元バックパッカーの憂鬱

憂鬱である。
じつに憂鬱である。

しかし、なんだって「憂鬱」というこの文字は、
「憂鬱」さをより際立たせ増幅させるようなスガタカタチをしているのだろうか。

「憂鬱」

この文字をモニターに浮かび上がらせるだけで、
僕の「憂鬱」さは5%か10%ぐらいずつ増殖してゆく気さえする。

、というわけで、今日のお題は元バックパッカーの憂鬱なのである。
(あ、また5%アップした)



Tシャツとジーパンにさよならして
ネクタイを締めた社会人となってはや数年。

そろそろTシャツとジーパン、そしてバックパック。
それはせいぜい30gくらいのもので良い。

そこに前出のTシャツを3枚くらい突っ込んで
トランクスも3枚、靴下は不要。
ビルケンシュトックのサンダルをつっかけて成田にチェックイン。

ついた先はアジアの芳香。
えも言われぬニホイ。

汗のすえた、熱気が充満した、路上のゴミが腐敗した、
屋台の食物の湯気が風に流され、
そんなニホイをもう一度味わいたくて僕は、
HISのカウンターに勇躍乗り込んだ訳である。

旅行の日程はせいぜい5日間。
だけれども、たった5日間でも良い。
アジアのあのえも言われぬ不快なニホイを味わえれば。
もう一度ジーパンで地べたに座りこみ、
やっすいタバコを吹かしながら雑踏に紛れこむコトができたら。

あるいはそれは早くもおっさん化した男の
過去を振り返るしょっぱいノスタルジーなのかもしれないけれど、
いや多分そうに違いないのだけれども、それはそれでまた良しなのであった。

HISに勇躍乗りこんだ原因はもう一つ有った。

カノジョにバックパッカーの世界を見せてやりたかった。
初めて着いた国の深夜のイミグレの先がどんなに不安なのか、
国境でパチンと押してもらうスタンプの音が
ポケモンラリーのスタンプの音の何倍素晴らしいものなのか、
トゥクトゥクやリキシャのおっさんとの交渉がどんだけ鬱陶しい人間クサいドラマであるのか、

そういった不安や不快や苦労や、そしてその先で味わえるあの「感覚」を
カノジョに教えてやりたかった。

あるいはそれははやくもおっさん化した男の
嫌がる子供を無理やりキャッチボールに誘うような
傍若無人な星一徹ぶりなのかもしれないけれど、
それはそれでまた良しなのである。

というわけで、ニホイ、星一徹、
要約するとそんな2つの理由を抱え、僕はHISのカウンターにカノジョと座ったのである。


久しぶりのHISのカウンターにちと心が踊った。
(ちなみに僕が旅行に行く時はいつもHISと決めていた。
 それはどんなに直前の申し込みでも、CX待ちの末に必ずチケットを取ってくれるから。)

若干不安そうなカノジョを尻目に繰り出すマシンガントーク。

「11月12日、もしくは13日から17日、18日まで。
 行き先はホーチミン。時間が無いので直通便で。
 でも前日の深夜に出られるのであれば経由も可。
 航空券だけ手配してくれれば良いです。」

ゆった。ゆうたった。
ここから俺の数年ぶりのバックパッカーの旅が幕を明けるのだ。
なんて悦に入る僕。
カノジョは所在なさげにChaoベトナムのパンフレットをパラパラめくっている。

店員がカウンターの奥のPCを叩いている。

「ねぇ潮見、ホーチミンって何が見所なの?」

「アオザイ。」

「ねぇ潮見、ホーチミンって何が美味しいの?」

「パクチー以外。」

「ねぇ潮見、ホーチミンって何語?」

「ホーチミン語。」


ええかこら、バックパッカーゆうもんはなあ、
とりあえず行きと帰りの航空券だけ取っとけばええねん。
飛行機に乗って初めて旅行人やら歩き方をぺらっと開く。
イミグレ通過した後はマイペンライテイキットイージーや。
ガチガチな計画に固まった「旅行」じゃないところに「旅」の面白さがあるんやんけぼけっ
(注:あくまでも潮見の独断の意見で御座います。)

なんて罵倒しかけた矢先、
店員が戻って来た。

「大変お待たせ致しました潮見様。
 11月12、13日出発ですと、
 ベトナム航空の・・・・・・」

ベトナム航空のチケットは往復5万円と少しだった。
さっすが空閑期、これやったら向こうの滞在費合わせて6、7万円で行けるなあ。。。
ああアジアの芳香が、雑踏が俺を待っている。
大嫌いなパクチーさえ今は少し愛おしいぜ。。。

なんて悦に入ってる僕に、

「ねぇ。」

「・・・・・・・・ねぇ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇねぇ。」


「なんじゃいっ?!」

ぐわっと顔を隣に傾け睨む。

相変わらず所在なさげにChaoベトナムをペラペラめくっていたカノジョが指差す12ページ。
太いPOPが軽やかに踊り描いているテキストは、
ホーチミン キャンペーン5日間 49800円 スタンダードホテルプラン 朝食付き

「・・・これの方が安いよね? ホテルも付いてるし朝食もついてるんだよ。
 現地観光ツアーも無料だって。」

困ったような顔で僕に笑いかけるカノジョ。
HISに流れ込むお寒い空気。


帰りの電車。
とても不機嫌になっていた。

黙りこくったまま、
いろいろなコトを考えていた。

簡単なコトに気づいていなかった。
国境を越えるわけでもなく、
数週間ほっつきまわるわけでもなく、
一国に数日間滞在するだけならば、
パックツアーの方が遥かに安価であるというその事実。

だけれども、俺は決してベトナムに行ければそれで良いわけではなくて、
適当な小奇麗なホテルでリゾート気分やセレブ気分を味わいたいわけではなくて、
物価が安いからって言ってたっかいメシを3食食いたいわけではなくて、
ただ単に俺は
地べたに座ってタバコを吹かしたくて、
汚いゲストハウスで落ちてきそうな天井扇に怯えながら裸で眠りたくて、
たかが10円、20円のハナシで30分くらいおっちゃんと揉めたくて、
そうしてアジアのニホイを感じたくて、
服の汚れもヒゲの剃り残しも足のクサさも気にしないあのころの感覚をもう一度味わいたくて。

金が無くてバックパッカー、ではないけれど、
金が有ってもパックツアーより安いからバックパッカー、
なら、まだかろうじて我がレゾン・デートルは保たれる。

では、パックツアーより高いけどバックパッカーは?

そんな無理やり我慢大会みたいな意味の無いバックパッカーってのは、
俺の中でアリなのだろうか・・・・・・?



「でも、潮見の言いたいコトもなんとなくわかるような気がするよ。」

また困った様に笑いながら、去り際にカノジョが言った。



旅行予定日まであと数週間。
さてどうなるのか。俺のバックパッカー旅行は。あるいはchaoHISパック旅行は。



04.10.31


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