11月1日(月)出ばなをくじかれた
朝起きたら土砂降り。今日から心機一転、異動先で頑張ろうと思っていたのに、この天気は一体何なんだ!
11月2日(火)透明容疑者現る!
ただいま午後10時過ぎ。業務が終了した。慌しかった異動後の2日間が終わり、明日はのんびりと休養できる。
私は泊まり勤務者として明日の午前10時過ぎまで、事件事故の警戒と原稿執筆をしなければならない。そして今夜は詐欺や強盗致傷などの事件が頻発。逮捕された容疑者の職業を私はパソコンで「無色」などと打ってしまい、「容疑者は透明人間か!」などとデスクにどやされる始末…。
朝よ来い、頼むから一刻も早く来てくれ!
11月3日(水)オレバカアパート火災
泊まり明け。昨晩は某所でとんでもない火事があった。木造2階建てアパート(8戸)の1階に住む男性(21)がミニバイクを室内に運び込み、友達と一緒に修理だか改造だかでいじくり回していた。そのときバイクから漏れ出したガソリンに、わきにあった石油ストーブから引火帝国…。
延べ床面積240平方メートルのうち、男性の部屋30平方メートルを焼いたが、2人にけがはなかった。
で、この火事を原稿化しながら、私は思った。「よおし、私も今年の冬からは、石油ストーブで暖を取るぞ」と。昔ながらの石油ストーブには、エアコンやファンヒーターにはない「火のぬくもり」がある。そして最大の利点は、餅や干し芋を焼いたり、煮物もできること。ストーブの上で牛筋のおでんをコトコト煮込んで、寒い冬を暖かく、美味しく過ごすことにしよう。でも絶対に、室内にミニバイクは運び込まない(^o^;)。
11月4日(木)夢分析のお願い
普段は腕時計なんてしていないのに、気がつくとそいつは私の左腕に巻き付いていた。金属のリストバンドは赤茶色に錆びつき、腕までをも侵食し、私の身体と一体化していた。時計はボロボロだが、確実に時を刻んでいる。私は水道水で腕の錆びを必死に洗い落とし、リストバンドに手をかけた。パチン、と音がして、時計が外れそうになったまさにそのとき、私はハッと目を覚ました。
いつもは「クレヨンしんちゃん」と遊んでいるような幼稚な夢しか見ない私が、随分と哲学的な夢を見たものだ。にしても、どういう「意味」がそこには込められているのだろうか、よく分からん。その方面に詳しい方がいらっしゃるなら、この夢の分析をぜひお願いしたい。
11月5日(金)痛恨の夜勤フォロー
入院中の母が実家に戻ってきた。退院ではなく、一時的な外泊で、である。というわけで、私もこれから実家に泊まり込みじゃ。さて今日の仕事は終わったおわった。帰ろかえろ。と思ったら、深夜勤務番がいないじゃんか。え? 神奈川県警の不祥事で取材をしている? それじゃあ深夜勤務はだれがフォローするの? え? 私? とっほっほ…(iヘi)。
11月6日(土)Y弁護士の無事を祈る
昨夜のこと。原稿を打っている私のわきで、後輩記者数人がケラケラと笑い合っていた。「90歳のぼけ老人」「どこかを徘徊しているんじゃねえのか」などという言葉が耳に入り、一体何を騒いでいるのかと思ったが、忙しかったので訳を聞かずにいた。そして今日の朝刊に目を通し、私は驚いて立ち上がった。
