「彼」について

ある不思議な出来事について今から話したいと思う。

4年前の東京。
当時台東区の川のほとりに住んでいた僕のもとに、
それは起こった。

大学からの帰り道だった。
学校から家までの30分の道程を
夜の空気を愉しみ、煙草を吹かしながらゆっくり歩いていた。

ふと、あくまでも唐突に、
道端のダンボール箱からこぼれ落ちている数枚の写真が目に入った。

なんとはなしに写真を拾い上げた。
すぐ目の前の公園の柵にたよりなく揺れている「ゴミ収集場所」の文字。
そう。確かにその写真達は、不要となった「燃えるゴミ」として
「燃えるゴミの日」を翌日に控えた火曜日の深夜に、
公園の柵の前に捨てられていた。

僕の目の前にある写真達。
そしてそれは「燃えるゴミ」として燃えゆく運命を辿るには、
実に惜しいもののように思われた。

そっと周りを伺い、
寒風吹きすさぶ秋の深夜2時になど誰も居ないことを確認し、
意を決し素早く僕は、ダンボールを拾い上げた。

4年前の出来事だった。




家に帰り、
床の上に散乱してる
「オートバイ」誌や「アウトライダー」誌のそのまた上に
拾ってきたダンボールをそっと置いた。

部屋着に着替えた後、
もう一度煙草に火をつけながら、
僕はダンボールの前に鎮座し、
そしてそのちぎれかけたガムテープをちりちりと解いていった。

現れたのは、
さきほどの「ゴミ収集場所」に落ちていた写真と似たような写真の数々。
数百枚は優にあるかと思われた。
写真の海を掻き分けていく。
一番下には地図。
いろいろなページのいろいろな道路が乱雑にマジックペンで塗りつぶされている。
そしてボロボロの大学ノート。
題名も名前も無い素っ気無い表紙。

その表紙を開くと、2000年の8月30日。1行目に日付が書かれていた。
その後数十ページにわたりシャープペンシルで書かれた走り書きのような文字が続き、
最後のページは2000年の9月25日で終わっていた。




翌日から怠惰な大学生活の合間、
日記を読み始めた。

ミミズがぞろぞろと這ったような文字が延々と続いていたが、
なんとか判読することは可能だった。
ダンボールに詰めこまれていたモノ達、
すなわち、日記と写真と地図は
互いに連動しているようであり、
それも僕の日記に対する理解の大いなる助けとなった。

シャープペンシルミミズの這った後を判読し、
シャープペンシルミミズが残した日付と同じ日付の写真を見る。
そうやって僕は、
名前も知らない「彼」の足跡を辿った。
2000年の8月30日から同年9月25日までの「彼」の足跡を。




ミミズの跡を追い続けていつしか1ヶ月。
秋が冬に変わろうとしている頃、
僕は震える指で最後のページを開いた。
2000年9月25日。
「彼」の残した最後の日記だった。


2000年9月25日(月)

旅の終わりの日記というものは書きにくいものだ。
旅の経験、感動を最後に纏めておきたい等と考えてしまうから。
ましてや、上手い文を書こうなどと思えば、なおさら。
・・・・・・・・・・・



最後の写真の日付も9月25日。
おそらく「彼」なのであろう真っ黒に日焼けした手が映し出されている。
その手の日焼け具合は、かつて大学の友人に半ば自慢げに見せられた手に似ていた。
そう。「バイク焼け。」友人はそう言っていたような記憶が有った。



僕はふっとため息をつき、
日記をぱたんと閉じた。

「彼」の残した写真のあちらこちらに映っていたバイク。
僕の家の床にちらばる「オートバイ」誌のカタログの中にそれは有った。
ドラッグスター。
「彼」の乗っていたバイクはそれに間違いがなかった。




カンの良い方はもうお気づきだろう。

4年前の秋。
2000年の秋。
僕はバイクに憧れるしがない貧乏学生だった。
30分かけて徒歩で大学まで通うしかない貧乏学生だった。
床に散らばる「オートバイ」誌や「アウトライダー」誌。
その誌上にきらめきさんざめくバイク達に憧れながらも、
それを所有するに充分なカネを有しない哀しい学生だった。
免許はとるだけとったものの、「実際にバイクなんて買えるわけない。」
そんな風に半ば諦めていたナサケない学生だった。

そこに現れたダンボール箱。
日記に残されたミミズが這ったような文字達。
数百枚の写真達。
それが僕を変えた。

XJRあたりのネイキッドが欲しかった僕は、
ドラッグスターに熱を入れ出した。
憧れの対象でしかなかった「バイク」が
現実的な目標として目の前に存在するようになった。

2000年11月。
僕はドラッグスターを購入した。
時をまたずしてすぐにHPを作った。

HPを作り始めたときには既に決めていた。
いつか「彼」の物語をこのHPに載せようと。
燃えるゴミとして水曜日のゴミ収集車に詰めこまれる運命だった
彼の「日本縦断」の物語をこのHPに載せようと。




2004年冬。
僕は「彼」の物語を書き終えた。
今もって残る謎。

なぜ「彼」は日記と数百枚の写真と彼の道程を記した日本地図を捨てたのか。

明日でも例え数年後でも良い。
万が一「彼」がこのHPを目の当たりにし、
そしてこの「物語」が自らの旅路を記述したものである事を認識したら、
僕にその謎を教えて欲しい。
その日まで僕は、このHPを続けていこうと考えている。

そんな不思議なお話。



04.04.01


P.S.
このエッセイを最後まで読んだ暁にゃあ、
こちらをご覧下さいませ。
(04.04.26追記)



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