怪談 (やらせなし)

昔の知り合いに、とんでもない”猛者”がいた。
なにせ、京都から彼の実家のある東北の某県まで、原チャリで里帰りすると言うのである。

そんな彼の発言に皆驚き、呆れたものの、敢えて止めようなんていう野暮な者もおらず、
そして彼は意気揚揚と京都を旅立っていった。
若さとは、得てしてそういうものである。

さて、勇んで京都を旅立った彼ではあるが、
いかんせん、原チャリである。
どうしようもなく、遅いのである。
目の前には、60キロまでしか目盛りが打たれていない速度メーター。
そしてメーターの針はぴったりと60の文字を指し続け、頑として、そこから右へは動かない。


いつしか迫る夕闇。
名もない地方道に夜の帳が落ちてゆく。
そしていつしか、彼の周りは完全なる闇に閉ざされた。


都合の悪い事に、彼の原チャリは山道にさしかかっていた。
普段見なれているコンビニエンス・ストアの灯りどころか、家一軒の灯りすら見えない、一本道。
街路灯すらないような、その一本道を淡々と進んでいく。

冬の夜の山道。
灯り、鳴き声、騒音。
生命の営みを証明する物は何一つ存在せず、
ただ、彼の原付の排気音だけが、夜の山に響く。


なにしろ”とんでもない猛者”である彼ではあったが、
いかんせん怖いものは怖いのである。
知らず知らずのうちに、アクセルを限界まで回している、彼。
依然として60から右へはピクリとも動こうとはしないメーターの針をうらめしそうに見つめる。


ふと、前方にトンネルが見える。
あたかも異次元世界への入り口であるのように、ぱっくりと黒いその口を開けているトンネル。

夜のトンネルを通り抜けるという行為は、バイカーにとってあまり気持ちの良いものではない。
そしてそれが人気の少ない山道に存在するものなら、なおさらだ。

が、彼は”猛者”なのである。
アクセルをゆるめることもなく黒いその口に呑みこまれていく彼と原チャリ。



トンネルの中は暖かかった。先ほどからぱらついている小雨もここには入りこんでこない。
いささか古く、灯りも暗いことをのぞけば、なに、大したことはない。むしろ快適じゃないか。
そう気持ちを奮い立たせ、彼はトンネルの中を進む。


数分後、出口が見えてきた。
密かに安堵のため息を漏らしたのもつかの間、




彼の背後に突然、赤い灯りが現れた。
その灯りは規則的な回転を続け、みるみるうちに彼の背後に近づいてくる。




地元のパトカーだった。
「そこの原付、止まりなさい。」
ん?俺か?
当たり前だ。どこをどう見ても彼しかいない。


スピード違反、か・・・・。
舌打ちしながら原付を出口の左に止める。
しかし、こんなへんぴな山道でスピード違反なんて、ほんまにやってられへんわ・・・・。


彼の原付の後ろに止まったパトカー。
降りてきた警官達は訝しげにあたりを見渡して、言った。



「どこへ行ったんや?」


「・・・・・・はぁ?」


「いや、お前、さっきのトンネルの中で2人乗りしとったやろ。
 わしら2人でちゃんと見とったんや。ごまかそうったってそうはいかへん。
 お前の後ろに乗っとった女はどこへ逃げたんや?」




                                          終



追記:この話は事実です。
    彼はその後、散々警官と押し問答を重ねた末、ようやく解放してもらえたそうです。
    んで、むやみやたらに噂話が広がったりするのもアレなんで、
    文中、地名は敢えて隠しております。ご了承を。


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