読まなきゃ死ねねぇ。

中島敦から田口ランディまで。
チョモランマからマリアナ海溝まで。
上海からロカ岬まで。
「読まなきゃ死ねねぇ」ような、そんな本を探し求め彷徨うブック・レビューです。

since2005.05.30

評価
読まなくても十二分に死ねます。正真正銘の駄作。
ぅあー読んで貴重な日曜の昼下がりを損したよ感がそこかしこに溢れるステキな小説。
ヒマツブシになら読んでも損は無い。やることないから本読むか、的なノリで。
素晴らしい出来。 ぜひ他人に勧めてみたい。読んでほしい。
読まなきゃ死ねねぇ!! 1年に1回くらいしか出ません。(たぶん)
※ネタバレ、ストーリーバレにはかなり気を使っている(ハズ)です。 安心してお読みください。
 

   


そんなバカな!―遺伝子と神について

そんなバカな! 遺伝子と神について

作家 竹内 久美子
発行 文集文庫
単行本/文庫 文庫
ページ数 267P
お値段(税込) 490円



「知っておいて損は無い」


随分前に話題になった本だろうか。

如何にも京大理学部卒の女子が書いている本、という感じの文体。

超整理法の野口氏の本を読んでいるときにも感じたことだが、
理系のアタマ良い人の文章てのは、
なんかすぐにピン!とくる。

理詰めで情緒に走らず、
さながら読者が裁判所の被告席で裁判官の判決でも聞いているかのような、
そんな錯覚すら覚えるその文体。

いろいろな論文を書いている習性からだろうか。
突っ込まれまい、決して穴を見せまい、
といった細やかで過敏な神経が文の隅々に行き届いているのを感じるのだ。

本来はそういった「穴」こそが
作者の人間性を際立たせる、文章への愛着を抱かせ得るチャームポイントと成り得るのだけれど。

閑話休題。

とにかく興味深く、相当に面白い本である。

「人間」という生き物を「遺伝子」という科学的観点から
これでもかと言わんばかりに冷静に(有る意味冷酷に)切り取った読み物。

「理性」だとか、「道徳」だとか、
そういった概念の大前提として、
人間はそもそも動物である。

動物としての人間の本能の赴く先についてしっかり見極め、認識する。

「人生」だとか、「生きる意味」だとか、
その認識の上で初めて語り得る/議論の俎上に上り得るものではないか。

そのような意味において、
この本は決して読んでおいて損は無い、のである。


05.12.30


皆月

皆月

作家 花村 萬月
発行 講談社文庫
単行本/文庫 文庫
ページ数 396P
お値段(税込) 650円



「何故こんなに花村は。。」


花村は、ウマい。

文章を書くのが超絶にウマすぎるので、
その技巧に読者の注意が行き過ぎてしまわない様、
文章をわざとヘタにレベルダウンさせて書くのに苦労されているんじゃあないかと思う。

そう勘ぐってしまうほど、文章がウマい。

花村は、リアルだ。

ヤクの世界も、ヤクザの世界も知らざる私が
断言してしまうのには何かしら躊躇はあるのだけれど、
それでもリアルであると敢えて断言したくなっちまうほど
現実味に溢れている血と精液に塗れた文章。

花村は、哀しい。

どうしてここまで哀しいストーリーを紡ぎ出せるのか。
誰かが死んで哀しい、
愛が終わって哀しい、
そういった「事象」に基づく哀しさではなく、

ただ単に、人間が生きていること。
それだけに基づく哀しさ。
文章からジンジンと伝わってくる。

そんなわけで、
私が読んだ花村作品の中でも一、二を争う出來。
花村デビューにゼヒお勧め。


05.09.23


午前三時のルースター

午前三時のルースター 

作家 垣根 涼介
発行 文芸春秋
単行本/文庫 文庫
ページ数 360P
お値段(税込) 620円



「3時間で読める「ワクワク」本。」


これは、いい。

過度に暴力に走らず、
過度に複雑な伏線にアタマがこんがらがることもない。
実にスラスラと楽しく読めるジャパニーズ・ハードボイルド。

ハードボイルドっつうのは、
とかく重くなりがちで、哀しくなりがちで、
読んでいくうちに気持ちがいつしかどんより曇り空になることが多いのだけれど、

どうだろうこれは。

うっすらとした哀しさは漂う。
だけれども、それは決して鈍重ではなく、
例えるならば、同じ曇り空でも、
雨がしとしとと降りしきる曇り空と、
時折晴れ間すら覗く曇り空の違い、だろうか。

