冷えた。

2003年仕事始め。


いつもの電車。
いつもの混雑。
いつもの熱気。

そう。いつもと変わらない東京の朝の風景だった。

「前の電車がつかえております。」

いつものアナウンス。

ストップ&ゴーを漫然と繰り返す電車の中で、
僕もただ漫然と、その身を預けていた。
人々の群れに。電車が奏でる不愉快な振動に。

電車はようやく次の駅へと到着し、
疲れ果てた人々をその口から吐き出し、
寝惚け眼の人々をその口から飲みこもうとしていた。


「いつも」と違う出来事が起こったのはその時だった。

吐き出された人々の一人。女のコだった。

フラフラとプラットホームを2、3歩歩いた後、
ゆっくりとスローモーションの様に、駅の柱にもたれかかりしゃがみこんだ。

「扉を閉めます。駆けこみ乗車はお止め下さい。」

いつものアナウンス。

近くに乗務員はいない。

横目でチラチラと女のコを眺めつつも、
相変わらず電車の中に立ちつくす人々の群れ。

ホームに降り彼女に声をかけようという人は、誰も居ない。


「あーーーーー もう!!!」

そう叫んで僕は、人々を掻き分け電車を降りて女のコに声をかけて・・・



しなかった。



ここで降りちまったら絶対に遅刻だ。
新年明け初めての仕事だ。仕事始め式もある。
1年目のオレが間違っても遅れるわけにはいかない。
ただでさえ日々の遅刻で周囲の白い目を浴びているのに、
いくらなんでも今日という今日は遅刻したら絶対にマズい。

しゃがみこんでいるだけで、倒れているわけではないし。
二日酔いのもたれで、ちょっと気分が悪くなっただけだろうし。

そもそも周りにこれだけ人が居るのに、誰も行かないし。
本当に遅刻がヤバい俺ではなくて、
誰か一人くらい、ちょっとくらい遅れても良い人は居るだろうに。


そんな卑しく自己中心的な考えに拠りかかり依存し、
あくまでも僕は、電車の中から彼女を横目でチラチラと見る人々の群れの一員だった。


「扉を閉めます。駆けこみ乗車はお止め下さい。」

いつものアナウンス。


そして扉は閉まっていった。


自らの卑屈さに打ちのめされるわけでもない。
自らの行為(無行為)を恥じたわけでもない。

ただ、その時の僕は、
扉が閉まる「プシューッ」というその音とともに、
自らの心の奥底が、スーッと静かに冷えていくのを、確かに感じていた。

次の駅に向けて走る、相変わらず熱気ムンムンの電車の中で、
心の奥底だけがスーッと冷えているのを、僕は本当に確実に感じていた。


こういう人間です。

決して懺悔をするわけでもなく。
偽善者ぶるわけでもなく。



徒然エッセイの目次へ

HOME