3月2日(火)「あさって疲れ」で老いを実感
今日は午前中の取材で、ペンを持つ右手に突然力が入らなくなり、ぶるぶると震えがきた。午後には人さし指でカメラのシャッターを切ることもできなくなった。アルコール依存症の症状が一気に噴出したのかと思ったが、そうではなかった。
よくよく思い返してみれば私は一昨日、力仕事で右手を酷使したのだ。その疲れが今になって出てきたらしい。疲労が翌日ではなく2日後に出ることを、私は「あさって疲れ」と呼んでいるが、これはまさしく「老い」の兆候だ。何とかせねば。どうにもならないけど。
3月5日(金)ポケベルに涙目
横浜港に今日まで寄港していたクイーンエリザベス2世号の関連取材で、新人の舶来君と一緒に某所にいたところ(詳細は次回オレバカで)、いきなりポケベルが鳴り出し、一気に胸が高鳴った。
実はつい先日、私はあるご婦人に「何かご用があったら知らせてください」と、ポケベルの番号を教えておいたのだ。今日はハナキン、いよいよ「ご用」かと思い、心臓バクバクでポケベルに打ち込まれたメッセージを見る。するとそこには、会社の直属デスクの電話番号が。
私は涙目になりながらデスクに連絡を入れる。「何かご用ですか」「いや、用があるのは君ではないんだ。君と一緒にいる舶来君に用があるんだ。彼はポケベルをまだ持っていなかったから、代わりに君のポケベルを鳴らしたんだよ」「舶来君はもうポケベルを持ってますよう〜」「そうか、わっはっは、ごめんごめん」「紛らわしいことはやめてくれ〜!」
これって本末転倒。デスクに全く罪はない。で、この日記を打っている今、またしてもポケベルが鳴る。いよいよご婦人から「ご用」か! ところがそれは、会社の同僚からの事務連絡だった。「紛らわしいことはやめてくれ〜!」 でも同僚に全く罪はない。
私は現在、事件事故の取材からは外れているため、突発的にポケベルが鳴ることはほとんどないのだが、どうして「こーゆー時」に限ってポケベルがピーコラピーコラ鳴るんじゃい! もういっそのこと、個人的には絶対所持しないと決めていたケータイを買うことにするか…。
3月6日(土)格言解説
大学でジェンダー(社会的、文化的な面から見た性差)の研究をしているF子先生を、少し前に取材する機会があった。「小学校の音楽の教科書に載っている歌は、主人公が男の子ばかりで、歌詞には『僕』や『僕ら』などが氾濫している。一方で、女の子の『私』を主人公にした歌は1曲もない。女子児童にとって歌による感情移入が非常にしづらい状況が、音楽教育の現場では延々と続いている」とのことだった。で、“男歌”が圧倒的に多いお子さまソングの系譜の中にあっては、「『だんご3兄弟』は出てきても、姉妹の歌はまず出てこない」という。
もう10年以上も前になるが、大学時代の同級生だった女性に、知人の医者から処方されたという低用量ピルをもらったことがある。ピルは数時間前に1錠飲めば効くものと思い込んでいた私は(←大馬鹿者)、ピルは何日も前から毎日服用するものだと彼女から教えられて、ショックを受けた。彼女と何かあったわけではないのだが、「男って、女性の身体にすっげー負担を強いているのだなあ」と、私はそのとき痛感した次第。で、私は彼女からもらったピルを1シート、その日から毎日飲み続けてみた。女性の大変さを一抹でも体験できれば、という一心だったのだが、閲覧者諸兄は決して私の真似をしないでいただきたい(そんな奴はいね〜よ)。
先般「だんご3兄弟」のアニメを見て、私にはなぜだか透明プラスチックの包装シートに入ったピルの粒々が思い浮かんだ。そしてふと頭をよぎったのが「低用量3姉妹」のタイトル。もし仮にこんな歌があったとしても、一体だれがこの歌に感情移入しようというのか…。
3月7日(日)腰はともかく脳みそは
道楽にうつつを抜かしていたら持病の腰痛が悪化したため、医者から処方された薬を急いで飲んだ。医薬分業になってから薬屋は、錠剤の効能や飲み方などの詳しい説明書をくれるようになったのだが、私は今日初めてそれを隅から隅まで読んでみて、仰天した。服用している3種類の薬について、以下のような説明があったからだ。
1・この薬は、頭や腰の痛みを和らげます 2・この薬は、鎮痛剤などの副作用で痛んだ胃壁を修復します。
ここまではいい、だが最後の薬は一体何だ?
