盛大なる酒宴 その2

本当に人っ子一人居なかった。
管理小屋に行ってみても、管理人すら居ないのだからこれはもうどーしようもない。

途方にくれる僕をじっと見ながら、ただ猫がニャーと鳴くのみなのだった。

「誰かいませんかー」

そう叫ぶ僕の声に呼応して、ただ猫が、

あっちで「ニャー」
こっちで「ニャー」
はたまたそっちで「ニャー」と
加速度的に増加していくのみなのだった。


増加してゆく猫。現在8匹。

結果的に、テントの横で焚き火をし、
僕と飲めない酒を飲み交わしたのは11匹の猫だった。

たまねぎの皮をごりごり剥く僕を
じーーっと眺める11匹の猫。

キャプテンスタッグのコンロの上でじゅぅじゅぅと炒められるヤキソバを
覗きこむ潮見1名+猫11匹。

ある意味、実に盛大なる酒宴であった。


どうも、ヤキソバ3玉のうちの2玉くらいは
彼らに食べられたような気がするが、
まぁそれはもうどーでも良いコトなのだった。

僕は彼らに語った。
北19号のウネウネを。
奥入瀬渓流の水の麗しさを。
親不知、子不知に降る雨の寂寥を。

僕は彼らにクダを巻いた。
彼女との唐突な出会いを。
彼女とのケンカな日々を。
彼女との味気も無い別れを。

そしてそんな僕に、彼らは
あっちで「ニャー」
こっちで「ニャー」
はたまたそっちで「ニャー」と、
ただただ一心不乱に耳を傾けてくれたのだった。

それはきっと多分、僕の話などではなく、
ヤキソバのじゅうじゅう炒められる音に一心不乱だったのだとは思うのだけれども、
他のバイカーにおすそわけするべく余計に買っておいた缶ビールにやられちまい、
ぐだぐだに酔っ払ってしまった僕には
まぁそれはもうどーでも良いコトなのだった。


すっかり酔っ払った僕がテントに入ると、
そのテントの周りを11匹の猫が取り囲み、すやすやと眠り出した。
実に頼もしいボディガードなのだった。



そしてそんな頼もしいボディガードが見事に裏目に出る。



深夜の闇の中、ヒタヒタとテントに近づいてくる何者かの足音。

ニャーニャーミャーミャー騒然とし、あわきふためく我がボディガード軍団。

足音のリズムは加速度を増し、そしてどんどん僕のテントめがけて迫り来る。

突如響き渡った叫び声。

「ワンワンッ!!」

「フギャー!!!」

野犬が襲撃してきたのだった。

11匹の我が優秀なるボディガードは蜘蛛の子を散らす様にあっさり退散し、
そして野犬達はクンクン匂いを嗅ぎながら、恐怖のリズムで僕のテントの周りを回り始めた。
永遠とも思えるその時間、
僕はただ、息を殺し、
手探りでリュックから引きずり出したマグライトとビクトリノックスを両手に握りしめながら、
野犬が3000円テントの壁を切り裂き乱入する悪夢を想像し、ただ怯えた。

Tシャツの胸元を、つつーっと冷や汗が幾状にも連なり落ちていった。
心臓の音のみがやけに大きくテントの中に鳴り響いた。



いつしか恐怖のリズムは遠のいていき、
いつしか朝になり、
そして寝惚け眼の僕が恐る恐るテントのジッパーをこじ開けると、
彼らは、まるで何事も無かったかのごとく、
僕のドラッグスターの周りですやすや寝息を立てていた。

ヤキソバともやしの大恩を忘れ、
ボディガードたる責務を果たさなかった負い目など、
彼らの表情のどこからも微塵も伝わってこない。

実にやすらかなその寝顔。
なんか妙にむかついたので
「おいこら」
そう言いながら僕は、彼らの頭をぺしっと叩いた。


昨日と同じようなぴーかんの中、
僕はのろのろだらだらとテントをたたみ、
彼らを一匹づつドラッグスターから引っ剥がし、
そして僕は彼らに別れを告げた。


「おすすめキャンプ場」


まったくその通りだった。
人っ子一人おらず、
野犬にも襲われたけれども、
僕の周りには確かに彼らが居た。

「じゃぁな。」
僕はそう言って、
余りのもやしを地面に置くと、
ゆっくりバイクのイグニッションを回した。

そんな僕に別れを惜しんでくれるわけでもなく、
ただ一心不乱にもやしを取り囲む
我が親愛なるボディガード軍団が案の定そこには居たわけなのだけれども、
まぁそんなことはもうどーでも良いコトなのだった。



そのキャンプ場には猫が居た。

ただそれだけで僕は良かった。





03.06.01


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