横浜弁護士会の元会長で、今も現役で活躍しているY弁護士(90)が3日、「低い山に行く、夕方には帰る」と家人に言い残したまま、行方が分からなくなっている、という記事が載っているではないか。後輩記者らはどうやら、このニュースで盛り上がっていたようだ。
私にとっては大ショックだった。数年前、山岳系の自然保護グループを取材したことが縁で私は、その一員だったY弁護士と、標高2000メートル弱の「低い山」に何度も一緒に登ったことがあるからだ。Y弁護士は登山歴25年で、年齢を感じさせない健脚の持ち主。私はY弁護士を盗み見て、山歩きの方法を学んだのである。最近は「自分はもうトシなので、みんなに後れて迷惑をかけたくない」などと言い、グループ登山を遠慮していたというが…。
くだんの自然保護グループにあわてて電話をかけたところ、「皆で手分けをして今日、明日と、近辺の山を歩いて捜索する」という。みんな動揺していた。仲間うちでは「卆寿」記念の祝賀登山会も計画されていたからだ。Y弁護士には元気でいてほしいと願うばかり。だが、「迷惑をかけたくない」という思いがあるのならば、家人に行き先をきちんと伝え、登山者カードを残しておくなど最低限の心配りがほしかった。
私も捜索に力を貸したいのだが、一時帰宅中の母を放置するわけにもいかず、週末は実家周りで大人しくしているしかない。辛い。「90歳のぼけ老人」「どこかを徘徊しているんじゃねえのか」。後輩記者らのあざけり笑いが、私の耳にこびりついて離れない。
11月7日(日)すんません…
11月8日(月)午後3時の苦悩
新しい職場は雑務が多い。それをこなしていると午後3時を回ってしまう。で、午後3時というのは、その日の出稿メニューをデスクに申請する時間で、私は頭をかきながら「今日のニュースはありません」などと答える。で、当然のことながらデスクの返答は「馬鹿野郎!」。
そこで私は一計を案じた。1日前倒しで原稿を作っておけばいいのだ。前日に取材と執筆を済ませておいて、翌日の午後3時にその原稿を出す。で、その日の午後3時以降に翌日分の原稿を取材・執筆する、という寸法だ。
こういうタイトロープが、一体いつまで続くのであろうか…。苦悩する私であった。
11月9日(火)またアンギオか…
仕事がひっじょーに忙しい状況の中で明後日、母がまたアンギオというヘビーな検査を受けることになった(4月15日の日記参照)。アンギオと同時に、内臓には直接薬を注入することになるので、今度は全身麻酔になるかも。よって私はその日、カイシャを休ませてもらうことにした(とは言っても代休消化なのだけれども)。
今日は病院で社会面用の原稿を打った。明後日も休みを取りながら、そういう状況になるであろうことは目に見えている。ついでに日記の更新も、病院でしようかな…。
11月10日(水)せっかく休みを取ったのに…
母親のアンギオ(の名を借りた手術)が明日に迫り、私はカイシャに「頼むから休ませてくれ」と懇願し、どうにかこうにか了承を得た。
で、今日は仕事の合間を縫って母親を見舞い、「明日はたまたま休みだから、一日付き添うよ」と励ました。そのとき主治医がやってきて、こうのたまった。
「すみませ〜ん。明日は人手が足りないので、アンギオは来週に持ち越します」
私に一体どうしろというのか(iヘi)。
11月11日(木)そん時ゃ号外出すぞ!