私は医者に「近ごろ脳みそが変なんです」などと言ったおぼえは全然ないぞ。薬を処方した医者は30年来の知り合いなので、長年私を診察した所見から、「びし君にはついでに、脳の炎症を抑える薬も盛っておいた方がよさそうだな」などと判断したのだろうか。
慌てて実家の兄から「医者からもらった薬が分かる本」を借り、薬の正体を詳しく調べてみた。そしたらその薬は、肩こりや腰の痛みを訴える人に処方する筋肉弛緩剤で、文言通り脳の炎症を押さえる効果もあることが分かった。なあにが医薬分業か。きちんと説明せい!
それにしてもこの薬を飲んでいて、知らずしらずのうちに脳の炎症が抑えられていた、なんてことが私の身に起こっていたのだろうか。それどころか最近の私は、日に日に脳みそがとろけていくような気さえしているのだが…。もしかしてこの薬、脳みそまでをも“弛緩”させているのか!? 明日アサイチで医者に行かねば。
3月9日(火)パワーブック故障
一昨年暮れに1万4800円で購入し、会社でメールチェックに使っていたマックのパワーブック150G3(オレバカのモバイル記者の初夢むなしに登場する機種)が故障する。クリックが全然機能しなくなってしまったのだ。新しいのを買いなさい、という啓示だろうか。クロックスピード33メガヘルツという牧歌的な処理速度が私は好きなのだが、修理して使うか、それとも新型パワーブックの発売を待って新たに購入するか、じっくり考えることにしやう。
今日は、来週からスタートするシリーズものの写真取材をするつもりだったのだが、雨が降ったため中止し、二日酔いの重い頭を抱えながら会社で原稿執筆。でも夜になってまた酒が飲みたくなり、自宅で生酒をあおりながら原稿執筆を続行。何のとりえもない人をほめるときに「あの人はいい人」という言い回しがあるが、私の場合は「酒さえ飲まなければいい人」なのだそうだ。つまりは「最低の奴」ということね (^o^;)。
原稿執筆が一段落し、炊き込み御飯の研究に没頭。こんどお客さんを自宅に招くときには、韓国風キムチの炊き込み御飯でおもてなししようっと(←ヒマ人)。
3月10日(水)もうひとつの「基地」
横浜市神奈川区役所での取材を終えた後、隣接する反町(たんまち)公園に足を運んだ。ここにある「タンポポ基地」を見に行くために。
帰化植物のセイヨウタンポポに駆逐され、横浜市内では在来のカントウタンポポやシロバナタンポポが絶滅の危機にある。それを何とか防ごうと思って、地元の小学生が公園内に「基地」を作って在来種を植え、少しでも増やそうと努力しているのだ。
でも「基地」を見に行くと、タンポポは散歩中の犬に踏まれたり、葉っぱを食われたりして、非常に生育が悪かった。今ある3株は、今年の春は花を咲かせず、ヘタをすると枯れてしまうかもしれない。
だが市内にはもう1カ所、「タンポポ基地」が存在する。それは、私の実家の庭先にある (^o^;)。1年前に在来タンポポの保護活動に励む子供たちを取材したとき、私はえらく感銘を受けて、子供たちには内緒で自分でも在来種の栽培を始めたのだ。こちらの方は順調に生育し、つぼみも付けているので、間違いなく咲く。もし反町公園のタンポポが駄目になったら、子供たちには綿毛付きの種をプレゼントするか。でもそうならないように祈りたい。
3月11日(木)男子三日会わざれば刮目して待て(古い…)
今月から、休日や会社が終わってからの時間をやりくりし、社外でも仕事をしている。取材地は東京が中心で、介護関連のルポルタージュ。まとまった時間がとれず、なかなか取材には応じてもらえず、報酬もないに等しいが、自分自身を鍛え直す意味でも、あえて苦行(と言うより「助走」と言った方がいいかもしれないが)に身を投じた次第。
という事情があって、今後日記の更新が滞ることもあるやに思われますが、何とぞご勘弁くだされ。
介護にかかわる取材をしている矢先に、横浜市内に住む私の叔母(母の妹)が痴ほう症状に陥り、徘徊を始めたとの知らせが飛び込む。旦那とは数年前に離婚し、同居の娘は今日明日にでも出産を控えているので、親戚が交代で叔母の面倒を見ることになるだろう。まだ60代前半なのに、気の毒だ。私が叔母に会うときは、楽しかった昔の話でもしながら、一緒に“散歩”することにしよう。
