【2001年2月の日記】

2月26日(月)皆が寒さに震えた瞬間

 2月15日のサシツマでご案内した辞令というのは、年輩の記者さんたちにeメールの使い方を教える役回りだった。で、きょうがその1回目。社内LAN(ローカルエリアネットワーク)の仕組みについて簡単に説明する場を設けた。

 「え〜、『社内LAN』の徹底のために、若手によるグループが今日、立ち上がりました。でも勘違いしないでください。私たちは『社内乱』のために決起したわけではありません。私たちはクーデターを起こすつもりは毛頭ございません」

シ〜ン…

 今日が2月26日ということもあって極上のギャグを放った(つもりだった)のに。年寄りには冗談も通じないから困るよ(ii)。

2月23日(金)7日前の夢はともかくも(ぶっ殺すぞ!)。今日でやめます(^o^;)。

 

 オレバカの新作に登場した田中直哉氏(仮名)の話。カイシャのホームページに書き下ろしの連載を執筆してくれて評判もいいのだけれど、eメールで送られてくるはずの次回原稿が期日になっても届かず、業務停滞をきたしている。「一体どうしちゃったんですかねえ」「そうだなあ、困ったなあ…」。IT編集局の親分と善後策を話し合っていたところ、「いやあ、本当に申し訳ないです…」。くだんの田中氏が頭をかきながら突っ立っていて、私も親分もいすから転げ落ちた。

 田中氏によると原稿が遅れている理由は、自宅の電話回線をアナログからISDNに変えたものの、ダイヤルアップ接続の設定がうまくいかず、メール送信ができないからなのだとか。「今日は別の用件でこちらに来てまして、週明けにでも原稿を送れるようにします」と田中氏は言い残し、姿を消した。

 私は親分に言った。「重鎮には面と向かって言えないけど、どうせカイシャに立ち寄るなら、メールじゃなくてフロッピーで原稿を持ってくれば済むことなのに」。そして親分。「最近はフロッピードライブが付いてないパソコンもあるからなあ」

 そして私はこう結論づけた。

要するに、まだ原稿を書いていないのね…

2月22日(木)6日前の夢はともかくも(いい加減にしやがれ!)

ぶり返しの頭痛 /(ーー;)

2月21日(水)5日前の夢はともかくも(しつこいぞ)

回復基調

2月19日(月)3日前の夢はともかくも

風邪

2月17日(土)昨日の夢はともかくも

 きょうはうれしい出来事があった。紛失した定期券(13日の日記参照)が見つかったのである。立川北駅から自宅に連絡が入り、大喜びで取りに行った。駅員さんによると、なんでもブツは武蔵小杉駅のJR〜東急間のコンコースに落ちており、多摩モノレール会社に転送されてきたとのこと。どうやらJRか東急の定期券をパスから出し入れしたときに、うっかり落としてしまったようだ。

 拾ってくれたのは50代ぐらいの男性で、名前も告げずに去っていったという。世の中捨てたもんじゃない。でもひとことお礼を言いたかった。

 願わくは昨日の夢で私が家から追い出した紅白の蛇たちよ。今宵この心優しい男性の夢の中に現れて、せめてものお礼にと、その2つに分かれた舌先でペロペロと男性の頬をなめてあげてくれないか。

2月16日(金)訳の分からない夢

 自宅の寝室(照明をつけず真っ暗)で、何かがモゾモゾと蠢(うごめ)いている。ビニール袋を手に持ってそいつに近づき、ガバッとかぶせて捕獲。玄関に出て袋の中を見てみたら、何とそれは白蛇だった。白い蛇は縁起がいいというが、寝室で同衾(どうきん)する気持ちにはなれないので、家から出ていってもらった。寝室に戻ったら、何ともう1匹いる。同じやり方で捕獲したら、今度は真っ赤な蛇だった。紅白の蛇2匹とは目出度い。だが同様に、お引き取り願った。

 はたしてこの夢、いい夢なのか、そうではないのか(何しろ縁起のいいのを追い出しちゃったから)、閲覧者諸姉兄にぜひ分析をお願いしたい(フロイト流にいけば、性的抑圧とか何とかいう話になるのだろうけれども)。

