過去には2年9ヶ月も教皇が選出できないこともあったようだ。コンクラーベは、次期教皇選出の会場となり、極めて長期にわたって次期教皇が選出できない異常事態に困り果てたビテルボの町の住民が考え出した妙案だったとのこと。

●コンクラーベ(CONCLAVE) http://www.pauline.or.jp/welcome/paulo_02.html

教皇の死去に伴って、次の教皇を選挙する会議のことを、コンクラーベといっています。
コンクラーベは、語源的にはCUM(とともに)+CLAVIS(鍵) つまり、鍵とともにを意味しています。なぜ、コンクラーベというようになったかは、教皇選挙の歴史を見てみるとよくわかります。


  (途中省略)

1268年
 教皇選挙会は、「コンクラーベ」と呼ばれるようになりました。
 クレメンス4世は、1268年、ビテルボの町で死去し、ここで、新教皇の選挙が行われました。
 「コンクラーベ」は、クレメンス4世の後継者選びに2年9カ月もかかったため、困り果てたビテルボの町の住民が考え出した妙案でした。
 この選挙では、イタリア人支持とフランス人支持の2派が対立し、どちらも3分の2の票を獲得することができませんでした。
 ビテルボの町の人びとは、選挙期間中、枢機卿たちが自由に出歩き、外部の人びとと接触しているのでなかなかきまらないのだ、と考えました。
 そこで、町の人びとは、選挙会場である司教館に、枢機卿たちを閉じこめ、食料もパンと水だけを差し入れ、その量も次第に減らしていくことにしました。
 その結果でしょうか、2年9カ月ぶりに、イタリア人のグレゴリオ10世が選ばれたのです。


  (途中省略)

1904年
 ピオ10世教皇は、根本的な選挙法規約を完成しました。
 この時から秘密が厳しく要求されるようになりました。


1929年
 ラテラノ条約締結。これには、コンクラーベの招集と運営の自由が保障されることが、はっきり書かれています。


ピオ12世は、以下の点を改正しました。
  必要な得票数を、全投票数の3分の2+1としました。
  秘密保持のため、ラジオ、テレビ、カメラ、映写機、電話などのいっさいの機器を会場に持ち込むことを禁止しました。


1975年
 パウロ6世は、以下のことを改正しました。
  (1)選挙権保持者数は120名以下とする。
  (2)80歳以上の枢機卿は、被選挙権を失い、コンクラーベに参加する権利も失う。
   (教皇逝去の日に満80歳になった人も除外される)


1996年
 ヨハネ・パウロ2世は教皇選挙法に関する憲章を発布しました。
 選挙法に、新しいことが定められています。
  (1)三つあった選挙法(発声、委任、投票)のうち、投票のみを残し、他の二つを廃止する。
  (2)選挙者の宿舎は、バチカン市国内のDOMUS SANTA MARTA(聖マルタ館)とする。
  (3)全世界の信徒は、祈りによって教皇選挙に参加し、教会全体の行事とする。
  (4)戴冠式の廃止
  (5)聖職者による枢機卿団への二つの講話


今回の教皇選挙は、ヨハネ・パウロ2世によって定められた選挙規則に従って行われるはじめての選挙となります。

教皇空位と教皇選挙  http://www.cbcj.catholic.jp/pope/vacancy.htm

枢機卿総会が終了
4月16日に行われたバチカン広報部のナバロ報道官による発表は以下の通りです。
新教皇の選挙(コンクラーベ)が4月18日(月)から始まります。コンクラーベには5大陸52か国から115名の枢機卿が参加します。この第三千年期に行われる最初のコンクラーベで、カトリック教会の第265代教皇が選ばれます。
枢機卿たちは明日4月17日(日)午後、ドムス・サンクタエ・マルタエに入り、夕食をともにします。
18日(月)午前10時(日本時間同日午後5時)にサンピエトロ大聖堂で「教皇選出のための」ミサがささげられます。
同日午後4時30分(日本時間同日午後11時30分)、選挙権を有する枢機卿は、祝福の間からシスティーナ礼拝堂に向けて出発します。この模様はテレビ中継されます。
システィーナ礼拝堂に入ると、枢機卿たちは誓約を行います。主席枢機卿が誓約文を読み上げ、続いて一人ひとりの枢機卿が順次、名前を述べ、福音書に手を置いて、「私はこれを約束し、誓います」と唱えます。すでに使徒座空位が始まり、枢機卿総会が行われている間にも秘密厳守の誓約は行われていましたが、ここで行われる誓約は、「神の意志によって誰がローマ教皇に選出されようとも、その者が普遍教会の牧者としてペトロの任務を忠実に遂行すること」を約束するものです。
誓約が終わると、教皇儀典室儀典長が「エクストラ・オムネス」(部外者の退出の意味)と命令し、選挙参加者以外は、全員、システィーナ礼拝堂から退出します。ただし、教皇儀典室儀典長と、2回目の黙想を行うトマス・スピドリック枢機卿だけは礼拝堂に残ります。黙想が終わると、この二人もシスティーナ礼拝堂を後にします。

