【99年12月】

12月1日(水)母が退院した。これでカイシャと病院の間を行ったり来たりしなくてすむかと思うと、ホッとするわい。せめて今日ぐらいは仕事を早めに切り上げて、実家で母や兄と夕げをともにするか。と思いきや、ガーン! 深夜勤務だったのね…。かくも物事が順調に進まない男も、珍しいのう

本文なし。

12月2日(木)賞与考

 賞与の明細をカイシャから渡された。私は中途採用社員で、入社するまではフリーで働いていたので、初めて賞与をもらったときは「どうしてこんなものをくれるんだろう」などと不思議な気持ちになったものだ。今もその気持ちは変わっていない。でも支給額が昨冬よりン万円も下がっていると、やっぱり腹が立つわい。

 にしても、だ。仕事をしてもしなくても同じ給与額、同じ賞与額というのは切ない。働かなければお金は入らないが、うんと働いていい仕事をすればお金もうんと入る「出来高生活」に戻りたい。賞与明細を見ながら、そんな思いにかり立てられた。が、あした賞与が銀行口座に振り込まれると、また気持ちが変わったりして。

12月3日(金)かくいう私もにょろにょろ

 母の安否確認で日中、実家に足を運ぶ。うん、体が黒くなったりしていない。だれの目から見ても生きている。安心したついでに実家で社会面用の原稿を打ち上げてからカイシャにひき返す。戻るや否やデスクが血相を変えて私を呼んだ。「おいびし、ちょっと来てくれ!」。手にしているのはたまごっち(11日29日の日記参照)。

 「中にいるやつが、にょろにょろになっちゃったんだよ」。

 「ああ〜、こりゃヤバイですね。たしかヘビっちとかいうんですよ。懐かしいなあ」

 「非行の傾向にあるのか?」

 「いや、こりゃもう完全にグレてます」

 「弱ったなあ、娘にかわって一生懸命に育てたのに。でもこれ案外、ウケるかもしれないぞ…」

 「でもヘビっちになると、あとは死を待つだけですよ。早く家に帰ってお嬢さんに見せた方が」

 「帰れるわけねーじゃねーか!」

 笑えない。デスクは午前10時に出勤し、翌午前1時に帰宅する毎日で、休日も出社して働いていたりするからだ。たまごっちの飼育代行ぐらいしか、子供へのサービスができないのであろう。

忙しい。みんな疲弊している。社内を見渡せば今や、「ヘビっち」だらけではないか。

12月4日(土)悔しい

 前にも日記に書いたけど、泊まり明けが土日と重なると、休みが1日損した気分になる。という事情もあって(何が)、今日はお休みさせてくだされ。すんません。

12月5日(日)またしてもすみません

 本日の日記も、お休みさせていただきます。かわりと言っては何ですが、今週中にも本編をアップしますけん、ご覧になってくださいませ。

12月6日(月)禁足・禁酒だなんて…

 カイシャにいると読者からの電話応対に追われ、自分の仕事の時間がどんどん圧迫されていく。最近の問い合わせで圧倒的に多いのは、コンピューターの西暦2000年問題。そこで今回の本編更新は、「2000年漫才」のパート2とさせていただいた。お読みくだされ。

 カイシャは大晦日と元日に、記者に対して禁足・禁酒令を出した。何か社会的なトラブルが発生した場合、すぐにでも現場に飛んでいけるように、だ。1月1日は新聞休刊日で、翌日の朝刊はなし。でも大きなトラブルがあれば、号外を発行する構え。願わくは何もないことを祈りたい。

12月7日(火)〜12月10日(金)恥ずかしくなってきたので一連のイラストは削除しました

12月11日(土)備えあっても憂いあり

 ある会合に、カイシャの代表として招かれた。あいさつを求められることを想定し、大勢の人前でしゃべる内容をユーモアを交えながらひねり出し、小さなカンニングペーパーまで作っていざに備えた私であった。よし、これで憂い無し。ところが会場に足を運んでみたら、私があいさつを求められる場面など全くなく、会合は終了してしまった。せっかく気を利かせて準備しておいたのにい〜、床屋にも行ったのにい〜(泣)。

12月12日(日)急転直下

 びし一族の法事に参列す。親戚の中で一番仲のいい、酒販関係の業界紙を発行しているおじさんが来ていなかった。どうしたのだろう。おばさんに事情を聞くと、体調を崩して床に伏せっているとのことだった。おじさんには後継者がいないので、くだんの業界紙は存続の危機に瀕しているらしい。残念だなあ…。このピンチ、一体だれが救うのだろうか。えっ、私? 私におじさんの後を継げっての? えっ、おじさんが私を家に呼んでいる!?