毎月1回「新聞休日」というのがあって、その翌日は一般紙の朝刊が休刊となる。今月は14日がそれ。もしその日に大きな事件事故が起こったなら、紙面掲載は翌日の夕刊以降、ということになる。
今月は「新聞休日」あたりに大きな「事件」がありそうで、こちらの休みはなくなりそうだ。もし当事者が「新聞休日」をにらんで「事件」を当ててくるとすれば、絶対に許せん。その時ゃこちらは号外で対抗するぜ 凸(ーヘーメ)。
私が何を言わんとしているのか、ご想像に難くないとは思いますが。
11月12日(金)すんません
今日の日記、休ませてもらいます。午前零時を回っても、仕事が終わりそうにないので(iヘi)。
11月13日(土)警察官模範例
11月14日(日)たびたびすんません…
今日の日記も、お休みさせてくだされ。
11月15日(月)手術見学
現在私が駐在している神奈川県(実家もそうだけど)で、またしても警察官の不祥事が起きた。が、私は今日、同僚に申し訳ないなあと思いながらもカイシャを休んだ。先週行うはずだった母親の検査(という名の手術)があったためだ。承諾書に署名・捺印する瞬間は、いつもながら緊張する。
そけい部の動脈にメスを入れ、そこから管を内臓まで突っ込んで造影剤を流し込み、同時にその管を使ってさまざまな処置を施そうという荒行。無神経にも操作室のドアーが開け放たれていたので、私はガラス越しに一部始終を「見学」させてもらった。あ、血だらけ。こちらの血の気も一気に引いた。
帰宅してから飯を食べようとしても、食欲がない。けれども栄養のあるものを必死にかっこんだ。公私ともに忙しい今、倒れるわけにはいかない。
11月16日(火)「墓碑銘」
11月も半ばを過ぎると、そろそろ年末の特集原稿に着手しなければならない。私が担当するのは、「1999年の10大ニュース」と「墓碑銘」の2本。
「墓碑銘」というのは、その年の主要な物故者を振り返る特集で、毎日の訃報記事から著名人をリストアップし、それをパソコンで一人ひとり打ち込んでいくという、砂を噛むような作業だ。今日からリストアップを始めたが、面倒くさいことこの上もない。やたらと時間がかかってしまう。
そうこうしているうちに、昨日手術を終えた母親を見舞う時間がやってきたので、続きの作業は病院でやることにしようと、私は資料の束を抱えてカイシャを後にした。
が、結局のところ私は、病院で作業をするのを自粛した。入院患者がたくさんいる場所で「墓碑銘」のリストアップをするのは、あまりにもTPOを無視した所業だと思って(^o^;)。
11月17日(水)固まらないじゃんか(泣)
実家が豆腐屋を営んでいる同僚から、天然にがりを入手した。近ごろ私は国産大豆を購入して豆乳を自作し、毎日飲んでいるが、どうせなら豆腐も作ってみようかと思い立った次第。遺伝子組み替え食品に異を唱える、といった話ではなく、ただ単に美味しくて安全な物を飲み食いしたいだけのことだ。
豆乳ににがりを混ぜて軽くかくはんし、待つこと1時間。どうしたの? 全然固まらないじゃんか(iヘi)。豆乳の濃度と温度、さらにはにがりの分量が適切でないと、豆腐はできない。説明通りにやったつもりだったんだけどなあ…。
失敗作はあえなく廃棄処分に。資源の無駄遣いと環境破壊に大反省。たった1日で挫折する私であった。
11月18日(木)ACアダプターがまずかった
母を見舞いがてら病院で原稿を打っていたら、シーツ交換係の女性に「パソコンを使わないでください」と叱られた。「えっ、携帯電話だけでなく、ノートパソコンもいけないのですか?」と聞くと、女性いわく。
(^o^;)。
11月19日(金)突破
今日の未明に5万アクセスを突破したようだ。1万アクセスを超えたのが昨年の11月末だったから、この1年足らずで4万アクセスがあった勘定になる。「日記猿人」や読み物リンク集に登録せずに、よくぞここまで閲覧者が増えたものよのう。皆様のご愛顧に深く感謝します。
