2001年4月28日(土)放送分

   

久米寺二十五菩薩練供養のご紹介
 


 
久米寺は、とても古いお寺です。ここで空海が大日経(だいにちきょう)を見つけて、のちに真言宗を開いた、いわば真言宗の発祥の地とでもいうべき、由緒あるお寺です。
創建したのは、聖徳太子の弟の来目皇子(くめおうじ)だと言われています。来目皇子は7才の時に眼を患い、聖徳太子が久米寺の薬師如来像にお祈りをさせました。皇子が、3日3晩の願掛けを7回、あわせて21日間行うと、二十五菩薩に守られつつ薬師如来が降りてくる姿が、皇子にはありありと見えて、病気が治ったと言われています。
ただ、久米寺のご住職によれば、元々、小さい久米寺があり、大きなお堂などを建てたのが、来目皇子だったのではとのことです。
来目皇子のこの出来事があったのをキッカケに、ここでは年に1度、練供養が行われています。

 
 
久米寺には、吉野の位の高いお坊さんだった久米仙人が、空を飛んでいる時に、吉野川で洗濯をしている若い女性のふくらはぎを見て目がくらみ、神通力をなくして墜落。その後にこのお寺を建てた、というユニークな伝説も残っています。

 
練供養について
久米寺には、本堂にあたる金堂、観音堂、御影堂、護国道場、久米仙人の像、京都の仁和寺から移築された多宝塔などがありますが、まず、練供養の前日に、金堂と護国道場に、150 mほどの板橋がかけられます。
当日は、朝から、護国道場で住職以下僧侶20数人が、大般若経などをあげます。そして、午後3時ぐらいから、クライマックスである“お渡り”が始まります。
これは、護国道場から本堂に、信者や僧侶、そして、二十五菩薩に扮した男性たちなどが、板橋を渡っていくというものです。
檀家の総代を先頭に信者さんが渡り、詠歌講(えいかこう)と呼ばれる和歌を歌う20人ほどの女性たちや、僧侶たちが渡ります。そうした中に、装束を着たお稚児さんが、太鼓を引いたり、旗をもったりして登場します。さらに、いろいろな講の信者さんたちが歩き、その後、いよいよ久米寺ゆかりの二十五菩薩が歩きます。
二十五菩薩は、信者の男性がいろいろな菩薩のお面をかぶり、また、胴体も昔から伝わるものを身につけて、全身、菩薩になりきります。練供養は、観世音菩薩や、大勢至(だいせいし)菩薩、薬王(やくおう)菩薩など、25の菩薩が登場するという、ユニークな練供養のクライマックスを迎えます。
一連の練供養が終わると、お供えの餅まきが行われます。

 

花の寺としても知られる久米寺は、この季節、ツツジが咲き誇ります。
 
 
 


久米寺二十五菩薩練供養

開催日時:5月3日(祝)午後3時〜4時30分頃(お渡り)
交通アクセス:近鉄橿原神宮前駅から徒歩5分
電話番号:0744-27-2470