12月1日(火)バイト君悲哀 その?
月はじめの日記は、前月分をインデックスに移したりする作業があるからカッタルイのだ。
来年正社員として入社予定のバイト君が、年末ジャンボ宝くじ発売の取材に出かけた。2時間ぐらいして彼が取材から戻ると、すごく凹んでいたので事情を聞くと、取材中に現場で不審人物だと思われ、警備関係者に取り囲まれたのだという。
宝くじの売り出しが行われた横浜市内の地下街で、くじを買った人に話を聞こうと近付いたところ、周辺の警備にあたっていた数人の地下街関係者に包囲され、「あんたは何か悪い商売している人じゃないの?」と疑われたらしい。キャッチセールスのオニーチャンか何かと勘違いされたのだろう。新人さんによくある話なのだが、彼は現場でそうとうギクシャクした動きを見せていたようだ。さりげなく人に近付いて話を聞き出すというのは、慣れが必要なので。結局彼は新聞社が発給した名刺(編集局所属という肩書き)を手渡して身分を明かし、難をのがれたのだという。
バイト君が取材現場での一件を会社でとつとつと話しているとき、くだんの地下街から彼宛てにファクスが届いた。「さっきはすみません」というおわびの文書かいなと思ったら、さにあらず、「地下街で今度こういう催しもあるので、ぜひ来てください」という取材依頼の文書が山のように。バイト君もなめられたものだが、「名刺商売」とはよくぞ言ったものよ (^o^;)。
かくいう私も、名刺なしで仕事ができる奴になりたいっす。
12月2日(水)愛待子、本当はお前が欲しい!
今日は泊まり勤務の日。事件事故が何もないことを祈りたい。近ごろは泊まり明けが公休日と重なって損をするパターンが延々と続いていたので、「びし白板」でご案内の通り、明日はのんびり休んで「自分のこと」をするつもりだ。疲れた。本当はアルバイトがしたいのだけれど、Mさんすんません…。
それにしても、年内業務のゴールラインは遠い。日常の業務に加え、元日用の特集紙面、年末年始用のストック原稿、年明けから始まる連載などなど、前倒しで取材・執筆しなければならない仕事が山積している。助けてくれ〜!
とか言いつつ仕事の合間を縫って、横浜駅近くに開店したパソコン屋をのぞきに行く私。新バージョンのiMacがごろごろ置いてあって、もう予約なしでも買える供給量らしい。ボーナスは全額貯金の方針だが、今あるお金でもなんとか買える。愛待子 (^o^;)、私は本当は、お前が欲しいんだ。欲しいんだよーう! でも結局私は愛待子のボディーラインをナデナデしただけで、買わずに会社に戻る。ああ、USBタイプのMOドライブが発売されたなら、すぐにでもセットで買っちゃうんだけどな。
12月3日(木)冬迎える儀式
夜明けの歌よ〜、私の心にィ〜、るーるーるるーるーるー、るるるーるるーるーるー(歌詞を忘れ、スキャットに切り替え)
泊まり明けのアサイチ日記。昨晩は交通死亡事故が多発した。ミニバイクが乗用車と衝突したり、歩行者が乗用車にひかれたりして死亡するケース。いずれも交差点での発生で、乗用車側の過失だった。交通事故のベタ記事は、いつ書いても嫌なものだ。私はいまどき珍しく車を運転しない男(それどころか普通免許すら持っていない。今後も取る気はさらさらない)なので、人をはねることはないだろうが、一方ではねられないように用心せねば。みなさんもひいたりひかれたりしないように、気をつけてね。
今日は散髪を済ませたら、実家の庭に出してあるプルメリア(南国の植物)の鉢植えをすべて、室内に格納する作業が待っている。全部で7本。既に高さ2メートルを超えている木もあるので大変な力仕事なのだが、自分が好きで買ってきた植物だから文句は言えない、というより案外楽しい。この「園芸作業」を済ませないと、私には冬が来ない。いわば儀式みたいなものなのである。
では今日はこのへんで。明日はギックリ腰の話でも書くか…。
12月4日(金)取材したかった2人
横浜にただ1軒残された「もんじゃ焼き屋」に足を運ぶ、取材ではなく、昼飯代わりにもんじゃを食べるためだ。
82歳のバアチャンが経営し、4人で満員になる店。一般民家で看板も掲げていないため、その存在を知る人は数少ない。もんじゃ焼きは、水で溶いたどんぶり1杯のうどん粉に、タマゴ1個と青のり、揚げ玉が入って150円。これに魚肉ソーセージ(30円)とベビースターラーメン(同)を混ぜて、ラムネ(100円)を飲みながら備え付けの鉄板(練炭使用)で焼いて食べる、というのが私の定番だ。総額310円で満腹になる。