暗い話でスンマセン。
3月12日(金)会社でマジ泣く
1年半振りに「会社辞めたい発作」に襲われる。会社が悪いのではなく、自分自身のふがいなさの問題で。直属の部長に、会社の机の中に常備してある退職願いを出そうと決心し、自宅を出る。
出社すると、机の上に1通の手紙が。差し出し人は、重度の知的障害児を娘に持つA子さんだった。私は過日この人とお嬢さんを取材し、子育ての苦悩や喜びを聞いて記事にしたのだ。手紙を開くと(具体的には書けないが)紙面に掲載された私の記事に対してA子さん本人のところに激励や反響の手紙と電話がたくさんあり、それがどんな内容だったかが一つひとつ丁寧に書きつづってあった。そして最後に「また会える日を楽しみにしています」と。
まともな記者教育を受けておらず、大した問題意識もなく、ロクな記事を書かない私でも、ときには読者や取材相手に喜んでもらえることもあるのだなあと、私は手紙を読んでいるうちに目からボロボロ涙があふれ出てきて、それがとうとう止まらなくなってしまった。部長は泣いている私を見て目を白黒させていた。
慌てて会議室に飛び込んで1人きりになり、そこで嗚咽。ひとしきり泣いて落ち着いてから仕事机に戻ると、新聞社見学のご婦人たちがワンサカとやってきた。私は新聞社見学のデモンストレーション要員なのだが、その役目を急きょ新入社員の舶来君に頼み込んで帰宅し、自宅でまた号泣。涙がおさまってから会社に戻ると、舶来君が「びしさんはすごい花粉症なんですね」と一言。ホッとしたよ…。
でも、A子さんに取材して自分が書いた記事にしたって、正直なところ大した出来ではなかった。あそこはこうすればよかった、ああ書けばよかったと反省しきりで、新聞にはもう載ってしまったけれども、これからもう一度打ち直しをしてみるつもりだ。
そんなこんなで「会社辞めたい発作」に襲われていた私は、A子さんの手紙によって救われた。そのうえ横浜市内で起こった水道管破裂の騒ぎを、全く知らずにいた馬鹿な私 (^o^;)。
3月13日(土)自宅でマジ泣く
休日取材を終えて会社に戻るやいなや、洋画家のK画伯が死去したとのニュースが飛び込んできた。K画伯は、大学時代に油絵の手ほどきを受けた恩師だ(オレバカに出てくる「師匠」とは別人)。体調が良くないとは聞いていたが、ショックだ。79歳とはいえ、画家にしてはそんなに高齢ではない。友人で同門の映画監督I氏に、ファクスで訃報を送る。
帰宅して、自室の押し入れに隠してある「お宝箱」を引っ張り出す。思い出深い品々の中には、画伯にもらった油絵の筆が一本。それを手に取り、じっとながめる。細密の具象画を描くために、筆の根元を木綿糸で縛って筆先を極端に細くしてある。これが画伯の企業秘密だった。
4月から2カ月間、横浜美術館で展覧会が開かれるというのに、会場に立てないのはさぞや残念だろうなあ、などと考えているうちに、昨日に続いて涙がドッと。年取ると涙もろくなって嫌になっちゃうね。
3月14日(日)20000アクセス御礼
きょう未明、EINは20000アクセスを突破したらしい。大したPRもしていないが、RADICAさんやATSUYOさんのところからやってきた人たちがリピーターになってくれたようで、昨年末から一気にカウンター値が跳ね上がるようになった。10000アクセスまでに500日かかったが、20000アクセスまでは100日程度だった。閲覧者諸姉兄にはこの場をお借りして、日ごろの閲覧に御礼申し上げたい。ども。
20000人目の閲覧者には何かご褒美を、とも思ったが、肝心のお申し出がないのでは仕方がない。「横浜中華街御招待」は引っ込めよう。次回は22222人目。ゲットされた方には肉まん1個、ごちそうして差し上げたい (^o^;)。
【お知らせ】オレバカ歳時記3月号が、ほどなくアップされる予定です。テーマは「桜」。のぞいてみてくだされ。
3月15日(月)またしてもウルウル