2月15日(木)辞令

 編集フロアの壁に掲示している辞令を見るのが楽しみだ。あ、Aさん昇格したのかあ、Cさんのけん責処分って、一体何があったんだろう、などと思いを巡らしてみたりする。そんな中で仰天した辞令がひとつ。Bさんに新しい役職がついていた。何だか面倒な仕事をカイシャからおっつけられたらしい。気の毒に…。で、その辞令で問題なのは、対象になっているBさんが、他ならぬ私であることなのだ(^o^;)。

 直属の上司から、事前に打診があったわけではないし、辞令が出た後に報告があったわけでもない。一体どうなっているのだ。まあいいか。今日の辞令は見なかったことにしよう。

2月13日(火)手痛いオレバカ

 多摩モノレール、南武線、東急東横線と、通勤に3枚の定期券を使っているが、このうち多摩モノレールの定期(玉川上水−立川北駅間)を今日、なくしてしまった(ii)。駅に届け出たが、もう出て来ないかもしれない。明日からは自宅と立川駅の間を自転車で往復しようかとも考えたが、朝の車窓から丹沢や奥多摩の山並みと、雪化粧した富士山を眺めるのが好きなので、しばらくは回数券でモノレールに乗って、定期が出てくるのを待つしかない。手痛い出費を余儀なくされるオレバカは辛い…。

2月12日(月)明日からどうなるんだろ

 今年の国政選挙は衆参ダブルになったりして…

2月11日(日)オレバカは棚上げ(でも明日には)

 船舶と潜水艦の衝突事故というと、89年に東京湾沖で起こったなだしおと第一富士丸の事故を思い出す。この事故の関連取材で私は、1面トップにカラーで掲載する写真を、白黒フィルムで撮影してしまった苦い経験がある。それはともかく、今回の事故で行方不明になっている人たちが無事発見・救助されることを祈って止まない。

2月9日(金)失敗を喜んでどうする…

 昨日今日で、オレバカネタを2本も仕込んでしまった。本来ならば自分の失敗を心底悔やむべきなのだが、最近は「EINの本編が更新できるぞう!」と喜びが先に立ってしまう(^o^;)。来週アタマまでに、オレバカの新作をアップします。乞うご期待。

2月7日(水)通勤電車のスパイ

 いつもいつも3号車じゃ芸がない。たまには違う車両に乗ってみようかな。お、クルーソー積んだF通のノートパソコン使ってるご婦人がいる。隣の席が空いてるな、よしあそこに座ろう。ああ、うらやましいなあ。私も欲しいなあ、このノートパソ。それにしても何をチャカポコ打っているんだろう。あ、こりゃ新聞記事だ! ほほう、こんな話があるのか、知らなかった。よし、担当エリアの記者に取材をかけさせよう。しかし、ああ、まずいなあ、こういう話なら、こういうふうに文章を組み立てないと。う〜ん、この人のコメント、もう少し厚みが欲しいよなあ。え、パソコン閉じちゃって、あ、降りちゃうの? なんだ、もう少しゆっくりしていけばいいのに…。それにしても、同業他社の記者に電車の中で情報提供されるとは思わなかった。よし、明日もこの車両に乗ってみるか。やっぱりやめた。ストーカーと勘違いされ兼ねないし、あまり良質のネタは期待できそうもないし…。

 電車の中で誇らしげにノートパソコンを取り出して原稿を打っている記者さんへ。隣に座っているのは同業他社かも知れませんぜ。

2月6日(火)見つかったんだけど…

 で、捜してみたら、社章が出てきた。写真部から社会部に異動になったときに身の周りの荷物をひとまとめにした段ボール箱の中から(箱を整理せぬまま5年が過ぎ、その間にさらに別の部署に異動になった)。

 しか〜し、捜し物がひとつ出てくると、別の物がなくなっている事に気付くのはなぜだ。国会記者バッヂ(議事堂や議員会館、首相官邸に出入りできる)がない! そして東京写真記者会バッヂ(プロ野球取材必携)も! 実際社章なんかなくなっても構わないが、取材に必要なバッヂをなくしたら懲罰ものだ。ああ、一体どうすればいいんだ!