この店には、秘密の場所でひとときの休息を楽しむ「わけあり」の客が多い。嫁にいじめられて行き場のない老婆、多額の負債を抱えた会社社長、やくざ、風俗の女の子、うだつの上がらない新聞記者 (^o^;)。そして今日の極めつけは、同棲している中学生カップルだった。
同じ中学校に通学し、男の子はジャニーズ系、女の子は篠原ともえ系という異色の2人。それぞれ母子家庭で、母親らは勤めが夜遅く、帰って来ない日も多いらしく、女の子は男の子の家で一緒に暮らしているという。双方の親御さんは、わが子が「元気ならばそれでいいい」という考えらしい。2人はそれぞれの母親から小遣いをもらっているものの、「家計」もなかなか苦しいので、1杯150円のもんじゃで倹約しているようだ。
記者として2人をぜひ取材したい。いい悪いなどの判断はさておき、2人の生活や同棲に至った経緯、それぞれの親や学校の談話も取り、淡々と記事にしてみたい。自分の会社の新聞で掲載が無理なら、よそのジャーナル誌でもいいんだ。私は2人に自分が新聞記者であることを明かし、取材を申し出た。でも笑顔で断られた。
2人の話は真っ赤なウソだったのかもしれない。そしてこの日記も…。
12月5日(土)ウルトラ前倒し大会
今日はすごく寒い一日だった。おまけに腰が痛くて痛くて。勤務はなかったが、日中は延々と原稿を打ち続けた。前倒し前倒しでいかないと、仕事が終わらないのだ。で、来週分の仕事のノルマはほぼ完了。来週からは再来週分のノルマをこなしながら、元日特集用の仕事と、年明けから始まるシリーズの取材、執筆だ。もうどうにでもしてくれ〜!
ええい、どうせなら今のうちに年賀状も書いちまえ。「謹賀新年」、「1999」の文句とウサギのイラストだけはプリンターで印刷し、宛名書きと各人へのメッセージはすべて肉筆で。今年の年賀はがきはインクジェット対応とかいって、サインペンで字を書くとツルツルとしたペンの走りでえらく気色が悪い。これからの人はボールペンを使ったほうがいいよ。50枚。友達少ないから。
この後、前倒し風呂、前倒し夕食、前倒し酒、前倒し営み(ないない)と続いて、午後6時までに今日一日が終わってしまった (^o^;)。
これから前倒し就寝。でも明日の朝は前倒し起床ではなく、たっぷり寝て少しでも疲労感と腰の痛みを和らげたい。そして目が覚めたら近くの神社に前倒し初もうでだ。というのはウソ。
12月6日(日)声を白にして言いたい
横浜ベイスターズファンの作家が某活字メディアに寄稿しているコラムを読み、噴飯&爆笑する。横浜高・松坂君の交渉権を西武ライオンズが獲得したことに関して、猛り狂う内容。ドラフト制度の問題点や矛盾点を突いているくだりは作家の言う通りなのだが、くだんの西武に対して「狙った魚は必ずとる凄腕の球団だという」「ありとある(原文ママ)手段を講じて、何が何でも選手を入団させてしまうそうだ」「そういう西武のやり方には選手を自家の戦力とのみ見る目があって、選手の一生を考えてやる人間的配慮などあろうとは思えない」などと悪口雑言の限りを尽くし、「そんな魔手を相手にせねばならぬ松坂君が気の毒」と断じている。逆恨み、ここに極まれり。いくら署名原稿とはいえ、こんな誹謗中傷コラムを載せてしまう活字メディアもすごい。名誉毀損で訴えられないよう祈りたい。
実際のところ松坂君にとって、西武はかつて「意中の球団」のひとつであり、そのころはベイスターズのベの字もなかった。どういう経緯で彼が最終的にベイ入団を希望したかは分からないし、大切なのは「現在」だが、彼の気持ちは今や両球団の間で激しく揺れ動いているに違いない。前出の作家氏はもし松坂君が西武に入団したら、「意思を曲げた人間」などと彼を糾弾するのだろうか。もちろんドラフト制度なんか無いのが一番だが、そんな中で彼が下す決断を私は尊重し、応援してあげたい。いや、私は決して西武ファンではない (^o^;)。でも松坂−デニーの「勝利の方程式」が、来季以降の日本シリーズでベイをメッタ斬りにする(もちろん横浜スタジアムで)光景を見てみたい気も…。いや、私は決して横浜嫌いでもない (^o^;)。ここで私は声を白にして言いたい。
運動部に異動が決まったら、ドラフト廃止のキャンペーンを張りたいなあ。
12月7日(月)何も文句は言わない
