10円玉ラプソディ



2001年10月25日(木)
 10円玉ラプソディ (前編)


<1円玉強盗>銀行から1000枚奪って逃走 

23日午前11時35分ごろ、
石川県松任市北国銀行山島台代理店に
拳銃のようなものを持った男が押し入り、
カウンター内の女性行員を脅した。
男は女性客の口座開設のための1000円札1枚と
行員の後ろに置いてあった1円硬貨1000枚が入った麻袋を奪い逃走した。
けが人はいなかった。(毎日新聞)


先日、こんな事件があった。

その強盗氏のあまりの滑稽さと哀れさは
有る意味、非常においしいネタとなり得るわけで、
各新聞、TVのニュースはこぞってこの事件を取り上げており、
すでにご存知の方も多いように思う。


しかし、1円玉1000枚ですか。

1円玉1000枚。

僕はある情景を思い出していた。

去年の年末の出来事だった。



12月28日午後8:30分。

例のごとくつい数十分前に目覚めた僕は、焦っていた。どうしようもなく焦っていた。
財布の中には、何度数えても夏目漱石が6枚と小銭が少し。
足りていない。どうしようもなく、足りていない。

明日の朝は何年振りかの同窓会。
今日のうちになんとしてでも愛知の実家に帰りつかねばならないのに、
それなのに、僕の財布には夏目氏があまりにも居なさすぎるのだ。

東京〜名古屋間の新幹線運賃は1万円と少し。
とっくに閉まっている銀行と郵便局。(もし開いていてもそこには夏目氏は居ないが)
とっくに地元に帰省しているであろう我が友人たち。(もし居たとしてもそろいも揃って貧乏人で全く使えないが)

東京駅から最終の新幹線が出るまで後1時間。
在来線では明日の朝には間に合いそうもない。
高速バスは確実に予約で一杯だろう。
ドラスタで下道? いや勘弁してくれ。冬の夜の国道1号線を8時間なんて。

どうする?どうするよ俺?

と、僕の視界に飛びこんできた小銭貯金箱。

僕はその貯金箱の中身をベッドの上にぶちまけ、
ありったけの10円玉をジーパンと革ジャンのポケットに詰めこみ、
(貧乏人の貯金箱に100円玉など入っているわけがないのだ)
駅へと走り出した。


東京駅ではちょっとしたハプニングが有った。
まずは券売機に夏目氏6枚を挿入し、その後10円玉をちまちまと入れつづけていくわけなのだが、
何十枚か入れた時点で、必ずどばぁっとコインの山が返って来てしまうのだ。
何回繰り返しても同じ。毎回何十枚かのコインの山が返却口からどばぁっと吐き出されてきてしまう。

もしこれがスロットマシンの前であるなら、多分もんの凄く嬉しいのだろうが、
しかし僕は今、東京駅の券売機の前に居るわけで、しかも最終の新幹線はあと数分で出発してしまうわけで、
そんな状況下においてコインの山がどばどば出てきても僕はちっとも嬉しくないわけで。

ええい。らちがあかんわぃっ!!。

とりあえず、横浜までのキップを買い、
僕は改札口へと滑り込んだ。

名古屋駅の乗り越し清算口で迷惑を承知で何十分もかけて窓口のおっさんに小銭を数えてもらう。
万が一足りなかったら(ありったけの小銭をポケットに詰めこんできていたので勝算?は有ったが)
友達に名古屋駅までの呼び出しをかける。
これが僕の(とてつもなくムチャクチャな)プランだった。


が、やっぱり事件は起きてしまうのだった。

新幹線は横浜駅をとっくに通りすぎていた。
余裕をぶっこいて缶ビールを買い、
煙草を片手にぐびぐびやっている僕の視界に、扉をあけた彼が映る。

車掌さんだ。
「恐れ入りますがキップを拝見致しま〜す」
決り文句を淡々と繰り返しながら、ひたひたと僕に迫り来る彼の姿。

僕はこう言うつもりだった。
「すんません。あのね、お金はちゃんとあるんですけど、小銭ばっかなんで、
 今清算すると時間がかかっちゃうし、名古屋駅でちゃんと清算させてもらいますわ」

果たして数分後、車掌さんは僕の前にたちはだかり、
そして緊迫の攻防戦が幕を開けるのであった(嘘)


以下次号。



2001年10月29日(月) 10円玉ラプソディ (後編)


戦いの刻は近づいていた。

ひたひたと迫り来る車掌A。
歳は50半ばといった所か。
やけに気難しそうで実直そうなその顔。
「キップを拝見いたしま〜す」
丁寧なその口調とはうらはらに、全く笑っていないその瞳。
酔いつぶれている客までも徹底して起こす、その仕事に対する前向きな姿勢。

銀河鉄道999の車掌さんのような、ちょっとしたハプニングにすらすぐあたふたする人なら
鉄郎ならずともつけいる隙もあろうかというものだが、あいにく彼には一片の死角すら感じられない。

