失踪、疾走

ある日、突然、西を目指したくなった。
2年前の秋のことだ。



彼女もいなかった。
バイト仲間、学校の仲間とのバカ騒ぎも、少々マンネリ気味だった。
そして、僕の手元には有り金をはたいて買った、
まっさらの革ジャンがあった。

そんなわけで西を目指す事にした。
じいちゃんを入院させてバイトを休み、
ねえちゃんに結婚させて授業を休み、
僕は西を目指した。

山科のMKボールの前を通りすぎてから6時間。
神戸を通り過ぎ、岡山県に入った時点で、
すでに後悔が襲ってきていた。

”てゆうか、寒いじゃん”
僕の有り金がそもそも少なかったのか、
革ジャンとはそもそもそういうものなのか、
とにかく、
11月の夜の空気の中では
僕の革ジャンとその下のスウェットはあまりにも無力だった。

その日の宿泊場所で、ずいぶん悩んだ。
のんびりと神戸観光、そして舞い戻った京都で学祭の揚げ餅売りをやると言うのも
そんなに悪くない選択肢に見えた。

翌日、結局僕は、また西を目指すことになった。
なぜなら、昨日の宿には、
仕事を辞めて、自転車で佐多岬を目指している兄ちゃんと、
キリスト教の聖地である自分の祖国へと陸路で帰ろうとしている外人サンがいたからだ。

雨の中、トラックのクラクションにせかされ続け、
半泣きになった2日目の終わりは、
関門大橋が見えるユースホステルの一室で迎えた。
関門大橋が、こんなに近くに見えるのに、
誰もいないユースホステルの部屋。
僕は生まれて初めて、旅の寂しさを覚えた。


ユースの部屋から。

3日目は時間との格闘だった。
なにしろ博多でラーメンを食べて、
阿蘇のやまなみハイウェイを楽しんで、
夕方には大分からフェリーに乗らなければいけない。
でないと、じいちゃんの入院と、ねえちゃんの結婚式を引き伸ばさなければいけなくなるのだ。
ねえちゃんの結婚式を引き伸ばすのは
理論的に考えて、多分無理がある。

博多の名も覚えていないラーメン屋で、
博多ラーメンを食べた。
夜更かしの友としている、一乗寺の横綱のラーメンのほうが、どうもうまそうに見えた。
やまなみハイウェイは、
夕闇の中だった。
周囲の景色よりも、その先にあるであろう、
別府港のフェリーの姿が気になって、
ドラッグスターのステップをなんどもガリガリと地面にこすりつけた。
どう多めに見積もっても、湯布院温泉と、別府温泉に入っている時間はなさそうだった。
そして僕にとって、湯布院岳は、ねえちゃんの結婚式を伸ばさなければならない可能性を作る、
厄介者にしか過ぎなくなっていた。


さよなら別府。

3日目の終わりは、フェリーのラウンジで迎えた。
ノルウェーの森を読破した後、
誰もいないデッキで
真上を通りすぎていく、瀬戸大橋という名前の巨大構造物を目にしながら
僕は、村上春樹と1ヶ月後にせまったクリスマスのことを想った。

4日目の終わりは、バイト先のレストランの8番テーブルの前で迎えた。
更衣室にぶら下がっている僕の革ジャンは、未だおろしたてのようにまっさらのままだった。



00.12.13


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