水滴

ぴちゃ。

まどろむ意識の中で、
僕は確かにH2Oを、その額に知覚した。

ぴちゃ。

もう一度だ。
H2O。

いや、それはおかしい。
そんなはずはないのだ。
夢の中で、冷静に我が身の置かれている状況を把握してみる。
僕は昨夜、
確かにテントを設営しているし、
確かにその中に寝袋をひいているし、
確かにその寝袋の中にもぐりこんで眠りに落ちたはずなのだ。

その僕の額にH2Oが付着するということは、
どう考えてもありえまい。
いくら僕が寝相が悪いといっても、
テントのジッパーをむりやりこじ開けて外に出るほどの寝相の悪さではない。

結論。僕の額にH2Oが付着することはありえない。
見事なまでに明快、かつ鮮やかに、問題を片付けた僕の額に、

ぴちゃ。

・・・・・まただ。
思わず、額に手を触れる。
その右手が触れたのは、明らかに、H2O。

急速に冷めていく、眠気。

がばっっ。

テントの中で、思わず身を起こす。
いや、そこはもはや、テントではなかった。


たった一晩のうちに、テントは沈没船へと早替わりしていた。
その船室の天井からは、絶え間なく水滴が零れ落ち、
甲板は既に水浸しだ。
東北地方に降り注いだ豪雨の中、
我がテント号は、ただ、その身の終焉を待つばかりであった・・・。


・・・って、いや、そんなことを夢想している場合ではない。
慌てて荷物を寝袋の上に引っ張りあげる。

ぐしょ。

バックパックがいやな効果音を立てる。
テントの隅に放り投げておいたツーリングマップルと日記帳を慌てて取り上げてみる。

ぐしょ。

・・・・・最悪だ。こいつは。

必死で水をテントの外に掻き出す。
手ぬぐい一本による必死の排水処理は、ほとんどその効果を発揮しない。
・・・・ダメだ。もうこの船を見捨てるしかあるまい・・・。


岩手山の中腹。
なんにもない、誰もいないキャンプ場だった。
土砂降りの中、パンツ一枚で荷物を公衆トイレへピストン輸送。


キャンプ場の前の道。・・・そりゃぁ誰もいませんわなぁ。しかも日付もすこぶるまずい。

トイレの小窓から首を覗かせ、止まない雨を眺める。
土砂降りが形作った湖の中、ぽつんとたたずむ、我がテント。

「やっぱ、だめなんだよねぇ。5000円でテント買っちゃぁさ。」
反省した口調で、しごくまっとうな事実を今更ながらひとりごちてみても、
雨はその勢いを弱めてくれるわけではなく、
そうして東北の一日は淡々と過ぎていく。


北海道は雨だった。
津軽海峡を越えて、東北に来ても、やっぱり雨。
どうも、秋雨前線と言う奴は、僕と一緒に南下を続けているらしかった。



おまけ:当時の携帯をいじってたら、ちょうどその日に、僕が友達に向けて送ったメールが残ってたので紹介。
     「ひさしぶり いまいわての山奥や で、テントが雨漏りして大惨事や もうすぐおぼれじぬー
      さようなら いままでありがとう」 (以上、原文ママ)

     ・・・・・あいかわらず救いようもなくおバカですね。



01.08.21


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