自然の住人 その2

数時間後、僕は松島に居た。
石巻に入った辺りから雨は小休止をしてくれているようで、
時折覗く太陽の光を浴びながら快適なクルージングを楽しむ。


松島や ああ松島や 松島や。

そして仙台へ。久方ぶりの都会の雰囲気に思わず胸が踊る。
が、牛タンも食べず、青葉公園にすら行かず、
そのまま仙台を素通りしていく僕。


・・・なぜだろう。
普段は東京と言う大都会に住み慣れている”僕”という存在が、都会との再会に胸を躍らせている一方で、
もう一人の”僕”は、その都会の空気に、確かな違和感を感じていた。
自分と言う人間が都会に居ると言う事が、なぜか間違った事のように思えた。
都会と言う場所と”僕”と言う人間の存在がひどくそぐわないもののように感じられた。

そしてその都会の空気から逃れるように、あるいは追い出されるようにして、僕は仙台を後にしたのだ。


旅を終えた今ならなんとなくその違和感の意味が解るような気がする。
あの時の僕は確かに都会の住人ではなかった。
あるいは、あの時の僕のアイデンティティーは都会には無かった。
数週間に渡り自然の中に身を置いてきた当時の僕のアイデンティティーは確かに自然に対して属するものであり、
そしてあの時の僕は自然の住人だった。
そんな気がする。


仙台という名の都会に追い出された僕は、
山の中腹のセブン・イレブンでにぎりめしをぱくついていた。
右手にはiモードの天気予報。
その画面をじっと睨む。
中部地方は日本海沿いに南下する事に決めていた。
問題は、どこで日本海に出るか、だ。
降水確率80%の蔵王を経由して山形に出るか、
降水確率60%の福島を経由して新潟に出るか。

答えは明白だった。
その20%の差は、当時の僕にとってはとてつもなく大きな差に見えた。
僕は雨の追従の手から逃れるように、福島へと向かった。


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