バラナシで正月を。


2000年12月26日(水)  バラナシで正月を。
数日前、京都時代の親友の一人からメールが入った。
”今日、バンコクに飛びます。その後、バングラに入り、
 インド、ネパールを回った後、パキのカラチから戻ってきます。
 クリスマスバンコクで、正月バラナシあたりで迎える予定です。”

・・・・熱いね。
てゆーか、こんな事、無責任に書かれてしまったら、
こっちまで、どうしようもなく熱に浮かされてしまうではないか。
部屋の中を落ち着きなく歩き回り、
昔のアジアの写真を引っ張り出し、
はてには、旅行人ノートを広げて、旅のプランを練り出してしまうではないか。

・・全く、困ったものだ。T。
でも、
”万が一、行方不明になったら、インドの奥地だろうが、ヒマラヤ山脈だろうが、
 俺らが必ず探し出して、日本で葬式挙げてやるから心配すんな。”
といってやさしく送り出してあげた。

T、ほんまに、良い旅を。
そして、必ず無事に、日本に帰って来い。




2001年1月10日(水)  そんなバングラに行ってみよう。

12月26日にも書いた、アジアに行ってる例のTから葉書が届いた。
消印はネパール・カトマンズ。

で、ちょっと抜粋。

”今、ネパールのカトマンズにいます。
 バングラのダッカは強烈やった。
 何回もリキシャに轢かれた。
 3回くらいドブに落ちた。
 20人くらいに囲まれた。
 排ガスで街は常に曇っていた。
 バスは止まらへんから飛び降りた。
 何千人と握手した。
 外人は一人も会わなかった。
 まともな建造物は一つしかなかった。
 あとは全て未来の廃墟みたいやった。
 人がそこらじゅうでクソをしていた。
 全然観光できへん。
 カルカッタに着いて安心した。
 ダッカに比べるとカルカッタはめちゃくちゃまし。
 カトマンズはもっと良し。
 夜行3連泊でカトマンズに来て良かった。
 そんなバングラに行ってみよう。”

葉書の裏には笑顔で微笑んでいるダライ・ラマ。
正月気分をふっ飛ばすような、アツイ葉書。

でも、行って見ようって言われてもなー。
バングラって、”歩き方”とか、あんのかなぁ。
ってゆうか、20人に囲まれたってなんやねん。
めっちゃあかんがな。

、そんなこんなで、
俺と同じで超スーパー筆不精なT君。
葉書、無事届きました。ありがとう。



徒然エッセイの目次へ

HOME