ある種の耀さが、そこには有る。

、というわけで、
僕はこの本を通勤電車の行き帰り、へんに「どんより」することもなく、
実に「ワクワクしながら」読んだ。

ありきたりで稚拙な言葉で恐縮だが、
「ワクワクしながら」という言葉が一番あてはまるのだからしようがない。
ページをめくるその手は実に軽やかで心地よかった。


具体のストーリーは特に書かない。
文庫本の裏表紙に書かれた解説文も、
ヘタに結末を予感させてしまうという意味において、敢えて読む必要は有るまい。

ただ、表紙裏に書かれた、
垣根涼介というこの作家の経歴が非常に興味深かったので、これだけは紹介しておきたい。
1966年生まれ。
リクルート、商社、旅行代理店勤務を経て2000年、
34歳の時にデビュー作でこの本を書いている。

そう、まさしくリクルート、商社、旅行代理店勤務を経た34歳の男がデビュー作で書きそうな本なのだ。

デビュー作ということで、多少の文章の稚拙さは否めないが、(オマエがゆうな)
彼のこの本を書きたい、あるいは書かなければというほとばしるリビドーなり使命感なりが
その稚拙さなんぞ、もーどーでもいいですよ的にすっとばしてくれている。
(そういう意味においては、小林紀晴のアジアン・ジャパニーズと同様)

ただ、それだけを言うに留めて、この本の紹介を終えたい。

サントリーミステリー大賞受賞作。
ミステリーという言葉には、あまりにもそぐわない気もするが。


05.07.24

   


美女と野球

美女と野球 

作家 リリー・フランキー
発行 河出文庫
単行本/文庫 文庫
ページ数 260P
お値段(税込) 546円



「こんなものじゃないでしょう」


意外に面白くなかった。
そう言ってしまうと失礼だろうか。

リリー・フランキーは
僕が勝手に
現代日本における1、2を争うエッセイストだと尊敬し祭り上げ、憧れてる人だ。

思い起こせば1998年の夏。
雑誌「ポパイ」の中に掲載されていた、
氏の夏の海におけるナンパの文章。

何度読み返したか知れない。
とんでもなく素晴らしかった。
「ポパイ」のユルユルな文章群の中で、
リリー・フランキーがモノ黒ページに書いたその文章だけが、
頭3つくらい飛びぬけていた。

(興味の有る人は古本屋で探してみてください。
 表紙がキムタクです。)

そんなリリー・フランキーが書いたエッセイにしては、
うーん。どうなんだろうか。

正直若干期待外れである。

最近小説(「東京タワー」)も出されてますね。
そちらに期待してみよう。
文庫本になるのが待ち遠しい。


05.12.30


劍岳,点の記

剱岳 <点の記>

作家 新田 次郎
発行 文集文庫
単行本/文庫 文庫
ページ数 349P
お値段(税込) 540円



「面白い題材なのに」

明治時代、次々と初登頂が為された日本の山々。
唯一残されたのは
「登ってはならない山」 「弘法大師が草鞋3000足を用いても登れなかった山」 剱岳。

山岳会との苛烈な初登頂争いの末、陸地測量部はついに剱岳の頂を制する。
だがそこに見たのは、
「未登頂」であるはずの山の頂に聳える一千年前の剣と杖だった。


・・・ね、面白そうでしょ。
その面白そうな題材を元に文章を紡ぐのは、
山岳小説の第一人者たる新田次郎なのだから、
これはもう面白くないわけがないのだった。

・・・ないのだったが、これがいまいち面白くないのだから困っちまう。

新田次郎の本は、わたくし、中学生の頃に貪り読んでおりましたが
(どんな中学生やねん)
記憶にある彼の他のどの小説よりも、面白くないと、自信をもって言えちまう。

決して悪い本ではない。
ただし、これだけの面白い題材を新田次郎が書いて、
なんでこんなふつーの出来なんだと。

そこがどうにも納得がいかないのである。

調べてみれば、新田次郎の晩年、死する3年前の作品らしい。

どの作家にも「旬」は有る。

なんて言ったら余りにも傲慢だろうか。
あるいはその作家の高みを、私が未だ見出し得ないのか。


05.11.04


チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代
チャイコフスキー・コンクール―ピアニストが聴く現代

