてみたら、

ない!

 私が1年かけて育てたシロバナタンポポが、根こそぎプランターからなくなっているではないか。代わりにヘチマの苗か何かが植わっていた。今年の花は終わったけれども、来年も花を咲かせる多年草だったのにぃ〜! だが、在来のタンポポを増やそうと試みた私のもくろみを、兄や姉は知るよしもない。仕方がない、諦めよう。今年取れた種で一から出直しだ。今度は実家ではなく自宅マンションを、シロバナ畑にしてやるぜ。

 そこな「多年草」のあなた。一時的に花を落としている間に、だれかに根っこまで奪われないように、気をつけた方がいいよ。

なぁ〜んちゃってね(←立ち直りの早い奴)。

6月10日(木)去っていった2人

 横浜市内に数ある精神障害者地域作業所の中には、安い値段でおいしい昼食を食べさせてくれるところが何軒かある。きょうは取材と昼飯を兼ねて、そのうちの一軒に足を運んだ。通所者の中にA子さん(40代)という仲良しの女性がいたのだけれど、今日訪ねてみると、彼女は「写真」になっていた。少し前に、自ら命を絶ってしまったという。

 暗たんとした気持ちで通所者と一緒に昼飯を食べ終わったころ、今度は作業所から足が遠のいていたB君(26)がひょっこりやってきて、みんなの前でにこやかに言った。

 「僕、就職が決まったんだ。みんなと別れるのは辛いけど、今日からしばらく、みんなとはサヨナラするよ」

 2年前に初めて会ったとき、A子さんはとても快活な笑顔を見せていた。一方のB君は、全く生気がなかった。何が2人の明暗を分けたのか、自分には皆目見当がつかない。

 黒いリボンに彩られたA子さん、ごきげんよう。胸を張って街へ出ていったB君、どうか体を壊さないで。2人はまったく違った形で作業所を去っていった。

6月11日(金)検査結果

 4日に受けたエイズ検査(HIV抗体検査)の結果が出た。成績書(証明書の効力は有しない)を公開してもいいですか、と当該保健所に聞いたら、「あなたのものだからご自由になさってください」と言われたので、ご参考までにアップする。

 

 成績書が示すのは、陰性か、陽性か、ただそれだけ。私は陰性(非感染)という結果だった。自分でそうだとは思っていても、医師から「大丈夫ですよ」と言われると、やっぱり安心する。

 にしてもだ。受検者のプライバシーは守られる半面、受検者と結果を聞きに来る人間が同一人物であるかどうかを証明することが保健所にはできない、という問題点も一方ではある。なにかいい解決策はないものか…。

 といった訳でみなさん、また来週(なんのこっちゃ)。

6月14日(月)たまり場よ我に帰れ

 日記を休んでいる間に、ショックな出来事に遭遇した。横浜に唯一残された駄菓子系もんじゃ焼き屋(昨年12月4日の日記参照)に足を運んでみると、玄関にがっちりカギが閉まっているではないか。店主のバアチャンは、外出時にもカギを閉めない人だったので、これは何かあったに違いない。隣ののみ屋に飛び込み、「バアチャンはどうしたの?」と周辺取材。すると返ってきた答えは「いま入院してるんだよ」。

 糖尿病で、入院は長引くらしい。「近頃目がよく見えないんだよ」とボヤイていたが、糖尿性の白内障だったのか。バアチャンが店をたたんでしまったら、横浜からもんじゃ焼き屋は絶滅してしまう。

 あの中学生同棲の2人は、やくざのオジサンは、負債を抱えた会社社長は、風俗の女の子は、一体どこに行ってしまったのか。「わけあり人間」のたまり場がなくなってしまうのは、ひどく寂しい。バアチャン、早く元気になって戻ってきてくれーい!