という次第で私、2000年以降は酒販業界紙の記者になるやもしれません。

12月15日(水)おおむね復旧

 日記をおおむね復旧しました。イラストは自粛しましたが(^o^;)。ご迷惑おかけしました。

12月16日(木)ネットCM

こんにちは。覚えていらっしゃるでしょうか? 新聞で「ママのどたばたパソコン日記」を連載していた大塚忍です。

お久しぶり。

このメールは 以前「新聞読んだよ」と嬉しいメールを下さった方々に10人ずつ bcc をつけて 600人強全員に送らせていただいています。ホームページで すでにご存じの方やDM等でお話させて戴いている方にも再度 同じようなことを書いていると思いますがお許し下さい。

苦しゅうない。

実は 12月15日(頃)に「ママのどたばたパソコン日記」が共同通信社から「本」となって出版されました。1400円 と ちと お高めなんですが 規定量よりいっぱい書いちゃったもので・・・・。

おめでとさん。

で 初版が4000部 なんです。内容は 新聞で連載されたものには手を加えてその他に 新聞連載後に挑戦した 自作機組立だとか ノートパソコンを買うにいたった事だとか を書き足して200ページほどになっています。私の書いた絵 だとか うちの仕事場風景の写真 なんかも載せました。

本人の写真は?

新聞を読んで下さっていた方々にも また 新しい気持ちで読んでいただけるような内容になっていると思います。素人の本を出すために 一生懸命になってくれた出版社の人のためにも(もちろん 私自身の為にも(絶版なんて悲しい)だけど)初版だけは 「残る」「廃版」なんていう自体からは回避したいと思い今回 厚かましいかな? とは 思いましたが皆さんにメール書こう!! と 思い立ちました。是非。1冊でいいので (あたりまえか・・・)買って読んで下さると嬉しいな と 思います。

いよっ、商売人!

半年かけて 書き足し 書き直し 書き増やしていき現在 本が出来上るという所までこぎ着けました。本屋さんで 取り寄せも可能です。(全国に4000部なので取り寄せないと無理かも・・・)

http://www.movenet.or.jp/user/shinobu-o/

から注文のページにも飛べるようにしています。是非アクセスして下さいね。是非是非 よろしくお願いします。

私は経産婦の味方。この際だから

勝手なメールですみませんでした。なお600人以上の方メールをお送りしていますのでお返事戴いてから 私がお返事できるまで ものすごーーーーーーーーーーーーーく時間がかかると思います。ごめんなさい。(と先制攻撃)

ではでは。

営業活動に協力しようじゃないか。

12月18日(土)生きてます

 昨晩も仕事が翌午前零時を回ってしまい、とうとう日記の更新ができなかった。一夜明け、安否確認や更新催促のメールがたくさん届いているに違いない、と思いきや、プロバイダーのメールサーバーがダウンしているじゃないか! 今は復旧したけれども、ダウンしていた間に、私あてのメールはことごとく送信者の元に戻ってしまった模様。

 私、辛うじて生きてます。そちらに戻ってしまった私あてのメール、お手数ですが、また送ってくだされ。でも更新催促以外ね (^o^;)。

12月19日(日)ボタンのかけ違いではなく押し違い

 私には最近、自分自身に関してどうにも腑に落ちない出来事が2つあった。1つはカイシャのエレベーターに乗ってボタンを押すときに、職場(編集フロア)が4階にあるにもかかわらず、いつも間違えて5階(総務フロア)のボタンを押してしまうことだった。次期総務課長の呼び声が高い私ではあるが(?)、いくら前倒しの性格とはいえ、辞令が出るまで5階のボタンを押すのは早過ぎる。一体なぜ?