書店で季刊誌「パソコン主婦の友」(税込み1300円)を購入。ううむ、素晴らしい。出版元がサイビズだけあって、「主婦とカネ勘定」をメーンテーマにしながらも、非常にヒューマンな誌面作りをしておるわい。それにしても世の夫婦は面白い。「パソ友」に目を通すと、藤原紀香と斉藤清六、山田花子と織田裕二、みたいな組み合わせの夫婦が仲むつまじくやってるんだなこれが。いいね〜え。私はEINで自分のことを「松本被告とガッツ石松を足して2で割ったような風体」と称しているが、「パソ友」に取材してもらうには「内田有紀と広末涼子を足して2で割ったタイプ」の女性と所帯を持つくらいのインパクトがないと。いや、これはいくら何でも身のほど知らずか。私は贅沢は言わない。「原日出子の母性と、浅田美代子の愛嬌と、風吹ジュンのアンニュイを足して3で割ったようなタイプ」の女性であれば、もう何も文句は言わない。
私は反省のうえ、前言を撤回します…。
12月8日(火)ウルトラ弔辞
隊長、キリヤマ隊長、どうして死んじゃったんですか。ダンはさっさとM78星雲に帰っちゃうし、アンヌはすっかりビア樽体型になってしまったし、フルハシは転職してラジオ番組でバアちゃんに毒舌を吐く男になってしまったし、私の心の支えは隊長、もはやあなただけだったんです。
隊長は「理想からはほど遠く、頼りにならないものの、部下から慕われ、愛される上司」であり続けました。あなたは部下の物言いに「なに!」「なにい !?」といちいち驚き、また肝心な場面ではダンが現場を離れているというのに、「いけぇセブン、セブン頑張れぇ!」と応援に夢中になり、ダンの“職務放棄”に1年間も気付かなかった大馬鹿者でした。でも隊長、私はそんなあなたが大好きでした。隊長にならあげちゃってもいい、と思ったこともしばしばでした。
私は小学校の作文で「大人になったらウルトラ警備隊員になり、キリヤマ隊長を仲人にアンヌ隊員と結婚したい」と書いて、担任教諭から心無い「もっとがんばりましょう」の判子をもらいました。あれから30年が過ぎ、いま私は「ウルトラ軽微な男」として悶々の日々を送っています。恥ずかしながら、まだ独身です。先ごろアンヌのプレイバック写真集を買いました。わはは。
あと1カ月で私は38歳になります。キリヤマ隊長、あなたが第一線で活躍していたときと、とうとう同じ年齢になってしまうのです。でも私はヒラです。これからも隊長にはなれないでしょうし、なりたくもありません。だってまだ私自身が現実社会で、隊長のような愛すべき上司に巡り会っていないのですから。部下業すら全うしていない自分が、どうして上司業を営むことなどできましょうや。
隊長、香典はありません。きょう私は手持ちのお金をすべて、住宅ローンの繰り上げ返済に使ってしまいました。代わりにこれから自宅で「ウルトラセブン」のビデオをかけて、亡き隊長をしのびたいと思います。キリヤマ隊長、ごきげんよう。
12月9日(水)理由と手法
4カ月前に「減量するぞ!」と決意し、そのとき82キロだった体重が、今では72キロまで落ちた(身長は178センチ)。1カ月に2.5キロのペース。それにしても、周囲の反応が男女でまったく違うのが面白い。殿方は「どうしてそんなに痩せたのか」と「理由」を聞きたがり、ご婦人は「どうやってそんなに痩せたのか」と「手法」を聞きたがるのだ。
【理由】私は腰が悪いので、医者から減量を命じられた。
【手法】食事制限もさることながら、「8月解散」による凹み (^o^;) や、仕事のストレスも影響しているのだろう。
中には「ぜんぜん変わってないじゃん」という声もあるが、そういうのは相手にしない 凸(-ヘ-メ)。しかしなあ、10キロ痩せても腰痛は全然緩和されないんだよなあ…。まだ腹周りがぷよぷよしているから、もう少し減量に励むことにするか。2カ月たったらまた報告します。
12月10日(木)変な講演依頼
今日は興奮で体がブルブル震えた。エッチ画像を見たのではない。正月の特集取材をしている最中に、幕末の横浜の歴史にかかわる特ダネを見つけたのだ。詳細は書けないが、130年以上も前の横浜の様子を紹介する極めて珍しい資料(外国の新聞記事)が見つかり、その実物を目にしたという次第。写真に撮り、コピーも取っちゃったので、額に入れて飾っておこうかな。普通なら社会面で展開してもいい内容なのだが、元日に読者をあっと驚かせようと、ネタを温存させておく所存。でも、自分が「これは特ダネだ!」と思っても、他人には取るに足らない話かもしれないし、「資料・文献ネタ」というのは価値判断が難しいんだよね。会社の人間はこの際どうでもいい。読者の評価をこそ仰ぎたい。