6月15日(火)「犯人」は小林薫の奥方

 8日にご案内した「はまっこからし」(仮名)に足を運んだ。「他薦とみせた自薦」の工場長は、一体どんな奴なんじゃ。あれまあカッコイイ。小林薫にそっくりだ。そして「どなたがこの工場を紹介してくれたんですかねえ」とのたまう。この人本当に全然知らないみたいだ。

 会社にファクスを送って寄越したのは工場長ではなく、どうやら奥さんらしい。でも日本にここ一軒だけという原始的な製法(玉絞り圧搾機という大昔の機械を使う)による粉からしは、取材の価値があった。横浜にこんな名産品があったとは知らなかったが、それもそのはず、「うちは業務用の卸だけで、基本的に小売りはやっていないんですよ」と小林薫。なんかもったいないなあ…。黙々と働くだけで全然商売っ気がない小林薫に、奥さんが業を煮やしてアクションを起こしたのだろうか。

 帰りがけに、からしの種を売ってもらった。これを適当な大きさになるまで栽培すれば「からし菜」になる。サラダにして食べるのだ。で、粉からしは買わなかった。辛いの苦手なんだもん(^o^;)。

6月16日(水)「定例会見」だなんて…(^o^)

 泊まり明け。前回は事件や火事で大変だったけど、今回は平穏だった。横浜市内でエッチ系事件が2件。1件は電車内での痴漢(小暴力防止条例違反)、もう1件は下着ドロ(窃盗)。こんなことで人生を棒に振ってどうするのじゃ!

 そうこうしているうちに、局内の女性記者が出社してきた。

 「おはよう。どうしたの? 浮かぬ顔して」「ええ、定例会見なんです。月に一度の」「海上保安庁のか。でもこんなに朝早くはないだろうに」「違いますったら、びしさんてば」「大蔵税関のか。あれはこの前終わったばかりだろう」「もう、違いますってば」「あ! そうか、ごめんごめん。オジサンどうも鈍くって」

 やっとのことで彼女の意とするところを理解し、思わず赤面する(なんで?)純情な私。

 「それにしても、女性記者はみんなそういう呼び方をしているの?」「いいえ、私だけだと思いますけど」

 「月に一度の定例会見」だなんて、センスがいいんだか悪いんだかよく分からん言い回しだ。が、「定例会見中」に過酷な取材現場に立つ女性記者の辛さは、男の私にだって理解できる。

 そして私は彼女の身を案じつつも、家に帰ってグースカ寝るのであった。

6月17日(木)またぞろ言うが、私は「本紙記者」ではない

 私がエイズ検査を受けた体験をつづった記事(上下2回)が、今日からスタートした。朝刊を開き、そのタイトルを見て噴飯する。

 「本紙記者のエイズ検査体験記」

 これじゃあまるで「突撃!ヒマ人新聞」じゃんか! 「営み無しのびし記者と、やりまくりの本紙(誌)記者は、実は同一人物」との噂が再燃している昨今、こーゆータイトルは誤解を招くからやめてほしい 凸(--メ)。

6月18日(金)私でよければ

 朝出社すると、日ごろ仲良くしているエイズ関連のボランティア男性(役所勤めだけど市民活動に熱心なオジサン)から電話が入る。

 「昨日と今日の朝刊に載っていたエイズ検査の記事、匿名だったけれども、びしさんが書いたんでしょ?」

 「ええ、そうです」

 「実は今日の午後、横浜市内の自治会に呼ばれてエイズ啓発のワークショップを開くんです。よかったらのぞいてみませんか」

 「へええー、自治会単位でエイズ啓発のイベントなんて珍しいですね、行きますいきます」

 会場に足を運ぶと、町のおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんがクイズ形式でエイズの基礎知識について学び、感染者の手記「H.I.VOICE」の朗読に耳を傾けていた。そしてワークショップは質疑応答へと突入。

 「エイズの検査はどうやって受けたらいいのですか?」

 「あ、それはですね、今日の●●新聞に検査を受けた記者の体験記が載っていたでしょう」

 「ああ、載ってたのってた」

 「その記事を書いた記者がここにいますから、彼から話を聞くといいですよ」

 チキチョーメ、そういうことだったのか。でもまあ嫌だともいえないので、自分がエイズ検査を受けた体験(動機をも含めて)を、私は参加者の前で語った。そしてワークショップは終了。