 その理由が今日、分かった。私は非番だったが、やり残した仕事を片付けるためにカイシャに向かい、いつもの通り間違えて、5階のボタンを押してしまった。そのときハッと気付いたのである。「そうだ、私の自宅はマンションの5階にある。それでいつも5階のボタンを押してしまうのだ!」と。

 これにより、もう1つの疑問も一気に解決した。私は仕事を終えてマンションに戻ると、自宅がある5階ではなく、いつも間違えて4階のボタンを押していたのである。バカだねえ…。だが私は恐らく明日以降も延々と、ボタンの押し間違いを続けるのであろう。こんな人生があってもいい。こんな男がいてもいい(←開き直り)。

12月20日(月)ごきげんようMさん

 編集局の大幹部Mさんが昨夜、突然死した。カメラマンだった私に「記者になったらどうか」と、一番最初に勧めてくれた人だ。私が記者に転じたときにも、辞令が下りる前に「君は次の異動で記者になるぞ」と教えてくれたりもした。

Mさん、あなた自身は悔いのない人生を送れたのでしょうか。

12月21日(火)すみません

今日の日記、お休みさせていただきます。

12月22日(水)情報提供

 「明日の天皇誕生日、うちの町内会では日の丸の旗を揚げるので、ぜひ取材にいらしてください」

お断り申し上げた。

12月23日(木)本当にすみません

今日の日記も、お休みさせていただきます。

12月24日(金)メリークリスマス

 午前1時を過ぎちゃいましたが、仕事はまだ終わってません。そんな中で、何人かの方々からクリスマスメールをいただいたことが、とてもうれしかったです。本当にありがとうございました。

 皆々様。楽しかるべきクリスマスをお過ごしくだされ。

12月25日(土)すんません

本日も多忙のため、日記の更新ができません。

12月26日(日)私の「墓碑銘」

 休みだったけど出社。「墓碑銘」(今年逝去した著名な人)の打ち込み作業が大詰めを迎えた。総勢360人。リストの最後の方に、19日に突然死したカイシャの編集大幹部Mさんの名が。これを載せるべきか、削るべきかで作業が停滞する。他社の大幹部の名は載せているのだけど、自社となると手前味噌のような気がして躊躇してしまうのだ。が、悩んだ末にその名前を打ち込んだ。

 Mさん以外にもカイシャで今年、2人の仲間が亡くなった。そのうち1人は私より年下。同僚の死は辛い。ペーペーの名が新聞に載ることはないが、私の「墓碑銘」には、2人の名前もしっかり刻んだわい。私は在職中に死にたくない。死んでたまるものか。

12月27日(月)会う前から手遅れ

 EINの女性閲覧者さんには美人が多いようだ。これまで独自のオフ会で会ったご婦人方が全員美人だったことから、そんな気がしてならないのである。こうして私のホームページを読んでくださっている貴嬢もおそらく、美人に相違あるまい。

 今日も今日とて、たまたま横浜にやってきた女性閲覧者さんと、短時間ながら会う機会があった。この人が美人であることは既に「関係筋」から情報を得ていたため、こちらもブレザーにネクタイ着用と「よそいき」の格好で待ち合わせ場所に向かった。

 で、くだんの女性は、それがもう、こちらのあごが外れそうになるほどの美人で、驚いたの何のって…。私も必死で「ジェントルマンづら」をしようと努力したのだけど、会話をしているうちにそれが無益であることを悟った。

 「あのう、びしさんは今日も、百匹をはいていらっしゃるの?」

 「はあ、ご指摘の通りです」

 「まだスジャータをゆすいでいらっしゃるの?」

 「…(恥笑)」

 ご婦人の前でどんなに自分を取り繕おうとしても、私はもう「会う前から手遅れ」なのだなあ、と痛感した次第。トッホッホ…。

12月28日(火)「名水」の実態

 ある神社の涌き水がおいしいとかいって、一部名水マニアの間でウケている。私も知人から勧められて飲んだのだが、別にうまくもなんともない。くだんの神社に問い合わせてみると、「涌き水などといった大層なものではなく、ポンプで汲み上げた地下水をタンクにため、それを少しずつ流しているだけ」だという。あまつさえ「タンクは一度も洗浄したことがなく、水がおいしいはずはない」とのことだった。

