ぐるぐる模様ぐるぐる模様


ひょうへん【豹変】

ことばの由来は『易経』の一節
本来の文は「君子豹変 小人革面」と対句になっている


正しい意味

君子(偉大な人物)は
自分の見解の間違いに気付いたり
他者から より的確な見識が提出されたとき
自分の意見を撤回したり
修正したりすることをためらわない

もともとの自分の意見などにこだわらず
見解がより正しいものに素早く置き換わってゆく
その変わり身の速さたるや
まるで
豹の毛皮の模様を目で追っているような気分にさせられる

・・・これに対して

小人(つまらない人物)は
いったん
ひとまえに出してしまった自分の意見というものを
後で引っ込めたり修正したりするのは
体裁や対面が悪いと考えるものである

あきらかに自分の意見が間違っていると気付いても
いいわけや詭弁を盛大に弄して
欠陥のある意見を押し通そうとする
事に当たって状況や情勢の変化に対応しようとしない

このようなひとは
一枚のなめし皮の表面を目で追っているようで
いつまでたってもなんの変化もあらわれない

世間というものは
とかく“小人”のように振舞う人物に対して
「一本筋が通っている」とか
「自分の言動に責任を持つひとだ」とか
そんなことをいって持ち上げようとする

自分が
小人であることを認めたくないからそういうだけだろう

自分でも
「わたしはわたしだ」とか「わたしらしく」などと
正当化しようと試みる

もし“君子”であるなら
いつまでもそんなことを言っているはずはない


はい ここまで詳しい解説は
ことわざ事典には載ってないだろうね

それにしても ものすごい省略表現ですこと

字面だけ見ていたら
なにかが突然‘豹’のように強暴なものに‘変’わってしまう
――という意味に取りたくもなる たしかに

こういう省略表現は
文書記録に長けた民族の得意技だが
とくに中国人がこの分野の世界チャンピオンなのは間違いない

なぜ こんなに省略しちゃうのか?

古代中国人ならこんな風にいうだろうか・・・
「書くべきことはあまりに多く 紙面は少ない」

時代を遡れば遡るほど
なにかを筆記し記録することに要する費用がかさんでゆく
それが主な原因である {補遺}

中国人が最終的に実用に足る“紙”を発明しちゃったのも
もともとは この問題を解決するためだった

しかしまあ 想像してもみたまえ
「君子豹変 小人革面」の たった8文字から
文字が読める者はかなりの確率で
著者の(あれだけ複雑な)意図が把握できる・・・?
――恐ろしいほどの文化水準だわ

なるほど 孔子の時代(BC500ごろ)すでに
『易経』時代の中国人に対して
信仰にも近い畏怖を感じていた感覚が
わからないでもない

IT関連技術が進歩するにつれ
単位bitあたりの記述に要する費用が
飛躍的に安くなってきている

低価格の普及用PCに
100GB超ものハードディスクが標準で装備され
WWW上の無料サイト・スペースだって
容量無制限のところが珍しくなくなってきた

『易経』の時代と比較すれば
現代の“紙価”など事実上 無限小のようなものだ

もはや“紙面”はいくらでもある
しかし書くべきことのほうは・・・

ところで
おとなしめ だったおんなのこが
休み明けに 突如として全身豹ガラで現れたりしたときに
“豹変”とはいわんのか?

いつもは君子然としているひとが
なにかのきっかけで“豹変”して凶悪化する
(世間一般で使う 君子豹変)

・・・なんて情景より

いきなり豹ガラになっちゃうほうが
個人的には
よっぽど“豹変”って感じがするなあ


{補遺} ピリ・レイスの地図

いわゆる“Oパーツ”の例として
オスマン帝国の海軍提督ピリ・レイスが遺した世界地図に
(レイスは提督の意 正しくはピリ・イブン・ハジ・ハンメド)
彼が絶対に知っているはずのない南極大陸の地形が描かれている
――そんな話を聞いたことがあるかた いらっしゃいません?

ピリがこの『既知世界全図』を作ろうとした当時(16世紀初頭)
オスマン領内では まだ保存に適した紙の入手が困難だった
そこでピリも より伝統的な羊皮紙を使っている

そして羊皮紙は
退役した提督という立場の者にはたいへん高価な筆記媒体であり
新品ではなくて
一度以上使った後に表面を削った再生品を選んだようなのだ
(選択の際に形よりサイズを優先したわけだ)

南米東海岸の地形を左辺に描こうとしたとき
左下隅部分の羊皮が斜めに欠落していることから
南米大陸を羊皮紙の形に合わせて
東に大きく屈折させてしまった

当時の航海術で重要なのはあくまで“海岸線の形”であって
地勢の正確な描写ではなかった

その観点で問題の地図を見ると

 《図版》 ⇒ 
東に折れ曲がることで方位はズレてしまっているが
海岸線や河川の位置は
正しく描写されていることに気がつくことだろう

この地図で(南米大陸から切り離された形で)
南東に広がっているように見える陸地
それは南極大陸の一部などではなくて
マゼラン海峡ごしの『フェーゴ島』にすぎないのである

筆記媒体が非常に高価であったことを知らない人間にとって
紙の形に合わせて地図の形を歪めてしまうなどというのは
想像もできないことだろう