【98年7月】

7月20日(月)人騒がせ二題

 昨日の午後10時ごろのこと。何台もの消防車がサイレンをけたたましく鳴らし、私の自宅マンションの横を走り過ぎていった。向かっているのは実家方面だ。火災の規模が大きければ現場取材しようと思い、また実家も気になるので、私は横浜市の消防指令センターに電話を入れた。「もしもし、こちらは◯◯新聞のビシ川です。いまたくさんの消防車が自宅の近所に集まってますが、どこかで火災が発生したのですか」「いいえ。ビル火災の通報があったんですけど。どうやら屋上で高校生が花火をやっていたようです」「そうですか、ありがとうございました」「おたくさま、ビシ川さん、ですか」「そうですが、何か」「あ、いえ…」 オペレーターの応対に多少の「?」を感じながらも、実家やその周辺の火災ではなかったことに一安心した。「人騒がせな高校生だ、まったく」

 今日になって実家の年老いた母に昨晩の騒動の様子を聞き、私は「ぎゃっはっは〜」と腹を抱えてしまった。

「実は119番に電話したのは、アタシなのよ」

 母は実家の窓から何気なく外を見て、実家と約70メートルの距離がある4階建てビル(店鋪兼住居)の屋上から煙と火の手が上がっているを発見し、あわてて119番通報。それからビルに走っていって玄関のドアを叩き、出てきたオヤジに「屋上が火事です!」と知らせた。するとオヤジは「ああ、ウチのせがれが友達と花火やってるんですよ」と笑いながら答えたのだという。母はキレた。「冗談じゃない。人を驚かしてどういうつもりよ。これから消防車がどんどんここに集まってくるからね、アタシ知らないわよ!」怒鳴り散らす勢いで騒動の責任をオヤジに転嫁しようという腹だったようだ。

 母の言葉通り、消防車や救急車が次々と現場に到着。母は「火事ではなく花火だった。通報者はアタシだが、おとがめは勘弁してほしい!」と消防隊員に訴えた。「分かりました」と隊員らはビル屋上に上がり、住宅密集地のど真ん中でボンボンと打ち上げ花火を楽しんでいた高校生らに熱いお灸をすえ、併せてしつけの悪いオヤジに手厳しく意見したのだという。現場には相当の野次馬が集まったらしい。

 ここまで聞けば、昨晩の通信オペレーターが私の名前にこだわった理由は分かる。通報者と照会者が同姓で、しかも変な苗字であることが不思議だったのだろう。わはは。

 高校生も高校生だが、私の母も人騒がせだ。火事とおぼしきビルに声をかけてから通報すればよかったのに。でもまあ高校生らもこの騒動に懲りて、迷惑で危険な花火遊びは2度とやらないだろう。願わくは彼らにもうひとつお願いしたい。119番通報された腹いせに、私の実家に放火なんかしないでね。

 ちなみに、今日は横浜・山下公園で花火大会。私はドでかい花火が嫌いだ。見物人でない身には、ドン、ドンという破裂音がゴジラの足音みたいに聞こえて、体に悪い。

7月21日(火)本末転倒

 横浜市内にある接骨院の団体「横浜市柔道整復師協会」が、市と災害時の応援協定を結ぶことになり、協会幹部の先生を取材した。震災で骨折したり脱きゅうした負傷者に対し、専門的な応急処置を施す役割を担うのだという。取材先の接骨院で診察室に通され、患者用の椅子に座らされた私は先生に開口一番、

「あのう最近私、あごの調子が悪いんですが…」

 実は3カ月前から私は、口を開いたり閉じたりするたびにあごがボリボリいうようになり、医者に診てもらったら顎(がく)関節症と診断を下された。ところがその医者は「君には腰痛の痛み止めを出しているから、それを飲んでいれば大丈夫」と、根本的な治療をしてくれなかったのだ。整復師の先生を前に、私は思わず患者になってしまった(^o^;)。

 そこでは顎関節症の患者が結構多いらしく、自分で治す方法を教えてくれた。毎日風呂に入るとき、カッパよろしく目の下まで湯舟につかり、ボリボリする部分を指先でモミモミ押してやると、だいたい1カ月ぐらいで治るのだという。私はそこつ者なので、鼻から水を飲んだり知らず知らずのうちに窒息するなど死に至る失敗をしそうで恐い。それを1カ月続けなければいけないとは苦痛だ。

 暗たんとした気持ちで椅子から立ち上がり、一礼して失礼しようとしたとき、私は先生に呼び止められた。

 「君、取材、取材!」

7月22日(水)鯛の逆立ち

 出社するなり自分の直属の上司ではないデスクに呼び止められた。「何かご用ですか」と聞くと、「君が担当しているページの写真が『上下逆さまになっている』と、読者から指摘の電話が入ったんだよ」と言う。

