| 一般事情 |
| 1.面積 |
652,225km2(日本の約1.7倍) |
| 2.人口 |
1,880万人(出典:国連統計資料1998年央推計) |
| 3.首都 |
カブール |
| 4.人種 |
パシュトゥーン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人等 |
| 5.言語 |
パシュトゥー語、ダリー語 |
| 6.宗教 |
イスラム教(主にスンニー派のハナフイ学派であるが、ハザラ人はシーア派) |
| 7.略史 |
長年の他民族による支配の後、1747年ドゥラーニー王朝成立。バラクザイ王朝(1826〜1973年)下の1880年、英国の保護領となるが、1919年独立を達成。73年7月共和制に移行後、78年4月軍部クーデターにより人民民主党政権成立。79年12月ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。86年5月ナジブラが書記長就任。89年2月ジュネーブ合意に基づき、駐留ソ連軍の撤退完了。92年4月ムジャヒディーン・ゲリラ勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊し、ムジャヒディーン政権が成立するが、各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。94年頃から、イスラムへの回帰を訴えるタリバーン(神学生の意)が勢力を伸ばし、96年9月に首都カブールを制圧した。 |
| 政治体制・内政 |
|
(現在は、全土を実効的に支配する政府は存在しない。国名については、タリバーン政権は「アフガニスタン・イスラム首長国(Islamic
Emirate of Afghanistan)]を、ラバニ政権は「アフガニスタン・イスラム国(Islamic State of Afghanistan)」)を称している。) |
| 1.政体 |
|
| 2.元首 |
(注:ザーヒル元国王は73年以降、ローマに亡命) |
| 3.議会 |
|
| 4.政府 |
|
| 5.内政 |
(1)1996年9月末、南部より勢力を拡大したタリバーンが、首都カブールを制圧し、暫定「政権」の樹立を宣言した後、1996年10月には、ラバニ派、ハリリ派、ドストム派等が、北部のマザリ・シャリフを中心とする反タバリーン派を結成。
(2)その後、1998年夏まで概ねタリバーンが国土の約2/3、反タリバーン各派が同約1/3を支配する状態が続いていたが、同夏にタリバーンが反タリバーン各派の支配地域に攻勢をかけ、支配地域を大幅に拡大。(現在タリバーンは、国土の約9割程度を支配していると見られる。)
(3)なお、99年3月、7月、2000年5月には、国連等の仲介によりタリバーンと反タリバーン各派との直接対話を含め、和平交渉が行われたが、いずれの際もその後戦闘が激化しており、和平への糸口とはなっていない。また、2000年12月に採択された対タリバーン制裁安保理決議以降、国連とタリバーンの関係は悪化している。 |
| 外交・国防 |
| 1.外交一般 |
現在、国連ではラバニ派(反タリバーン派)が議席を維持している。タリバーンを政府承認しているのはパキスタン、サウジアラビア、ア首連のみ。在ケニア、タンザニア米大使館爆発事件の首謀者とされるオサマ・ビン・ラーデンをタリバーンが庇護していると言われており、国際社会はタリバーン政府に対して厳しい姿勢で臨んでいる。また、タリバーンやビン・ラーデンはチェチェン反政府勢力を支援しているとも言われていることから、露も厳しい姿勢を採っている。99年10月にはタリバーンに経済制裁を課す安保理決議1267が採択され、その後タリバーンが決議に従う姿勢を見せなかったことから、2000年12月には追加制裁を課す安保理決議1333が採択された。 |
| 2.軍事力 |
