my hobby is...

さて、3連休も終わる。
土、日、月と続いたこの三連休、
いったい深夜鈍行のバカ管理人はどこで何をしていたのかっつーと、
寝てた。

平たく言うと、家で寝てた。

(※この「平たく言うと」っていう言葉、
 俺の中でここ最近ずっとマイブーム。
 社会人になってから、会議中なんかに皆この言葉使ってるので
 俺も、別に平たく言う必要が無い時にも「平たく言うと」、「平たく言うと」って。)

って、そんな事はどーでもいい。
とにかく寝てたのだよ。

いやはやこんなに長い事寝てたのはずいぶん久しぶりのことだったので、
今夜会ってきたカノジョに開口一番、

「なあなあなあ、俺な、今日どんだけ寝てたと思う?
 3回答えてもいいよ3回。
 当たったらなー。そやなー。3000円やるわぁ。
 1回目で当たったら特別に5000円。」

なんて、生まれたての子犬みたいなウルウルした瞳でキャンキャンうったえかけてみた。
(うわーうっとーしい。)


ハンドルを握ったままの彼女は、信号を見つめながら

「15時間。」

と一言ボソリ。

いきなり15時間なんつー常人ばなれした数字が
第一声で発せられるとは、
まがりなりにもさすがは俺のカノジョ。
なんてちと誇らしく思いつつも

ぶぶー。なわけで。

その後も、

「じゃあ17時間?」

「あまいがな。」

「23時間。」

「俺を誰やと思ってんねん。」

、てなわけで、

「んとなーんとなー。
 土曜のAM2時に寝て、日曜のPM3時に起きたからー、
 37時間。」

なーんて、
まるで小学生のがきんちょがお母さんに

「なーなーかーちゃん、俺算数のテストで何点取ったと思う?」

「75点? ぶぶー。 83点? ぶぶー。 90点? ぶぶー。
 95点だぞ!! すげーだろ!!」

みたいな、そんな
誇らしさと達成感に満ちみちたある種厳かな口調で僕は、
その「37時間」という数字をカノジョに告げてみたのだけれど、

カノジョの返したリアクションは
「はあぁっ」というため息と
「ところでもうご飯食べてきたの?」という
極めて当たり障りのないセリフを発しただけなのであり。


閑話休題。


というわけで、久しぶりに37時間寝てみた。

この寝る、という行為に対して、僕は一家言も二家言も持っており、(←漢字アッテマスカ?)
このまま書きつづけると、それだけで
現在連載中の日本縦断バイク旅行の文量をゆうに超えちまいそうなイキオイなのだけれど、

近頃チマタに溢れる論調で何が気に食わないって、
「寝る」イコール「怠惰」
という固定観念がこの現代世界にまかり通っているというその事実なのだ。




次回に続く。
(って続くのか?)



ここから後編なのだ。




例えば
我が学生時代の盟友Nは、
彼の通う英会話スクールで、

「what is your hobby?」

と聞かれ、

「my hobby is....

と、ひとしきり考えた後、
確固とした口調でいみじくもこう言い放ったという。

「my hobby is sleeping.」

すると、かの英語教師はアイロニーをその頬に浮かべながらこうのたまったという。

「フヘェ〜。寝ることが趣味だなんて、アメリカでは言わないデスよ。」

ああなんたることか。
これぞ
「太ってるのは自己管理が足らないからであり、管理職には向いてないでちゅ。」
だとか、
「歯並びが悪いのは矯正治療が出来ないくらいの家庭環境に育ってきたからなんでちゅ。」
だとか、
「煙草を吸うのはママのおしゃぶりが忘れられないからなんでちゅ。」
なんて
のうのうとのたまっちまう欧米社会の弊害ではなくていったいなんといおうか。である。


ここで潮見が声を大にして言っちまおう。

「睡眠は怠惰ではない。睡眠は趣味である。」


、と、ここまで書いてきて、
ありゃ、ちょっとテンション上げ過ぎちゃったなあ。。
なんて慌ててる潮見がいるわけなのだけれども、

ちょっとクールダウン。

つまり、さ、
結局潮見はこのくそ長い文章で何が言いたかったのかって、
睡眠って、広い意味でやっぱ趣味の一部に入り得るんじゃないの?
ってこと。

趣味ってひとくくりに言っても、
パッシブ(受動的)なものと、アクティブ(能動的)なもの、
快楽追及型のものと、自己研鑚型なものがあるわけで、

パッシブで快楽追求型のものってのは、簡単に言うとストレス発散のため。
アクティブで自己研鑚型のものってのは、簡単に言うと自己実現のため。
なわけですよ。(たぶん。っていうかたった今適当に考えた。)

図にしてみちまうならばさしずめ、




↑こんなかんじね。


んで、今週末の俺はといえばさ、

先週にちょっくらヘビーなことが有って、
そのストレスを発散するために
はからずも37時間の睡眠なんてしちまったわけだけれども、

俺にとってみりゃ、
クラブで音楽を聞きながら黙々と煙草を吸うのも
まったりのんびり荒川河川敷をてくてく歩いてるのも、
そして37時間の睡眠も、
みんな同じストレス発散型趣味の範疇に入っちまうわけですよ。

もちろん、睡眠している間ってナンにも考えない。
だけど、
起きては寝て、起きては寝て、起きては寝て、起きては寝て、
って、現実逃避を繰り返していくうちに、
何やってんだ俺。くそー起きてやるぅ!!
とかっていう想いが湧きあがってきて、
すなわちこれはいわゆる一つの立派なストレス発散型の趣味の一形態なわけですよ。

あるいは、さ。
休日の昼間。
つけっぱなしのコンポから流れる音楽と
窓からソヨソヨ寄せてくる秋風と
ベッドの上の俺のまどろみが
メディアミックスされてシェイキングされて、そして眠りに落ちる。

こんなしゅんばらしいストレス発散、というか癒しの瞬間なんて、
久兵衛やトゥールダルジャンのどんな高級食材をもってしても
故カラヤン指揮のベルリンフィル演奏ブラームスの1番だって
もたらす事ができないわけですよ。

さらに欲を言えば
「ベッドの上の」まどろみが
「Eカップもしくはそれ以上の乳の上の」まどろみだったら
僕はもう何も言うまい。なわけだけれども。


それなのにさ、
「睡眠が趣味? そんなことはアメリカでは言わないデスよ。」
なーんて頬にアイロニーを浮かべながら言っちまうヤツは
資格の勉強と筋トレにでも毎夜励むこった。てなもんですよ。

ということが言いたかった。

というか、

俺の37時間の睡眠をなんとしてでも正当化してみたかった。


青年の主張、これにて終了。
ご静聴ありがとうございやした。



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