”子供”でありつづける事。”大人”になるという事。

人間の欲望っつーもんは限りがねーなー。
てゆーか、欲望ってこえーよねー。

なんてことを最近良く感じるようになった。

そして、僕がその事実をはっきりと自覚するようになったのは、
何を隠そう、日本縦断のバイク旅の時である。
って、堂々と宣言してしまうほど、
ものすごい出来事がそのとき有ったわけでもないのだが。

以前にも書いたように、その旅は常に雨と共に有った。
って、そう書くとなにやらかっこ良く聞こえてしまうのだが、
なんのことはない、濡れ鼠の日々である。

毎日が雨。起きると雨。走ると雨。昼飯を食うと雨。寝ると雨。
たまに晴れて狂喜にむせぶ。
そんな旅だった。

そして、そんな旅の中で、
雨に対するかなりの不満、憎しみを鬱屈させている自分を知った時、
もう一人の自分がこう言った。
”いや、ちょっとまてや。てゆーか、お前、日本縦断してんのやろ?”

つまり、そういうことだ。
親の脛をかじって、バイトにも迷惑かけて、学校をサボって、彼女をほったらかして、
自分の欲望のなすがまま長期間の旅行に出てきた自分。
欲望に量があるとしたら、コップからあふれるほどの欲望を達成しているはずの自分が、
現状に不満を抱き、さらに、雨がやむ、と言う事に対する欲望を強く抱いている。

そう。欲望のなすがまま行動しても、
欲望は欲望であるがゆえに、いつまでたっても満たされる事はない。

毎日サーロインステーキ(ここ数年たべたことないけど)を食べるようになってしまったら、
グラム100円の豚肉切り落とし2割引きには戻れない。
原チャリから中型に乗りかえれば、沸いてくる大型免許の夢。
必死こいてバンソンを買えば、次はラングリッツ。
レプリカジーンズを一通りそろえたら、次はビンテージ。
名誉欲も、性欲もしかり。

そして、僕ができるのは、そういった欲望に歯止め(ストップオーダー)をかけることだけである。

でも、
欲望のままに動きつづけるのが、”子供”でありつづけるということで、
その欲望に歯止めをきかせるのが、”大人”になるということだとすれば、
僕は、どちらでありつづけたいんだろうか?

p.s.そして、”欲望に限りがない”というその事実に気づいた後、僕の旅は
    非常に穏やかなものになった。僕は自分の旅に対し”歯止め”をかけたことにより
    心の平穏を得、そしてその代償として見えない何かを失った、のかもしれない。



徒然エッセイの目次へ

HOME