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取り次ぎ 『10月は、ロザリオの月です。むかしから多くの人たちが、聖母マリアに取り次ぎを求めながら祈り続けてきました。』というふうに、「取り次ぎ」という言葉が自然に使われている。ところが、この言葉はカトリックでは普通のことであっても、プロテスタントでは普通のことではない。 カトリックでは、「聖人」という考えがあり、信仰心があつく偉大な功績のあった先人は特別に尊敬され、われわれの祈りを神様にとりなしてくれる存在とされる。 そしてキリストの母、聖母マリアは聖人中の聖人として、その力にすがることによって人は救われるという、いわゆる聖母崇敬の慣習がある。 プロテスタントでは、父・子・聖霊の三位一体の神だけを信じて祈る対象とし、 聖書の登場人物は母マリアであれ、パウロであれ、ただの人間と位置づける。したがって、そうした聖人に対する特別扱いはしない。まして聖人や聖母に祈りの取り次ぎをお願いすることはない。 両者の方向の食い違いは、プロテスタントの成り立ちと、カトリック自身の宗教改革がその根源にある。中世ヨーロッパにおいて、カトリック教会はかなり堕落していた時期があり、16世紀にそのことに抗議してドイツのルター、カルヴァンなどが立ち上がり、世にいう宗教改革が起こった。カトリック教会もその後、あり方を改め、トリエント公会議(1545―1563年)では、教会内にみられた聖職売買や贖宥符販売の禁止、種々の悪習の撤廃、司教による司祭への監督強化などをもって規則の引き締めをはかった。一方、プロテスタント運動に対しては、福音主義神学との対決姿勢を鮮明にし、「信仰のみ、聖書のみ」に対して、伝統的な「信仰と行為、聖書と聖伝」をカトリック神学として確認、表明した、また、原罪と義化の教義を確定し、さらに洗礼、堅信、聖体、ゆるし、病者の塗油、叙階、婚姻の七つの秘跡とその教義を確認した。ミサの典礼分をラテン語に統一したのもこの公会議である。また、神学校制度を制定して聖職志願者の養成に力を入れることによって教会に実のある刷新をはかろうとした。こうして、カトリック教会は教義の整備、霊的刷新、世界的拡張をもって次の時代へと向かっていった。
ということで、「取り次ぎ」の有無が分かれているようだ。 |