9月29日(金)国勢調査員は本当に大変
昨日の日記で「国勢調査員とおぼしき人」からの質問の電話に答えた一件を書いたが、常連の閲覧者さんから「私の母も国勢調査員をやっているが、電話で済ます調査員というのは杜撰(ずさん)だ。母は調査で某テレビ局の記者という人に当たったとき、居るときをはずさないように約2週間、通い詰めた。びしさんも個人情報について、もう少し慎重になった方がいいのでは」とのご指摘をいただいた。まさにその通り。お説ごもっとも。実はその「国勢調査員とおぼしき人」というのも、私の身内なんです(^o^;)。
共働きで日中に不在の家庭が増えた上に、個人情報保護のことがからんでくるから、調査員の気苦労は並大抵ではない。一番「酷凄」なのは、調査員に他ならぬ。だから私は身内であろうとなかろうと、喜んで協力しちゃうのだ。
9月28日(木)酷凄調査
仕事をしているうちに終電がなくなり、東京の新居に帰れない日々が続いている。揚げ句の果てに、「国勢調査員とおぼしき人」からカイシャに電話がかかってきた。いくつかの質問の中で、「9月24日から30日までの1週間で、あなたは何時間ぐらい働きますか?」と聞かれたときには、返答に窮した。「ええと…。1日平均12時間として、それが7日間続くから84時間です」。先方はあきれ返りながら電話を切った。が、私はここで間違いをおかしていたことに気付いた。30日の土曜日は非番だったのだ。そこでもう一度、24日から29日までの平均労働時間を計算し直してみた。そしたら1日当たり約14時間だった。ええと、14かける6だから、あ、84時間だ。合計労働時間は結局、申告した数字とおんなじだ。だったら問題はないな。良かったよかった(^o^)。
ちっとも良くね〜よ…(iへi)。
9月26日(火)「鋭意六輔」考
カイシャのホームページをリニューアルするために、日曜の午後3時から作業にとりかかり、終わったのは月曜の午前7時。2時間仮眠した後、細かな手直しやニュース更新で、終わったのが今日の午前零時。さすがに疲れたので、今日は夕方から出勤することにした。が、朝目が覚めて、カイシャのホームページを確認したところ、リンク切れや校閲ミスなどがあったので、寝泊まりしている横浜の旧宅からリモートで手直しをする。まるでアリ地獄に落ちたようだ。
閲覧者さんから「鋭意六輔の意味が未だに分かりません」という質問が寄せられたので、返答を差し上げた。
原稿執筆の締め切りが間近になっても動かず、 業を煮やしたカイシャの上司が私のところにやってきて、 「お前は一体何をやっているんだ!」と迫られたときの対処法なんです。 返答を求める上司に対して、真剣な顔と声で「鋭意、鋭意!」と2回。 それから表情を柔らげ、胸の前で手を合わせ、舌足らずな声で、「六輔です」と1回。 「鋭意」を六輔の「永」とかけ合わせただけのしょーもないダジャレに、 上司は体から一気に力を奪われ、腰砕けになります。 このすきに私は行方をくらます、という寸法です。 言わば「イタチの最後っ屁」というやつですね。 皆さんもお勤め先で、「仕事を急げ!」と迫る上司に対して一度お試しください。 その絶大な効果がお分かりいただけると思います。 平たく言えば、面白くも何ともないギャグであることの証明ですね。
原稿執筆の締め切りが間近になっても動かず、
業を煮やしたカイシャの上司が私のところにやってきて、
「お前は一体何をやっているんだ!」と迫られたときの対処法なんです。
返答を求める上司に対して、真剣な顔と声で「鋭意、鋭意!」と2回。
それから表情を柔らげ、胸の前で手を合わせ、舌足らずな声で、「六輔です」と1回。
「鋭意」を六輔の「永」とかけ合わせただけのしょーもないダジャレに、
上司は体から一気に力を奪われ、腰砕けになります。
