【2000年11月】

11月30日(木)出社に及ばず

 会社の上司から、「君はもう、年内いっぱい出社しなくていいよ」と笑顔で言い渡された。仕事は山ほどあるのだけど、上司が出社に及ばずと言うのだから、お言葉に甘えて明日は休むことにした。そのわけは、明日にでも書くことにしよう。疲れた。

11月28日(火)オレバカフラッシュ「この4日間」

 立川の昭和記念公園でギンナン掘り(人に踏まれて土に埋もれ、頃合いよく外皮がなくなったギンナンを掘り起こす)をして、2時間ほどで約500個をゲットしたのはいいが、両手がかぶれてしまった。

 ギンナンの食べ過ぎで唇までかぶれてしまった。

 休日返上で出社し、シリーズものの原稿を打ち上げるぞ、と意気込んだその時、「あ、今日はもともと出番だったんだ。危うく無断欠勤になるところだった」と胸をなでおろす。

 引っ越しをして、転入の届けも出し、新居に表札もつけたというのに、私あての郵便物が「あて先不明」として差出人に返送され続けていたことが発覚した。郵便局の業務怠慢よりも、4カ月間も手紙類が届かないという異常な事態に気付かなかった自分自身にあきれ返る。

 日々のニュースに対する驚きや怒り、取材をする上での悩みなど、たまにはEINにまじめなことを書いて「真実の私」を知ってもらいたいと思うものの、いざパソコンに向かうと「事実の私」が首をもたげてしまう。ああ、どうしてエンターテインメントのホームページなんか作ってしまったのだろうか、などと今更ながら後悔に身をよじる。

11月24日(金)その結婚待った!!

 「工藤静香とキムタクが結婚」の第一報がカイシャに飛び込んで来たのは、昨日の夕方だった。業務中だった私はそれを聞いて大きなショックを受け、後の仕事が手につかなかった。実を言うと私は、心密かに愛していたのだ。しかも静香嬢はご懐妊とのことではないか。悔しい、よりによって、あんなヤツに取られるなんて…。

 「やっぱりあれは本当だったのか」。1カ月ほど前、EINの閲覧者さんから1通のタレコミメールが届いた。首都圏某所のマンションに若いカップルが入居し、あいさつにやってきたと思えば、それは何とキムタクと工藤静香嬢だった、とのことだった。私は芸能担当記者ではないし、裏が取れない情報をつまびらかにするのは良くないことと思い、このことは今までだれにも言わずにいた。が、その根底には、2人の仲を認めたくない、という個人的な感情もあったように思える。しかし今となっては、そのタレコミは事実だったと認めざるを得ない。チキショ〜め。許せねえ。私はこの際、声を大にして言いたい。

 工藤静香よ、私が愛して止まないタクヤちゃんを返せ〜! (ii)

11月21日(火)処罰も辞さず

 昨日は結局未明までカイシャにいて、東京に帰宅できなかった。ヒゲはのび、髪はぼさぼさ、顔は洗わず歯も磨かず、百匹もはきかえず、朝から業務に突入。しようかと思ったら、カイシャのPRビデオの撮影とかで、カメラの前で仕事(をしているふり)をするよう命ぜられた。私が担当したのは、iモードのニュース更新場面。撮影スタッフが「適当に原稿を打ってください」というので、未明の政局ドタバタ劇について、自分が思っていることをチャカポコと打った。i−EINのサシツマにアップするための原稿として(本日分参照)。なに、ビデオに映るといってもせいぜい2〜3秒なので、ばれることはないだろう。だいいちスタッフは撮影中、まったく不思議に思ってはいなかった。だがポーズをかければ私が何を打っているのかは分かるので、お前悪ふざけしたな、とカイシャは私を処罰するやもしれぬ。加藤紘一氏にも、こういう捨て身の行動に出てほしかった(アホか)。