コンクラーベ期間中の予定は次のとおりです。
午前7時30分(日本時間午後2時30分)、ドムス・サンクタエ・マルタエで共同司式ミサ。9時(日本時間午後4時)までにシスティーナ礼拝堂に集合。聖務日課の賛課を唱えた後、ただちに投票を行います。投票は午前2回、午後2回行われます。午後の投票は午後4時(日本時間午後11時)に開始し、2回目の投票を終えると、晩課を唱えます。
午前の投票と午後の投票が終わると、午前と午後に投じられた投票表紙はそれぞれシスティーナ礼拝堂に設置されたストーブで焼却されます。選挙の結果を知らせる煙は、午前の投票については正午の12時(日本時間午後7時)頃、午後の投票について午後7時(日本時間翌日午前2時)頃、煙突から出ます。これは、午前の1回目の投票ないし午後の1回目の投票で新教皇が選出されなかった場合です。1回目の投票で新教皇が選出された場合は、もっと早い時間に煙の合図が行われます。新教皇の選出は、白い煙の合図とともに、サンピエトロ聖堂の鐘を鳴らして知らされる予定です。
教皇の選挙が有効であるために必要な得票数は、出席有権者の総数の3分の2です。3日間の投票で選出が行われない場合は、1日間、投票を行わずに考察と祈りを行います。その後、7回投票を行い、決まらなければもう1回選挙を中断します。さらに7回投票を行い、決まらなければ1回選挙を中断して、また7回投票を行います。その後、過半数の意見に従ってその後の手続きを決定します。すなわち、過半数の得票をもって有効とする投票ないし、上位2名の候補についての投票を行うことを決めます。最後の方法は、33回ないし34回の投票を行って選出が行われなかった場合にのみ行います。
初日の18日午後に投票を行うかどうかは、18日の午後、コンクラーベが開始されてから決められます。
コンクラーベの会場は、ドムス・サンクタエ・マルタエおよびシスティーナ礼拝堂です。 枢機卿たちは、ドムス・サンクタエ・マルタエとシスティーナ礼拝堂の間を、サンピエトロ大聖堂裏の通路を通って移動します。移動は徒歩か、希望者があればバスで行います。サン・ダマソ庭園は立入禁止となります。
コンクラーベ期間中、サンピエトロ大聖堂ないしバチカン庭園への観光客の立入はできません。しかし、バチカン地下墓地の開館時間内に、ヨハネ・パウロ二世の墓を訪問することは可能です。

枢機卿総会は16日をもって終了しました。ナバロ報道官は12回に及ぶ枢機卿総会全体について次のように述べました。「枢機卿総会はきわめて和やかな雰囲気で行われました。このことは、すべての枢機卿たちが使徒座空位期間中に感じていた大きな責任を表しているものと思われます。そこから、枢機卿たちは、議論で取り上げられた一般的なテーマについて広範な一致を得ることができました。いずれの総会会議中においても、誰かの名前に言及されることはありませんでした」。
次期教皇選出選挙(コンクラーベ)の流れ…朝日新聞イラストから

教皇が死去すると、最大20日以内にコンクラーベ(枢機卿会議)が開かれる。
今回は18日に開始される。
出席する枢機卿は、80歳未満で教皇選挙権を持つ最大120人。(現在権利を持っているのは117人。その内2人が欠席を表明)
教皇が決まるまで、参加している枢機卿たちは、扉で閉じられた礼拝堂から出ることができない。
コンクラーベは、ヴァチカンのシスティナ礼拝堂で18日午後4時30分から始められる。
開始前には、礼拝堂は盗聴されていないかなど厳重にチェックされる。
投票用紙は長方形の白い紙で、上半分にラテン語で「至高の教皇としてこの人を選ぶEligo In Summun Pontificem」と書かれてある
推薦する人の名前を下半分に記入し、紙を2つ折りにする。
記入後、枢機卿たちは年長順に祭壇の前で、自分の責務を真摯に果たすことを誓い、投票する。
投票箱は、これまでの聖杯の代わりに、円盤形の容器が使われる。
この投票で3分の2を超える得票を得た人物が新教皇となる。
該当者が出るまで1日4回投票を繰り返す。
開票のたびに、一度使われた投票用紙は燃やされる。
新教皇が決まらなければ、薬品を加えて煙が黒くなるようにする。
新教皇が決まると、投票用紙は薬品無しで燃やされ、白い煙が立ち上る。
それが、新法王が決まった合図となる。
今回はサンピエトロ大聖堂の鐘も鳴らして新しい教皇が決まったことを知らせる。
SIGNAL PREPARATION
A worker walks on the roof of the Sistine Chapel at the Vatican April 15. Workers examined the chimney which will release white smoke signifying the election of a new pope. (CNS/Nancy Wiechec)

ストーブ

投票用紙を燃やし、教皇選挙の結果を煙で外部の人に伝える役をする。
教皇が選出されると白い煙、選出されない場合は黒い煙を出す。
ストーブは選挙会場、システィーナ礼拝堂の祭壇に向かって後方部左手の隅にある。煙の白・黒をはっきりさせるため、ヨハネ・パウロ1世を選出したコンクラーベから投票用紙と一緒に化学薬品を混ぜて焼却するようにしている。
ストーブは黒い鋼鉄でできている。高さ1メートル以上、直径50センチ。上部の縁の所にピオ11世、ピオ12世、ヨハネ23世、パウロ6世の名前と選ばれた年月日が刻まれている。
ストーブの煙突は、システィーナ礼拝堂の屋根に突き出ていて、聖ペトロ広場からは煙がよく見える。

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