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タイの労働法とILO(国際労働機関)条約

             2003920日元田時男

はじめに

 在タイ日本人は本社から現地工場の運営を任されている経営者側であり、工場のワーカーは、日本人とは言葉も文化も異なる民族である。経営者と労働者という利害関係が異なることに加え、民族が異なるという大きなギャップが存在する労使関係をどう調整するかという難題に絶えず直面しなければならない。そのためにはタイの民族、文化に関する理解と労働問題に政府がどう関与しているか、つまり労働法の理解が欠かせない。また、現代の国際社会は一国だけの特殊性に閉じこもることは許されない社会となっている。

 そこで、本稿では、労働問題をとりまく国際情勢がどうなっているか、タイはどう対応しているか、特に工業に関係するものに絞って概略を述べ、日夜労働問題に苦労されている日系企業関係者の参考に資したい。

国際労働機関ILOの生い立ち

前世紀の2度にわたる大戦の経験に基づき平和の維持には国際協調、相互理解が不可欠との認識により、第2次世界大戦の終結直前に「国連憲章」が採択され、更に1948年には労働問題とも密接な関係にある「世界人権宣言」が国連総会で採択され、人権および自由を尊重し確保するため、すべての人民と国とが達成すべき共通の基準を定めている。

 一方、労働問題については、産業革命とそれに伴う劣悪な労働条件に対抗して早くから労働運動が勃興、第1次世界大戦後に国際連盟の創設が議論されたと同時に、世界平和の確立には労働問題を国際的な規準により処理することが不可欠との考えにより、国際連盟の付属機関として連合国とドイツの講和条約で国際労働機関(ILO)の設置が議論され、1919年(大正8年)ベルサイユ講和条約の発効により創設され、同年10月にワシントンで第1ILO総会が開催されている。(日本およびタイは1919年創設当初から加盟しているが、日本は1940年に脱退、1951年に再加盟している。)

2次世界大戦中のILOは活動を縮小していたが、戦後の世界情勢に対応するため1944年フィラデルフィアで開催されたILO26回総会において、ILO憲章の改正を行うとともに「国際労働機関の目的に関する宣言」通称フィラデルフィア宣言を採択した。

また、第2次世界大戦後は、国際連合との協定により、労働社会問題を担当する国連の専門機関となっている。

ILOの活動

 フィラデルフィア宣言では、その理念を以下のように表現している

 *労働は商品ではない。

 *表現および結社の自由は、不断の進歩のために欠かすことができない。

 *一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。

 *全ての人間は、人種、信条または性にかかわりなく、自由および尊厳並びに経済的保障および機会均等の条件において、物質的福祉および精神的発展を追及する権利をもつ。

 また1998年のILO総会では「労働における基本原則および権利に関するILO宣言」が採択され、労働者および使用者の結社の自由および効果的な団体交渉権、あらゆる形態の強制労働の禁止、児童労働の効果的な廃絶、雇用および職業における差別の排除などを、条約批准の有無にかかわらず、全ての加盟国は尊重する義務があるとうたっている。

(以上ILO東京支局パンフレットより)

 以上の理念を追求するため、ILOのもっとも重要な活動は国際的な労働基準を設定する条約、勧告を政府、使用者、労働者代表の三者で構成される総会で採択することであり、条約は加盟国の批准によって加盟国を拘束し、自国の法律の中に取り込む義務を負う。勧告は国により特殊事情を勘案して批准を前提としないものであり指針として役立つものである。

 20039月現在で、条約の数は185(うち撤回5)、勧告194(うち撤回20)、加盟国の平均批准条約数41、日本の批准条約数46である(200399日付ILO駐日事務所メールマガジンより)。