でもホームページの更新をしていて一番ノッていたのは、太郎話やスジャータ話をアップしていた昨年の上半期ごろかなあ…。仕事は忙しくなるし、カーチャンの具合は悪くなるし、今は正直、青息吐息の状態デス。
それでも何とか更新は続けていく所存ですので、今後ともご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
11月20日(土)無意味な逡巡
入院中の母と同室の女性が、ベッドのわきに新聞の切り抜きを張り付けているのを、数日前に目にした。あ「ウチの新聞」じゃんか。老人ホームの入所者が犬をなでなでしている写真が掲載された、アニマルセラピーの記事だった。恐らくこの女性も動物好きで、入院生活で寂しい思いをしているにちがいない。
それにしても「ウチの新聞」を購読してくれているとは、何と奇特な人なんだ。ならばオリジナルの写真を大伸ばしにしてプレゼントしようか、と私は思い立ったものの、素性を明かすのもはばかられ、どうしたものかと逡巡(しゅんじゅん)していた。
ところがその女性は今朝、奇特どころか「危篤の人」になってしまい、そしてあっという間に「帰らぬ人」となってしまった。こんなことならつまらない逡巡などせずに、写真をプレゼントしておけばよかったわい…。
S子さん、ごきげんよう。
11月21日(日)歳時記脱稿
今日はまる1日休みだったので、「オレバカ歳時記」の11月号を執筆し、どうにかこうにか打ち上がった。明日にでも出張所で公開されることだろう(と思いきや、今日のうちに更新してくれた出張所も)。「歳時記」は昨年の12月からスタートしたので、今回でひとめぐり。もう季節ネタの在庫が払底したので、今回をもって最終回とさせていただく。2000年からは新シリーズを開始する予定。だが諸般の事情があって、これまでのように定期更新できるかどうか…。
11月22日(月)スプラッターな話が嫌いな人は、今日の日記は読まない方がいいよ
私は体に膿がたまりやすい体質で、何年かに1度、メスを入れて体内にたまった血まみれの膿を排出している。当然そういうときは2〜3日入院する羽目になる。
でもって数日前から、その兆候があらわれた。体の一部がぷっくり腫れて痛み、頭痛、発熱、リンパ球のグリグリ感…。腫れたのは前にも手術したことがある部位だ。しかし今はとてもじゃないが仕事に穴はあけられないし、家族が入院しているときに私までが入院するわけにもいかぬ。という状況なので、薬を飲んで急場をしのぐことに。
そうこうしているうちに今日、仕事で外を回っているときに体がヌルヌルする感触があった。服の中に手を差し込んでみると、かつてメスを入れた傷口が破れ、そこから血膿がドバドバと出ているではないか。あらら下着までびしょびしょだ。
(良かった。勝手に膿が出てくれた。これで入院してメスを入れる手間が省けたというものだ)
心の中で思わずガッツポーズする私であった。膿が出てくれたお陰で、すっかり楽になった。が、このまま患部を放置しておくのはいかにもマズイ。同僚のS記者に事情を明かし、「仕事が一段落したら病院に行くよ」と言うと、S記者はのたまった。「一段落なんてするわけがないじゃありませんか」。そう言われてみれば、そうだな。対応策を考えないと…。
11月23日(火)玉乃花は弱かった
近所に住んでいた源さん(サンヨー工務店)という名前の大工がいつの間にか姿を消し、そのあとに玉乃花(三星部屋)という関取が引っ越してきた(推定年齢18歳)。「てやんでい!」が口癖だったぶっきらぼうな源さんとは違い、玉乃花はいつも涙ぐんでばかりの弱々しい奴だ。試しに相撲を取ってみたら、本当に弱いんでやんの。最初から最後までこっちが勝ちっ放しだった。行司の軍配は私に上がり、「これにて本日の打ち止めええ〜!」。ン万円の懸賞金と副賞のラークマイルド1カートンが私に転がり込んできた。だがこの屈辱を晴らすべく玉乃花は、必死に稽古を重ねてくるに違いない。だから私はもう2度と、玉乃花と相撲は取らない。懸賞金は来月の生活費に充てるつもりだ(それともTAでも買うか)。
11月24日(水)冥土の土産