チャイコフスキーコンクール
                  ピアニストが聴く現代

作家 中村 紘子
発行 中公文庫
単行本/文庫 文庫
ページ数 304P
お値段(税込) 720円



「美しいメロディを奏でる人の美しい文章。」


なぜこの本を買ったのだろうか。


中村紘子、というピアニストの名を聞いて
わたくしが想像する事といえば、

ニッポン随一のピアニスト

カレーかなんかのCM

年端も行かない子供の頃、わけもわからず
随分と連れまわされたピアノのリサイタル。
中村紘子のリサイタルだけには行った記憶は無いこと。

「中村紘子さんってコンサート中に子供が騒ぐと
 ピアノ弾きながらその子をジロリと睨み付けるらしいよ。」

と言っていた母の声色と顔。

と、まあこんな類のことを
わたくしは想像する/思い出すわけであるけれども、

だからと言って今現在の私が
クラシックに造詣が深いか否かと問われれば、
ただ黙って
R&Bやトランスやなんかがごっそりと積まれた
CDラックを指差してみるしかないわけであり。

なんでこの本を買ったのだろうか。

それはたぶん、
チャイコフスキー・コンクール
という名の物凄く有名なコンクールの舞台裏のゴシップなり緊張感なりを垣間見られれば。
という、極めてミーハーかつ庶民的な考えに所以しているわけであり、
そんなこんなで私は思わずこの本を、レジまでいそいそと運ぶ羽目に陥ったわけなのだった。


読んでみて驚いたのは、彼女のその流麗な文章である。

音楽、であるとか、絵、であるとか、文章、であるとか、
所謂「芸術」との名で呼ばれるものたち。

音楽も出来て絵もできる工藤静香じゃあないけれど、
音楽も出来て文章もかける中村紘子がここに居たか、
と思わず膝を打つ思いである。

ちなみにわたくしは
文章は十人前(と言わせてください)、絵(というかデザインセンス)は全くもってダメ。
というのは、このHPのデザインが見事に証明してくれているわけなのだけれど。

そんなことはどうでもよい。とにかく、彼女の紡ぎ出すその文章は
流麗にして格調高く気品に溢れ、
音楽界における「クラシック」というジャンルの立ち位置と奇しくもほぼ同様なイメージを
文学界における「中村紘子」、とでもいったように感じさせるのであった。

、とまぁ、このように流麗な文章ではあるものの、
特に盛り上がりが有る訳でもなく、
何かしらの感動や人生に対する示唆を与えてくれるわけでもない。
(注:クラシック関係者が読んだ場合には、当然にしてかなりの示唆が与えられるようには思うが)

なんといってもネタが面白いだけに、
盛り上がらせようと思えばいくらでもできそうなものだが、
だいたいがその文章の半ばで早くもコンクールの結果を明かしてしまうのだから、
盛り上がりもクソもあったものではない。
あたかも犯人がわかった推理小説かのような。
(注:クラシック関係者が読んだ場合には、当然にしてコンクールの結果を知っているとは思うのだけれど)

あるいは話題がポンポンとあっちこっちに飛んで、
チャイコフスキー・コンクールという、そのおおどころのストーリーに
なかなか入り込んでゆけない。

、というこれらの文句は、わたくしがあくまで小説的なストーリーを期待して読んだからであって、
エッセイの集まりとして読めば、流麗で格調高く気品に溢れているというその事実は
やはり疑いようも無いのだった。

結論を言ってしまえば、
クラシックに興味が無い人間が敢えて読む手合いの本でもない。
「クラシック」以外の部分において特筆すべき点は無いように思う。
(それは先ほど来言っている人生に対する示唆、教訓であるとか、
 ストーリーとしての単純な面白さ、であるとか)

