【99年10月】

10月1日(金)「嫌だ!」とは言えずに

 茨城県東海村の放射線漏れ事故で新聞各紙は、防護服とマスクをかぶって交通整理にあたる警察官の写真などをデカデカと掲載している。しかし、その写真を撮っているカメラマンは恐らく、無防備なままで取材をしているのだろう。こういう状況を、各社の編集幹部はどう思っているのだろう。そして取材にあたっているカメラマンや記者は。

 今はたまたま任地が実家のある横浜だけれども、もし東海村あたりの支局に駐在していて、「事故現場に飛べ!」と上司から言われたら、私は一体どうしていただろうか。

 現場を見てみたい。でもテキが見えないだけに、ものすごく怖い。それでも結局「嫌だ!」とは言えずに、現場に出動することになるのだろうなあ…。

 東海村で取材にあたっている同業者や同僚には、決して無理や無茶はしないでね、と申し上げたい。各社の編集幹部には、ときには部下を撤退させる「勇気」を持ち合わせてほしいのだけど…。

10月2日(土)和牛筋の串焼き(無精な母のための料理教室3)

 今日は非番。洗濯をしてからミニバイクに乗って行きつけの散髪屋へ向かう。つもりだったのだけど、気がついたらなぜかカイシャの玄関にいました。習慣とはいえ、実際アホです(ii)。

 相当疲れがたまっているようなので、今日は栄養のあるものを食べようと、スーパーで宮崎和牛400グラムを購入しました。いくらだと思います? 320円です(笑)。筋の部分を買ったので、100グラム80円で済みました。

 鍋にたっぷり水を入れ、弱火でコトコト2時間ほど牛筋を煮込み(最初の10分でアクを取ったら、あとはふたをしておく)肉が充分柔らかくなったら、鍋から取り出してサイコロ状に切ります。これを串に刺して塩をまぶし、軽く火であぶってやれば、牛筋の串焼きの出来上がり。魚柄仁之助センセイ著「誘惑料理」からの1品ですが、涙が出るほどうまいんです、これが。

 で、残った肉をゆで汁に戻し、そこに手でちぎったこんにゃく、たまねぎ(1/4に切る)、昆布、おろしショウガ、酒と砂糖少々をぶち込み、みそ仕立てで20〜30分コトコト煮込んでやると、今度は牛筋煮になります。これも絶品です。食べるときにちょっぴり七味をまぶしてやるといいでしょう。

 時間はかかるけど煮るだけですから、これほど簡単で安上がりな料理はありません。このほかビーフシチューの具にしてもいいでしょう。「今日のお肉は極上の和牛よ。あなたのために奮発したの。ウフン」とでも旦那に言えば、シチュー用として売っている肉より格段に美味しいものですから、旦那はいとも簡単にだまされ、涙ぐむこと請け合いです。和牛筋のお手軽料理、ぜひお試しくだされ(店頭では、赤身の多いやつを選ぶのがコツです)。

10月3日(日)「私の無謀」

 先月の泊まり勤務のとき、60歳代の女性が国道の横断禁止場所を突っ切ろうとして、車にはねられて即死する、という交通死亡事故が横浜市内で起きました。この事故のベタ記事を打ちながら私は、(恐らくこの女性にしたって、8月に神奈川県山北町で起きた水難事故のニュースを聞いたときには、「雨の中で中洲にキャンプを張り続けるとは、本当に無謀な人たちだ」とあきれ返ったことだろうになあ)なんて思ったりしました。

 茨城県東海村で臨界事故を起こしたJCOでも多分その時期、「再三の警告を無視して中洲でキャンプとは、まったく無謀な奴らがいたもんだ」などと職員らは話をしていたことでしょう。高濃度ウランをステンレスのバケツでジャブジャブと溶解しながら、ね。

 他人の無謀はよく分かるけれども、自分の無謀には気付かない。人間とは悲しいものですなあ。よし、今日は非番だし、思いつく限りの「私の無謀」を帳面に書き出して、その改善策についてあれこれと考えることにするか。ちなみに、私が近ごろ知人たちから「ただでさえ忙しいのに、なんて無謀な」「もういい加減にやめた方がいいのでは」などと言われ続けているのは、●●●の●●です。それはとてもここでは書けません(^o^;)。