このすきに私は行方をくらます、という寸法です。
言わば「イタチの最後っ屁」というやつですね。
皆さんもお勤め先で、「仕事を急げ!」と迫る上司に対して一度お試しください。
その絶大な効果がお分かりいただけると思います。
平たく言えば、面白くも何ともないギャグであることの証明ですね。
こんな返答を出したり、サシツマを更新したりできるぐらいだから、アリ地獄といえどもまだまだ余裕はある。この調子なら、倒れる前にオレバカの続編もアップできそうだ。2度目は効果が半減する「鋭意六輔」を繰り出さずとも(^o^;)。
9月24日(日)「潔さ」考
ミスジャッジはスポーツを駄目にする。だが日本選手には、相手チームの選手と接触したら派手にすっ転んで審判がファウルを取るように仕向けてみたり、審判が見てないすきに「悪さ」をしてみたりするような狡猾さが、もうちょっとあってもいいのではないか、とも思う。潔(いさぎよ)い日本人選手は、そういうのが苦手だ。逆に相手の選手に派手な「すっ転びパフォーマンス」を決められ、ピンチを招いちゃったりする。これも見ていて歯がゆい。
しかし、今はさながら「一億総審判」。日本人選手が卑怯なマネをしようものなら、テレビを見ている潔い日本国民が許してはくれないだろう。一方で、柔道、サッカーと続いたモヤモヤを、女子マラソン選手の金メダル獲得できれいさっぱり忘れてしまうところが、日本国民のもうひとつの「潔さ」であると言えよう(←言えね〜よ)。
それにしても、金曜から日曜の昼まで、テレビでだらだらと五輪中継を見ていた私は一体何なんだ? 五輪の現地取材から外れているにしても、審判や日本選手に言いたいことがあるなら、国内の関係者を取材するなどして新聞で問題提起する。これが記者のあるべき姿ではないのか。と最後は潔く自己批判する私であった(^o^;)。
9月22日(金)ミスジャッジ考
五輪・柔道の100キロ超級の試合を見ていて、1994年のサッカーW杯アジア予選を思い出した。日本はW杯の本戦出場をかけて、イラクと対戦した。その試合で日本の中山選手が「勝ち越しシュート」を決めたとき、私の目にはそれが明らかなオフサイドに見えた。当然のことながらイラクの選手も審判に猛烈に抗議した。が、判定はくつがえらなかった。
このときの日本のテレビアナウンサーと解説者のやりとりは、今でも忘れられない。「今のはオフサイドだったような気もしましたが」「ま、日本にとって有利な判定ですから、良しとしましょう」
結局この試合、ロスタイムのセットプレーから日本はイラクに1点入れられて引き分けとなり、W杯進出を果たすことができなかった。いわゆる「ドーハの悲劇」である。
もし今日の柔道で、フランスの選手と日本の選手の立場が逆だったらどうだろう。日本のアナウンサーや観客は、「今のは明らかにフランス選手の一本勝ちだ。日本選手の負けだ」と抗議しただろうか…。
日本だろうと他国だろうと、そんなことは二の次。ミスジャッジで涙をのんだ選手が、私には気の毒でならない。プロ野球しかり。最近のスポーツは未熟な審判のせいで、見ていて不愉快になるばかりだわい。
9月21日(木)重い後遺症
この2日間で、「来たよ」の押しが激減してしまった。「鋭意六輔です」が原因で、顧客が離れていったということか(iへi)。こ、こいつは遺憾(←もはや絶望的)。
9月20日(水)すんません…
私としては昨日、「極上のギャグ」で皆さんに腹を抱えて笑っていただこうかという趣旨で、とびきりのやつを一発かましたつもりだったのですが、わが意に反し、腰が砕けたという旨のお怒り、お叱りのメールを山ほど頂戴してしまいました(^o^;)。深くおわび申し上げます。これを称して「ご苦情のギャグ」という。あ、いまのシャレもまた、外しました?