かつて取材したことがある市内の農協から、講演依頼の電話が入る。私に求められるテーマはこれまで「地震防災」とか「ボランティアとNGO」とかがテーマだったのだが、今回のテーマは「私について」。なんでも私が農協を取材したときの担当者が、私のことを「変わった記者だなあ」と思ったらしく、職場でそのことを話したら、「だったらその記者を呼んで、みんなで話を聞こうじゃんか」ということになったらしい。何だそれ(^o^;)。私は今、忙しくて仕方がないので、平日の昼休みに1時間、最初から質疑応答形式で講演をすることになった。ギャラは出る。現物支給で、崎陽軒のシウマイ弁当(税込み735円)1ケ。あとお茶。「どうやってネタを探すのか」とか「新聞社の機構はどうなっているのか」などと、記者の日常に質問が向けられるのだろうが、私はスタンダードな記者ではないので、ちゃんとした返答ができるかどうか不安だ。でもまあ向こうもちゃんとした返答なんか求めていないようなので、開き直って「オレバカ」話の2つ3つも披露してみるか。
面白い講演になったら、EINで採録してみようかな。本番は14日。
12月11日(金)歳時記は14日にアップしてもらう予定
今日はカウンター値の上がりがすこぶる悪い。「来たよ」ボタンも同じく。土日は会社や学校からアクセスしている人たちが閲覧しないので、上がりがよくないのは分かるのだが、この現象が金曜日に起こるというのは極めて珍しい。でも理由は明白だ。日本全国津々浦々、忘年会が立て込んでいるのだろう。ああ、いいなあ。みんな何を食べて飲んでいるのかなあ。私のところは17日(木)の予定で、場所は中華街。そのほか個人的に、小さい忘年会がいくつかある。カウンター値よりも、日記の更新が滞りなくできるかどうかが心配ではある。
実を言うと「オレバカ歳時記」の12月最終回は今週のアタマに各出張所に送信してあり、早ければ今日にもアップしてもらう考えでいたのだけれど、仙台から「週末はアクセスが少ないから効果的ではない。アップは週はじめがいい」という旨の指摘があったため、14日に更新作業をしてもらうよう方針転換したのであった。そしてその判断は、本当に的確であったと私は感心しきり。という訳で、歳時記の12月最終回は来週の月曜日にお楽しみください。
12月12日(土)おいしくて体にいい福祉?
横浜には中国医学に基づいた薬膳料理の研究グループがあって、薬膳を日本風(「和風」とはニュアンスがちょっと違う)にアレンジしたおせち料理とか、高齢者向け料理とかを考案・調理して、レシピを公開している。
今日はこのグループの調理実習会場に出かけて試食をさせてもらった。テーマは「配食サービス用薬膳弁当」。独り暮らしや夫婦のみ世帯の高齢者を対象に(月1〜週3回程度のペースで)弁当を届ける配食サービスは全国的に行われており、福祉ボランティアの一ジャンルをなしているが、多くの場合栄養バランスなどはいい加減に実施されている(もちろん例外もあるが)。そこでこのグループは、お年寄りの健康増進や病気予防にいい生薬と食材を使い、なおかつ栄養学的にもカロリーやたんぱくの量をきちんと計算した「薬膳弁当」の献立とレシピを作り、配食サービスで利用してもらおうと考えている。
出来上がった弁当はさぞや薬くさいのだろうと思ったら、試食させてもらうと予想に反しておいしかった。「薬膳弁当」は結構はやるかもしれないなあ。それにしても、「福祉やるぞ! いいことするぞ!」みたいな押し付けがましいボランティアは嫌だが、「自分たちの得意分野が、もしかしたら福祉にも生かせるのでは」というさり気ないボランティア精神は、とても素敵だ。こちらも応援したくなる。
ちなみに今回の献立は 1・ユリ根入り生姜ご飯 2・落花生入り五目炒め 3・金針菜とひじきの五目煮 (以上が薬膳メニュー) 4・青菜の花かつお 5・フルーツ 6・漬け物
しかしながら「薬膳弁当」の効能は、一度食べたくらいでは実感できない。よし、また試食しにいくか。うそ (^o^;)。
12月13日(日)アルバイト疑惑
(当日執筆分)「びしさん、実はアルバイトでアエラのコピー担当もやってるんでしょう?」 閲覧者からこんなメールが届いた。明日発売の同誌が「ボーナスにカットなる」というコピーを掲げているのを例に挙げ、「少し前に『びし白板』の格言で『前年割れ、怒りま賞与』というのがあったけど、これって日本語が英語になっただけで、全く同じコンセプト。別人の仕事とは思えない」という指摘。わたしゃコピー担当なんてやってない、やってない。きょう現在アップしている「松坂ネタ」が後日、形を代えてアエラに登場したら、そのときはまたメールください (^o^;)。