10月4日(月)再び始まる園芸の日々

 「近所には内証にしておいて」と言い残し、今日から母が再入院した。医師からは「少なくとも1カ月」と言われているだけで、一体いつ退院できるのか、現時点では全くめどが立っていない。病院と取材先とカイシャを行ったり来たりする生活が当分続くことになるが、なに、スケジュールを自分でコントロールできる分だけ、私は恵まれていると言えよう。

 しかーし、何と言っても厄介で面倒なのは、実家の庭木の水やり。ネクタイしめて花に水なんかやっていた日にゃ、またぞろ老人会幹部の一二三(ひふみ)ばあちゃんがやって来て、「お母さん、どこか具合が悪いの?」などと、ジャガーの眼で私を問い詰めるに違いないのだ(4月9日の日記参照)。

 そういえば最近、ペットボトルの先っぽにプラスチック製の注射針みたいなのをつけて、植木鉢に突き刺して水をやるグッズが売られているなあ。あれでも買って手を抜くか。でも庭には鉢やらプランターやらが50個ぐらいあるから、全部のペットボトルに水を入れるまでに、相当な時間がかかるぞこりゃ。それに庭先で50本のペットボトルが逆立ちしていようものなら、一二三ばあちゃんはますます不審に思うだろうなあ…。

10月6日(水)その後が知りたい

 どうして私なんかに、と思うのだけれど、EINの閲覧者さんからしばしば、メールで悩み相談をもちかけられる。恋の悩み(なんで私に…)とか、交通事故の事後処理とか、マスコミ就職のこととか。

 せっかくだからと自分なりに解決策や対応策を一生懸命考えて、返答のメールを書き送っているのだが、ほとんどの場合、その後どうなったのかの報告がない。やっぱり人に相談をもちかけたならば、その後の展開について報告するのが人の道ではないかと。心当たりのある方々は、ぜひ私にメールをください。

 それともう一点。私に悩み相談をしても、ろくな返事は戻ってきません。腰砕けになるのが関の山です。そうか、だから事後報告がないのか(^o^;)。

10月8日(金)倒れそう…

 きょうは街ダネの取材と執筆を2本、1面と社会面用の原稿執筆を各1本。その合間に病院の母親を見舞う。疲れた。が、まだ終わりではない。ただいま午後8時半。30分の休憩時間に日記の更新を済ませ、午後9時から明日の未明まで会議じゃ。もうどうにでもしてくれ(^o^)。

10月10日(日)すみません

 はっと目を覚ましたとき私は、埼玉県の高麗川(こまがわ)河川敷に横たわっていました。というわけで(?)今日の日記はお休みさせてくだされ(本来定休日ではありますが、おわび申し上げます)。

10月11日(月)さようならN先生

 9年前のこと。大学時代の恩師と親しい間柄だったインド哲学者のN先生が、77歳の喜寿を迎えました。そのお祝いに、先生自らがみんなにプレゼントをしようと思い立ち、陶板の飾りものを作ることになりました。

 陶芸が趣味だった私は、粘土の板を何十枚も作る役目を仰せつかり、そこにN先生は何やらわけの分からない文字を彫り込みました。古代インドのパーリ語の文字で、「お釈迦さんが死ぬ前に、最後に残した言葉」とのことでした。さらに恩師が沙羅樹(釈迦の臨終の地に立っていた木)の葉を下絵付けし、私はそれらを窯で焼き上げました。完成した作品はいろいろな人に配られましたが、私の手もとには何枚か、そのときの焼き損じが残っています。

 N先生は昨日、亡くなりました。86歳でした。私は信仰心のかけらもない人間ですが、先生が亡くなって、陶板に刻まれた釈迦の言葉が、ますます重くのしかかっています。

 「あらゆる事象は過ぎ去る。あなたは怠ることなく精進なさい」

N先生、ごきげんよう。

10月12日(火)オレバカ発電報告(1)

 9月30日の日記でご案内の通り、前々から欲しかった太陽電池パネルを購入することにした。原発依存の家庭生活から脱却することに加え、震災時にも電気を使えることを目論んでのことだ(と言えば格好はいいが、実際のところは趣味の世界)。さっそく太陽電池屋(?)に電話。

 「買いたいんですけど」「はい、3キロワットの発電量で、一式300万円です。これだけあれば1カ月7000円の電気代がかかっている家庭ならば、必要な電力は太陽電池ですべてまかなえますから」「やっぱりやめます。とっほっほ…」