 「いやー、びしさん。良かったよかったー。予行演習はバッチリうまくいったじゃないですか」

 「何それ! どういうこと?」

 「夏にはもっと大きなエイズ啓発イベントを開きますから、そこで今みたいな話をしてくださいよ。タダで」

 「もうどうにでもしてくれ (^o^) 」

 自分はエイズに関して詳しいわけではないから、何かしゃべれば勉強不足が露呈して恥ずかしい思いをするだけだ。でも人に頼まれると嫌とは言えない性分なので、引き受けることにした。仕方がない。ありのままの自分をさらけ出すしかない。

 という訳で(どういう訳だ?)みなさん、また来週。

6月19日(土)最高の料理エッセイ

 「また来週」とか言いながら、意表を突いて週末更新します。

 ご存じの方もおられるかと思いますが、私の道楽は料理と陶芸です。自作の器に自作の料理を盛り付け、身近のご婦人方を自宅に招いて一緒に食べることを無上の喜びとしていました(なぜか過去形)。

 そういう私の道楽に付き合ってくれた女性記者が先日、1冊の本をプレゼントしてくれました。「誘惑料理」(徳間書店、税抜き1500円)という料理エッセイなのですが、きょう初めてページを繰ってみたら、これが面白いの面白くないのって、すごく面白いんだよ〜う! (NHK教育テレビ「むしまるQ」のペンギン状態)。

 著者は東京で古道具屋を営んでいる魚柄仁之助(うおつか・じんのすけ)さん。店にやってきた女性客に、お手製の料理をふるまう話(48篇)がつづられたエッセイなのだけれど、それぞれのエピソードに登場する女性のパーソナリティと、彼女らに出す料理のマッチングが素晴らしい。料理の作り方が文章とイラストで紹介されているので、本を1册読めば、だれにでも48種類の料理がマスターできる寸法です。特に私が気に入ったのは、鯛の頭の酒蒸し、ボイルドレバー、スープもち、茶わん蒸し御飯などなど。どこででも安く手に入る素材を、簡単に、美味しく、しかも身体によく調理するコツが分かるので、男女を問わず一読をお勧めいたします(読むだけでも楽しいですし)。

 かくいう私は近ごろ、一人でいるときに全然メシを食べなくなってしまいました。朝はオートミールとサラダ、昼は抜き、夜はイワシの丸干しと酒。こういう人間が料理の本を読んだり、器をつくったりするのは何だか変な気がしますが、時折食べる料理を美味しく感じさせてくれる最大の要因って、もしかしたら日々の粗食なのかも知れません(直前の極端な空腹は、マズイ食べ物まで美味しく感じてしまうので×)。

 願わくは一度、家庭欄の料理担当記者をやってみたい私です。

6月20日(日)ピンぼけショック

 今日は深夜勤務のため出社。午後から街ダネ取材を命ぜられ、横浜市内で開かれた小学生の自転車競技大会に足を運んだ。ジグザグや8の字走行などをする子供たちを写真に撮り、会社に戻ってから現像すると、驚いたことに8割方がピンぼけだった。

 大ショック。もし今後、古巣の写真部に戻って動きの激しいJリーグの取材でもやろうものなら、大変な失敗をしでかしそうだ。そうなったらスポーツの写真取材は、野球だけやらせてもらおう。あれはホームべースにピントを合わせておけば、打撃やクロスプレーなどのシーンは大体写っているから、意外と楽なんだよね。それにしても動く物体にピントが合わせられないのは、報道カメラマンとしては致命的なハンデ。これまでピント合わせは意地になってマニュアルでやっていたけれど、いよいよオートフォーカスの使用も考えなければなるまい。年は取りたくないものよのう…。

 週休2日を宣言したのに、土、日と日記を更新してしまった私。こちらの方は「年寄りの冷や水」的行為と言えましょう。

6月21日(月)足を返して

 昨日私が深夜勤務中に、そーっと会社の玄関わきにやってきて、そーっと去っていた見知らぬあなたへ。

盗んだミニバイク、返してください。

 私は自動車には乗りません、それどころか普通免許すら持っていません。ですから町中に取材に出かけるときは、ミニバイクがないとすごく不便なのです。母の病院に見舞いに行くときも私はミニバイクを使っていたので、それがなくなってしまっては、すごーく困るのです。ミニバイクは私の大事な足なんです。頼むから足を返してください。足がなくなってしまっては、私は幽霊になってしまうではありませんか。明日は給料日です。ボーナスの支給日も目前です。かといって母の入院治療費のことを考えると、とても余計な出費はできないのです。