タイはILO本部のウエッブサイトの情報によれば(2003910日アクセス)13の条約を批准している。

また、ILO駐日事務所のパンフレットではILOの基本条約として以下のものを挙げている。批准国数は200371日現在である。

 強制労働条約(1930年、第29号、批准国162

 結社の自由および団結権保護条約(1948年、87号、批准国142

 団結権および団体交渉権条約(1949年、98号、批准国153

 同一報酬条約(1951年、100号、批准国161

 強制労働廃止条約(1957年、105号、批准国159

 差別待遇(雇用・職業)条約(1958年、111号、批准国159

 最低年齢条約(1973年、138号、批准国128

 最悪の形態の児童労働条約(1999年、182号、批准国142

ILOの組織

 最高意思決定機関として総会があり、原則として毎年1回開催されている。加盟国は2003年9月現在で、日本、タイを含み176カ国であるが、各国の代表、表決の制度は労働機関であることから他の国際機関とは異なる方式を採用している。すなわち、各加盟国の代表は2名の政府代表、1名の使用者代表と1名の労働者代表の4名で構成されている。総会の決議は各加盟国を1票とせず、政労使の各代表が個々に行うことになっている。

 次に業務執行機関としての理事会がある。政府代表28名、使用者代表14名、労働者代表14名で構成されるが、そのうち政府代表の10名は主要産業国である常任理事国10カ国が任命することになっている。アジアでは日本、中国、インドが常任理事国である。労使の理事はそれぞれ14名で、総会での労使の代表が選挙人団を組織し、個人を指名して選挙が行われる。理事の任期は3年であり、20026月から20056月までの任期の使用者側理事にはアジアでは日本とパキスタンが入っており、労働者側理事にはアジアでは日本、マレーシアが入っている。

 次に事務局がジュネーブに置かれている。

タイが批准しているILO条約とタイの労働法

 タイのILO条約批准数は前述の通り現在までに13であり、平均の41を大きく下回っている。しかし、条約を批准することと条約の精神を生かして国内法を整備することは別の問題であり、タイの労働法全般を見渡すとILO条約の精神は随所に生かされていると言っていいであろう。

 以下ILO条約でタイが批准したものと国内法の関係を見てみる。

1.「工業における週休に関する条約(1921年、14号)」

 タイは1968年に批准している。第2条の1において工業に従事する労働者は、7日のうち原則として24時間一斉に休暇を取ることが定められている。タイの労働者保護法は28条で1週間に1日以上の週休日を与えることを原則としている。労働時間については外に「工業の労働時間を18時間、148時間に制限する条約(1921年、1号)」がある。これはタイはまだ批准していないが、労働者保護法28条で、18時間を越えず、かつ、1週間の労働時間の合計が48時間を越えないことを原則としているのでILOの精神は法に生かされているのである。

 ただし、1935年の条約47号「労働時間を週40時間に短縮する条約」があり、タイも日本もまだ批准していないが、日本では、労働基準法が1987年に改正され、原則として週40時間となったものの臨時措置法が設けられ段階的に施行されてきた。タイも批准するかどうかは別として、いずれ世界の潮流に合わせざるを得なくなるであろう。

2.「労働災害について内国、外国労働者の同一待遇に関する条約(1925年、19号)」

 タイは1968年に批准している(日本は1928年)。これについては1994年労働者災害補償法があるが(1972年革命団布告103号に基づく労働者保護に関する内務省令から独立した法律になった)、特に外国人についての差別的な条項は見当たらない。

 労災については「労災の給付に関する条約(1964年、121号)」があり、タイはまだ批准していないが(日本は1974年に批准)、上記のように法整備は一応終わっている。

3.「強制労働に関する条約(1930年、29号)」

 タイは1969年に批准しているが(日本は1932年)、タイは日本の戦前のような強制労働が行われなかったという歴史もあり、労働者保護法では特別の規定は設けていない。

4.「強制労働の廃止に関する条約(1957年、105号)

 タイは1969年に批准。上記3を更に詳細に定めたものである。

5.「最終条項改正条約(1946年、80号)

 タイは1947年に批准しているが、手続き的な条約につき説明省略。

6.「職業安定組織に関する条約(1964年、88号)」

 タイは1969年に批准(日本は1953年)。1994年に労働・社会福祉省が発足、雇用局が設けられて、職業紹介の業務も行われているが、まだ日本の職安のように組織的、全国的なものとはなっていない。