 私の電気代は1カ月3500円程度。そんな大それたシステムは必要ない。ならばということで、発電量600ワットのシステムを勧められる。私が当初考えていたのは1枚55ワットの太陽電池パネル8枚だったが、これを75ワット8枚に変更した格好だ。1枚6万2千円で、計約50万円。これにバッテリーや電圧変換器(12ボルト直流→100ボルト交流)がついて、総額60万円ぐらいか。それでも高いよ(泣)。

 「でも太陽電池には、購入費助成制度がありますから。これを利用するといいですよ」と業者は言う。NPOの「自然エネルギー推進市民フォーラム」が、100ワットあたり5万円の助成をしてくれるのだという。私のシステムでは30万円の助成が受けられるので、計30万円の出費で済むことになる。5割引とはありがたい。「やっぱり買います。わっはっは!」

 で、購入費助成の申請書をもらい、必要事項を記入して申し込んだ。助成期間は11月いっぱいだったので、ぎりぎりセーフで間に合った。

 よし、浮いた30万円で、ついでに風力発電機も買っちまえ!(←大馬鹿者)。

 というわけで、ついにスタートを切ってしまった私のソフトエネルギー導入計画。その経緯は新聞か、他のメディア(アルバイト原稿)で書く予定でいるのですが、それよりも早く、この日記で逐次報告いたします。読んだ人が「こんなことなら原子力発電の方がいいや」なんてことにならなければいいのですが (^o^;)。

10月13日(水)院内執筆に暗雲

 取材を終えてから、母が入院している病院に足を運び、付き添いをしながらバイオで原稿執筆する。前は6人部屋だったが、今度は2人部屋。静かでいいわい。窓の外には芝生とヒマラヤ杉の緑が広がり、おまけに母の隣のベッドにいるA子さん(50代ぐらいか)は、吉永小百合ばりの美人ときたもんだ。そんなわけで原稿がはかどる。あいや、カイシャで原稿を打っていると、問い合わせや苦情、取材依頼などの電話応対もしなければならず、それがないのが院内執筆の利点なのである。いつもの倍のスピードで原稿を打ち終え、(よし、明日もここで執筆するぞ)と心の中で意気込んでいると、「あのう」とA子さん。高鳴る私の胸。

 「わたし、明日退院することになりました。お世話になりました」

 そんな、寂しい…。これでは院内執筆の楽しさが半減してしまうではないか。あいや、それはともかく、次に入ってくる人が重篤な患者さんだったら、とてもじゃないが隣で原稿なんか打っていられない。できれば元気な人に入院してもらいたいものである(んなわけねーだろ)。

10月14日(木)交通事故多発

 今日は泊まり勤務。横浜は夕方からどしゃ降りとなり、小さな交通事故が多発している。そうこうしているうちに、とうとう来た。死亡事故が。といった状況なので、今日の日記はこれで失礼させてくだされ。

 とか言いながら、15日未明に日記の続き。昨夜の事故はこんな状況だった。ミニバイクに乗った女性が、バス停に止まっていた路線バスを右側から追い越そうとした。その直後にバスは発車し、女性は転倒。そして右後輪に滑り込む格好で頭をひかれ、即死した。所持していた免許証から、女性がどこのだれかは推測がつくのだが、なにしろ頭はぺちゃんこにつぶれ、顔が原形をとどめていないので、本人かどうかが特定できないのだ。身元確認のために警察に呼ばれた家族が、変わり果てた肉親の姿を見る場面を想像するにつけ、胸が痛む。

 事故当時、現場はどしゃ降り。バイクがバスに接触した形跡はなかった。亡くなった女性はもちろんだが、バスの運転手さんも本当に気の毒だ。交通死亡事故は、原稿を打つのがつらい。皆さんも決して無理な追い越しはしないようにしてくだされ(それにしても泊まり勤務のときって、こんなことばかり書いているような気が…)。

10月15日(金)オリーブオイルサーディン(無精な母の〜4)

