ピースサイン


これも、ピースサイン。
(ちなみに彼はたった4日間で東京から北海道まで陸路往復をしようとした、凄まじいお方です。しかも原付。)



初めてそれを見たのは、19の夏、アメリカを旅していたときのことだ。

ハーレーに乗った革ジャンの男が
その追い抜きざまに、
小汚い東洋人が2人乗りしているVX800に送ってきた、ピースサイン。

その光景は、あまりにも強烈に、あまりにも鮮烈に、小汚い2人の東洋人を「しびれ」させた。

そして、その小汚い東洋人のうちの一人だった僕は
それ以来、ピースサインの虜となった。




8月の北海道なぞを旅行していると、
たまに、そのサインが鬱陶しく感じられてしまうことも有る。

だだっぴろい草原。
緑の地平線の向こうの対向車線から、次々とやって来ては通りすぎて行くオートバイ。

その度に、ピースサイン。


・・・・やれやれ、今度は5台だ。
僕のバイクの右側を通りすぎて行くオートバイ達。
ピース、ピース、ピース、ピース、ピース。

5回連続で挙げつづけた右手に感じる疲労。
・・・・なるほど、こいつは、鬱陶しい。




そんな疲労や、鬱陶しさを考慮に含めても、
やっぱりピースサインは良いものだ。

数日どしゃぶりが続いたみちのくの県道。
あるいは、
ツーリングのシーズンとは到底かけ離れた、真冬の海沿いの道。

信号待ちの対向車線に、
つま先の先までずぶ濡れになった、
あるいは、
革ジャンの芯の芯まで寒さに犯された、
一台のバイクが止まる。
タンデムシートに満載された、テントや寝袋や銀マット。

サングラス越しに、シールド越しに、なんとはなしに、お互いを見やる。
「・・・こいつはこんな日によくもまぁ・・・・」
相手に対して抱くその感情は、
自らに対して無意識に感じている意識の投影に他ならない。

青に変わる信号。
どちらからともなく、お互いの右手が挙がる。
ピース。




別に、僕がピースサインを大好きだからと言って、
それを能動的かつ積極的にしろだなんて、そんな強制に満ちたセリフを吐く気はさらさらない。

ただ、ある日のドライブインで、
隣の席から聞こえてくる会話の中に
「ピースサイン、だりぃよなぁ。俺、ピースサイン送られても、めんどいし返さねーよ。」
なんてセリフを聞いてしまうと、
「いや、ちょっと待てやこら。」
なんて言いたくなってしまうのである。

ピースサインは、もはやただの形式的儀礼に過ぎないのか。

そうではあるまい。
右手を挙げて、人差し指と中指をくっつけ、軽く手首を右に振る。
取るに足らない、その仕草の中には、

「そうか、お前もバイク乗って旅をしてんねや。
 バイクの旅っつうのは、確かに面白いねんけど、
 雨が降ったらずぶ濡れやし、
 ヤン車に煽られたりもするし、
 警察には眼の仇にされるし、
 そして、走ってるときはいつも一人やし、
 つらいことも多いわな。
 せやけど、お互い頑張って旅を続けようや。
 とにかく事故だけには気をつけような。
 そして、一生心に残るような、良い旅を!」

なんていう、一抹のクサさと、バイカー同士の慈愛に満ち溢れた言葉が内包されているはずなのだ。 

少なくとも僕は、
「バイク乗りに悪い奴はいない」
とか、
「困った時はバイク乗り同士、助け合うものだ」
なんていう、今や死語と化しつつあるような言葉と同様に、
ピースサインの持つその意味を信じているし、
そしてこれからもバイクに乗っている限り、信じ続けていきたいと思っている。




この8月、ツーリングシーズンのピークを前にして、
モーニング娘の「ピース」がオリコン1位となった。
PVの中で笑顔でピースサインを連発している彼女達の姿を見るに、
「加護のマネをしているなんて思われたらやだなぁ。」とか、
そんなことを思ってピースサインをしりごみする諸兄もいるだろう。(いねーよ。)
もしかしたら、モーニング娘の影響を受けて、ピースサインはバイカーの間から死に絶えてしまうのかもしれない。(んなわけない。)


それでも、
もしあなたが進む道の先の対向車線に、
ぼろっちい黒のドラスタ(タンクに凹み有り)が見えてきたら、
そっと右手を挙げてやって欲しい。
彼は喜びを体に表しつつ、必ず右手を挙げ返してくるに違いないから。


・・・ちゃんとコンタクトはめてたら。



01.08.09


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