母が12月のアタマにも退院の運びとなった。戻ってきたら、何か強烈な思い出をつくってやって、冥土の土産に持たせてやることにしよう。しかし、本人とは無縁の場所を旅行などしても、面白くなかろう。それに、旅行などしている時間が私にはない。そこで思いついたのが、「横浜ナイトクルージング」。クルージングとは言っても海ではない。空だ。ヘリコプターに乗って、自分が暮らしてきた街の夜景を上空から見下ろしてもらう、という趣向。10分間のチャーターなら1人1万円程度なので、私の薄給でも何とかなるだろうし、短時間で済むのがうれしい。
さっそくその企画を母に話すと「嫌だ。私は死にたくない」と一言。だが「いや大丈夫、せいぜい寿命が2〜3日縮む程度のことだ」と説得すると、母は首を縦に振った。私も夜の遊覧飛行を楽しみに、年末の多忙地獄を乗り切ることにしよう。願わくはヘリに乗った日に、寿命が終わらないようにしたいものだ。
11月25日(木)リストラ第1弾
長〜い会議が終わったら、もう26日になっていた。帰宅は午前零時半。トホホ…。
さて、皆さんにお願いしていたEINのリストラアンケートは、25日をもって終了とさせていただく。たくさんの方にご協力をいただき、感謝申し上げる次第である。結果を簡単に報告すると、私が執筆に直接関わっていないコンテンツ(校閲室、投稿欄、リンクなど)を廃止しても構わない、という声が少なくなかった。それと「自分は読まないから」という理由で英語版も。ううむ、これらのコンテンツは多くの方々のご協力の上に成り立っており、むげに廃止するわけには…。
あともうひとつ、私が執筆しているコンテンツの中で「廃止してもいい」という意見が多かったのが「びし白板」。私は深く傷ついた。でもこっちはおとなしくやめることにしよう(iヘi)。
というわけで「びし白板」は年明けを待たず、26日分をもって終了とさせていただく。今までのご愛顧(されなかったがゆえの廃止でしょーに!)に御礼申し上げたい。悔しいからジオシティーズに白板だけのホームページでも作ろうかな…。
11月26日(金)続けます…
白板はなくさないで・・・・だめよ。リストラしちゃ。と、熱烈に訴えるのでした。はい。ということで、明日以降、期待してます。
びし白板は面白いですよ。
びし白板のことなんですが、画面の下の方に格言があったのを今日始めて知りました。だってその上に「戻る」とあるので、そこで画面が終わりかと思っちゃうじゃないですか。ということでアンケートで「びし白板廃止」なんて投票したのをキャンセルします。でもこういうのを、覆水盆に帰らず正月帰れ、というんでしょうね。男と女の関係なんていつもそんなものです。
「びし白板」は無くなってしまうのですか。残念です。数少ない(失礼)毎日更新の記事でしたから。それに、あのわずか2文字に凝縮された意味を考えるのが、私としては面白かったのですが。「営み:控:・・・控って何だろう?控えるって事は、何かあったのかな?」という程度のものですけど。まあ私もヒマ人ですね。
昨日付けの「刺身のつま」で、「びし白板」がリストラのトップになる由を知りました。白板(の格言)は単なる駄洒落でなく、人を刺す寸鉄や小粒でピリリと辛い山椒のような社会性を持った惹句として、楽しませていただいております。これがリストラの第1弾となるとは信じられません。ぜひ残してください。とはいえ、秋風が立ってもクワガタが残り、あげく、新作がないまま廃棄所行きとなりました。最近の白板には、「深く傷ついた」とか「悔しい」などとびしさまが仰るほどの情熱が感じられません。そこで、先日のアンケートに書きましたが(届いていると信じます)、模様替えをされたらいかがかと存じます。具体的には、読者から新作を募って、びしさまのお眼鏡に叶ったものを随時公開していたくと、白板が活性化するのではと愚考いたします。採用ごとに校閲室のようなポイントがあれば、励みになるかもしれません。本日の日記には、「止めないで」とラブコールの嵐(なに、この1通だけでも構いやしません)に押されて存続決定と書いてください。