7.「同一価値の労働に対する男女労働者の同一報酬に関する条約(1951年、100号)

 タイは1999年に批准しているが(日本は1967年)、すでに、1972年の内務省令26条で「同種、同質、同量の労働については、性別を問わず同一の賃金」と定めており、98年労働者保護法では53条においてこの規定は引き継がれている。

8.「先住民に対する刑罰廃止条約(1955,104号)」

 タイは1964年に批准(日本は批准なし)。

9.「最終条項改正条約(1961年、116号)」

 タイは1962年に批准(日本は1971年)。上記5同様説明省略

10.「雇用政策に関する条約(1964年、122号)

 タイは1969年に批准(日本は1986年)している。経済成長と経済発展を刺激し、生活水準を引上げて失業と潜在失業をなくすような政策を実行することが求められている。

11.「鉱山の地下作業への最低就労年齢に関する条約(1965年、123号)」

 タイは1968年に批准(日本は批准していない)。16歳未満であってはならないことが規定されている。1972年の内務省令では25条において「地下および水中での作業」は15歳以上18歳未満に禁止しており、98年労働者保護法では18歳未満の年少労働者には「地下、水中、洞窟内、トンネル内または立坑」での労働を禁止している。また、同じく38条では女子労働者も上記の場所での労働を禁止している。

12.「労働者によって運搬される最高許容重量に関する条約(1970年、127号)」

 肉体労働によって運搬される重量が健康を害するものであってはならないことが定めるように加盟国に要求しており、若年層と女性の場合は一般より軽いことが求められている。

タイは1969年に批准している(日本は批准していない)。

タイの98年労働者保護法では、一般の労働者については特に定めていないが、39条で女性労働者は15キロを超える重量物の持ち上げ、肉体による運搬、牽引、押し動かす作業は禁止している。また、省令11号の4条において18歳未満の年少者を港湾荷役作業に従事させることを禁止しているが、船倉内の清掃作業、貨物の固定等については16歳以上の年少者を従事させることができると定めている。ただし、15歳以上、満18歳未満の男性年少労働者が肉体で運搬する重量の制限に関する規定は見当たらない。

13.「最悪の状態による児童労働の禁止および即時廃絶条約(1999年、182号)」

 タイは2001年に批准している(日本は2001年に批准)。

 最低年齢条約(1973年、138号、タイは批准なし、日本は1973年に批准)では義務教育終了年齢であり、いかなる場合も15歳を下回らないことを要求し、発展途上国には当初14歳に設定することが可能となっているが、この条約を更に強化するものとして、債務に縛られた、または奴隷に等しい労働形態、性産業その他の「隠された」労働による搾取、危険な作業条件を廃絶することをうたったものである。

 上記のように、最低年齢条約はタイは批准していないが、72年内務省令では20条により12歳未満を雇用禁止しており、1990年に13歳未満雇用禁止と改正、98年労働者保護法では44条において満15歳未満は雇用禁止としている。

タイがまだ批准していないILO条約とタイの労働法

 以上、タイがすでに批准しているILO条約について国内労働法がどう対応しているかを見てみたが、次にまだ批准していない条約で、日系工場にとって重要と思われる条約をピックアップしてみたい。

1.「団結権および団体交渉権についての原則の適用に関する条約(1949年、98号)

 労働組合に加入しない、脱退することを雇用条件とすること、組合員であることを理由に解雇したり、不利益な不当な扱いを行うことから労働者を保護する条約である。

タイの1975年労働関係法では、121条において組合活動をしている理由で委員を解雇すること、組合員であることを理由に解雇すること、組合加入の妨害すること、組合から脱退させる行為、組合の運営に干渉することを不当労働行為として禁じているので、この条約の精神は概ね法に生かされていると言って差し支えないであろう。

