自然の住人

6月は雨が多い。そんな事、誰もが知っている。

が、9月も実は、もんのすごく雨の多い季節だと言う事を、多分、みんなはあまり知らない。

少なくとも僕は知らなかった。この旅に出るまでは。

濡れ鼠の日々に身をやつす前は。


濡れ鼠。



朝が近づいてきていた。

この旅に出て、もう十何日目かの、朝だ。

泥のように眠りこけていた僕の体は、少しずつその機能を取り戻していき、
だが僕はまだその瞳を開かない。

瞳を閉じたまま、そっと、そして恐る恐る、我が聴覚に神経を集中させる。

錆びれたドライブインの窓の外から聞こえてくる音。

国道を疾走するトラックの轟音。
晩夏の風が木々を揺らす音。
秋の到来が近い事を告げる虫の音。

そしてそんな音達の中にまぎれて、僕の聴覚はあの忌むべき音を確認する。

しとしとしとしと・・・・・・・・・・・。

瞬間、ドライブインの天井を強くにらめつけた僕は、
やがてため息とともに、再び固くその瞳を閉じた。

僕はただ、その瞳を開き、雨を見るのが嫌だった。
晩夏のみちのくの景色を灰色に染めながら降りしきる、あの秋雨を。


古人もたまには、間違った諺を創り出すものだ。
”待てば海路の日和あり”
ありゃ大嘘だ。
待てど暮らせど僕の海路は開かれず、
数時間後、やっぱり僕は雨に打たれながらパッキング作業を行う事になるのだ。

そして僕はいつものように出発する。
サングラス越しの空の向こうまで続く雨雲を睨めつけながら。
”はじまりはいつも雨”
なるほど。確かにその通りだ。古人よりアスカのほうがよっぽどうまい事を言っている。


”秋雨をあつめてはやし北上川”
そんなどうしようもないパロディをうわごとのように口走りながら
僕とドラスタ号は北上川を南下していく。


田んぼの向こうに北上川。

フェリー乗り場の待合室、沈没テント、錆びれたドライブイン。
ここ数日間ろくな場所にその身を横たえていない僕の体は先ほどからひっきりなしにその疲労を訴え、
そして水滴と汚れで曇ったサングラスは僕の視界を確実に狭め、
降りしきる秋雨は僕の体からそのぬくもりを確実に奪っていく。

もうヤダ。

一瞬、心に浮かぶそんな雑念を慌てて打ち消し、
僕は雨の音にかきけされないよう、大声でイージューライダーを熱唱する。

”何もないな〜誰もいないな〜快適なスピードで〜道はただ延々続く〜”

そう。何もない。誰もいない。快適なスピードではないけれど、道はただ延々と続いているのだ。
へこたれている暇はないのだ。そう。ただひたすら、南へ。


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