12月14日(月)都市型農業のこと
今日は昼休みの時間を利用し、横浜市内の農協に足を運んだ。質疑応答形式の講演(?)という予定だったが、行ってみたら結局、農協関係者の愚痴を聞かされる羽目になってしまった。今年の天候不順でキャベツなど葉もの野菜の価格が高騰し、各農家の販売収益は5年続いた赤字から黒字に転じたものの、「良品、不良品の選別作業と病気予防の手入れに追われ、さらには苦心して育てた野菜が収穫直前に畑から盗まれ、揚げ句の果てに価格高騰でマスコミと消費者に目のカタキにされ、さんざんな1年だった」とのこと。目新しい話は全くなかったが、農協の人たちの肉声を聞けたのは、こちらにとっての収穫ではあった。
横浜の野菜が売れるか売れないかは天候だけでなく、30キロ南の温暖な場所にあり、野菜の収穫が横浜より2カ月早い三浦地域(ダイコンが有名)の作柄に左右される。つまり三浦がダメだと横浜の野菜にお声がかかり、逆に三浦が好調だと横浜の野菜はお払い箱になるのである。ま、愚痴を聞かせてもらっただけでなく、来年は横浜の農業事情についてじっくり取材してみようかな。
12月15日(火)誰がために鐘は鳴る
横浜市内には、除夜の鐘を元日の朝から突く奇妙な寺がある。周辺が宅地化され、夜中に除夜の鐘を突くと「うるせえぞ!」という文句が住民から寄せられるため、悩んだ揚げ句の苦肉の策らしい。ええいもうヤケクソ(と思ったかどうかは分からない)、どうせなら参拝者に好き勝手に鐘を突いてもらおう、ということで、この寺では松の内の日中、「ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン…」と鐘が鳴りっぱなしになる珍現象が起きるのである。
いつごろから除夜の鐘に苦情がくるようになり、またいつごろから「除昼の鐘」を突かせるようになったのか、檀家はどんな反応を示しているのか、寺として今どういう思いでいるのか、来年もまたやるのか、などの話を住職に聞き、記事にしてみようと私は昨晩思い立った。宗教行事とはいえ、都市化で消えた歳末風景(音景か)という観点で書けば、問題はなかろう。
ところが、今日の朝刊を開いて私は驚いた。くだんの住職が肺がんで亡くなった、との訃報記事が掲載されているではないか。
住職、ごきげんよう。お話は後日、副住職に聞かせてもらいます。
12月16日(水)一段落
元日特集の原稿執筆が、25日の締め切りを前に早々と終了した。でもすぐに出すと別の仕事をおっつけられるので、締め切り日まで出稿しない (^o^;)。あとは仕事納めまでのルーチンと、年明けから始まるシリーズものの原稿を前倒しで書けば何とか仕事は終わる。やれやれだ。
12月17日(木)O君、ありがとう
1カ月ちょい前に某大学の新聞部長をしているO君からメールが届き、「新聞部で年に1回出している雑誌で、EINを紹介させてもらっていいですか」という問い合わせがあった。ほう、別に許可なんかいらないのに感心感心、と私は大いに感じ入り、彼の申し出を歓迎した。
そして今日、くだんの雑誌が自宅に郵送されてきた。どれどれ…。「新聞が変わる−デジタル情報革命と新聞の未来」とな。うう〜む、なまじの記者が書くよりも、文章がこじっかりしているじゃんか。記者クラブの横ならび体質とか、クラブ発表の内容を即日ホームページで公開する埼玉県の試みとか、いい視点で書かれているねえ。さてEINのことはどう評しているのかな。
新聞記者が日頃どのような思いで紙面を作成しているのか、インターネットの普及は記者の素顔を知る大きな機会をもたらした。その一つが新聞記者自身によるホームページだ。実際の紙面でも署名記事などの形で「記者の顔」が伝わりやすくなってはいるが、紙面上では限界がある。しかし個人的に開設するホームページでは記者の肉声を直接聞くことができる。内容は仕事内容や取材先とのトラブルなどさまざまだ。例えば「EIN 新聞に教育を」(アドレス付記)というホームページは、新聞の抱える問題や、日々の取材活動の様子などが主な内容。その他、コラムなどの形で記者個人の考え方をホームページに載せているものも少なくない。これらのホームページからは、内部の人間だからこそできる新聞やマスメディアに対する見方が少し見えてくる。
このコラムに触発されてEINを閲覧した人は、おそらく腰砕けになっているに違いあるまいが(^o^;)、O君、紹介してくれてどうもありがとう。いい記者になってくださいね。
12月18日(金)びしさんてどこにいるの?