 泊まり明け。今日から3連休だと思うと、嬉しくて涙が出ますよ。で、景気づけに、火曜日に仕込んでおいたオリーブオイルサーディンを食す。うまい…(涙)。

 知人の「謎の保健婦」に教えてもらいました。作り方は超簡単。値段も1人あたり50円程度と廉価です。頭と肝とウロコを取り除いたマイワシ8〜10尾(自分でさばくのが面倒ならば、魚屋に頼むといい)を縦2つに切って、濃いめの塩水(6%)につけること2時間。お次は耐熱容器にタマネギ(1個)とニンニク(2かけ)のスライスを敷き詰め、その上に水を切ったイワシを乗せてラップをかぶせ、レンジで10分間温めます。そしたら蒸し汁を捨てて、上から粒コショウ(適宜)とディル(ハーブの一種)をまぶしてローリエ(1葉)を乗せ、オリーブオイル(エキストラバージンがお勧め)をヒタヒタになるまでぶっかけます。これで出来上がりです。イワシで体内の脂肪を分解し、オリーブオイルで善玉コレステロールだけを生かし、骨まで食らえばカルシウム摂取もバッチリのダイエット健康食。いともたやすくわき腹がつまめるようになったそこの貴女、ぜひお試しを。

 食べごろは3日目ぐらいで、冷蔵庫にぶち込んでおけば1週間以上はもちます。レモンスライスを添えてお召し上がりくだされ。

 ちなみに私、昨日保健所で身体測定したら、身長178センチ、体重66キロ、体脂肪率13%、肥満度マイナス5でした。この1年で17キロやせました。もはやオリーブオイルサーディンなぞ食べている場合ではないかも(^o^;)。

10月16日(土)(山口百恵「いい日旅立ち」のメロディーで)

ああ〜、日本のどこ〜かに〜、更新〜待ってる〜人がいる〜。

にもかかわらず、日記をお休みさせていただく私をお許しくださいませ。

10月17日(日)大豆三昧(無精な母のための料理教室5)

 このコーナーを好んで読んでくださる女性閲覧者さんが少なからずおられることを、メールをいただいて知りました。んで、今回は調子にのって大豆料理っす。

 昨日スーパーで大豆を購入し、一晩水につけておきました。それを使って今日は料理4品。

 1・呉汁 大豆と水(1対3の割合)をミキサーに1分間かけて、できあがったどろどろの汁を、少な目の水で作っておいた豚汁(みそ仕立て)にぶっかけて食します。コクがあって、おいしいです。

 2・豆乳 大豆1カップと水2カップをミキサーに2分間かけてから大きな鍋に入れ、さらに水8カップを加えて15分間煮ます。それを布でこせば豆乳の出来あがり。1週間分は確保できます。にがりを加えれば豆腐も作れます。

 3・おから 豆乳を作ったときに、豆汁をこした布の中に残ったのがおからです。切り干し大根やネギなどあり合わせの野菜類を加えて、酒とみりんと醤油と砂糖と好みのだしで味付けすればグッドです。

 4・煮豆 最後に残った豆と昆布(もしくはヒジキ)を3のおからと同じ味付けで煮込み、汁気をとばせば出来上がり。

 使用した大豆は250グラムで、値段は198円でした。栄養もあるし、抜群のコストパフォーマンス。豆は有機無農薬とか、国産とか、いろいろなバリエーションのものが売っているので、いろいろこだわってみるのも楽しいでしょう。

一体何のホームページなんすかね、EINは…。

10月18日(月)「どっ!」

 というのは、「豆なんか食ってないで、太郎話の続きを早く書け!」という閲覧者さんからの催促メールが届く音です(ii)。

 鋭意、鋭意六輔です。つまらない駄洒落をかまして申し訳ありません。更新が滞っている代わりに、ちょっとウケを狙ってみて、墓穴を掘っただけのことです(ii)。

 今週中には完結編をアップいたしますので、今しばらく、いましばらくお待ちくだされ〜い(ii)。

10月19日(火)百匹始

 横浜は朝から厳しい冷え込み。そこで今日から私は百匹を着用することにした。ことしの百匹始(ももひきはじめ)は昨年より半月、平年よりも1カ月早い。トシをとったからではなく、恐らく目方が落ちたせいだろう。

 百匹はダサいとか、恥ずかしいとか、そういう無意味な偏見を持ち合わせていなかった私は、本当に幸せ者である。しかしながら、ご婦人の前でズボンを下ろし、ズロ〜ンと姿を表す百匹姿に平然としていられるデリカシーの無さも考えものだ。百匹着用には微妙なバランス感覚が求められるのである。

 そういえば忌野清志郎さん(48)も、百匹愛用者だと聞いている。あの素晴らしい「パンク君が代」も下半身の保温に支えられてのものであることを、閲覧者諸姉兄には充分に理解していただきたい。

などと自己の正当化に懸命になる私であった。

10月20日(水)早朝取材

 明日は午前3時に起床じゃ。取材するのは新聞配達の現場。普通にベッドで寝てしまうと起きられなくなりそうなので、これから日本酒をしこたま飲んで、パソコンの前で酔い潰れる予定。酔いが抜けて目を覚ますと、だいたい3時ぐらいになっている、という寸法だ。あまつさえ明日は午後11時までの深夜勤務。実働20時間はちょっと厳しいなあ…。

というわけで、おやすみなさい。

10月21日(木)ついに来たっ!