春のセンバツ高校野球の組み合わせ抽選会が大阪で行われ、昨年夏に延長17回の死闘を演じた横浜とPL学園が、初戦でブチ当たることになった。去年は実力が伯仲していたけれど、今年は戦力の差が歴然。10点ぐらいの大差がつく試合になってしまうだろう。甲子園取材は運動部の記者だけでなく、会社は今年から社会部系記者もスタンド雑感要員として派遣するという話だから、立候補しようかな。ああ「甲子園ビーフカレー」食べたいよう。レトルトパックを購入して自宅で食べるのもいいけれど、球場で食べるカツカレーの、あのサクサクとした食感といったら、食感といったら…(動機不純。目頭熱し)。だがいくら私が立候補したところで、「あいつが高校野球の取材をするとロクなことにならない」などと、どうせ却下されるに決まっているのだ(詳しくはオレバカの「俺は球児を殺してない」をご参照くだされ)。
そうこうしているうちに(?)、大学時代の旧友I氏からメール。一昨日亡くなった共通の恩師K画伯の思い出話に、またしても涙ウルウル。
3月16日(火)ヒゲを剃る
今日は朝から出張。場所は熱海。取材そのものは短時間で終わってしまい。後はしにせのレストランでご飯を食べたり、ガラスの美術館に足を運んだり。
出張から戻り、顔中に生やしていたヒゲを全部剃ってしまう。さっぱりした。ヒゲを生やし出したときも「一体どうしたの?」と周囲から聞かれたが、明日も会社で「一体どうしたの?」攻撃に遭いそうだ。
3月17日(水)悲しい色やね
つるつる顔で出社したら案の定、同僚らから「どうしてヒゲ剃っちゃったんですか?」攻撃に遭う。私がヒゲを生やし始めてから会社にやってきた舶来君やバイト君などは特に、見た目の年令が一気に10歳ほど若返った私を見て、笑いをこらえるのに必死だったようだ(結局笑っていたが)。
ヒゲを剃った訳を「営み系の事情」と勘ぐる向きもあったが、なに、そんなことではない。心機一転で春を迎えようという気持ちになったのだ。「百匹納」(ももひきおさめ)も、もう間近である。
10日に紹介した在来種のシロバナタンポポが花開く。実家の年老いた母が「何だか悲しい色の花ね」と一言。ううむ、言われてみればその気持ち、分からないでもない。写真に撮り、現像・プリントして、日記にアップする算段だったが、同僚記者から買ったスキャナーが故障し、断念する。明日デジカメで撮影してアップすることにしたい。
3月18日(木)献花
私より5歳も若かった同僚K君、ごきげんよう。
3月19日(金)青函連絡船で地中海クルーズ
ううう、20日の朝になってしまった。夕べは同僚記者やパソコン先生と飲めや歌えやして、かなり酔っぱらっていたからなあ。帰宅してから枕元にノートパソコンを置いて、腹ばいになりながら日記の更新をしていたら、キーボードのホームポジションに両手をのせたまま寝入ってしまったのである。
私は夢の中でも腹ばいになっていた。傍らには女性。なぜか彼女も腹ばいになって、2人で話をしている。豪華客船で地中海あたりをクルーズしている、というシチュエーションだったのだが、あの船内のつくりはどう考えても青函連絡船の2等客室だった (^o^;)。「ねえ、日記の更新しないの?」と彼女に聞かれ、「大丈夫、19日と20日の分はもう打ってあるんだ。目が覚めたらアップするから」などと余裕を見せている私(どうやらこれが夢だと分かっていたらしい)。
ところが、だ。目が覚めたら日記は1文字も更新されていないではないか! 私は「地中海クルーズ」の余韻に浸りながらも、とりあえず19日分だけ打ち込んでアップすることに。ああホントに客船でのんびり船旅でもしたいなあ。横浜港遊覧の「あかいくつ号」でもいいけれど。
3月20日(土)「TMD」の意味を50字以内で述べよ
ここ1年ほど「TMD」に悩まされている。といってもそれは、日米が共同研究着手を決めた「戦域ミサイル防衛」の話ではなく、「顎関節症」のことだ。私は口を開けたり閉じたりすると、右こめかみ下の関節がボリボリと音を立てて鳴る。食事の時もボリボリいって、非常に具合が悪い。
