「一休さん」このアニメを知らない人は、まずいないかのように思う。
NET(現朝日テレビ)で 75/10/15 〜 82/06/28 の水曜日19:30
〜 20:00に放送していたアニメ番組で
再放送については何度も各放送局で放送されたのではないであろうか。
ということで、今回のテーマはシニザエモンさんがこだわる「一休さん」だ。
「一休さん」登場人物はこんな感じである。
| 一休さん | 安国寺の小坊主。 |
| 蜷川新右衛門 | 室町幕府の寺社奉行。一休にとんちで負け、一休の弟子になる。剣術は当代一の腕前。 |
| 外観和尚 | 安国寺の和尚。こっそり水飴を食べているなどの意地汚い一面も・・・。 |
| 将軍様(足利義満) | 室町幕府3代目の将軍。一休をいじめることに生き甲斐を感じているらしいが、一休のとんちに負け放題。 |
| さよちゃん | ポジションとしては「いっきゅうさん」のヒロインか・・・。 |
| 吾作 | さよちゃんのお爺さん。安国寺の寺男。 |
| 桔梗屋利兵衛 | 一休にとんち勝負や無理難題を押しつけて挑戦するが、やっぱり連戦連敗。 |
| 桔梗屋やよい | 桔梗屋の一人娘。結構顔は親に似ずかわいいが、性格はさすが桔梗屋の娘という感じである。 |
| 秀念 | 安国寺の小坊主の中では一番年上か?桔梗屋の弥生が好きらしい。 |
| 陳念 | 安国寺の小坊主。食いしん坊 |
| 哲梅 | 安国寺の小坊主。 |
| 黙念 | 安国寺の小坊主。顔がきれい。 |
| 哲斎 | 安国寺の小坊主。小坊主の中では一休の次に賢そう。 |
| 母上様(伊予局) | 才女にして美人な一休の母親。しかし、声優はなんとルパンの不二子・・・ |
| やんちゃ姫 | 五条家の露姫。あだ名の通り一筋縄でいかないやんちゃぶりを発揮 |
| どちて坊や | 「どちて(どうして)」と一休に訪ねまくった子供。露姫さえもへこます。 |
ちなみにアニメと史実にはかなりの開きがある。
1.名前
一休という名前は24才の時に与えられた名前で「安国寺」修業時代は周建さんである。
この辺番組制作側としてはやはり知名度の高い「一休さん」というネーミングを採用したに違いない。
2.足利義満
一休さんが生まれる2年前に義満は南北朝統一により出家して将軍職を義持に譲っている。
実際の権力は義満が握っているのでその辺には目をつぶると言うことか?
3.蜷川新右衛門親当(にながわ しんえもん)
史実では第6代将軍義教に寺社奉行ではなく政所公役としてつかえている。
まぁ、この辺をつつくと限りなく矛盾が生じてくることになる。
しかし、それであっても文部省推薦番組になっている。
子供達に嘘の一休さんを教えてまでも文部省が意図する推薦の意図は如何に?
要するに一休さんはその程度の嘘はどうでもいいくらい偉かったのである。
極めて人間的で、お酒を愛し数々の女性遍歴もあるらしい一休さんは
貴賊貧富や職業身分に差別なき四民平等の禅を説き、虚飾と偽善と権力を嫌い
弟子よりの信頼はもちろんのこと国民的人気も高かった。
その、とんちに富みつねに庶民の味方である一休像を
日本の子ども達に植え付けることこそが文部省のねらいと思われる。
以下が一休さん大まかな生涯である。
| 1394年(応永元年) | 0才 | 一月一日、京都で後小松天皇の皇子として生まれ「千菊丸」と命名される。 |
| 1399年(応永六年) | 5才 | 京都の禅寺「安国寺」に入り像外集鑑和尚(外観和尚)の弟子となる。「周建」という名を与えられる。 |
| 1405年(応永十二年) | 11才 | 「安国寺」での勉強では足りなくなったため、「壬生寺」の清叟仁和尚について学ぶ。 |
| 1406年(応永十三年) | 12才 | 「建仁寺」に移り詩を学ぶ。 |
| 1410年(応永十七年) | 16才 | 「西金寺」の為権宗為和尚(権翁様)のところへ移り「宗純」といういなみを与えられる。 |
| 1414年(応永二十一年) | 20才 | 為権宗為和尚が亡くなり寺を出る。 |
| 1415年(応永二十二年) | 21才 | 滋賀県の琵琶湖の近く堅田というところにいる華叟和尚の弟子になる。 |
| 1418年(応永二十五年) | 24才 | 華叟宗曇和尚から「一休」という道号を与えられる。 |
| 1420年(応永二十七年) | 26才 | 5月20日の夜明け、琵琶湖の船の中で烏をみて悟りを開き、それ以降旅に出る。 |
| 1428年(正長元年) | 34才 | 華叟宗曇和尚の病気を知り、お寺へ帰って看病するが亡くなる。一休はまた旅に出る。 |
| 1456年(康正2年) | 62才 | 薪村に妙勝寺(のちの酬恩庵)を復興し、以後この庵を拠点 |
| 1467年(応仁元年) | 73才 | 応仁の乱勃発 |
| 1469年(文明元年) | 75才 | 7月。薪村にも戦いが広がってきたため、大阪の南の方へ逃げる。 |
| 1474年(文明六年) | 80才 | 天皇の勅命で大徳寺の住持になる(大徳寺の復興)。また、天皇から紫の衣をもらう。(酬恩庵から通い) |
| 1481年(文明十三年) | 87才 | 10月21日。薪村の酬恩庵にて死去。 |
そうそう、最後にシニザエモンさん
新キャラのネーミングは「Dochite-bouya」あたりでどう?