家に帰ろう。

阿蘇を抜けて熊本へ。
西南戦争の激戦地、田原坂を見た後は
熊本ユースのおっちゃんに教えてもらった「黒亭」のラーメンで舌鼓。

北大時計台、松島、会津若松。
何十回目の観光地。

札幌味噌ラーメン、旭川醤油ラーメン、喜多方ラーメン。
5杯目のラーメン。

ほろ酔い気分で熊本ユースに帰る。
部屋に上がるエレベータに疲れきった顔の青年が乗り込んで来た。
東京から休みを1週間とり、ユースの旅を続けているM君。
風呂の中で旅の話、東京生活の話に花が咲く。

4回目のユース。
何十人目の旅人。
佐多岬まであと3日。


翌日は、すっかり仲良くなったM(もうクン付けは要らないのだ)
と東京の再会を誓って別れ、一路鹿児島を目指す。
霧島で道路を渡る鹿に会う。


何十匹目の動物。

それにしても今日は「温泉づいて」いる。
佐多岬を前に、身を清める、か。
いや、ただ単に旅のつかれを少しでもとりたいだけなわけで、
人吉の中央温泉。霧島の市営露天温泉。
8回目の温泉。

湯治で滞在中のおじいさんと風呂で人生バナシ。
ツーリングに来ていたハーレー乗りの兄ちゃんとバイクバナシ。

鹿児島観光は翌日にとっておいて、
佐多岬アタックをかけるべく最後の前線基地と定めた桜島ユースへ。

大隈半島を下るといつしか夕暮れ。
桜島の向こうに沈み行く夕日。



23回目の夕日。
やはり夕日は良い。

桜島ユースでは外人さんのバックパッカー2人と同室。
中高6年間とアメリカ旅行とアジア旅行で培った
ジャパニーズ・イングリッシュを武器に、オール英語談義に花を咲かす。
何十人+2人目の旅人。

ユースのお風呂はやっぱり温泉。
8回+1回目の温泉。
佐多岬まであと2日。


翌朝。
気付くと外人さん2人はとうに出発していた。
それにしても朝日はこの旅で一度も見なかった。
今日も0回目の朝日、だ。


小さなフェリーで鹿児島市に渡る。
この旅最後の観光。
西郷最期の地、城山を見た後は鹿児島ラーメン。
いつもの通り、地元の人々への聞き込み開始。

道を歩く人をドラッグスターの上からロック・オン。
するするっと背後から近寄り、
「すみませーん。」

全身真っ黒、汚れまくったサングラスの兄ちゃんが
自分の背後からドコドコとエンジン音を響かせながら
するするっと近寄ってくるという恐怖感たるや、かなりのものだと思うけれども、
だいたい「ギョッ」、あるいは「ビクッ」と、もの凄くわかりやすいリアクションをした後に、
皆サマもの凄く懇切丁寧に教えてくれるのであった。

道を。観光地を。キャンプ場を。そしてラーメン屋を。

「鹿児島ラーメンねぇ。最近良く騒がれてるけど、実際たいしたことないよぉ。」
なんて言いながらも有名店を教えてくれるOLのおネエさん。

黒岩ラーメンで最後のラーメン。
5杯+1杯目のラーメン。



で、城山で桜島を眺めていたら気が変わった。
最後の夜はやっぱりテントで過ごしたい。
大急ぎで桜島ユースへ戻りチェックアウト。
大隈半島をぐんぐん下り出す。



「日本一夕日の美しい町」、鹿児島県は大根占町で6回目のキャンピング。
我が最期の晩餐はスーパーで買ったかつおの叩き、ヨーグルト、
プラス最早定番となったもやしと豚肉入りヤキソバ。
待ち構えていた日本一の夕日は雲の中。


むねん。

しかし来客が多いキャンプ場だった。
旅人は案の定、というか、最早毎度の事、というか、僕1人ではあったのだけれど、
おっちゃん、おばちゃん、おじいちゃん。
犬の散歩がてらこのテントを訪れ、
僕の姿を認めてにっこり。
その度に近くのテーブルでささやかな宴会と相成るわけであり。

しかしホントにたくさんの人と話した旅だった。
もちろんそのほとんどはたいした話などしておらず、
コンビニの駐車場で突然、
「兄ちゃんはよ、どこから来たんだ?」だとか、
北海道の道路工事現場で、
黄色いハタを振ってるおねーちゃんと立ち話だとか、
そんなこんなで何百人目かの地元の人。

そんなこんなで佐多岬まであと1日。


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