≪ 二重人格のハリセンボン ≫
そのハリセンボンは珊瑚礁の小さな隙間にひっそりと身をよせて、すっかり隠れたつも りになっていた。だけど、色鮮やかな珊瑚礁の中で、草色の彼の肌はあまりに目立って いたし、そのたたんだ刺があまりにも規則的すぎる模様だったから、どうみても不自然 な存在だった。 青年がハリセンボンを見つける。イタズラなその瞳に輝きがはしる。青年はハリセンボ ンをグローブに包まれた手で捕まえる。ハリセンボンはなにがなんだかさっぱり分から なくなって、とりあえず膨らまなきゃと思う。「膨らまなきゃ…膨らまなきゃ…」 まんまるの大きなビーチボールみたいにハリセンボンはふくらんだ。刺だって、几帳面 なおばあちゃんが整理した後の針刺しみたいにきれいに彼の体を覆っていた。しかし、 彼の威嚇はむなしく、彼は水面へと導かれていった。彼の針はグローブに遮られていた し、膨らんじゃったから、のろのろとしかうごけないのだ。 水面にはちいさな女の子が一人、その青年の運んできたへんてこなものを眺めていた。 「それ・・・へんてこね。」彼女が青年に言う。「おこってるんだ。僕がかくれんぼし てるのを見つけちゃったからね。」青年が女の子に言う。「へんてこよ、かくれんぼし て見つからなかったほうが怒こっちゃうわ。みつかるところに隠れるからいけないのよ。 怒るなんてへんてこだわ。」「ちがうんだ…こいつ僕とかくれんぼをしてたんじゃない んだ。なのに僕が見つけちゃったんだよ。」「そう。」女の子はそっけなく返事をする。 青年はハリセンボンを放してやった。「ゴメンな、もう見つけたりしないよ。僕が悪か ったんだ。」 ハリセンボンは慌てて海に逃げこもうとする。でも怒りがなかなかおさまらない。怒っ て余計に膨らむ。膨らむと沈めないから泳げない。泳げないから怒ってまた膨らむ。ハ リセンボンはすっかりどっちの自分が正しいのか分からなくなってしまった。そして、 ハリセンボンは溺れていた。海に浮かんで完全に溺れているハリセンボン。 でも、そういうことがあったっていいじゃないか。ハリセンボンだって溺れるんだ。ワ ニのあごが外れたり、コアラが木から落ちたり、酒屋の息子が酒を飲めなかったり、医 者がたばこを吸ったり、水泳にいったあとランチバイキングに行ったり、そういうこと と同じなんだ。 ハリセンボンはしばらく自分の二重人格と戦った後、ふと我に返って、すっと身をちぢ めて、海へ帰っていった。ハリセンボンだって溺れちゃうんだ……たまにはね。

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