 が、実際カイシャが怒るとすれば、撮影時における私の汚らしさに、であろう。こっちは本当に処罰もので、反省してもしきれない。ああ、どうしてこういう時にビデオ撮りなんかあるんだろう。などと悔やんでいると、同僚はサックリと言った。「あのう、いつもと見た目、どこが違うの?」

11月20日(月)総選挙やりたかった

 けさ出社するとき、東京21区の川田悦子衆院議員が立川の駅頭で演説していた。内閣不信任案の可決から衆院解散・総選挙になだれ込んだ場合に備え、助走をつけておこうという寸法だ。川田さんは先月の補選で当選したばかり。また一からやり直しなのお? と自民の主流派以上に選々挙々、ではなく戦々恐々としていたのではないか。でもどうやら不信任案は否決の見通し。私はカイシャで(あまりにもあっけない)幕切れを待ちながら、こうしてサシツマを打っている。

 残念だ。年内にもう一度総選挙があってほしかった。でも投票日がクリスマスイブにぶち当たったりしたら、無党派層が遊びに出かけて投票率が下がり、与党が大勝したかもしれない。これが大みそか投開票だったらなおさらだ。

 それでも、画面下に延々と選挙速報のテロップが流れる紅白歌合戦を見ながら酒飲んで、20世紀最後の夜を総選挙で締めくくるのもオツだったろう(←そうなりゃ自分も忙しくなることが理解できてない)。

 今日はいつになく真面目な話であった(どこがや…)。

11月19日(日)疑心暗鬼

 「警察だ。大人しく手を上げろ!」みたいなことはなく、自宅にやって来たホンカンが取り出したのは「巡回連絡カード」だった。世帯主や同居の家族の名前、生年月日、勤務先(学校)などを書いておいてください、と言い残し、ホンカンは帰っていった。

 私は東京に引っ越してから、ご近所へのあいさつをまだしてない。銀行強盗があって以来、警察が周辺で聞き込みをしているうちに、「近ごろ不審な男が引っ越してきた」という近隣住民からの情報を得て、私が捜査線上に浮かび上がったのかもしれない。「連絡カード」をいいことに、私と私の自宅室内の様子をうかがいに来たに違いない。これはソフトな取り調べである。というのも考え過ぎで、おそらくは事件を機に現場周辺の全戸調査をしようという趣旨なのだろう。いまさら遅いよ。

 で、書いたはいいが、その後ホンカンはカードを取りに来ない。あいつは怪しい。実は警察官を装った銀行強盗かもしれない。口座名義人の自宅にはまだ金があるかもしれないと思い、様子を探りに来たのだろうか。今度また来たら言ってやろう。「私の外貨預金を返せ!」と。

11月18日(土)マジで自宅にやってきた

 何がって警察官が。驚いたよ本当に。続きは明日にでも。

11月14日(火)オレバカ三者択一

 

 今日は夜勤だったので、朝はゆっくり寝ていた。家の前を2台、3台とサイレンをけたたましく鳴らしながら車が走り過ぎ、近場で火事でもあったのかなあ、とちょっと気になりながらも、また寝る。そしたら今度は自宅上空をヘリコプターがバラバラと旋回しているではないか。今度は大いに気になって起き上がり、テレビをつけたらびっくり仰天。うちの目と鼻の先で、銀行強盗があったというではないか。持って行かれたのは1万ドルの外貨。しかも犯人はズドンと発砲したのだとか。私は一気に顔から血の気が引いた。なぜか。次の3つから選んでいただきたい。

 1・「お前の家の近くでタタキ(強盗)があったが、発生直後の現場取材はしているだろうな」と上司から聞かれるのが怖かった。

 2・「宅急便で〜す」というからドアを開けたら、実はそいつが強盗犯で、私を人質にとって自宅に立てこもられるのが怖かった。

 3・後から現場をうろちょろしている私を、警察が不審に思って誤認逮捕するのではないかと怖かった。

正解はiモードバージョンの方に書いておくか…

11月12日(日)お笑いの難しさ

 昨晩からきょう未明にかけ、始末書ものの大失敗をやらかしてしまった。サシツマで披露しようかと途中まで文章を打ってみたものの、全部削除した。大きな事故でたくさんの犠牲者が出たりしているときに、お笑い話(実際には深刻)はどうにも不謹慎に思えて。エンターテインメントのホームページって、本当に難しい。こんなことならば「まじめなジャーナリズム」のサイトを作った方が、なんぼかお気楽でよかったわい…。