2.「使用者の発意による雇用の終了に関する条約(1982年、158号)」

 使用者は、労働者の能力や行為に関する妥当な理由、企業運営上の妥当な理由がなければ労働者を解雇することができないというものである。タイの労働者保護法では、日本の従来の労働基準法と同様明快な条文は見当たらないが(日本の場合、従来は判例上妥当な理由が必要となっているが、2003年の基準法改正で妥当な理由が必要となった)、会社の都合による解雇の場合は、日本にもない解雇保証金の支払いを求めている。ただ、解雇保証金を支払えば雇用者に自由な解雇権があるかどうかは法的には必ずしも明快ではない。

3.「雇用の促進および失業に対する保護に関する条約(1988年、168号)」

 この条約は過去の条約(失業給付条約、1934年、44号、社会保障最低基準条約、1952年、102号など幾つかの条約を整理して時代に合わせたものであるが、全被用者(公務員、見習を含む)の85%以上をカバーし、失業前の賃金の50%を下回らない水準で失業保険を給付するというものである。

 タイの場合はカバー率が85%以上あるかどうかは判然としないが、90年社会保険法で失業保険を盛り込んでおり、その実施時期は勅令で定めることとなっていたが、2003428日の閣議において200411日から実施することが決議されている。

4.「社会保障の最低基準に関する条約(1952年、102号)」

 医療、傷害給付、失業給付、老齢給付、業務災害給付、家族給付、母性給付、傷害給付、遺族給付があり、この条約を批准するためには上記のうち3種類の給付を実施する必要があるが、上記3で述べたように、タイでは90年社会保険法が制定され、失業保険を除く、給付は始まっており、上記のうち業務災害給付は72年内務省令で労災補償が定められており、それが1994年労災補償法として独立した法律となっている。

 ちなみにILO条約では1964の「業務災害給付に関する条約、121号」がある。

5.「年次休暇に関する条約(1936年、52号)」

 原則として1年勤続の場合、6労働日の有給休暇を与えることを定めているが、98年労働者保護法では、30条において満1年勤続した労働者は1年に6労働日以上の年次有給休暇を取る権利があると定めている。

6.「発展途上国を考慮した最低賃金の決定に関する条約(1970年、131号)」

 各国の機関が使用者、労働者団体と協議、合意の結果定めることとなっている。定められたものは法的拘束力を有し、違反者は刑罰を受けることが定められている。

 タイでは1972年に公布された「最低賃金を定める内務省告示」があり、最低賃金委員会が労使双方の意見を取り入れて政府に勧告することになっていたが、この制度は98年労働者保護法の第6章賃金委員会に取り入れられ、賃金委員会は労働省事務次官を委員長として政府代表4人、労使を代表するそれぞれ5人の委員で構成、最低賃金を定めることを含む権限が明確にされた。また90条では最低賃金を下回る賃金を支払ってはならないことが定められている。

最後に

 タイは前述のように185ある条約のうち、まだ13しか批准しておらず、各国平均の41を大きく下回っているのであるが、以上見てきたように労働法ではILO条約の精神が随所に具現されており、タイの労働関連法は国際的に見ても遜色のないものとなっているということができよう。

 ただ、タイでは貧しさのゆえに、いわゆる隠れた児童労働、児童売春、強制労働が行われていることは、報道にも表れていることである。タイは「最悪の状態による児童労働の禁止および即時廃絶条約」を2001年に批准しているものの、まだ完全に実効を挙げているとはいいがたく、最近のILOの活動が児童労働に焦点が当てられていることからも、今後の大きな課題であろう。

 また、労働時間を週当り40時間に制限することは、日本でも最近段階的実施が行われているのであるから、タイではまだ先のことと思われるが労働時間短縮は世界的な潮流でもあり、今後の動向が注目されるところである。

(おわり)

参考資料:ILO事務局ウエッブサイト

     ILO駐日事務所ウエッブサイト

     ILO駐日事務所メールマガジン

     国際労働基準:ILO条約の手引き1997年版(ILO東京支局発行)

     ILO東京支局パンフレット

     「ILOのあらまし」監修:柳川和夫、編著:吾郷真一、(財)日本ILO協会発行