知人の専門家に相談すると、スプリントという器具を口の中に入れて治すか、それでもだめなら手術で骨を切るしかないらしい。「一刻も早く大学病院へ行った方がいい」とのことだった。まあこの際だから会社を休んで数日間入院し、のんびり休養するのもいいかも知れないな。でも「日帰り」だったら手術をする甲斐がないなあ。
などという話を昨日同僚の女性記者にしたら、「私なんか12年前から顎関節症よ」という驚くべき返事。そして口を開けたり閉じたりして「ポリッ、ポリッ」という小気味いい音を聴かせてくれた。私のボリボリは、人には絶対聞こえない程度のものだが、この記者の顎関節サウンドは、数メートル離れた位置からでも聴こえる派手な代物。ううむ、さすがに「12年モノ」は格が違う。思わずその音に聞き惚れてしまう。(彼女はもうじき治療を始めるらしい)
上には上がいると少し安心(?)しながらも、来週は大学病院の口腔外科に足を運ぶことを決心した私。もし入院、手術ということになったら、しばらくホームページの更新は休止せねばなるまい。閲覧者諸姉兄には、ナリチュー(成りゆきを注目)していただきたい。
3月21日(日)「私も」「オイラも」「拙者も」「森高も」
自分が顎関節症(TMD)であることを昨日の日記に書いたら、「私も」「オイラも」と同病者から告白メールが続々と。そして大半の人が治療をしていないということだった。そ、そんなに多いのか顎関節症患者は。よし、ここはひとつ「現代日本人を襲う第2のTMD」とかいって、自分の治療体験談を交えながら記事に仕立ててみるか。うそ。
今日は歯学部の大学院に通う「影の担当医」を自宅にお招きし、顎関節の構造やTMDの症状、治療の実際などについての講義を受けた。最悪の場合は口が開かないように上下の歯を固定して手術し、そのままの状態で1カ月間は流動食の生活を余儀なくされるのだとか。ううう、これでは仕事にならないじゃんか。でも人生の中でほんの1カ月程度なら、こういう拷問を味わってみるのもいいかもしれないなあ(M男)。
講義の後、「担当医」と一緒にお酒を飲みながら食事をして、カラオケに突入。とても楽しかった。こういう時だけは顎のボリボリのことを完全に忘れている私だ。
で、各方面からのご要望にお応え(?)し、私が病院に通い始めたら、診察・治療の様子を日記でご報告したい。同病者諸姉兄の参考になれば幸いである。
3月22日(月)遠くへ行きたくない
今日は祝日だというのに、痛恨の泊まり勤務。人事異動も間近だし、月に1回のおつとめも、あと2回ほどでお役御免と相成りそうだ。大きな事件事故がないよう祈りたい。にしても、TMDの治療で横浜市内の大学病院に通院しようかという時に、遠くの支局に異動になったら、嫌だなあ。んじゃ、働いてくるか。
3月23日(火)「マジ泣く」シリーズ3・取材現場で
グーッモーニン、グッモーニン。るーるーるるるーるー(歌詞忘れて急きょスキャットに切り換え)、グッモーニン、グッモーニン、トゥーユー
君ってデビ・レイノルズ、僕ってジーン・ケリー。ともに白髪の生えるまで、枯れ木に花を咲かせましょう。泊まり明けで頭がウニ状態。でも私には脳の炎症を抑える薬がついているから、怖い物なしだ(7日の日記参照)。
昨日は泊まり勤務に入る前に会社から取材を命ぜられ、横浜市内の某公会堂に足を運んだ。いじめ問題や環境問題、反核・平和、沖縄問題などをさりげない歌詞に託して歌う「無名の人気シンガーソングライター」、梅原司平(しへい)さんのコンサートだった。
本人はテレビやラジオに顔を出さないが、会場は超満員。梅原さんの歌がすごく良くて、聴いているうちに私の目から、ボロボロと涙が出てきてしまった。こりゃ恥ずかしいなと思い周りを見回すと、驚いたことにみんな泣いていた。観客も、主催者も。でもこういう取材は記事を書くのに困る。「梅原さんの歌を聴いて感動した観客から、すすり泣きの声が漏れた」なんて書いても、読者は絶対に感動なんかしない。そこで私は反則技を使い、梅原さんの代表作の歌詞を並べ立てて記事に代えた (^o^;)。どんなに巧みな状況描写をしても、本人の歌に勝るものはない。
