我が愛しの夜

夜が、好きだ。

いつからそう思うようになったのかはわからない。

子供の頃の自分にとって、
あんな怖いことや、こんな不安なことをめくるめく想像してしまう”夜”は、
単なる忌み嫌う存在でしかなかったし、
朝の起床が凄まじく億劫であると言う事実は今と変わっていないにしろ、
少なくとも、
朝の太陽のすがすがしさ、であるとか、朝の空気の爽やかさ、
みたいなことを、もう少し、世間並みに近いくらいには感じる事ができる、素直な良い子だったような気がする。

残念ながら、そんな素直な良い子だった僕は、中学生になり、高校生になり、ティーンエイジャーを終え、
その過程の中で、何かが変貌していったわけで、
そして、今の僕は、夜が大好きだ。


規則正しい変化を止め、ただ、穏やかに黄色の点滅を繰り返す信号機の下をくぐり、
まるで世界が死に絶えたような様相で、どこの窓からも灯りを漏らさない高層ビル群を横目で眺め、
時速40キロで左手にタバコをふかしながら、
東京の道路の上で過ごす夜。

実際には、刺激的な事なんて、滅多に起こらないという事実を知ってはいながら、
それでも、何かが起こる事を期待して
気心の知れた友人と、
苗字すら知らない女のコと、
ネオン街の中で過ごす夜。

絶えることなくタバコを胸に吸い込みながら、
村上春樹と、
深夜番組の名も知らない芸人と、
ゲーム画面の中ではいつも最強の我が阪神タイガースと、
ちっぽけなマンションの一室で過ごす夜。

そんな全ての夜は、常に自由と共に有る。

生きる活力をことさら押しつけたがる朝や、
能動的で、かつ建設的な活動をひっきりなしに促し、強要さえする昼や、
全ての物には終わりがあることを、沈む夕日の姿で教えたがる(それも1年365日かかさずだ!)夕方に比べ、
夜はあくまでも夜、である。
なにも教えたがらない。
なにも促さない。
なにも強要しない。

遊び呆けようが、
必死こいて勉強しようが、
快楽に溺れようが、
狂い死にしそうな勢いで思い悩もうが、
人間の生きとし生ける全ての行動を、自らの闇の中で、ただ黙って受容しつづける、夜。
全ての夜は、常に自由と共に有る。

そんなわけで、僕は夜が大好きだ。


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