≪しもやけになったゾウ≫

ある日、ぞうはしもやけになった。
札幌はその日、マイナス10℃の空気に包まれていて、地面にはもう何日にもわたって、踏み固められてきた、ダイアモンドのように硬い氷が、頑強に張り付いていた。札幌にあるどのビルも、どの信号も、どの街路樹も、みんなマイナス10℃に支配されていたし、札幌にいた人々も、札幌の遊歩道を散歩されている犬だって、野良猫だって、みんなマイナス10℃の空気を感じ、マイナス10℃の中に歩いていた。

それは、札幌にとって、なんの変哲もない冬の休日だった。

札幌には動物園がある。しもやけになったぞうはその動物園にいる。動物園だって札幌にある限り、マイナス10℃から逃げるわけには行かないのだ。トラがいやいやながらに屋外の遊び場に出ようとして、凍り付いた階段でねんざをした。ねんざしたおかげで、トラはマイナス10℃の寒い遊び場に出なくても良くなったけど、動けないストレスに、もうちょっとしっかり歩いときゃ良かったなぁなんて思い始めたころのことだった。


ぞうは雪が好きだった。もちろん、もともと雪国に住んでるゾウなんていないけど、彼は小さなころに、この札幌にやってきて、札幌で育ったゾウだったから、雪は珍しくなかったし、寒くなったら、外は真っ白になって、暴れて喉が渇いたら、雪を食べると気持ちがいいなんてことまで知っていた。その特別寒くない札幌の何の変哲もない冬の空の下で、ゾウがしもやけになったのには、それなりのわけがある。

その年は、めっきりお客のこない冬だった。いくら冬だからと言ったって、一応、動物園なのだから、一日一組ぐらいは客が見に来るもんである。誰かがくれば、なんとなしに気がかりでふらふら動いてみたりするのが、人に飼われたゾウの性分ってもんだし、動いてればそれなりにあったかかったりする。

もう3週間も人がこない。そんな動物園って世界中にいくつもあるもんじゃない、とゾウは思っていた。飼育係は若い男で、なんでも一生懸命やってくれるいい飼育係だった。お客さえくれば、なかなか居心地の良いところだ・・・まぁ…お客だらけだとちょっとつかれるけどね…

なんとなくおかしいなっと思ったときには、ゾウはもう立つことができなかった。朝起きてみると足がじんじん痛んで、まるで自分の足じゃないみたいだった。飼育員の若い男が暖めたり、餌を持ってきてくれたり、いろいろしてくれたけど、ゾウは立てなかった。お医者さんが来て「しもやけですね」と言った。「しもやけだからと言っても安心は禁物です。ゾウはじもやけで死ぬことだってありますからねぇ」とも言った。

なんてこった…ゾウはそう思った。
割合気に入っていた飼育係の若い男は、こっぴどく怒られているし、僕は立つことさえもできない。そんなのってひどいじゃないか。ただ、客がこなかっただけなんだ。たいしたことじゃない。じっとしてたら、しもやけになったんだ。そして、僕はそう簡単に死にやしない。

飼育係の若い男が、僕といっしょの部屋で眠ったのは、それが初めてのことだった。
僕は目をつむったまま、とてもいい気持ちになった。

ゾウはその夜、夢を見た。飼育係がしもやけになって、ゾウが看病してやる夢だ。飼育係はすぐに元気になったさ。だって、飼育係は人だったんだからさ・・・

もしあなたが、冬の札幌に行くことがあったら、動物園を気にかけて欲しい。気にかけるだけでいいんだけど…

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