会社の同僚を自宅に招き、忘年飲み会を開く。おでんとかやくごはんと刺身。んまかった〜。特別ゲストとして「ふざけるな!専業主婦」ライターのI女史(初対面)を招く。飲み会の数日前に同僚S記者(I女史とは旧知の間柄)がI女史に「びしさんてどんな人?」と聞かれて「竹野内豊に似ているんだよね」などと馬鹿なことを言ったために、彼女は今日私を見るなり呆然としていた。揚げ句の果てに「ねえ、びしさんてどこにいるの?」だと(iヘi)。
ぷはぁ〜、今日は酔っぱらっちゃってもう書けない…。
12月19日(土)うたげの後
今日は休日出番。二日酔いと寝不足の重い頭を抱えながら街ダネ取材を2本。帰宅すると、昨晩から放りっぱなしの汚れた皿の山が私を待ち構えていた。昨日の飲み会は私を含めて6人(うちご婦人3人)。ありったけの皿やコップを使ったからな。1時間かけて食器洗い。でも私にはこれが全然苦にならない。テレビもつけず、音楽も聞かず、水道の音が聞こえるだけの室内で黙々と皿を洗っていると、いつしか瞑想的な雰囲気に包まれ、やがて私は大宇宙との一体感を味わい、気がついたときには空中を浮揚していることもしばしばだ(うそ)。
問題は、おでん。昨日は具を大量に買い込み過ぎて、未調理の状態で2人分が残されていた。ええい、作っちゃえ。ぐつぐつと音を立てるなべ。たった1人でつつくおでん。ああ寂しい。今度は社会からの隔絶感をたっぷりと味わった。近所に住んでいるK記者に電話。居留守。仕方がない、今日は練り物、明日は揚げ物、あさっては野菜類と、4日連チャンでおでんを食べ続けよう。
部屋の片隅にふと目をやると、あっ、だれかが黒いマフラーを忘れていったらしい。ほんの少し香水のにおい。ま、まさか「ふざ専」ライターのI女史のでは。「今度1人で取りに行くわ、本当のびしさんに会いに、ウフン」みたいな。んなわけねーだろ。心当たりのある方は、びしまでメールをください。マフラーをお返しします。郵便で。
12月20日(日)溶き卵の無限ループ
好きよすき焼き専科、甘さも辛さもちょうどいい。さすがにおでんの連チャンは飽きる。夜は実家ですき焼きを食した。ところで閲覧者諸姉兄はすき焼きを食べる時、溶き卵に肉や野菜を「ダンキング」しているだろうか。私は昔からこうして食べているけど、これって全国共通の風習なのだろうか。「いいえ、うちの地方ではチョコやカスタードクリームにつけて食べます」という人がいたら、ぜひご連絡ください。
で、私はすき焼きを食べるときに、溶き卵でいつも同じ失敗を繰り返している。生卵を割って中身を小鉢に移し、はしで黄身と白身を混ぜるときに、無意識のうちに醤油をたらしてしまうのだ。恐らく大学時代、溶き卵に醤油を混ぜてご飯の上にぶっかけて食べていたクセが抜け切っていないのだろう。ま、みなさんもこんなヘマ1回ぐらいはやったことあるでしょ? お願いよ、あるって言って…。
でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。
でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り、はしでカチャカチャと溶き始める。そして無意識のうちに、私はそこへまたぞろ醤油をたらしてしまうのである。でも醤油をたらした時点で気が付けばまだいい。私なぞは醤油卵につけた肉を口にして、初めて「うっへー、辛い!」と自分の間違いに気付くのである。まあやっちゃったものは仕方がない、醤油卵はあとで卵焼きにでも使うか、ということで私はまた新しい卵を割り…
12月21日(月)捨てちゃおうかな
19日にご案内した黒いマフラーの持ち主が判明する。会社で私の前の席に座っている女性記者のものだった。捨てちゃおうかな (^o^;)。
12月22日(火)「のび太」登場
年内掲載分の原稿が打ち上がる。疲れたあ〜。私は26日から冬休みモード。残りあと2日で1月9日までの原稿をすべて打ち上げるつもり。とにかく私はせっかちなもんで (^o^;)。