メールの転載について、了解をいただいてません。ごめんなさい。おわびのしるしに白板は続けます。とっほっほ…。
11月27日(土)時すでに安し
「玉乃花」を撃破した懸賞金(23日の日記参照)で、USBタイプのTAを購入す。ことしの正月に買ったまま放置していたパワーマックG3が、これでやっと本格稼働するぞ。とか言いながら、この間にG4が登場するし、あまつさえ私が購入したマシンは15万円の値崩れ。G3なんか買うんじゃなかったと、今さらながら後悔している私であった(泣)。
11月28日(日)日記の一部リストラ
個人のホームページをあちこち見て回っていると時折、批判の域を逸脱し、身近な他人をボロクソに中傷する文章に出くわすことがある。「人権的配慮」からか個人名は伏せられているものの、それを見た本人や関係者には、だれのことが書かれているのか分かるに違いあるまい。というよりも、本人や関係者に見せるために、そういった文章が書かれているのかもしれない。他人への憎悪をベースにした文章は、自分に関わりがない話題でも読んでいて具合が悪くなるが、書いている本人はどうなのだろう。そんなことをしていて気持ちがいいのだろうか。
で、そういったホームページを見ていて気になったのは、ほかならぬEINのことだ。
EINの日記などに出てくる知人や同僚は、ほとんどの場合が愛すべきキャラクターとして登場しているのだが、過去の日記を最初から読み返してみると、気に入らない同僚に対して私憤をまき散らしている文章も散見されるではないか。これはひどい…。気に入らないことがあるならば本人と相対して、徹底的に論議を尽くせばいいではないか。それを怠りながら私憤を一方的に世界発信するなんて「このびしという男は、なんという卑怯な奴なんだ!」などと激しい怒りを覚えてしまうのである。
というわけで今日、日記の「卑怯なくだり」を半日がかりで削除した。
それにしても、EINの古い日記を読んでいると「このびしさんって、面白い人だなあ」などと激しい感動を覚えてしまうのである。とても他人のような気がしないぞ。やはりこの人は、他人を楽しませる愉快な文章を書いているときが一番ノッている。ときたま出てくる悲しい話も、なかなかいいじゃんか。だが私憤をまき散らすような文章を、この人は絶対に書くべきではない、とつくづく思った次第である。
11月29日(月)懐かしい音
カイシャで原稿を打っていたら、「ピーコ、ピーコ」という救急車のサイレンにも似た陰気な電子音が聞こえてきた。2年ぐらい前に一世を風靡した音だ。
直属のデスクが頬を赤らめて手を上げた。「いや、俺の娘が突然おもちゃ箱から引っぱり出してきて、育て始めたんだよ。でも幼稚園に持っていくことはできないから、『昼間はパパが面倒見てね』って、俺、頼まれちゃったんだ」
明日の会議のとき、どうするんだろうか…。
11月30日(火)恥の上塗り
来年4月の介護保険導入(先延ばしの恐れも出てきたが)と同時に、成年後見制度という権利擁護システムが導入される。この制度の専門家が横浜市内のホテルで講演を行うというので、足を運ぶことにした。だが前の取材が立て込み、講演会場に到着したのは開始時間ぎりぎり。取材が来るのか来ないのかとヤキモキしていた主催者は私の姿を見つけて「いや〜、来てくれたんですか」と大喜びした。
ところが、だ。講演会が始まって話を聞いているうちに、どうもおかしいということに気がついた。これは成年後見制度の話ではない。介護保険制度の話だ、と。よくよく主催者に事情を聞いてみると、私が取材すべき講演会は、同じホテルのワンフロア下で行われていたのであった。「あ、取材場所を間違えました。どもすみませ〜ん」と退出する私。あっけに取られる主催者。こういう間違いは死ぬほど恥ずかしいし、バツが悪い。
あまつさえ私は、間違えて飛び込んだ介護保険制度の講演会場に、ジャンパーを忘れてきてしまった。そこで恥を忍んで間違えた先にとって返し、「すみませ〜ん、ジャンパー取りにきましたあ」。主催者の目が怒っていた。