失恋ロード。

我が第ニの故郷、京都には四日間滞在し、
そしてその京都で彼女と別れた。

大学時代の友人Kの家。
ベランダで僕は彼女と一時間とちょっと携帯で話をし、

「まぁ、うまくやっていけないよね。」

そういうことで結論が導き出されたのだった。

東京を出て18日間。
毎日、アタマのどこかで彼女からのメールを待ちつづけていたし、
夜はじっと携帯を睨みながら、電話をかけようかどうか逡巡する日々が続いていた。

そういう旅はもう終わりにしたかった。
どこかでキリをつけるべきだと思った。

もっと言うのならば、
僕は、僕の「旅」を彼女に邪魔されたくなかった。
そう。僕の「旅」を彼女に乱して欲しくなかった。

もっともっとはっきり言ってしまうのならば、多分こういう事だ。

女のコと付き合うコトは、多分一生で何度でも有る。
だけれども、僕のこの旅は多分、一生で1回きりだった。
ガキの頃から夢想してきた旅だった。
そしてそんな「貴重」で「崇高」な旅を、彼女に乱されたくなかった。

もっと純粋に、旅を楽しみたかったし、
もっと強烈なまでに、旅に我が身を浸したかった。


そーゆーわけで、彼女と別れた。

もしかしたら、この別れは旅に出た時から決まっていたのかもしれなかった。
別れ話真っ最中の彼女をほっぽりだして、旅に出ることを止めなかったあの日から。

「オレが今のお前の立場だったら、絶対に旅行を止めるけどな。」

出発の日、親友Sが電話口で吐いたあの言葉が思い出され、ちょっとだけココロが痛かった。



翌朝。さすがに起きる気がしなかった。

むりやり布団からカラダを引っ剥がし、
僕はドラッグスターにどしんとコシを降ろした。

朝飯は友人の奢りだった。

「まぁ、潮見よ。元気出せや。」

友人の哀れに満ち満ちた言葉を聞きながら、
僕は京都を発った。


どうも日本列島はシドニーオリンピックで盛りあがっているようだった。

淡路島のキャンプ場で、
隣のテントから漏れてくるラジオの実況中継は
田村亮子の金メダルを告げていたし、
香川の讃岐うどん屋では、
みんなが松坂のピッチングに釘づけだった。

そんな中、僕はただ、一人で黙々とバイクを走らせていた。

たまに出会う人がくれる優しさ。
例えば、田村亮子の金メダルを漏らしていたラジオの持ち主の家族連れが
僕にくれた、三本の焼き鳥であるとか、
そういう優しさが妙に心に染みた。

しかしまぁ、本当に観光する気が起きなかった。

鳴戸の渦潮。
手前まで行って、やっぱり止めてしまう。
屋島。
手前まで行って、やっぱり止めてしまう。


オリンピックも渦潮も屋島も、ほんとうにもうどーでも良かった。

任務遂行。
与えられた目標を全うすること。
宗谷岬から佐多岬まで行くこと。


そしてただ、黙然とバイクを走らせていた。


そして道の向こうには四国。



03.02.17


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