来年入社予定で、年明けからやってくるバイト君「その2」が、会社にあいさつに来た。既にガンガン取材をこなしている「その1」がガッチリした体格で、自分が思ったことをズケズケいうタイプなのに対し、「その2」はヒョロッとしていて眼鏡をかけており、いかにも大人しそうなタイプ。よって「その1」には「ジャイアン」、「その2」には「のび太」というあだ名がついた。会社の白板には「ジャイアン」「のび太」の項目が新設された。
「ジャイアン」はきわめて有能。「のび太」も見かけに反し、かなり実力がありそうな奴らしい。2人に追い抜かれないように、私も頑張らねば(「ジャイアン」には既に抜かれているという説あり)。
びし白板では、今日は酒は控えるとしていましたが、結局のところは酔っ払ってベロベロです。日記はこのへんでご勘弁ください。
12月24日(木)私は「切り捨て者」
今日はカウンターの上がりが悪いだろうと思いきや、意外にも着実な伸びを示している。おまけに「来たよ」メールも続々と。楽しかるべき聖夜に、EINなんか閲覧してはいけません。祈りなはれ、拝みなはれ。かくいう私も淡々と日記の更新をしているが (^o^;)。
実をいうと私の実家はガチガチのカソリック。なにしろ実家には、お祈り専用の部屋まであるくらいだ。特に兄はミッションスクールの教員で、学校が終わると「歌う伝道師」の顔を持っている。耶蘇さんを賛美するオリジナルの歌を作ってCDまで出しているほどで、その世界ではかなり有名らしく、今日明日は東京でコンサートがあるという。
そんな中にあって、キリスト者たることをかたくなに拒み続けている私。だってもし全知全能の神様がいるとしたら、いくら「私はあなたを愛してますう〜」と言ったところで、そんなお世辞は簡単に見すかされるはずだもの。死んでからの損得は考えずに精一杯生きて、それで神様から「お前は×」と烙印をおされて地獄に落ちるなら、それはそれで本望だと考えている。もし信仰あつき閲覧者さんがいらっしゃったなら、どもし〜ましぇん。
にしても、なんでクリスマスイブは日本において、聖夜転じて「性夜」になってしまったのだろうか。私はもはやそっち方面も「切り捨て者」になってしまったが…。ということで、私はいつも通りに取材、執筆、酩酊、そして営み無し (^o^;)。
12月25日(金)豆腐考 その2
実家の隣のおばちゃんがお歳暮代わりに、「おいしいと評判の豆腐屋で、並んで買ってきた」といって、木綿ごしだの厚揚げだのをたくさん持ってきたので、私もおこぼれにあずかった。厚揚げを一口食べてドキリとした。「おばちゃん、これもしかしたら『豆光』の豆腐?」「そうそう。よく知ってるわね」「実はさあ」
「豆光」は昨年暮れ、オレバカの「豆腐考」で紹介した、癌で死んだおかみの店である。私は厚揚げを頬張りながら、「豆光」のおかみが自分の高校の先輩であること、病床のおかみを訪問し取材したこと、一緒に校歌を歌ったことなどを2人に話した。2人は一気にズッズ〜ンと暗くなっていた。
おかみが死んで豆腐の味は落ちているだろうなあ、と思っていたのだが、一口食べて「これは豆光だ」と分かるほどに、味はきちんと継承されていた。おかみがもう長くないと知って、店の人たちは「おかみの味」を守ろうと懸命になったのだろう。
「たかが豆腐、されど豆腐」 おかみの言葉を思い出すねえ…。で、厚揚げも木綿も絹もガンモも、ひとりで全部食べちゃった (^o^;)。
12月26日(土)脳みそは1月7日
今日から1月3日まで冬休み。途中で1回出番があるだけで、残り8日間は勤務なし。ウレシイ〜。ところが、書くべき記事がまだ6本ほど残っている。結局は休みを削って毎日原稿書きという年の瀬だ。カナシイ〜。それぞれ締め切りは1月4日以降なので、会社が始まってから書けばどうにかなるのだけれど、気持ちが落ち着かないので早いとこ片付けてしまおう。