現在紛争を継続している各派は、各々一定の軍事力を保有(詳細不明)。近隣、関係諸国が、タリバーン、反タリバーン派に対する軍事支援を行っているとも言われるが、実態は不明。なお、上記安保理決議1333とはタリバーンに対する武器禁輸、軍事関連の役務提供の禁止が定められている。 |
| 経済(単位 億米ドル) |
| 1.主要産業 |
農業(小麦、大麦等) |
| 2.GDP |
不明 |
| 3.一人当たりGNP |
不明 |
| 4.経済成長率 |
不明 |
| 5.物価上昇率 |
不明 |
| 6.失業率 |
不明 |
| 7.総貿易額 |
不明 |
| 8.主要貿易品目 |
不明 |
| 9.主要貿易相手国 |
パキスタン等 |
| 10.通貨 |
アフガニー |
| 11.為替レート |
4,726アフガニー/$(00年6月) |
| 12.経済概要 |
長年の紛争による国土荒廃のため、経済基盤は壊滅状態にある。また、密輸が横行している他、ケシの一大生産地ともなっている。麻薬はアフガニスタン(特にタリバーン支配地域)の最大の収入源となっており、イラン、ウズベキスタン等を経由して輸出されている模様。なお、2000年6月、タリバーンの最高指導者オマル師はケシの栽培を禁止する布告を出した(因果関係は不明とあるが、2000年のケシ栽培は劇的に減少している模様)。上記安保理決議1333ではタリバーン支配地域への麻薬制成に使用される物質(無水酢酸)の輸出等が禁止された。
|
| 経済協力 |
| 1.我が国の援助実績 |
(1980年度以降は、下記の緊急無償援助以外は実施していない)
(1)有償資金協力 7.20億円
(2)無償資金協力 61.90億円(97年度緊急無償地震災害0.75億円)
(3)技術協力 22.96億円、研修員受入437人、専門家派遣121人等 |
| 2.主要援助国(1997年)(出典:1999年度ODA白書) |
(1)オランダ (2)ドイツ (3)カナダ (4)スウェーデン (5)英国
(我が国はアフガニスタンのいかなる勢力も政府承認していないことから二国間支援を行っておらず、主に国際機関を経由した援助を行っている。) |
| 二国間関係 |
| 1.政治関係 |
(1)1930年11月19日、修好条約署名(1931年7月26日発効)。我が国は1979年12月以降アフガニスタンの累次政権を政府として承認していない。
(2)1934年11月、在カブール日本国公使館開設。(1955年12月、大使館に昇格)。1979年12月以降臨時代理大使レベルであったが、1989年2月より一時閉鎖中(現在館員不在)。
(3)1933年10月、在京アフガニスタン公使館開設。(1956年5月、大使館に昇格)。現在は事実上閉館状態。 |
| 2.経済関係 |
(1)対日貿易(1999年)(出典:平成12年版通商白書)
(イ)我が国への輸出 91百万円
(ロ)我が国からの輸入 7,559百万円
(2)我が国からの直接投資(1998年)(出典:大蔵省作成資料)
なし |
| 3.アフガニスタン難民援助(1998年以降) |
我が国は、国際機関経由で約4,200万ドルの支援を難民帰還、地雷除去といった分野で実施。最近では従来の紛争に加え干魃、寒波により、困窮の増したアフガン難民及び国内避難民に対し、国際機関経由で700万ドル以上の緊急支援及び食糧援助を行うと共に、国際平和協力法の枠組でテント等の物質協力を行った。 |
| 4.文化関係 |
我が国では、平山郁男ユネスコ親善大使をはじめとしてバーミヤンの仏教遺跡保存等につき関心が高い。98年9月にタリバーンがバーミヤン遺跡の一部を砲撃した際には我が国国内で非難の声が高まった。また、2001年2月、タリバーンの最高指導者オマル師は、アフガニスタン国内の彫像が偶像崇拝につながり、非イスラーム的であるとして、破壊を命じる布告を出し、仏教国を始めとする国際社会から厳しい非難を受けた。同布告は実施に移され、カブール美術館所蔵の遺跡やバーミヤン遺跡もかなりの部分が破壊された。 |
| 5.在留邦人数 |
0人(2000年6月) |
| 6.在日アフガン人数 |
217人(1997年12月) |