といった次第でして(何がだ!)、本日は口直しに友好サイトでアップしていただいた「オリバカ」の新作を存分にお楽しみくださいませ。と言いたいところなのだけど、内容は淡々と書きながらもかなりヘビーです。この新作で「真実のびし記者」の一端を味わっていただければ、と思います。でも皆さんには「こういう場面でもこういう馬鹿な失敗をするのか、この男は」と、開いた口がふさがらないかも知れませんが。
9月19日(火)明日は「オリバカ」
縁あって私のコラムを載せてくださっているサイト「タイトル未定」と「もぐもぐやかた」に、「折々のバカ」(通称オリバカ)の新作を寄稿した。実に7カ月ぶり。両サイトとも明日の晩にはアップしてくれるとのこと。頭が下がります。こちらも明日には表紙から両サイトに飛べるようにするので、どうぞ遊びに行ってくだされ。え? 「オレバカ」の続きもさっさと更新しろ? はい。こちらも鋭意、鋭意六輔です。
9月18日(月)シドニー五輪の「残念」
サシツマの更新が滞っている間に、私はシドニーにいた。五輪開会式での南北朝鮮同時行進や、ヤワラちゃんの金メダル獲得のシーンは、生で見ると感動もひとしおだ。と言ってももう、だれも信じてはくれまい(^Q^;)。
それにしても私は残念でならない。あれだけアボリジニを強調するなら、なぜシドニー五輪でブーメランを公式競技として採用しなかったのか、せめて公開競技になってもよかったのではないか。千載一遇のチャンスだったのに…。日本ブーメラン協会に問い合わせてみると、「いや〜、他国の協会と手を組んで、シドニーまでには間に合わせたかったのですが、いかんせん競技人口が少ないので、ちょっと無理でした」とのこと。でも世界大会は今年、メルボルンで開催され、2002年にはドイツで開かれる。
私が競技ブーメランに出会ったのは、もう20年前の話だ。投げたらブーンと戻ってきて、顔面を痛打。ドクドクと血を流しながらも感激したものだ。競技ブーメランは面白いよ。皆さん、今からでも遅くないから始めてみてはいかがでしょうか。4年後か8年後か分からないけど、私と一緒にオリンピックに行きませんか。日本代表選手として。
日本ブーメラン協会のホームページはこちら。EINの20分の1しかアクセスがないとは、悲しいのう…。
9月14日(木)いちばん似てるのが没になるなんて…
月に1度、新聞紙上で署名入りコラムを書くことになった。しかも似顔絵入りで。このためカイシャのデザイナーら4人が私の似顔絵をかき、その中から私自身がいちばん似ていると思う1作品をチョイスし、紙面で使用することになった。
で、出来上がった4点から選んだのは、私のチャーミングなルックスと、不惑の年を迎えようというのにハタチにしか見えない若さと、柔和な人柄が過不足なく表現された力作。それをかいたのはデザイナーの親方だった。ほらね。ほらね。やっぱり腕の立つ人は一味違うよなあ。
ところが、だ。その似顔絵を見た心無い同僚らが、「これは全然似ていない。こんなにかわいい訳がない」「読者にウソの情報を流す気か」などと猛反対したせいで、素晴らしい似顔絵はあえなくお蔵入りとなった。その代わりに採用されたのは、写真をトレースした「2番目に似ている」作品だった。ま、まあ「写実的」であることには違いないんだけどね…。
仕方がない。没になった作品は、サシツマにアップすることにしよう。これをもって、いちばん似てるのに陽の目を見なかった似顔絵の供養としたい。どうぞご覧くだされ。でもいま一度よく見ると、こいつもかわいくない…。
9月13日(水)IT時代にこそ校閲記者は必要
この2日間はホームページの更新業務から外れていたが、その間も見出しは間違いだらけだったらしい。度重なるオペレーターらのミスは、私に対するいじめではなかったようだ(^o^;)。
「芋掘り」→「芋堀り」。 うわー古典的な間違い(懐)。
「口裏合わせ」→「 裏合わせ」。 くちなしは死人と花だけにしてくれーい!