なんて書きつつも、
わたくしは先程来、というか、この文章を書き始めた時から、
子供が騒ぐとジロリと睨む中村紘子が怖くてどうも仕方がないのだった。

さっきから少しづつ、少しづつ、文章の中に彼女に対するフォローを入れているくらい、
それくらい怖いのだけれど、勇気を振り絞り今回は☆2.5コ。


05.06.28


小説 ザ・ゼネコン

小説 ザ・ゼネコン

作家 高杉 良
発行 角川書店
単行本/文庫 文庫
ページ数 458P
お値段(税込) 700円



「名は体を表さず。」


なんだろうこれは。

週間ダイヤモンドで連載をしていたころから
なんとはなしに気になっており、
まぁ俺もせっかくリーマン色に染まってきた今日この頃だし、
こんな感じのリーマン小説でも読んでみるべ。
と思って読んでみたら、

なんだろうこれは。

ツッコミ入れたい部分は大きく二つあるわけだけれども、

第一に名が体を全く表せていない。

端的に言っちまえば、この小説は
とある優秀な銀行員が、とある中堅ゼネコンに出向になり、
これまた優秀だが若干独善的な感も否めない社長の下、
リーマン生活を送っていきますよ。的なお話なのだけれども、

これがゼネコンである必要性、というか、意味がほとんど無い。

主人公が製薬会社に出向すれば
ザ・製薬会社
主人公が自動車会社に出向すれば
ザ・自動車会社
主人公がビール会社に出向すれば
ザ・ビール
みたいな、というのは少し言い過ぎの感もあるけれども、
ページの端々にチラッと出てくる、談合やら、受注やらという言葉を
他業界特有のキーワードに置き換えれば、
本当に違う小説が、いとも簡単に出来上がってしまうような、
そんな薄っぺらさを感じるのだ。

ようするに、これは
「銀行員出向物語」なのである。

物語は、その凡そにおいて、
主人公たる「銀行員」の目線で描かれ、
中堅ゼネコンに対する出資がどうたら、融資がどうたら、
この物語の舞台がゼネコンである必要性はなんら感じられないのである。

バブル前夜に銀行が融資をしまくっていたという、その象徴的な意味では
確かにゼネコンというのは格好の舞台であろうが
それでも、これはやはり、「ザ・ゼネコン」ではなく、
「銀行員出向物語」あるいは「ザ・出向銀行員」なのである。

第二に、
なんでまたこんな終わり方なのだろうか。
物語も佳境に入ってきました、さあ、いよいよこれからバブルの・・・
というところで、


アレ。


みたいな。

清々しい読後感があるわけでもなく、
何かしらの余韻を残して終わるわけでもなく、


なんで?↘(関西弁のイントネーションで)


と誰も居ない部屋で一人、思わず天井に向かって呟いてしまいたくなるような。
そんな「ザ・尻切れトンボ」的な終わり方なのであるよこれが。

結局、わたくし目の勝手な妄想で言わせてもらうならば、
第一の点については、
せっかく経済雑誌として冠たる「ダイヤモンド」にて連載をしていたのだから、
たとえ当初の題名とはかなり違う方向にハナシが行っても、
「ザ・ゼネコン」という題名のママで本を出さないと勿体無いよ
的なお話とか、
あるいは第二の点については、
連載の回数があらかじめ決まっており、
その回数に無理やり入れ込もうとしたらこうなってしまいました。的なお話とか、

そんなお話がわたくしめの知らないところで
繰り広げられていたのだろうとは思うのだけれども、

やっぱりこの小説は「ザ・出向銀行員」だよなぁ。と
パソコンの前でひとりごちるのであった。。。


、とはいえ、「ザ・出向銀行員」という本だと思って読むのであれば、
リーマン世界の現実味溢れる、楽しくスラスラと読める本でございました。

・読者がその題名から期待する内容とはちょっと違うような気がする点
・本末に溢れる尻切れトンボ感

を差し引いて、今回は星×2.5コ。


05.05.30




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