 私はあわてて朝刊を開き「きゃっ」と悲鳴を上げた。よく見ないと分からないのだが、海の中を泳いでいるイシダイの写真が上下反対になっているではないか!。「横浜のさかな図鑑」というコーナーで、若手の水産研究者に写真と文章を寄稿してもらっている外注モノなのだが、写真や原稿のマネジメントをするのも私の役割なのだ。製版のときに天地がひっくり返ってしまったようなのだが、試し刷りの段階で私は間違いに全く気付かなかったんだよう(ii)。

 おそらく電話をしてきたのは相当サカナに詳しい人なのだろう。他の読者からは指摘や苦情はなく、ほとんどの人が気付いていないようだ。問題は写真を提供してくれた学者の先生への対応だが、海外に出かけている最中であと1週間は帰国しない。不幸中のゥラッキィ〜。本来なら明日の朝刊で、「魚の写真は上下逆でした」と訂正を出すところだが、恥ずかしいから黙ってよ〜っと(^o^;)。

 ほらほら見てェ。2枚並べてもどっちが正しくてどっちが逆さまの写真かなんて、ちょっとやそっとじゃ分からないでしょ、でしょでしょでしょ(涙)。

7月23日(木)いらぬ心配、あらぬ噂

 女性のステンドグラス作家Oさんの工房を訪れた。10年ぶりの取材だったが、いい感じに年令を重ね、ナイスフィフティーになっていた。工房の奥に入ってびっくり仰天。3年前に全然別の場所で取材したガラス作家のたまごO嬢がいたからだ。かつて将来の夢をいきいきと語ってくれた子が、今ではプロとして頑張っている。

 なんと2人は母娘だったのだ。同じ苗字で、やっていることも同じだけれど、別々に取材したから気付きもしなかった。

 私は驚いたと同時にホッと胸をなでおろした。(いやあ、もし前の取材でお母さんに不倫を申し入れていたり、お嬢さんに交際を迫ったりしていたとしたら、こんな場面ではとてもじゃないが平静ではいられないからなあ)と…。

 だが私は品行方正を絵にかいたような真面目なオジサン。もとよりいらぬ心配なのである。

7月24日(金)援助昼食

 会社での昼どきは外食をせず、社内食堂で済ませている。昼食代が500円を超えるとタラタラと脂汗が出てくるのだ。独身の気楽さはあるが、会社の安給料とマンションのローンを考えると、極力金をかけないで生活したい。で、私の昼食代は一食170円。ご飯と味噌汁(70円)、納豆(50円)、豆腐または野菜のおひたし(50円)という内訳だ。動物性たんぱくが不足しているとの声もあるが、そこはそれ、ちゃ〜んと考えている。本編の「素晴らしき苦情応対」に登場する原日出子ファンのかつぶしオジサンから、私はかつぶしの削りかすを安く買い込み、それをミルで粉砕してふりかけ状にし、ごはんや納豆にぶっかけて食しているのだ。滋養がある上に、うまいんだなこれが。

 最近はかつぶしの削りカスに加え、食堂で働くキウチさんという60歳くらいのおばちゃんが、私にタダでおかずを一品くれたり、めしを大盛にするなどのサービスをしてくれるため、170円でもう満腹だい。キウチさんは「あんたはウチのせがれみたいに思えるから」という。息子さんは会社の転勤で地方におり連絡をしてこないらしく、寂しい思いをしているようだ。私も調子に乗り「キウチさんも嫁にいった私の『姉』みたいに思えますよ」と言ったら、キウチさんはその日から、本当なら定食につくおかずまで無料でくれるようになった。

 女性は何歳になっても「女の子」。酸いも甘いも噛みわけた年配の女性に受けるかどうかで男の真価が問われるのだ。わっはっは!(若い女性に受けない男の負け惜しみだと思ってくだされ…)。

7月25日(土)カニ夫の教え

 休日を返上して取材に出かけた。場所は横浜駅西口。市内一の繁華街を流れる川に、本来なら海にすむはずのカニがたくさんいるのだ。新聞では動物ネタは大人にも子供にも受ける。専門家に案内してもらいながら川の護岸の石組みに目をやると、いるわいるわ、50、60、70匹、クロベンケイガニという種類のカニが。カメラの望遠レンズを通して見たら、カニ同士ひどく仲が悪くって大笑いさせてくれた。石組みの隙間に入り込もうとしたカニ太郎が、既に中にいたカニ右衛門に無骨なハサミで空手チョップを見舞われるわ、ちょっと肩が触れあったカニ子とカニ江(敬三ではない)がたちまち掴み合い(挟み合いか)の大ゲンカを始めるわ…。こりゃ自分が勤務する会社よりひどい有り様だわ。