車掌A。実に完璧な男だ。
・・・うむ。我が敵に不足はない。

ドキドキしながら自分の番を待つ。


そして、ついにA氏は僕の前に立ちはだかった。
戦闘開始だ。

「キップ拝見しま〜す」

横浜駅までのキップを見せながら
精一杯の愛想笑いを顔に浮かべ、そして僕は言う。

「すんません、あのね〜、お金はあるんやけど、全部小銭なんすよ〜
 せやし、今清算するとめっちゃ時間かかるやろし、車掌さんにも迷惑やろから
 名古屋駅でちゃんと清算させてもらいますわ〜」

それまで淡々とルーチンワークを繰り返していたA氏の顔に
初めて表情らしきものが浮かぶ。
とまどいと、困惑が入り混じったような、その表情。

そして僕をじっと見つめるA氏。



よれよれのジーパンとライダースの革ジャンを着こなす若者。

茶色の髪の毛のヒゲ面の若者。

右手に煙草を持ち、左手に缶ビールを持つ若者。

得体の知れない意味不明の笑顔で私に微笑みかける若者。

東京から乗ってきて名古屋まで行くはずなのになぜか中途半端な関西弁の若者。

ジーパンのポケットと革ジャンのポケットが不自然なまでに異常に盛りあがっている若者。
しかもジーパン4箇所革ジャン2箇所全てのポケットが。







怪しい。怪しすぎるよこいつ。




ひょっとして関わらない方が良いのか?
いや、しかしここで彼を見逃してしまうのは、
明らかに私の車掌としてのプライドに関わるのだ。
私・車掌Aに、仕事に対する妥協などと言う言葉はあり得ないのだ。


意を決したA氏は、決然と僕にこう言い放った。

「いや、ここで清算してくださいよ。」

私が車掌をやっている新幹線では例えどんな小さな不正もルール違反も見逃さないですよ。
そう言わんばかりの強い視線が僕に突き刺さる。

意表を衝かれた僕は慌てて同じ言葉を繰り返す。

「あ、いや、あのね、せやから、ほんまにお金はちゃんとあるんですけど、
 それが全部小銭なんですって。今清算したらほんまに迷惑になってまうから。」

強く僕を睨む彼の顔がさらに険しいものになっていく。

「いや、だから時間かかっても良いですから、ここでちゃんと清算してくださいよ。」

「いやいやいや、だから、ほんまに全部小銭なんすよ。めっちゃ迷惑なりますって。」

「全部小銭だろうがなんだろうが、ちゃんと清算してくれないと困ります。いいからここで清算してくださいよっ!!」



あかん。これはあかんでー。この人明らかに俺を疑ってやがる。

満員の車内では、いつしか周りの全ての人々が俺とA氏のやりとりを見つめていた。
実直で誠実な車掌・A氏と無賃乗車のへたくそな言い訳を繰り返す世間のつまはじき者・潮見。
そんな構図が明らかにできあがっている。
非難のまなざしを車両のあちらこちらから痛いほど感じている。



・・・・・・そして、なんか、だんだんムカついてきた。

なんで俺がこんな扱いをうけなあかんねん。おかしいやろ。
清算しないのかて、めっちゃ時間かけてちまちまと清算してたら
車掌さんにも周りのお客さんにも迷惑かけてしまうからっていう
俺の思いやりやろが。

大体お前ら人を見かけで判断しやがって。
「人を見かけで判断してはいけませんよ。」って
お前ら自分のお父ちゃんに習わんかったんかいぼけっ。
もし俺がタケオキクチとかコムサのスーツをばしっと着てたら
こんな扱いは絶対受けへんやろが。


そして、僕は静かに口を開いた。

「わかりました。せやけど、ほんまに全部小銭やけど、ほんまにここで清算しても良いんですね?」

瞬間、静まりかえる車内。
虚を衝かれたA氏は、しかし果敢にこう言い返す。

「全然かまわないですよ。さぁ清算しましょうよ。」

その、できるもんならしてみろやどうせ金なんぞ最初から持ってないくせによー。とでも言わんばかりの口調が、
僕の闘志に火をつけたのであった。

僕は静かに立ちあがり、
自分の座席に、10円玉をぶちまけ始めた。

革ジャンの左ポケットの10円玉の山を。
革ジャンの右ポケットの10円玉の山を。
ジーパンの前左ポケットの10円玉の山を。
ジーパンの前右ポケットの10円玉の山を。
ジーパンの後左ポケットの10円玉の山を。
ジーパンの後右ポケットの10円玉の山を。

見る見るうちに座席にできあがっていく10円玉のマッターホルン。

口をぽかんと開けてただそれを見守る車掌A氏。
車両のあちこちからさざ波の様に溢れ出す笑い声。

なんか、無性に爽快な気分だった。
新幹線の座席には、なぜか10円玉のマッターホルン。
こらえてもこらえても腹の底から湧きあがってくる笑いを僕は必死にこらえながら、
座席に10円玉のマッターホルンを創り続けていた。


数十分後、車掌A氏は2号車を出ていった。
制服のポケットというポケットを、不自然なまでに異常に膨らませながら。



追記1:今になってよくよく考えてみると・・・
     うーん、なんてうざったい客なんだ。(笑)
     車掌さん、ごめんなさい。


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