会場で購入したCDを警察本部に持ち込み、事件事故を警戒しながら梅原さんの歌を聴き返す。またしても涙。梅原さんは全国で年間100件のコンサートをこなしているという話なので、もし自分の町にやってきたら、聴きに出かけることをお勧めしたい。
さあ家に帰って梅原さんのCDを聴きながら、寝よねよ。
3月24日(水)有名な選手より無名の観客が好き
取材で横浜スタジアムに足を運ぶ。横浜−巨人のオープン戦。試合開始30分前に関係者入り口から球場に入ると、両チームの顔見知り選手が私を見つけて「いよう、びし川さん。久しぶり」と声をかけてくれた。とりわけ高校時代から取材をさせてもらっている横浜のS選手、Y投手、巨人のT選手などは自分から走り寄って来てくれて、「一緒に甲子園に行ったころが懐かしい」と懐かしがってくれた。どうしてこんな有名な人たちが自分みたいなタコ記者によくしてくれるのかと、またぞろウルウルしてしまう私。
でも今日の取材はゲームそのものではなかった。横浜スタジアムは今年から、外野席が旧来の背もたれなしのベンチ型シートから、背もたれ付きのセパレート型シートに代わったのだけれど、それが観客にはすこぶる評判が悪いのだ(理由を書くと長くなるので割愛)。で、何がどう気に入らないのか観客から話を聞いて、記事にまとめるのが今日の取材目的だった。
有名選手のファインプレーとかを取材する記者やカメラマンはいくらでもいる。そんな中で私は、「外野席の新しいシートの座り心地がよくない」とブーブー文句を言うファンの声を紹介するのが自分本来の仕事だと思っている。自分に声をかけてくれる選手よりも、自分とは何の面識もない観客を私は大事にしたいと思う。選手の皆さん、しーましぇん…。
とかなんとか格好いいことを言いながら、またぞろヘマをしでかした私。1塁側カメラマン席にいる自社の写真記者のところに飛んでいき、手を合わせて頼み込む。「お願い。フィルム1本ちょうだい。持ってくるの忘れちゃった」
3月25日(木)TMD診察報告
横浜市内にある鶴見大学歯学部付属病院に、顎関節症の診察に出掛ける。紹介状がなかったので最初に初診室に回され、歯のチェックを受けた。そこで現在の症状を聞かれ、「顎の右側がポリポリ鳴るんです」というと、口腔外科に回された。
口腔外科では細かい問診を受けた。「右顎関節にクリック音がするので、TMDではないかと思うのですが」などと「影の担当医」から聞きかじった専門用語を使ったりすると反感を買うのではないかと思い、初診室と同じ要領で「顎の右側がポリポリ鳴るんです」と答えた。医師は「それでは放射線科でレントゲンを撮ってきてください」と言いながら、カルテの「疑わしき症状」の項目に「TMD」とサックリ書き込んだ。
顎のレントゲンを6枚撮影した後、口腔外科で再び「びし山さーん」と呼ばれる。診察の結果、右顎の関節円盤(椎間板や半月板と似たクッションみたいなやつ)が少しずれていて、靭帯もやや伸びていることが分かった。が、「口が開かなくなるような重い症状ではないので、スプリントという名前のマウスピースをしてもらって治療をしましょう」ということになる。で、スプリントを作るための歯型を取って、診察は終了した。費用は2200円。病院に入ってから出るまで、つごう3時間弱だった。
がしかし、病院はレントゲンを撮るのと、歯型を取るのに失敗し、それぞれやり直しをする羽目になり、余計に時間がかかってしまった。なんでも私の顎は、「見た感じよりも大きい」のだという。次回は4月5日。出来上がったスプリントをもらいに行って、通院は終了する。なあんだ。TMDを理由にしばらく会社を休みたかったのに。でもまあ、仕事に穴をあけて同僚記者に迷惑をかけるのも嫌だったし。これでよしとしよう。
顎の筋肉が痛んだり、口が開かなくなったりしなければ、TMDの症状としてはそんなに重篤ではないらしい。でも顎がパリパリポリポリ鳴るならば、早いうちに口腔外科のある大学病院に行くことをお勧めしたい。重くなってからでは遅いから。
3月26日(金)「監修・びし山大三郎」って入れといて