 そんな中、険悪な集団からやや距離をおき、ひとり黙々とプランクトンを食べていたのがカニ夫。私は彼に大いに心打たれた。よし、会社の人間関係に嫌気がさしたなら、またここに来よう。カニ夫に会うために。

7月26日(日)事件を呼ぶ男

 自宅のマックで昨日のカニ話の原稿を打っていたら、テレビからとんでもないニュースが流れてきた。和歌山でお祭りのカレーに青酸化合物が混ぜられ、気の毒にもそれを食した4人が死んだ(入院40人)という。予断は許されないが、もっとデカイ山(事件)の序章のようで、ひどく不安だ。

 「ひゃー大変だなT記者は」

 T記者とは、S新聞に勤める同県人の知り合いで、私より10歳ぐらい年下の若手。千葉の支局から今月、和歌山の支局に異動になったばかりなのだ。しかも和歌山県警担当として。原稿を中断し、さっそく同情のメールを打つ。

 「T記者さま。こちらはビシ川です。和歌山でのんびりしてください、と送り出しましたが、途端に大事件とは驚きました。おそらく貴君は『事件を呼ぶ男』なんでしょうね。どこの社にも、異動の先々でデカイ山に付きまとわれる記者がいるものです。それが貴君です。今回は山が山だけに外食や水道水にはしばらく用心したほうがいいでしょう。また、『あいつが山を連れてきやがった』などと支局の先輩たちは言うでしょうが、取り合わないのが得策。それに加え、激務の挙げ句に自分自身が過労で命を落とす、という最悪の事態だけは避けた方が…」

 こ、これはマズイ、これっぽっちも同情にはなっていない。ええいメール送信は取り止めじゃ。

 地元警察は一刻も早く殺人者を捕まえてほしいわい。

7月27日(月)北の国から'98夏-帰社-

 結局T記者には同情のメールを送った。ヤバイ部分を削除して。で、すぐに返答のメールがやってきた。それを読んで私は大いに驚いた。概要を紹介すると、こうだ。

 「拝啓、ビシ記者さま。こちらはS新聞のTです。いま僕は、北海道にいます。おじいちゃんが亡くなったので、こっちに来ている訳で…。でも会社から『すぐに支局に戻れ!』と連絡が入ったため、僕はこれから和歌山東警察署に向かう訳で…」

 ほとんど「北の国から」入ってます。

 それにしても大変なことが一度にやってくる人っているものだ。T記者は「事件を呼ぶ男」どころか「一大事同時多発男」かもしれない。北海道から和歌山までって移動がしんどいだろうなぁ。飛行機で関空まで行っちゃえば案外楽なのかなぁ。

 「甲子園行くと負け男」程度の私なぞは(本編・オレバカの「俺は球児を殺してない」参照)まだまだ修業が足りないのかも(そんな修業したくね〜よ)。

 「拝復、T記者さま。こちらは相変わらず呑気な訳で…。 びし」

7月28日(火)テレビ取材

 「取材、帰宅夕方」と、ホワイトボード勤務表の「びし」欄に書き残し、私は他の記者をしり目に会社を出て自宅に戻った。早い話が仕事をサボったのである。で、私は自宅で何をしていたのかというと、実は高校野球・東神奈川大会の決勝戦をテレビで見ていたのだ。私はプロ野球にはさほど興味はないが、負けたら終わりの高校野球は、その緊迫感がたまらなく好きだ。

 決勝戦のカードは春のセンバツの覇者・横浜高校 対 初の決勝進出を果たした川崎・桐光学園。野球しか能がない雑草軍団(最近は真面目で大人しい子が増えたけど)が、偏差値高い坊ちゃんの集いをケチョンケチョンにやっつけるさま(もちろん野球で)は、「いけえ!やれえ!」と、見ていて最高のストレス解消になるのだ(負けると逆に立ち直れない)。ビールを飲みたいところだったが、赤い顔をして会社に戻るとすべてがバレると思い、我慢した。その代わりに冷房をかけシャツとズボンを脱いで、思い切りリラックスしながらテレビ観戦した。

 試合は両校の実力からすると、今日の横浜の最高気温と同じく 31.4-0 くらいの大差で横浜高校が勝つと思っていたが、エース松坂君の不調で 14-3 というスコアだった。点差だけ見ていると楽勝に思えるが、横浜高校は随所でピンチに立たされ、今日は見ていてヒヤヒヤした。

 さて、野球の自宅観戦を終え、涼しい顔をして会社に戻ったら、社の同僚記者はだれもいなかった。ホワイトボードの書き込みを消そうとしたら、他の記者の欄にも自分が書いたのと同じ言葉がずらりと並んでいて、思わず苦笑してしまった。