 そんな水を飲んで平気なのかいな、と私は不安に思っていたのだが、所轄の保健所が水質検査を実施したところ、今日出てきた結果は何と、「大腸菌群の検出」だった。神社が「名水」をウリにして人を集めていたなら記事にするところだが、マニアが勝手に水を汲み、神社側も迷惑をしているとあっては、どうにも書きづらい。神社が「飲用不適」の看板を掲げることで、事態は収束に向かうことだろう。

 それにしても、今件で一番心配なのは、実は私が勤務しているカイシャなのだ。編集局の冷蔵庫には、この「大腸菌入り名水」がペットボトルに詰め込まれてストックされ、業務終了後に一杯やる人たちのチェイサー代わりに使われているのである。この事実を話すべきか、それとも黙っているべきか…。ま、話す以外に手はありませんな。

12月29日(水)Y2Kと古毛布の関係

 数日前、街を歩いていたときに「古毛布をください!」という張り紙が目にとまった。

 横浜には寿町という日雇い労働者の簡易宿泊所街がある。簡宿に泊まれる人はまだよくて、年末年始は町の周辺で野宿生活をする人たちが後を絶たず、毎年凍死者も出ている。そこでこの時期はボランティア団体が野宿生活者に無料で毛布を配り、凍死者を出さないようにと支援・奮闘している。

 ところが、今年は事情が違った。西暦2000年問題対応で企業や公共施設に泊まり込む人が多いため、古毛布を扱う商店などで買い占めが起こって在庫が払底し、ボランティア団体は野宿生活者に配付するための毛布を調達できなくなってしまった、というのである。

 張り紙で事実を知った私は、早速このことを新聞に書いて市民からの提供を呼び掛けてみた。そうしたら掲載の日からボランティア団体に古毛布の提供が相次いだという。関係者から今日、そんな報告のメールをもらって嬉しくなった。

 古毛布の提供は、年明けも1月5日から3月末日まで、横浜YMCAの英語学校で受け付けています(045・641・5492/担当は岩辺さん)。閲覧者の中で、協力してもいいよ、という方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願いします。

12月30日(木)介護と原稿執筆と本編更新と

 今日から実家に滞在し、病身の母と2人きりで年末年始を過ごすことになった。同僚らがY2K対応でカイシャに泊まり込むというのに、申し訳ないなあ。とは言いながら、私自身も実家で年明け以降の原稿を打ちまくらなければならないのだ。トホホ…。

 例年だと大みそかに新年用のオレバカを執筆・更新しているのだけど、この年末はちょっと難しそう。でもネタは仕込んであるので、そんなには遅くならないと思います。年明け後の本編更新を、どうぞお楽しみに。ちなみに明日は年末恒例の(?)「来たよ」ランキングを発表します。

12月31日(金)「来たよ」ランキング

 こんなことをやって一体何の足しになるんじゃい、と思いながらも「来たよ」ランキングを発表します。まず今年下半期から。1位・猫仏喜十郎さん(177回)、2位・アラーキーさん(170回)、3位・SAKATOさん(153回)、4位・WAKABAYASHIさん(97回)、5位・KINOSHITAさん(96回)。そして上半期(6月末日発表)と合わせた1999年総合ランキングは次の通りです。

1位(320回)アラーキーさん

2位(292回)SAKATOさん

3位(256回)猫仏喜十郎さん

4位(219回)KINOSHITAさん

5位(174回)kaz8さん

6位(159回)WAKABAYASHIさん

7位(155回)小野(ugo)さん

8位(141回)TAKATSUKIさん

 私には信じられません(^o^;)。ボタンは押さないながらも日記を閲覧くださっている方々を含め、皆さま、1年間のご愛顧ありがとうございました。来年もよろしく、と言えないのが辛いところではありますが。

ではよいお年を。

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