 あなたはフロントカバーの部分が割れているのを見ましたか? あれは10日ほど前に、一方通行の道を後方確認せずにバックしてきたアホドライバーに破壊されたんです。いま交換パーツをバイク屋に注文中で、もうじきそれが入荷するのです。本体がなくてフロントカバーだけ入手しても、私はどうにも仕方がありません。パネルを盾の代わりに手に持ってぴょんぴょん飛び跳ねたら、アフリカのマサイ族みたいで格好いいかもしれませんが、私はそんなに勇猛果敢な人間ではありません。ですから早く、バイクを返してください。

 今日私は所轄警察に足を運んで、盗難被害届を提出してきました。知り合いのホンカンたちは「ハンドルロックをしてなかったびしさんも悪いよ」と苦笑していましたが、その点は本当に私が悪かった。ロックがかかっていたら、あなたもこんな罪を犯さずに済んだでしょうから。私は反省してます。今度からはハンドルロックをきちんとかけます。ですからミニバイクは元に戻しましょう。そーっと会社わきにやってきて、そーっと戻せばいいだけなんですから。ね、戻しましょうよ。ね、ね、ね…。

6月22日(火)見習うべきは新人記者

 ニューヨークの大学を卒業した新人記者で、EINの英語バージョンを担当してくれている舶来君が、連日好記事を書きまくって周囲を驚かせている。彼はプロ野球担当になり、外国人選手に単独インタビューをかけまくって、ほかの新聞にはない外国人選手の「内なる喜怒哀楽」を記事に仕立てているのだ。「芸は身を助く」とはよく言ったもの。彼が来てくれたお陰で、プロ野球の紙面は活性化した。が、他社がそれに気づかないはずはない。彼が引っこ抜かれるのは時間の問題であろう。

 若い人の活躍は嬉しいが、じゃあ自分は一体何なんだ、と考えると、悲しい。私も舶来君を見習って、日々の紙面を活性化するような記事を書かないと…。

6月23日(水)「しち」と「いち」の違いは大きい

 私の仕事は、半径2キロぐらいの市街地エリアを行ったり来たりして、1日に4〜5本の取材をするので、取材先から取材先への移動にはミニバイクが不可欠だ。が、肝心の足を盗まれてしまったので、私は日々の取材に大いに手こずっている。そのうえ丘の上にある母の病院にはタクシーで行かなければならなくなったため、交通費がかかるかかる。

 新しいミニバイクを買おうか買うまいかとカイシャで悩んでいたところ、同期のT記者が「買えばいいじゃん。もし盗まれたバイクが出てきたら、7万で下取りするからさあ」というので、よしこの際買ってしまえ、と私は勇躍バイク屋に向かおうとする。

 ところが、後輩のK記者とH記者は、「びしさん、もう少し待っておいた方がいいですよ。バイクが出てくるかも知れませんから」と私を制止するではないか。

 「でもさあ、もし古いバイクが出てきたら、T記者が7万で買ってくれるっていうんだよ。こういううまい話を見逃す手はないよ」「あのさあ〜、俺はそんなこと一言も言ってないよ。1万で下取りするっていったんだよ」「うそ。『しち万』じゃなくて『いち万』だったのお? そりゃあんまりだ!」

 結局バイク購入を諦め、盗難車発見の報を待つことにした私。盗まれたバイクは7万円で買った中古車なので、もしT記者が同額で下取りしてくれれば、シメシメだったんだけどなあ…(←こいつも悪人)。

6月24日(木)鋭い校閲

 先日アップした「あいつもやっぱりアホな記者・死人の対局」に関して、校閲常連のNさん(50代の男性)から、こんな指摘があった。要旨は次の通り。

 「『故人戦』も確かにアホですが、その前にある『投級位』もおかしい。これは『段級位』の間違いでは?」

 鋭い。私は全然気がつかなかった。皆さんは気がついてました? Nさんの校閲能力に思わず舌を巻いた私であった。こういう方が新聞社の校閲部門にいらっしゃると紙面の間違いが少なくなるのだけれど、校閲部門は年々縮小傾向にあるし、今や●●部署みたいな扱いだし…。日本語を大事にしなければいけない業種がそれをないがしろにするようでは、明るい展望など見えてくるわけありませんな。