 「取材、帰宅夕方」

 みんなは三々五々、何食わぬ顔で戻ってきて仕事を再開したが、私はしばらくしてガンガン頭が痛くなってきて、終業時刻になると同時に帰宅した。冷房にあたったか、仕事をサボったバチが当たったかのどちらかだろう。両方だったりして…。

7月29日(水)西大会に涙

 昨日は2時間サボったので、今日は2日分働いたる! と意気込んだのはいいものの、気合が入り過ぎて1200字限度の原稿に2000字以上も費やしてしまった。で、余分な800字を削るのに原稿執筆の倍も時間がかかってしまい、結局1日分の仕事しかできなかった。過ぎたるは及ばざるがごとし。トホホ。

 今日の高校野球は西神奈川大会の決勝で、原辰徳の母校である東海大相模と、初めて決勝に進出した平塚学園の対戦。東海大相模は部員が生意気だから大嫌いだ。でも強いから優勝してしまうのだろうと思い、テレビを見るつもりはなかった。ところが、予想に反して平塚学園が 10-2 の大差で優勝をさらう結果となり、私は嬉し泣きにむせびながら会社のテレビにしがみついた。平塚学園の上野監督は、昨日の東大会で優勝した横浜高校のゲンさん(渡辺元智監督)の教え子で、数年前までは横浜高校でコーチをしており、私は一緒に甲子園に行ったことがある(もちろん初戦敗退だ)。それにしても師弟で甲子園出場とは話が出来過ぎているわい。私も夏休みをとって甲子園まで試合見に行こうかな〜(嫌がられること受け合い)。 

7月30日(木)大洪水

 昨日から今日にかけて閲覧者からのメールが相次ぎ、返答に追われた。一部紹介すると、1「ビシ記者の視覚イメージについて教えてほしい」(九州の20代公務員女性) 2「君の斜に構えた姿勢は面白いが、何か物足りないんだよなあ」(関西の40代自営業男性) 3「ウチで編集者かライターとして仕事をしてほしい」(東京の30代出版社男性)。

 1には「私は麻原ショーコーとガッツ石松を足して2で割ったタイプ」と返答する。私がヒゲを生やし、がっちりとした体格なのでそういう回答になったのだが、こう言っておけば写真を公開するハメになっても、「そこまではひどくないじゃん」と思っていただけるだろう。 2には「ご意見ありがとうございます」と返答。 3には、「今度そちらのオフィスにお邪魔します」と返答する。大抵の本屋なら売ってるSOHO系雑誌なので、いいアルバイトになりそうだ。ついでに出版社に転職し、EINのページはもうやめちゃおうかなあ。ウソ。

 横浜で夕方、1時間に約90ミリという観測史上最大の豪雨。0メートル地帯は大洪水の有り様だった。自宅マンションは山の上だが、窓を開けっ放しで取材にでかけ、帰ってみたら案の定、雨が吹き込んでテレビやビデオなどの電化製品が水浸しになっていた。乾けば復活するだろうか。ビデオデッキの中に入っていた「となりのトトロ」のテープもビショビショ。仕方がない、どうせ見過ぎで擦り切れていたテープだ。通算4本目となる「トトロ」を購入するか…。 

7月31日(金)死海体験

 午前中、甲子園に出場する横浜高校と平塚学園の両校ナインが会社に挨拶に来た。県庁にでかけたついでに地元の各新聞社を回っているらしい。

 私も両校の監督に激励の挨拶じゃ、と思ったら、編集局の幹部は、「いや、お前は何も言わんでいい」と、私を小部屋に閉じ込めた。「甲子園負け男」の汚名は全社的に浸透しているようだ。出陣前に縁起の悪いものを見せてはいけない、という配慮とか。ひどいわ、人権蹂躙よ!

 午後は取材。横浜唯一の海水浴場「海の公園」へ。海水をためたプール(3.5立方メートル)に、さらに塩を750キロ加えて飽和食塩水にし、その中に人が入るという実験のモルモットになる。「体験ルポ」というやつだ。めちゃめちゃ濃い塩水につかるとどうなるかというと、イスラエルの「死海」と同様に、何もしなくても人間の体がぷかーんと浮かぶのだ。高校の先生が、子供達の理科離れに歯止めをかけるために考えついた実験で、小中高校生らに交じり「死海体験」を満喫した次第。面白かったが、15分間の塩水浴で体じゅうがひりひりした。でも体についていた虫は落ちたかもしれない(イノシシじゃないっつ〜の)。

 今いる部署は、厄介な取材を何でもこなさなければならないので辛い。危険手当、ほしいなあ。できれば保険も。