 私、今晩突然に人事異動の内示がありました。今ですら忙しいのに、来月からはその3倍も忙しくなります(ii)。そのショックからか、今月分のデータを消失してしまいました。明日中には復旧させる予定ですので、どうかご勘弁くださいませ(ii)。今後のサイト更新にも暗雲が立ち込めている状況ではありますが…。

で、とりあえず復旧作業は完了しました。これからふて寝。おやすみなさい。

10月22日(金)これが仕事だから

 今日は入院中の母の誕生日だったので、とりあえず「おめでとう」の一言でも言っておこうと思い、取材と執筆をさっさと片付けて病院へ行くつもりだった。が、近場でコンビニ強盗が起こり、犯人が山に逃げ込むという事件が起こったために、そちらの取材に身を投じることとなり、予定は大幅に狂ってしまった。事件は夕刻に一応の決着をみたものの、当初予定していた取材と執筆はパーに。病院へは午後8時の面会時間終了前にぎりぎりセーフで飛び込み、とりあえず母に一言「誕生日おめでとう」と言い残し、カイシャに戻る。

 こうして日記の更新をしている今は午後11時25分。私はまだカイシャにいる。さてこれから自分の原稿を執筆するかあ…。

10月23日(土)蟹休暇

 びし白板に「蟹食」と書いたら、「何のカニか」という問い合わせが複数ありました。毛ガニでもズワイでもタラバでもありません。食べたのは上海蟹です。現地の湖で捕獲される、この時期にしか食べられない淡水のカニで、種類で言うとモクズガニ。手のひらに乗るぐらいの大きさなんですが、すっごく濃厚な味で、毛ガニ2匹分ぐらいの破壊力があるんです。みその詰まった甲羅に熱燗の紹興酒を注いで、これをチュチュチュ〜ってすするのがまた、いいんですよ。

 生きたままで空輸されてきた上海蟹が食べられるのは、関東では横浜中華街ですが、予約が必要な店がほとんどです。そんな中で、予約無しで食べられる店もあります。香港路の真ん中辺にある「牡丹園」という広州料理の店です。1匹2000円。この時期横浜へおいでの方は、ぜひ中華街で上海蟹をご賞味くだされ。

 というわけで今日の日記は蟹休暇とさせていただきます。って、もう充分書いているじゃんか…。

10月24日(日)すんません…

 本日の日記はお休みさせていただきます。が、カイシャで今晩(笑)本編の新作を青息吐息で打ち終えました。明日以降の表紙にご注目くださいませ。

10月25日(月)「せがれ」の正体

 母の隣のベッドに数日前、70代くらいのおばあちゃんが入院してきた。そして「うちのせがれはちっとも見舞いに来てくれない」とボヤキまくっている。くだんの「うちのせがれ」は役人で、防災関連の仕事をしているのだという。そういう話を聞かされているうちに、私は恐ろしい事実に気がついた。その「せがれ」は何と、私の日ごろの取材相手だったのである。

 こいつは好都合だ。病院で執筆だけでなく、取材までできるなんて。などということは、さすがの私も考えない。おばあちゃんは今日手術をして、回復室に移されたので、もう同部屋になることはないだろう。いくら何でも取材相手と、病院でまで顔を合わせたくはない。

10月26日(火)最終ページの行方

 ただいま午後10時半。カイシャで日記を更新している。仕事は終わったが、来月からは連日午前零時帰宅、なんてことになりそうなので、今のうちに体を慣らしておこうかと。

 著名な演劇評論家が今夕、依頼しておいた原稿を持って来社した。担当デスクが不在だったので、代わりに私が応対し、手書きの原稿を預かった。ペラ(200字詰め)の原稿用紙十数枚を、私は自分の机の上に置き、デスクが戻ってきたら直接手渡そうと考えていた。ところが驚いたことにその30分後、原稿の最終ページが1枚、忽然と姿を消しているではないか。

 ヤバイ! 真っ青になって捜し回ったものの、どこにも見当たらない。もし紛失したら、評論家とカイシャの双方から半殺しの目に遭うだろう。私は自分を落ち着かせながら、原稿を預かってからの30分間を思い返した。

 (ええと、預かったペラ原の束は裏返しにして机の上に置いたんだ。それから不在の担当デスクに外部から電話が入った。応対した私はその内容をメモ書きして、デスクの机の上に置いた。あっ!)