11月11日(土)近隣住民の怒りが怖い

 終電がなくなり、仕方なしに横浜の旧宅に戻ると、中からピーッ! というけたたましいアラーム音が。火事? と思いきや、太陽光発電システムのトラブルだった。日当たりが悪くなったせいで、不在中に冷蔵庫への電源供給がストップし、それでアラームが鳴りっ放しになっていたようだ。近隣住民は大騒ぎしていたかもしれない。夜明けが怖い…。

11月9日(木)「VIP」からの告知依頼(本日のメール応対)

 新しいコンテンツを設けるほどではないけれど、サシツマの中で日々のメール応対を紹介するのもいいのではないかと思ったりして。

 今日もカイシャにしょーもないメールが届き、私がその返答を任された。送られてきたメールそのものを載せるのは問題があるので、私の返信メールだけ紹介する。

 

 ●●さま。こちらは××新聞のびし川と申します。メールは確かに受け取りました。◆◆財団が主催するフォーラムについて、告知記事を載せてほしい、とのことですが、いくら●●さまが元総理大臣でいらっしゃっても、情報に不備がある以上、ご要望にはおこたえできません。

 メールには、申し込みや問い合わせは財団に電話で、とありますが、ご提供いただきました情報の中に、肝心の電話番号が書いてありません。これではとても掲載はできません。お役に立てず、申し訳ございません。

 ▲▲さま。こちらは××新聞のびし川と申します。メールアドレスには●●さまではなく、▲▲さまのお名前がありましたので、実質的なご担当者はあなたさまではないかと思い、あらためて申し上げます。ぜひ貴財団の電話番号をお知らせくださいませ。弊社からも電話をおかけし、提供いただいた情報が事実に相違ないことを確認できれば、喜んで事前告知に協力させていただきます。また、次にメールをくださるときには、貴財団の理事長をしていらっしゃる●●元総理のお名前を使わず、▲▲さまご本人のお名前でお願いいたします。

 

 担当者から速攻で、電話番号が書かれた第2信が届いた。フォーラム自体がすごくいい内容で、告知の価値が十分にあるのだから、何もオエライさんの名を頼みにすることなどなかったのに。恐らくこのメール、在京の報道各社に送られただろうから、●●元総理は物笑いの種になったに違いあるまい。なんともお気の毒でならない(^o^)←お前も笑ってるぞ

11月7日(火)骨折れるメール応対

 カイシャには最近、学生さんからいろんなアンケート依頼がメールで送られてくる。新聞学科の大学生が卒論の研究材料として新聞制作に関する質問をしてきたり、NIEがらみで小・中学生がニュース報道について聞いてきたり。つい先日は、高校生がこんな質問をしてきた。

 海外での航空機墜落事故などで「今のところ、日本人乗客が乗っていたという情報は入ってきていません」といった報道を、どう思いますか?

 なるほど、近ごろは海外での事件事故が多いからな。高校生はマスコミだけではなく、いろんな人にメールを送り、個人的な見解を求めているのだという。これに対し同僚は、メールでこんな返答をした。

 第一報の段階では確認できなかった、ということではないでしょうか。

 違う、これは違う。確かに分かりにくい設問ではあるが、高校生はニュースの速報性を問題にしているのではなく、まるで日本人と外国人の命の重さに差があるような、日本人が乗っていなけりゃ一安心、みたいな報道の仕方の是非を問うておるのだよ。