4月1日の入社式で、ひと足早く働いている舶来君が新入社員の代表として挨拶をすることになった。「全体の構成はどうしたらいいでしょうか」と相談を持ちかけられたので、EINの英語バージョンを作ってもらった手前、手伝うことにした。「『ファックユー!』『サナバビッチ!』などの得意な英語を織りまぜ、『この新聞社を腰かけとして、さらに上を目指すべく頑張ります』と決意表明すればいい」とアドバイスしたが、あえなく却下される。「ならば君が在米時代につちかった新聞への思いを軸に据えて、あとは他の新入社員の決意表明を一言づつ並べればいいじゃん」と助言した。で、舶来君が同期の一人ひとりに取材して書き上げた挨拶文を見せてもらったら、すごく上手にまとめてあって思わず感心してしまう。「舶来君、挨拶の最後に『新入社員代表・舶来大器』ってあるけど、この後に『監修・びし山大三郎』って忘れずに入れといてよ」と私は注文をつけておいた。が、どうせこれも却下だろう。とどのつまりが役立たずの先輩なのである。舶来君から挨拶文のコピーをもらったので、ここで全文紹介してあげようかとも思ったが、会社にバレたらヤバイので、やめた。
今日はセンバツ高校野球でPL−横浜が対戦。現地取材には行かせてもらえなかった。勝負は見えていたので、編集局フロアのテレビから流れる音だけを聞きながら、せっせと自分の原稿を打つ。でも横浜にしてみれば、1点差は善戦健闘といえるだろう。試合途中で「影の担当医」から電話があり、「今どっちが勝ってる?」。 「今横浜が1点リードされてる。ちょっと実況中継してみようか。ピッチャー袴塚、第5球を振りかぶって、投げた…」 ヒマ人と言われても、仕方がない (^o^;)。
3月27日(土)またしても悲報
勤務なし。実家で朝飯を食べていると電話が鳴り、親戚の男の子が風邪をこじらせ、肺炎で死んだ、という知らせが飛び込んでくる。10歳。もともと呼吸器が弱く、何度も手術をしていた子なのだが、いくらなんでも早すぎる。子供の死は、たまらなく悲しい。どうにも耐えられない。
閲覧者の皆さんにはせっかく来てくれたのに、最近こんな話ばかりですみません。
3月28日(日)ごめん。今日は代打だよん
びし記者は心労のため「影の担当医」が代筆しました。僕は某大学院3年末(医歯系なので4年で修了予定、あくまでも予定なんだけど)の劣等生ですが、学位論文の研究が間に合わなくなりそうでびし川君に明日の実験の下準備を手伝ってもらいました。ちょー使えないかと思っていたら緩衝液のpHの調整や、薬品の重量測りなど、あっ、あとビーカーやメスシリンダーなどの洗い物などにかなり使えるやつだった。傷心のびしぞうを使うのはちょっと気がひけましたが、バシバシ使いました。実験前の凄い単調な仕事で、さすがちょ〜つまんない作業でしたが、日曜日のだれもいない大学構内でびし君がいてくれて気が紛れて仕事がはかどり、ラッキーでした。これからもめげそうな時はびし堀君に助手を務めてもらおうと思いました。落第生より。
「影の担当医」殿。君のお陰でこちらも気持ちが随分楽になったよ。この調子でTMDも全快といきたいものですな。びしより。
3月29日(月)英子さんからの手紙
「私」は最近疲れぎみなので、代わりにしばらく俺が日記を担当する。EINは本編が俺、日記が「私」の担当なのだが、あいつはひ弱ですぐ凹むから始末におえないよ。今度俺が「お前なあ、もっとシャキッとしろよ!」と厳しく説教をしてやるつもりだ。 なにもそんな言い方しなくてもいいのに。私は「俺」の粗忽で野卑なところが大嫌いだ。今度彼に会ったら、「君ねえ、人様に笑われないように、もう少し慎重な態度で業務に臨んだらどうなの?」と厳しく意見してあげるつもりだ。
「私」は最近疲れぎみなので、代わりにしばらく俺が日記を担当する。EINは本編が俺、日記が「私」の担当なのだが、あいつはひ弱ですぐ凹むから始末におえないよ。今度俺が「お前なあ、もっとシャキッとしろよ!」と厳しく説教をしてやるつもりだ。
