上京。

初めての東京は5歳の夏。
幼稚園の修学旅行だった。
幼稚園生がその3年間に果たしてどれほどの学を修めることができるのかどうかはベツにして、
とにかくそれが僕にとって初めての東京だった。

発奮した母親に手を引かれ、
生まれて初めてのバイキングと言うヤツを帝国ホテルで食べた事と、
サンシャイン60の空中水族館に行った事と、
帰りの夜行バスが雪に閉じ込められ、
不機嫌な母親に手を引かれ、
ドライブ・インまでの道程を黙々と歩いた事だけが記憶に残っている。



2回目の東京と3回目の東京はミッキーと一緒に写真を撮った。
8歳の僕と、11歳の僕には
ミッキーの棲家が千葉であるなどという衝撃の事実は知る由も無く、
ただ、「東京」ディズニーランドという
その言葉の響きに魅せられ、
僕はそこでかりそめの東京にただはしゃいでいた。



4回目の東京は高2の夏。
部活の合宿で初めてカクテル・バーを飲んだばかりの17歳にとって
夜の11時半のシブヤ・スクランブル交差点は
そりゃあもう刺激的で、
左から右から前から後から
どばぁっと吐き出されてくる
ガン黒やルーズソックスやチャパツや、
そんな人々の群れを
目をキラキラ輝かせて眺めていた僕が居たわけで。



5回目の東京は高3の冬。
僕は受験生だった。
雪がチラツク飯田橋に降り立ち、
飯田橋が東京のどこにあるのかは全く知らず、
ただそこが東京ドームのそばにあるということだけはなんとなく聞いており、
そんな飯田橋の小さなホテルで初めて開く赤本をため息交じりに眺めていた。

帰りの新幹線で後に流れていく東京の夜景を眺めながら、
相変わらず目をキラキラさせていた僕が居たわけで、
その時に聞いていたCDが大黒真季のベスト・アルバムだったことを
なぜか良く覚えている。



地方のTVだろうが、
深夜番組が全て終わった後、
そこに淡々と流れるのは、東京の夜景の風景だった。
田んぼが目の前に広がる友達の家で
ブラウン管の向こう側で新宿高層ビル群の赤色灯がピカピカ点滅するのを眺めながら、
京都の大学に進学が決まった僕は
相変わらず「東京行きてぇなぁ。」なんて呟いていたわけで。
「だってさ、シブヤのスクランブル交差点ってすごいんだぜ」
なんて相変わらず目をキラキラさせながら言っていたわけで。



6回目の東京は大学3年の春。
夢のドラッグ・スターが手に入った1週間後だった。
国道1号線を東に12時間。
多摩川を越えて東京都の文字が見えた瞬間、
僕は奥田民生をがなりたてるのを止め、(イージュ−ライダーのサビの途中だったにもかかわらず、だ)
思いっきり叫んだ。
「とぅうおきょぉお〜〜。」と。

勢いづいて出撃した
下北沢のクラブで、
僕はただぼんやりと立ち尽くすだけだった。
「やっぱ常連にならないと難しいな。」
何がどう難しいかはベツにして、
とにかく僕らは口々にそう言い合って地下の暗闇をそそくさとダシュツした。



7回目の東京は大学4年の夏。
僕はまたまた受験生だった。
もう親のスネを充分にはかじらせてもらえず、
無け無しのバイト代をはたき、
タウンページに1泊3000円と書いてあった
カオサン・ロード顔負けのホテルに泊まった。
妙におっちゃんが道にペタンと座っている街であり、
ホテルの前にはどうも明日のジョーに出てきたような気がする名前がついた橋が架かっていた。


「落ちた。絶対に落ちた。」
そう確信した僕は、
上野に立つ西郷さんをぼんやり眺めながら、
ただ黙々とタバコを吸っていた。



2週間後、上京が決まった。
かつての日本の首都での日々は、
名残を惜しむ暇も無くただ淡々と過ぎていき、
そして22の春に、
僕は現在の日本の首都に向けてバイクを走らせた。

前夜の仲間との送別会で、カラオケに行った。
クサいと言えばあまりにもクサいのだけれど、
お約束と言えばあまりにもお約束だった。

僕はやっぱり上京物語を絶唱し、
仲間はやっぱりとんぼをがなりたて、
そして僕は仲間達と別れた。



国道1号線を東に12時間。
荒川区に構えた新居の場所がわからず、
しょうがないので環八を時計回りにぐるっと周った。

夜10時の新居には何も無く、
僕はその何もない部屋のスミッコで寝袋にくるまった。



そうして始まった東京の生活は
シブヤと新宿と池袋の位置関係を覚えることから始まり、

そして東京生活3年目。
今の僕はいろんなコトを知っている。

東京ディズニーランドが東京にはない事も知っているし、
クラブで立ち尽くす事もないし、シモキタは大好きな街の一つになった。
7回目の東京で泊まったホテルは山谷という街に有ったということも知っている。
西郷さんはあれからもう何度も見たし、
あれから一度も利用した事は無いにしろ、帝国ホテルの前も何度も通り過ぎた。


それでも今でも特別な場所が有る。
銀座線を降り、マーク・シティの中をスタスタ歩き、
京王線に乗り換える。

ふとその歩みを右に逸らし、
僕はおでこをペタンと暗闇の窓にくっつける。
シブヤ・スクランブル交差点。

信号が赤に変わる度、
人は滞留し、膨張し、
信号が青に変わる度、
人は移動し、交差し、だけど交わらない。

何千人もの人々が交差し、だけど交わらない。

やっぱり目をキラキラさせながら、
やっぱり口をあんぐりあけながら、
その交差と不交差を眺めている僕がそこには居るわけで、
この目のキラキラと口のあんぐりが無くなったなら、
その時に僕は本当に東京のヒトになるような気がするのだけれども、
だけどそれはやっぱり少し寂しい気がする。



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