「入湯税50円を導入」→「入湯税550円を導入」。 もう冗談も出ない。「乳頭税」としなかったことが不幸中の幸いではあるが。
願わくはIT部門にも専従の校閲記者がほしいよ…。
9月11日(月)残っていた「地雷」
出社するやいなや、上司に呼ばれた。「あのねえ、君がデスクになって土曜の晩に更新したiモードのニュースなんだけど、見出しにとんでもない間違いがあったから、直しておいたよ」
私はぞっとした。「げっ、本当ですか? 校閲して全部直したつもりだったんですけど、まだ残ってましたかぁ。で、あのう、どんな間違いだったのでしょうか」
「『地方の時代フォーラム』が『地方の地代フォーラム』になってたぞ。これじゃあ何だか、自治じゃなくて土地の話みたいだな…」
週のはじめだというのに、一気に全身から力が抜けた私。埋まっていた10個の地雷のうち9個は除去できたが、最後の1個が取り切れず、爆発してしまった。やっぱり私はオペレーターに嫌われているのだろうか(iへi)。いずれにせよ見出しは紙に書いて発注するのをやめて、テキストデータの形でオペレーターに渡すことにしよう。こうすればもう、オペレーターに意地悪されることもなくなるだろう(被害妄想だっての…)。
9月9日(土)人を試しやがって…(←被害孟宗竹)
日中は記者として取材・執筆に励み、夜は社のホームページとiモードサイト更新のデスク役、という「二足のわらじ」にもようやく慣れた。一方で私は、ホームページ更新を担当するオペレーターらに嫌われているのではないか、という疑念にかられている。
社のホームページを更新するとき、記事については新聞と同じテキストデータをホストコンピューターから引っ張ってきて使うから問題はないのだが、見出しは私が新たに付け直し(新聞より面白い見出しを付けることに情熱を燃やしている)、それを紙に書いてオペレーターに発注している。でもって、私が付けた見出しに対して、オペレーターはと〜んでもないデタラメを打って寄越すのである。例えば…。
「防災訓練」→「防炎訓練」 「率直に語る」→「素直に語る」 「安居院庄七」→「安居院圧亡」 「神奈川県秦野市」→「神奈川県泰野市」 「学徒動員」→「学徒働員」 「どうするまちづくり」→「どうるすまちづくり」
3分の1の割合でこんなミスがあるのだから、始末におえない。こうも多いと、ひょっとしてオペレーターは見つけづらい間違いを故意に紛れ込ませて、私に恥をかかせようとしているのでは、私を試そうとしているのでは、などと勘繰ってしまうのである。モニターに向かってチャカポコとキーを叩いているオペレーターらの背中にゲンコツをグリグリと押しつけて、「なぜ私に意地悪をするんだ! なぜ私を嫌うんだよう!」と言ってやりたい。が、私は大人だ。だから我慢するしかない。
ところがどうも、本当に打ち間違えているらしいや(^o^;)。間違いを防ぐには、見出しの発注は手書きじゃなく、私がパソコンに直接打ち込んで、そのデータをフロッピーでオペレーターさんらに手渡せばいいだけの話だ。しかしこの手の間違いは、ワープロやパソコンが普及していなかった手書き原稿時代のもので、校閲というよりも校正の世界だ。ああ、入社当時が懐かしいなあ…(←被害妄想のお次は「蚕」趣味かいな)。
9月7日(木)素晴らしきメール応対
IT関連の部署に軸足を置くようになってから、苦情や問い合わせの電話応対がなくなり、楽になったなあ、と思っていたら、それは大間違いだった。
新部署ではメールサーバーの管理も行っているのだが、本紙の読者やホームページの閲覧者から、来るわ来るわ、苦情や問い合わせのEメールが。
記事の間違いだったら電話応対のときと同様に、何のいいわけもできず、ただただ謝るしかない。が、「数日前の朝刊にペン習字講座の折り込みチラシが入っていたのですが、家族が捨ててしまいました。受講したいので連絡先を教えてください」などと書き送られた日には、一体どう応対すればいいのか。
あ、お次はハワイから取材の依頼だ。「汽車賃」出してくれるなら、いつでも行ったるわい!
