図鑑が好き

志田晃一郎
2001 年 1 月 26 日

子どものころから,「ずかん」が大好きでした.天文・気象のずかんや,動物のずかんも好きでしたが,一番好きだったのは,のりものの図鑑でした.鉄道のずかん,自動車のずかん,船のずかん,飛行機のずかん,ロケットのずかん.それらを見ては,わらばん紙に夢ののりものを描くことが,中学生くらいまでのおもな遊びでありました.

そのことが,今の自分に与えた影響は,自覚し得る限り二つあるように思います.一つは,大学で理工学部を選んだこと.二つめは,何か工業製品が欲しくなったときの決め方です.一が持っているのを見たり,お店にいったりして,目の前に現れたものを「あ,これいい!」と,ぱっとつかんでしまうことはあまりしません.各社の製品の情報を広く集めて,その中から選びたい,という気持ちが強いのです.

ここに写真を集め始めた動機は,自分が研究室の古くなった設備を廃棄する仕事をしていることです.古くなったコンピュータは,「ボロい」と思うから捨てるわけです.しかし後から考えてみると,かつては心ときめく新型機であり,今ではすっかりボロくなったその機械と,自分はある時代を共にすごし,たとえその機械がなくなっても,自分の記憶から消えることはありません.しかし,新しい学生さんにとってはどうだろう.むしろ,新鮮に見てもらえるのではないか.そして,現在に至るまでの発展段階について,何がしか考えるきっかけになるかも知れません.写真も残さずに廃棄してしまったのは,いかにも身勝手な所業であったと,それに気づくのに,ずいぶん時間が掛かってしまいました.

それゆえ,網羅的というより,たまたま身近にあったもの,興味を持ったもののコレクションになってしまっていることは,ご容赦下さい.


大人になって気づいたことですが,社会のあり方にせよ,ものの形にしても,今なぜそうなっているか,ということは,今あるものをいくら研究しても,分からないものです.どんな歴史をたどってきたかを知らなければなりません.

洗濯機の形は,一つの例です.日本の洗濯機は,円筒形の洗濯槽の軸が垂直方向にあり,上から洗濯ものを入れます.これはアメリカ式です.一方,ヨーロッパの洗濯機は,軸が水平方向を向いていて,正面から洗濯ものを入れます.日本にいる限り,アメリカ式が必然であるかのような気がしますが,実は,どちらでもよいわけです.国ごとのメーカーの開発製品化の経緯によって,決まったに過ぎません.このごろは、ヨーロッパから輸入した什器をキッチン置く住宅も増えてきましたし,日本のあるメーカーでも,ヨーロッパ式の洗濯機を作り始めました.

コンピュータの CPU もその例です.なぜ intel の IA32 (x86) が,パーソナルコンピュータ市場のほとんどを占めているのか,ということは,x86 のアーキテクチャをいくら研究しても,他の CPU といろいろ比較しても,分からないでしょうし,x86 のアーキテクチャ自体,その拡張発展過程を抜きにしては,理解できないでしょう.

社会の仕組みについても同じです.アメリカ社会の価値観は,実用主義(プラグマティズム)が根本にあります.産業や社会との関係を重視するアメリカの大学のあり方も,プラグマティズムと切り離して考えることはできません.一方,ヨーロッパの大学は,神学に発祥し,哲学を経由してさまざまな学問分野に分岐してきたもので,ラテン語やシェークスピアの文学を重視するなど,「教養人は何を知るべきか」という,教養主義に基づいています.日本では今,アメリカの大学のあり方を無条件に良いものとするような議論が行なわれていますが,プラグマティズムという価値観と切り離して,アメリカの仕組みだけを取り込んでも,まず,うまくいかないでしょう.日本の思想を知って,日本の大学の求める価値とは何か,を考えなければならないでしょう.

何が必然かを掴み,偶然への捕らわれから自由になることが,新しい発想を生むために必要なのでしょう.

図鑑がカタログと違うところ,博物館がショールームと違うところはいくつかあるでしょう.

  1. 古いものから新しいものまで,歴史的な発展過程を示している.
  2. 国ごとの文化や風土の違いなど,地域性の違いにも注意を払っている.
よほどの蓄積がなくては,このようなことが鮮明に現れるには至らず,今はとてもそうはいきません.ただ目標として,ここに掲げておきます.