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ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦からコソヴォ紛争まで 龍谷大学法学部講義録を参照させていただきました。
バルカン半島の南スラブ人は、6世紀に北のロシア、東欧から南下してきた。14世紀に大セルビア王国が栄えるなど、南スラブ人の国家が作られては分裂し、崩壊する歴史を繰り返してきた。 チトーが80年に死去、89年を中心とした東欧民主革命、自由選挙での共産党の敗北そしてソ連の崩壊によって、各民族を統一国家に結集させていた求心力が失われた。連邦国家の上からの締め付けがゆるみ、抑えつけられてきた各民族のナショナリズムが、噴出してきた。 過去の歴史の中で、強烈な民族主義を有する各民族が、各共和国に入り乱れて住む形になった。そうした中で、為政者が民族間の完全な平等を確保すれば問題は起きなかったと思われるが、現実はそうでなかった。ボスニアでは政治経済の枢軸に位置するムスリム人が権勢をほしいままにし、セルビア人の間には不満の種があった。このような事情が、紛争の下地として存在した。そして、最も大きな民族のセルビア人の間では、過激で偏狭なセルビア民族主義が高まった。ユーゴ連邦解体後、セルビア民族主義者は、ボスニアやクロアチアに住んでいるセルビア人を保護し、セルビア人主体の新ユーゴに統一して、大セルビア人統一国家を作ることを目指した。 その流れが、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦に繋がり、コソヴォ紛争に繋がった。 |
| 旧ユーゴスラビアから現在の体制へ | ||||||
| 共和国 |
独立宣言 |
人口(万人) | 人種 | 構成率(%) | 主な宗教 | |
| セルビア | 新ユーゴ連邦 | 92年 1月 |
971
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セルビア人 | セルビア正教 | |
| (コソヴォ自治州) |
200
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アルバニア人 |
90
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イスラム教 | ||
| セルビア人 |
7〜8
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セルビア正教 | ||||
| モンテネグロ |
63
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セルビア人 | セルビア正教 | |||
| クロアチア | クロアチア | 91年 6月 |
467
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クロアチア人 |
85〜90
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カトリック |
| セルビア人 |
5
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セルビア正教 | ||||
| ボスニア | ボスニア・ヘルツェゴビナ | 92年 3月 |
440
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ムスリム人 |
44
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イスラム教 |
| セルビア人 |
31
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セルビア正教 | ||||
| クロアチア人 |
17
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カトリック | ||||
| マケドニア | マケドニア | 91年 9月 |
206
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マケドニア人 |
65
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マケドニア正教 |
| アルバニア人 |
21
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イスラム教 | ||||
| スロベニア | スロベニア | 91年 6月 |
194
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スロベニア人 |
88
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カトリック |
| アルバニア人 |
3
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イスラム教 | ||||
| セルビア人 |
2
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セルビア正教 | ||||
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91年 3月 クロアチアでセルビア人とクロアチア人の警官隊同士が衝突。民族紛争に拡大した。 ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦 92年 4月 独立宣言直後のボスニアで、セルビア、クロアチア、ムスリムの3民族が衝突、内戦が始まった。ボスニアのセルビア人は旧ユーゴ連邦軍を引き継いだ新ユーゴ・セルビア共和国の支援を受け、優勢に紛争を進めた。国際社会はセルビアが、大セルビア作りのために紛争を拡大していると判断した。
ボスニア内戦は42ヶ月間続き、国連による新ユーゴへの経済制裁、紛争当事者への武器禁輸実施、NATOによるセルビア人勢力への爆撃によって、ようやくEC、米国の調停努力が実を結び、95年11月21日、ボスニア(ムスリム人)、クロアチア、セルビアの首脳による米国デイトンでの和平協定調印となった。
コソヴォ紛争 新たな紛争の始まり 99.6. 9 ユーゴ、治安部隊のコソヴォからの完全撤退受諾
コソヴォの最終的地位 コソヴォの最終的地位はまったく未定。国連安保理決議でもユーゴの主権は否定されていない。しかし、コソヴォ紛争の事実上の勝者であるアルバニア人はコソヴォ独立を100%目指している。住民投票をすれば独立派の圧勝は確実。しかし、安保理常任理事国のうちロシア、中国は独立を拒否、ほかの3国もいまのところ、ムスリムのアルバニア人独立国家樹立を支持してはいない。一方、現地ではセルビア人追い出し、民族浄化の動きが起こり、民族間の緊張が持続している。 |
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マケドニア旧ユーゴースラヴィア共和国の紛争 マケドニア旧ユーゴースラヴィア共和国は旧ユーゴの東南に位置していた共和国。伝統的に農業国。
スラヴ系のマケドニア人を中心とする多民族国家。紀元前4世紀にアレク サンダー大王を輩出した古代マケドニア人とは関係がない。 14世紀末から20世紀初めまでトルコの支配下にあった。1918年、ユーゴ王国の一部となり、第二次大戦後はユーゴ連邦を構成する共和国となった。
1991年の独立後、民主化・市場経済化を開始。 外務省のWEBでは、次のように説明されている。
内政 以下はCNNニュースから
以下は田中宇氏のニュースメイルから
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