 私は何と、評論家から預かった原稿の最終ページの裏面を、メモ用紙に使っていたのであった。

10月27日(水)忙しいのもいいもんだ

 今日は午前8時半から働き始めて、業務終了は午後11時半。明日もまあ、それぐらいの勤務時間になるだろう。自宅に戻る頃にはヘトヘトになっているが、ピーター・ポール&マリーとかの洋楽懐メロを聴きながら、野菜くずでスープを作ったりしていると、とても瞑想的な気持ちになってくる。15時間働いた後で、眠りに就く前に与えられるわずか1時間の静寂と幸福感は、何ものにも代え難い。こういう感覚は、時間がたっぷりあるときには絶対に味わえない。忙しいのもいいもんだ。別にこれまでがヒマだった訳ではないんだけどね。

10月28日(木)のんびりするのもいいもんだ

 午後7時前に退勤し、母を見舞った後、今日は「人間的に」帰宅した。魚屋で殻付きのカキを購入し、ナイフでこじ開けて生で食す。んめ〜(涙)。で、日本酒で晩酌。こうやってのんびりするのもいいもんだ。

 眠りに就くまでの4〜5時間、何をして過ごそうかな、などと思いを巡らすのも楽しい。のではあるが、私がすべきことは既に決まっている。カイシャでやり残した原稿を3本、これから夜中までかかって必死に打たなきゃならないんだよね(ii)。

10月29日(金)第1ラウンド終了

 カメラマンから記者に転じて3年半。私はこれまで担当していた「街ダネ屋」を卒業し、週明けから今以上に忙しい部署に配置転換となる。今度はいわば「なんでも屋」か。

 第1ラウンド終了のゴングが今日、打ちならされた。それでもまだやり残した仕事があり、私はグロッキー寸前だが、第2ラウンドはさらなる激戦が予想される。ダウンしないようにガードを固めながら、こちらからも果敢にパンチを繰り出さないと。

 本編更新のつなぎとして更新してきた日記が今後どうなるか、週が明けてみなければ分からないが、何とか続けていきたいと考えている。皆様には今後ともEINをご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

10月30日(土)他人の墓に手を合わせる私

 今日は非番。朝のうちに母を見舞った後、死んだオヤジの墓参りに行き、近場のホテルに1泊しようかと考えているところです。オヤジの墓は、横須賀市内の寺にあります。私は「びしケ崎」(仮名)という珍しい名字なのですが、菩提寺に行くと「びしケ崎家の墓」がたくさんあるので、どれがオヤジの墓なのかいつも迷ってしまい、挙げ句の果てには他人様の墓に手を合わせて帰ってくる始末。これまでの「的中率」は恐らく、3割にも満たないでしょう。

 墓地は山の中腹にあり、眼下に東京湾が見渡せる好立地。ああ、私も早く墓に入り、オヤジと一緒に行き交う船を毎日のんびりと眺めていたい。などという後ろ向きのことを考えてしまうから、私は墓参りが苦手です。それにしても、何年ぶりかなあ…。

10月31日(日)テレビ欄のコピーとは…

 昨日はオヤジの墓参りを無事に済ませた後、海岸ぷちを散歩して、近場のホテルに1泊してきました。客室に入るとテレビのわきに、新聞のテレビ欄の縮小コピーが1枚。手に取ってみるとそれは何と、「わが社」の新聞ではありませんか。

 で、けさ部屋に配られてきたのは他社の新聞でした。私は自社の新聞を読みたかったのですが、ホテルでは売られていませんでした。恐らくホテル用に1部だけ購入して、あとはテレビ欄のみをコピーして各客室にばらまくのでしょう。たくさん買ってもらえる新聞、作らないと…。

 というわけで(?)、明日からの異動でこの日記がどうなるのか、先が見えない状況ですが、時間があれば更新する所存ですので、のぞきにいらしてください。