6月25日(金)で、昨日の続きなんだけど

 Nさんが指摘してくれた「投級位」のことなんだけど、「あいつアホ新聞」の朝刊できちんと「段級位」に直っているかどうか調べてみたら、なんと「投級位」のままでやんの。さらに翌日の朝刊に訂正記事でも出ているかと思ってページを繰ってみたら、何のコメントもないではないか。おそらくこの新聞社、作る側が間違いに気づかなかっただけでなく、読む側も間違いに気づかなかったらしい(気づいてて黙っていた人というのもいるかもしれないが)。

 やっぱりんNさんはすごい。今日いただいたメールによると、「近くにある新聞社が現在、校閲員を募集している」ということなので、いっそのこと現職をなげうって校閲マンになったらいかがだろうか。

 Nさんの転職成功を祈りつつ、今週の日記を終わる。

【次週予告】

 1・びし記者、再びカイシャに反旗。でも今度は援軍無し。

 2・びし記者、カーチャン退院でてんてこ舞い。

 3・びし記者、泊まり勤務中に酒を飲んでいたら、大事件発生。

ではまた来週。

6月28日(月)自分のことを考えると

 会社で原稿を打っていたら、久しく顔を見ていなかったおじさん記者がやってきて、ポン、と私の肩をたたいて言った。

 「おう、よろしく頼むな」

 なんだよ藪から棒に。同僚に訳を聞いたら、このおじさんは近々私の直属の部長さんになるとのことだった。知らなかったのは私だけだったらしい。

 編集幹部の人事異動に若手は一喜一憂する。が、かくいう私もあと数年すれば「デスク適齢」。能力面で問題が多いので万年ヒラだとは思うが、もし仮に私が中間管理職になり、私の部下になったりする若手のことを考えると、今から同情を禁じ得ない。それでも私の部下になる人には、たとえ嫌でも顔には出さないでほしい、悲しいから(^o^;)。

6月29日(火)「予告」に誤算あり

 自宅マンションに母から電話が入る。今日退院するはずだったのだが、「血液検査の結果が合格点に達せず、退院が延期になった」とのこと。病院から実家に引きあげてきた荷物をまた病院に戻したり、快気祝いのために予約しておいた飯屋にキャンセルを入れたりと、てんてこ舞いの一日になってしまった。先週金曜日の「予告」では、カーチャンの退院でてんてこ舞いするはずだったのに、とんだ大誤算だった。

 そんな中で私はまた、オレバカ級の失敗をやらかしてしまった。私は先月にもオレバカネタを仕込んだのだけれど、なかなかまとまった時間がとれずに更新が滞っており、非常に申し訳なく思っている次第。まあ来月にはオレバカをアップするつもりですので、ご期待くだされ。

6月30日(水)上半期「来たよ」ランキング

 99年も今日で半分が終わってしまうのか。残り半分がどういう展開になっていくのかを考えると、いささか気が重い。重いといえば、たまりにたまった日記の「来たよ」メールも、この際きれいに掃除しておかねば。ついでに今年上半期の「来たよ」ランキングを調べてみたので発表したい。99年1月1日〜6月30日の181日間に届いた「来たよ」メール総数は1458通で、ランキングは次の通り(上位の方々には何か特典を考えます)。

1位   アラーキーさん 150通

2位   さかとうさん  139通

3位   木下さん    123通

4位   Kaz8さん  94通

5位   猫仏さん    79通

6位   陰の担当医さん 77通

7位   小野さん    64通

8位   若林さん    62通

9位   高槻さん    59通

10位   ありいさん   58通

 

 さて、長らくご愛顧いただきました「私の日記」ですが、本日で終了することにいたしました。皆さんのこれまでの閲覧に深く感謝します。本当にどうもありがとうございました。というのはウソです。下半期もご愛顧のほど、よろしくお願い申しあげます(^Q^)。