ということで早速原稿打ち。最近はスーパーやデパートなどで年明け、「春の七草」=セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベ(ラ)、ホトケノザ、スズナ、スズシロ=のパック詰めが販売されているが、日本で最初に七草パックを出荷したのは意外にも横浜の農家で、現在でも国内最大のシェアを占めている、という話(これは特ダネでも何でもありません)。頭の中では元旦はとうに過ぎ去り、もはや1月7日だ (^o^;)。
EINの本編は本日の「オレバカ後記」をもって更新終了。でも日記は大晦日まで続けます。年明けは元日に本編「オレバカ」アップの予定。イラストをふんだんに使うつもりなので、どうぞお楽しみに(笑)。
12月27日(日)今年最後のオフ会
海外で働いている閲覧者の女性が一時帰国したので、横浜でオフ会を開いた。待ち合わせの場所でいかに素早く相手を探し出すかがオフ会のネックだが、私はヒゲヅラなので、だれもが簡単に見つけてくれる。
で、今日は中華街の牡丹園で昼飯を食べ、記念に中華街プリクラを撮り、サンザシのフレークを食べながら山下公園、ランドマークタワーへも足を運んだ。ことしのオフ会はつごう4件。いずれも面白かった。来年もなるだけたくさんの閲覧者に会って話をしてみたい。
12月29日(火)“閑古鳥”のEIN
今日から世の中はおおむね年末年始休み。私は出番で深夜勤務。会社で積み残しの原稿を打ちまっくた。あと1本。明日の夜には終わるだろう。
今日はさすがにカウンターの上がりも悪く、「来たよ」ボタンの押しも少なく、EINは“閑古鳥”の状況だ。みんな大掃除や年賀状書きに忙しいのだろう。
和歌山・毒物カレー事件の容疑者女性が起訴され、「被告」になった。願わくは彼女の弁護団に対してまでも、奇異の目が向けられたり、不当な攻撃が及んだりすることがないように祈りたい。が、既にマスコミが先陣を切ってそういうマネをしているのだから情けなくなるわい。
今日は閲覧者が極めて少ないので、日記はこれにて閉店します。
12月30日(水)不便な便利
自宅マンションの2年点検で、担当者が詐欺まがいの発言をしたことをめぐり、建築会社とモメていたことは先にご案内の通りだが、私が出した抗議の手紙(内容証明郵便)に対し、今日になって返事が届いた。「ご迷惑をおかけしたこと、お詫びします」と謝罪の意が示されていたので、こちらも折れることにした。やれやれ。これでやっと「トランポリン床」が直るのか。
今日は実家で大掃除の手伝いをさせられる。照明器具の拭き掃除と障子の張り替え。障子紙は化学繊維。裏面に糊がついていて、アイロンの熱で木枠に接着するというもの。前の紙の汚れをきれいに落としておかないと接着がうまくいかず、ちょっと失敗すると紙にしわが寄ってしまう。これだったら普通の紙とふのりで張り替えをした方が、ずっと楽じゃんか。こういう「便利」はオジサン嫌いだ。
自宅と実家の大掃除が終わっても、一向に「年末感」がないのはなぜだろうか。という訳で、原稿執筆。そして31日午前零時、終わったああ〜! 明日からは1月10日以降のネタを考えることにするか。
12月31日(木)「来たよ」ランキング発表
あ、大掃除がもう1件残っていた。7月20日から始めた日記の、「来たよ」メールの削除作業が。すごい数になっちゃったからな。日記開始から今日までで164日。合計1000通以上が届いた。来てもボタンを押さない人も多いから、実際には想像以上の閲覧者があっただろう。有り難いことです。
日記訪問回数のトップ3を発表すると、
第1位 アラーキー さん 144回(88%)
第2位 KINOSHITAさん 78回(48%)
第3位 う ど ん さん 51回(31%)
次点は HOSHIちゃん 37回(23%)
ほとんど毎日のように閲覧してくださったアラーキーさんには驚愕だ。次点の方までは何か商品を出すことにしよう(かな)。これまでボタンを押さなかった方も来年からはメーラーの設定をしていただいて、「来たよ」ランキングにご参加ください。
ではまた来年。