なにもそんな言い方しなくてもいいのに。私は「俺」の粗忽で野卑なところが大嫌いだ。今度彼に会ったら、「君ねえ、人様に笑われないように、もう少し慎重な態度で業務に臨んだらどうなの?」と厳しく意見してあげるつもりだ。
「びっしー、また来たよ」
会社で原稿を打っていたら、ミカさんが手紙を持って俺のところにやってきた。表書きを見ると、「英子」とある。また送金か? と一瞬ドキッとしたが、押してあるのは判子ではなくゴム印で、差出人は投稿常連の方の英子さんだった。詳しくは書けないが、英子さんはアメリカとカナダに旅行に行ったらしく、写真とともに旅の思い出が書き綴ってあった。ああいいなあ、俺ものんびりと海外旅行でもしたいなあ。英子さんの旅行記、投稿欄で採用してもらえるといいな。
あ、なんか俺、「私」モードに入ってる…。
3月30日(火)俺だと信じてもらえない俺
横浜・みなとみらい21地区にある国連の食糧援助機関に足を運ぶ。 「チワーッす。取材に来ました」 ところが先方は、俺を見てきょとんとしている。あまつさえ、「おたく様、どなたですか?」 無理もない。前回会った時より15キロも痩せているし、そのころボーボーに生やしていたヒゲも、今では全くないし。「俺です俺、びしですってば」「うそお〜!」 どうしてそんなに痩せたのか、どうしてヒゲをそったのか、などと逆取材が始まり、こちらの取材は全然はかどらなかった。ま、いいか。
夜は外部団体から1年間研修に来ていた人の送別会に参加。その席上で、直属の部長さんから探りを入れられる。 「びしよう、地方に異動になったらお前、今住んでるマンション、どうするんだ?」 なるほど、会社はそういう腹か…。 「いやあ〜。マンションにはご婦人でも住まわせます(うそ)。俺は田舎で美味しいもの食べて、のんびり温泉に入って、好き勝手にやらしてもらいます」 したら別の部長さんが声を荒げて、「ふざけるな。テメエにそんな楽をさせる訳がねえだろう!」ときたもんだ。あなたの部には、行きたくない。
ま、どこに異動になっても、EINは続けますけん、閲覧者諸姉兄には今後ともご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
3月31日(水)年度末オレバカ
今日で98年度も終わりか。大晦日よりずっと感慨深いものがあるなあ。辛いこともたくさんあったけれど、楽しいことの方が多かった。
会社で原稿を打っていると、書留郵便が届く。そういえば実家に不在通知が届いていたので、会社に転送してくれと郵便局に頼んだのであった。モノは新しいクレジットカードだった。こちらも年度末で切り換えの時期なのだな。マスターカード。「古いものは切断して廃棄してください」とある。俺ってバカだから、勘違いして銀行のキャッシュカードを切っちゃったりするのではないかと思い、念には念をとばかりに新旧マスターカードを机の上に並べ、同じ種類であることを確認してから切断、廃棄する。よし、これで大丈夫だ。
俺のわきで新入社員の舶来君が、なんだか浮かぬ顔。明日が正式な入社式だというのに。あ、そうか、明日は新入社員の代表として挨拶をするから緊張しておるのだな。 「じゃあここで、明日の挨拶文を読んでみなよ、ほら、君からもらった挨拶文のコピーがここにあるから。みんなの前で大きな声で練習すれば、気が楽になるよ」「僕、恥ずかしいです。代わりにびしさんが読んでくれませんか」「よし分かった。俺みたいに大きな声で読むんだよ」
「今日は私たち新入社員のために、このような式典を開いてくださり、誠にありがとうござ…」
「ひえ〜、やっぱりいいですう」「何だよう」 舶来君は挨拶文のコピーを俺から奪い取り、そそくさと帰宅した。ま、明日は大きな声で頑張ってほしい。
仕事を終え、自宅に戻る。そういえばマスターカードの登録は旧住所のままだったから、新しいカードと一緒に送られてきた変更届に新住所を記載して送り返すことにしよう。ナンバーを調べるために、財布からマスターカードを引っ張り出す。ところが、くだんのカードの有効期限は「99/4」とある。こ、これって古いカードじゃんか! ということは、俺が切断したのは、廃棄したのは…。