 などとうろたえているときに、はっと気がついた。そうだ! 昨夏IT部門に異動になり、取材の一線から遠のいたときに、これらのバッヂは返納したのだった(^o^;)。

 同業他社には、あらゆるスポーツ競技場に自由に出入りできる運動記者バッヂを古物商に売却して処罰された「強者」の伝説もある。記者バッヂは人心を惑わす。胸につけるなら、せいぜい流星バッヂ程度にしておくのが得策とあらためて思った次第である(何のこっちゃ…)。

2月4日(日)同業他社の記者さんから心強いメール

10年表彰ですが、僕も昨年11月にうけました。

幸いうちの社は営業・総務部門以外は社章着用は言われませんので、付けずに出席しました。

じつは僕の同期の男は、入社1ヶ月目で紛失しました。

飲み会の二次会で行ったスナックでのこと。ちょっときれいな女の子が隣に座ったんです。今思えば当時はバブルの終わり頃、みんなきれいに見えました。この子、スーツに「ロータリークラブ」のバッヂを付けていました。ぼくが「どうしたのそのバッヂ」と聞くと、「お客さんからもらったんだー」なんて言っていたんです。そこで彼は、鞄にしまっていた社章(先輩は僕ら新人に「記者は社章をつけるな」と指導していたんです)を取り出し、気前よく「これあげるよー」といってあげちゃったんです。

ところが数日後、社章の裏に通し番号が振られていることが判明。どうやら総務局では誰が何番の社章を持っているか、控えているようなのです。これも考えると怖い話ですが…。

そこで怖くなったこの男、スナックへ取り返しに行ったのですが、女の子は「なくしちゃった…」。以来、僕ら同期の間では社章の話はタブーになっています。

「オレバカ」ほどではありませんが、つい思い出話を書いてしまいました。ちなみにぼくの社章も二年前の水害で、家の整理をして以来見あたりません(^_^;)。

 そうかあ、社章をなくしてアタフタしているのは私だけではないのだなあ。安心、安心。している場合ではない(焦)。

2月3日(土)墓道楽

 墓石は高くて買えない。そんなわけでびし家の墓は、コンクリートのふたの上に角塔婆が乗っているだけの粗末なものだ。しかしいつまでもこの状態にしておくわけにはいかぬ。そこで私は墓石代わりに最近、陶製のオブジェをこしらえた=昨年4月1日のサシツマ参照。で、今日は横須賀にある墓に出向き、オブジェを仮置きしてみた。うん、なかなか格好がいいぞ。だが出来合いの花立てや線香を置く台とのバランスがイマイチだ。ええい、だったらこっちも作っちゃえ! ついでに将来使う「マイ骨壺」も。

 手間はかかるものの、信楽の陶土と焼成料を合わせた製造原価が一式6000円とは安い。いっそのこと記者を廃業して、陶製のオーダーメード墓を作る業者になるのも悪くないかも(売るときは一式100万円ぐらいの値段にしよう←ボッタクリ)。生前に自分の葬式をあれこれとアレンジする人が少なくない昨今、オリジナルの墓がはやる可能性は十二分にある。よし、商標は「オレ墓(ばか)」に決めた。ご用命はメールでどうぞ。見積もりは無料です(^o^;)。

2月1日(木)社章はどこへ

 中途採用で今のカイシャにはいってからちょうど10年が過ぎた。表彰してくれるというので、本社に足を運び、社長から彰状と金一封を頂戴した。

 社の幹部が私のブレザーの襟についているバッヂを見て眉をひそめた。「そいつは一体何だ?」。「あ、これは科学特捜隊の流星バッヂです」「ウルトラQか?」「いえ、ウルトラマンです」「社章はどうした?」「え、ええ。大事にしまってあります」

 入社してこのかた、一度もつけたことがない社章。一体どこへいってしまったのか。とにもかくにも退職するまでに捜し出さないと…。

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