 高校生が寄越したアンケートメールを見ると、回答者の個人名は出さないが、社名を公表するかもしれませんと書いてある。これはマズイ。同僚の勘違いが組織としての見解だと思われるじゃんか。私は大慌てで同僚に成り代わり、あらためて高校生にメールを出した。「公表するなら社名じゃなくて、個人名にしてください」。そう書くわけにもいかず、海外での事故報道の在り方についての考えを、メールで書き送った。これもあくまで個人的見解ではあったが。

 メールだと、質問に対して的外れな回答をした場合にバッチリ証拠が残ってしまうから、電話応対よりよほど骨が折れるわい。で、私は高校生にどんな見解を示したのか。もしお知りになりたければ、私にアンケート依頼のメールを送っていただきたい。まじめに答えますけん。

11月6日(月)カバン一杯の百匹

 昨夜は午前1時近くまでカイシャで働いた。東京の自宅に帰る終電がなくなってしまい、仕方なしに横浜の旧宅で寝る。で、朝起きたら、さむう〜。タンスの奥にしまっておいた百匹を取り出し、着用する。今年の百匹始(ももひきはじめ)は昨年に比べ18日遅かった。そういえば東京に百匹の替えはおいてなかった。ということで、仕事カバンにスペアの百匹を5枚ほど詰めこんで出社する。んで、今日も終電がなくなるまで働いたので東京には戻れず、あえなく横浜の旧宅に逆戻り。別にだれに見られたわけでもないのだが、百匹をカバン一杯に詰めて行ったり来たりしているわが身はどうにもこっけいだ。せめて中に入っているのがグンゼの2枚980円のやつじゃなくて、ダ・マールの1枚9800円のやつならば、気持ちに張りも生まれるんだろうけど(生まれね〜よ…)。

11月3日(金)モバイル更新は金がかかる…

 「i−EIN」で話題にしている中原淳一美術館のホームページ

11月1日(水)桜は雲、紅葉は錦

 これからも「うんこ話」を書いてほしい、と願う閲覧者さんが少なからずいることをメールで知り、驚きを禁じえない私である。お笑いでありながら、高い文学性と上品さを兼ね備えているのが私の文章の持ち味だと思っていたのだが…(だれも賛同しない)。お下品な話は今後、「i−EIN」に収めることに決めた。

 で今日は、うんこと響きが似ている雲錦(うんきん)の話。

 明け方にすさまじい夢を見た。約1年の闘病生活を送った母の手を引いて、山道をトボトボと下りていく私。突然視界が開け、向こうに見える山には満開の桜と、そして真っ盛りの紅葉が彩りを競い合っているではないか。「うわー、すげえぞ母さん!」「ホントに来てよかったねえ」「雲錦だよこりゃ…」

 吉野の桜は雲かとぞ見え、竜田川の紅葉は錦のごとし

 だれが言ったかは知らないが、昔の人はそうやって日本の自然美をほめたたえた。陶芸の世界では、桜と紅葉を一度に絵付けをした焼き物を「雲錦手(うんきんで)」と呼び、この器を使って食事すると、長生きをするとか、若返るとかいわれ、清水あたりでは今も作られている。昨年母親が入院したときも、私は京都で買った雲錦手の湯のみ茶碗を持たせた。それで母親が夢に出てきたのかもしれない。

 とにもかくにも雲錦は、松竹梅も裸足で逃げ出すほど縁起がいいのだ。わが眼前に広がった桜と紅葉は、人間ドックの結果が良好に違いなく、そして私が137歳まで長生きすることを予見する、誠にめでたい夢であった。

 ところが、だ。

 夢の最後にすべては台無しになってしまった。山を下りてたどり着いた旅の宿が、病院の外科病棟だなんて…

 人にめでたいうれしい思いをさせておきながら、最後のオチでどん底に突き落とす、手口が巧妙で、とんでもない悪質な夢だ。これはもはや犯罪に等しい。チキショーめ! こういうシナリオを描く私の脳みそは、一体どうなっておるのじゃ! 今度私にこんな夢を見せたなら、ただじゃおかないからそう思え!

戻る