2001年4月14日(土)放送分
 
 

藤原京の成立と歴史的意義について

西暦694 年、都が、飛鳥から今の橿原市に移されて、
日本で初めての本格的な首都である藤原京ができました。
701 年には、その藤原京で大宝律令という政治の基本となる法律が制定。
これがちょうど1300年前ということで、今、ブームになりつつあります。
 

放送では、奈良文化財研究所の小澤毅さんに伺いました

藤原宮跡

藤原京とは?
中央部の今の皇居にあたる藤原宮、その周りの役人たちが執務をする所、さらに役人たちが住む家や町を含めたエリアをいいます。

藤原京ができた時期
造営は、670年代に天武天皇が始めました。その妻の持統天皇が藤原宮に移り住んだのが694年であることから、その頃にはほぼ完成していたものと思われます。

今の橿原市にできた理由
耳成山、天香久山、畝傍山の大和三山に囲まれたエリアであり、それまでの都の飛鳥に近いことが理由と思われます。

藤原京の大きさ
一辺が、5.3q四方の正方形。その中心に、ほぼ1q四方の藤原宮がありました。
 

工事の様子
万葉集によれば、滋賀県の田上山(たのかみやま)から木材を切り出し、それを宇治川を下り、さらに木津川を遡って運んだとのこと。藤原京は、日本で初めて瓦を使って造られた都でしたが、その瓦は、近くで焼いたもののほか、淡路島や香川県で焼いたものも使われました。

歴史的意義
日本で初めて、碁盤の目状に都市計画をされて造られた都でした。以後の平城京や平安京も藤原京をモデルにして造られました。

 

大和三山