そして決戦は始まった。

初めてエアロ・レザーを見たのは、いつだったんだろうか。
正直、もぅ全然覚えてない。

この世に生をうけて、初めての革ジャンを買ったのは、
バイクに乗り始めて、初めて迎える冬を目前に控えた8年前の11月のことだった。

ショットの141・シングルライダース。4万5千円也。
生まれて初めて着る「革」というその素材の、
ヌメッとした手触りだとか、
独特のあのニホイだとか、
あるいはムダに肩が凝ってしょうがないあの窮屈さですら、
当時は全てが楽しくて嬉しくて、
早く自分色に染めてやりたくて、味を出してやりたくて、
ショット着たまませんべい布団で眠りについていた記憶が有る。

ちなみに当時はジーパンにも同じく凝っていたので、
トップス:ショットの革ジャン ボトム:ドゥニーム73500のジーパンというのが、
僕の普段着であり、合コン服であり、パジャマだった。
完全に頭がおかしいコだったあの頃、なのである。

ショットを買って一冬を過ごし、次の年の秋には別の革ジャンが欲しくなっていた。
ショットをオークションで売っぱらい、
そのお金にウェイターの日々で溜めたバイト代をプラス・オンして見定めた次の革ジャン。

ちょうどその前後に書いていたのが、あの若干イタい感じ漂うインプレである。
もーなんつーか、革ジャンに魂吸い取られちまっている脳ミソゼラチン状態の潮見の心のありざまっつーのが
ひしひしと伝わってくるお恥ずかしいインプレなのであった。

んで、次の革ジャンを何にしたかっつーと、
あれだ。バンソンのBだ。
東京遠征時にアメ横で試着したバンソンBに完全に頭をズバコンと撃ち抜かれちまったのである。

確か7万3千円だったと思う。
革ジャンが届いた日はもう嬉しくて、嬉しくて、
早く自分色に染めてやりたくて、味を出してやりたくて、
そして、およそ17行くらい上の文章とだいたい95%くらい同様の狂乱生活がもう一度繰り返されたわけで、
歴史は繰り返す、というか、バカの無限ループここに極まったのであった。

そしていつしかバイクは廃車となり、はやウン年。
バンソンBも着なくなった。
10本くらいのストックがあるジーパンも着なくなり、
着るのはモード系の服ばっか。
そういやぁウェアハウスの1999年モデルなんかは、2本まとめ買いしたのが1本完全な新品で残っている。
どんだけアホなんだと。

そんな生活をしつつ、
どうしても僕はエアロ・レザーを忘れ去ることが出来なかった。

上野に寄る度に、さながらダイソンの掃除機に吸い込まれるダニの如く
フラフラッとエアロを試着。

「やっぱハーフベルトっすかねぇ。」
「サイズは42の方が安全ですかねぇ。将来太ったこと考えると。」
「色はブラウンとコードバンどっちがいいっすかねぇ。」

財布には漱石数人しか居ない潮見と店員の
ゴビ砂漠の如く不毛な会話がここ数年、上野・アメ横のここあちこちで繰り返されてきた歴史がそこに確かに有った。


そしてその歴史に終止符をうつべく、2007年、ついにプロジェクトは動き出した。

なんつっても俺には革ジャンBBSで入手した無数の貴重な情報があるのだ。

そう。ついにアレやるのである。
エアロレザーの直オーダーやるのである。個人輸入やっちゃうのである。
来月のカードの引き落としで再来月のオマンマが満足に食えなかったとしても、それはそれなのである。

とにかく俺は、この8年間の想いに自ら終止符をうたねばならないのである。

つまりまあアレだ。
もう俺もウン年間汗水鼻水流して働いてきた。
エアロレザーの1枚や2枚買ってもええんじゃぁないだろか。

そーゆー想いに衝き動かされ、そして潮見は今、エアロレザーの公式サイトを開いた。


以下次号。



07.02.16


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