近ごろは電話応対の更新が滞っているから、いっそのこと新コンテンツとして「素晴らしきメール応対」のコーナーでも設けることにするか…。
9月6日(水)「奇特なリンク」考
「EIN保存館」の「奇特なリンク」を手直しした。しばらく放置しておいたら、いつのまにか閉店しているサイトや、私のアホさ加減に愛想が尽きたのかリンクを外したサイトがあったので、それらを削除し、併せて新たにリンクしてくれたサイトを加えた次第。
私には「リンクかくあるべし」みたいな持論がないのが長所弱点であると自覚している。揚げ句の果てにジャンル分けは「おんなのこ」と「おとこのこ」の2種類だけ。声高にリンク論を展開する人たちが見たら、再起不能になるに違いあるまい。が、お笑いあり、NPOあり、スケベあり、超マジメあり、とEINをリンクしてくれている方々の「思想」の多彩さが私の自慢でもある。「相互リンクはEINに似つかわしくない」とおっしゃる方も中にはいるが、もし仮に私が推薦するサイトを並べ立てたとしら、閲覧者さんにとっては恐らく、死ぬほどつまらないリンク集になるに違いあるまい。「奇特なリンク」にあるサイトはみなそれぞれに面白さがあるので、一度のぞいてみていただきたい。
しかし残念なことがひとつだけある。せっかくトップページで「ののちゃんのNIE」を推奨しているのに、先方にはEINをリンクする気が全然ないらしいのだ。一体どういうつもりなのか。ってそりゃ当たり前か(^o^;)。
9月3日(日)もつべきものは後輩記者
昨日のサシツマで一線を退いた記者の寂しい心情を吐露したら、さっそく遊軍の後輩記者からメールが届いた。やっぱり同じ職場で一緒に働いていただけに、気心が知れているからなあ。どれどれ、どんなねぎらいの言葉が書いてあるのかな?
(^o^;)
9月2日(土)元同僚たちへの弁明(になってないっての)
最近のサシツマは、7月まで私が働いていた社会部遊軍の同僚らに、すこぶる評判が悪い。遊軍はもともと社内で一番忙しい部署なのに、異動で私が抜けたために、彼らは休みを取ることもままならなくなったのである。そこへもってきて私がサシツマに「3連休で、釣りに行ってきました〜」などと書いているのを目にした日にゃ、そりゃあ平静ではいられまい。「EINを見ながら、マウスを持つ手が怒りで震えた」という後輩もいるほどだ。
いやあ、本当に申し訳ない。でもね君たち、今の私はローテーション職場にいるんで、休みたくなくても強制的に休みを取らされているのだと理解してほしいんだよ。それにほら、出番のときは私も1日15時間働いているし。それにさ、君たちも仕事の合間にEINを見ているぐらいだから、まだ少しは余裕があるんでないかい?
そんなことは口が裂けても言えない。それに今日だって首都圏は今年一番の暑さで、熱射病でバタバタと人が倒れたぐらいだから、君たちも取材に走り回って汗びっしょりになって、本当に大変だったと思うよ。ところが、そんなときに限って私はまたまた非番なのだ。冷房が効いた自宅で昼間から生ビール飲んじゃって、プハ〜っとか言っちゃって、そのあと夕方までグースカ寝ちゃったことだけは、君たちには黙っていようと思う。
これまで遊軍で一緒に働いてきた仲じゃないか。君たちの忙しさは、私が一番よく分かっている。そして取材の第一線から退いた私の寂しさも、君たちが一番よく分かってくれているはずだ。え、分からない? どもスンマセン…。
9月1日(金)ウフフ…、いえあの…
昨日紹介した「紙面の中の校閲部2000」に関して、「読んでみたい」「どうやったら入手できるのか」といった旨のメールがたくさん寄せられた。中には「本当に1万円払うから、今すぐ読みたい」という人も。「正しい日本語」に飢えている人が結構いるのだなあ。こりゃいい商売になるぞう。ウフフ…。いえあの、Fさん、今のは冗談です。
しかし冗談抜きで、現場の記者がどれだけ校閲の方々に窮地を救われているか、この本を読めば手に取るように分かるだろう。こういう本が書店に並んでベストセラーにでもなれば、新聞各社も校閲部門の縮小路線が「自殺行為」であることに気づくだろうになあ。という意味合いにおいては逆に、校閲要員を削減したい新聞社が校閲関連の本など出版するわけがない、ということでもあるのだが…。