蒸気機関車新製計画 '97

1997年7月30日

1. 鉄道少年の二つの悲しみ

僕も、かつては「京急ファン」読みたさに(今は亡き) 京浜急行ファンクラブに入っていた程度には鉄道ファンだった。 230 系の貸切りお別れ運転の乗車証もちゃんと持っている。 田園都市線の長津田検車区の上を通る歩道橋から双眼鏡で 電車を眺めていて、どこかのにいちゃんに「このごろ君みたいに ここから電車を見ている人が良くいるんだけどどうして?」 と聞かれたこともあった。その答えは、新車が来る季節だったからだ。

今から省みて、日本の鉄道少年は本当に可哀想だと思う。 その理由は二つある。 第一は、興味の対象たる車両が、世界の水準から 極めて劣っていること。実例を挙げよう。

日本の蒸気機関車でもっとも大型、高性能とされるのは 動輪径 1400mm 軸配置 1D1 の貨物用 D52 と、1750mm、 2C1 の旅客用 C62 で、どちらも 1600 馬力を少し越える軸出力を出した。 が、同じ頃アメリカの New York Central System の Niagara は 2000mm 動輪の 2D2 で 6000 馬力を発揮していた。

貴婦人と呼ばれる C57 も、本当にその名に相応しいかどうかは 疑問がある。 というのは 1750mm の大動輪が魅力というものの、 日本の鉄道は狭軌、即ち左右の線路の間隔「ゲージ」は 1067mm しかない。 この背高ノッポの動輪の上に、ゲージより太いボイラーが 乗っているという、不安定なプロポーションになっているからだ。 真横から見れば分からないものの、斜め正面から見ると不自然さ が分かる。

1970年代のブルートレインブームの頃、花形牽引機は電気機関車 EF65PF で、6 軸重さ96トン、2550KWの出力で、最高運転速度は110km/h。 同じ頃、西ドイツの花形は同じく 6軸の E103 で、120トンで、6000KW、 200km/h を出した。 現在のドイツの主力機関車は 4 軸の E120 で、84トン 5600KW で 200km/h 出す。 E120 に数年遅れて日本でも JR 貨物の EF200 ができて、 6 軸 100.8 トン あるものの 120km/h 6000KW を発揮し、差は縮まったかと思われたものの、 変電所の制約により全力運転が禁止されるという醜態を晒した。 線路の持ち主は旅客会社なので、軽い列車専門の彼らにとって 電源を強化する動機はないらしい。

ディーゼル機関車も然り。昭和 30 年代から 40 年代に掛けて、 日本では 1000PS 級の鉄道用エンジンしか作れず、 これを 2 台積んだ DD51 をせっせと作っていた。 何とか一台で済ませようと、西ドイツのマイバッハから 1820PS の エンジンを買ってきて DD54 を作ったら、国産シャフトがボキボキおれて 使い物にならず、国会でも問題になった。 ドイツではちゃんと使えたものが、日本に持ってくると 使いこなせないというのは、これが初めてではない。 第二次大戦中ダイムラーベンツの液冷 DB601 航空エンジンの設計図を貰って、 わざわざ潜水艦に積んで持って帰り、日本でつくって飛燕に積んだが駄目だった、 ということがそれ以前にもあった。

1990年代の気動車は、旧式のものと違って性能が良く、 電車に対する性能のハンディがあまりなくなったが、 それは、国鉄が JR に変わって、何が何でも国産でなければ という方針が外れ、再び輸入エンジンを積むようになったためだ。

船舶用超ロングストローク低速 2 サイクルディーゼルエンジンは、 熱効率 50% という、人類の持つ最高効率の熱機関だが、 これもドイツで出来たもので、日本は技術導入して作ったのだ。

だから、ホンダの VTEC とかを見て 日本のエンジン技術は優れていると思うと、 勘違いである危険が大きい。

2. リミット・デザインの恐怖

日本の機関車の低性能の言い訳として必ず挙げられのが、 線路の悪さである。 曰く、狭軌は標準軌 (1435mm) に対して不利、その上 軌道構造の脆弱さからくる軸重制限がある。 ヨーロッパの幹線は 21〜22 トン、アメリカの25〜27 トンに 対して日本は僅かに 16 トン。 更に山国であるから曲線はきつく、勾配は多いので、 かつて「日本の常識は世界の非常識」と言った人がいたが、 日本の本線は世界の軽便鉄道であるといえる。 しかしそのような不利な条件の中で技術陣は頑張って ぎりぎりの設計をしたのだというリミット・デザイン賛美がそれに続く。

これが第二の悲しみである。 改軌、軌道強化、曲線改良という正道から顔を背け、 誰かが与えた制約に、あたかもそれが絶対であるかのように従い、 不自然な枠の中での僅かな改良に精力を注ぐことが、 優れた技術であるかのような印象を少年に与えることの 害毒は、身の毛がよだつような恐ろしさである。 大筋正道を歩むことの大切さを教えなければ。

もっとも、解説書はそうでも、技術者自身はもちろん承知している。 制約の克服に努力した跡は歴史に刻まれている。 (1) 明治時代の、横浜線での狭軌、標準軌比較実験に始まり、 太平洋戦争前には、 (2) 新幹線の原型ともいえる戦前の弾丸列車構想とか、 (3) 国内ではもうどうにもならぬ、と標準軌の満州鉄道に夢を 託したこともあった。 それがようやく現実化したのが昭和 39 年の東海道新幹線であった。

僕は改軌・動力集中論者であるから、 JR 東日本が新幹線にかこつけてあちこち改軌して回っているのは、 長期的に正しい政策だと思う。 上記の電源問題を始め、JR 各社のケツの穴の小ささには 呆れることも多いが。 もともと新幹線が鉄道ファンからあまり人気がなく、 過渡期における接続の不便さを理由に、 整備新幹線も在来線スーパー特急で十分行けるなどという 議論が出るのは、新幹線が車両を標準化しすぎて多様性を 排除したのがつまらなかったこともあるが、 在来線の枠が染み着いたファンにとって、 リミット・デザインがロマンになってしまっていることを示している。 それじゃあ、困るんだよ。

蒸機新製計画

さて、話はがらっと変わるが、 山口線とかの保存 SL 列車は、機関車と使用条件が全然合っていない。 山口線は結構勾配があって、平坦線急行用の C57 では高速性能は 無駄だわ、低中速での牽引力が足りないため登り勾配ではかえって遅い。 C56 との重連運転をすることもあるが、C56 は 400 馬力 65km/h の支線用小型機関車で、1080 馬力 100km/h の C57 とは全く性能が 違う、本来組み合う筈のないものである。

熊本の あそ Boy 号などは大正時代の旧式貨物機関車 9600 で 客車を引いているが、登り勾配では 20km/h そこそこしか出ない。 いくら観光で速度は問題じゃないといってもこれはひど過ぎる。

よし、それでは今からでもいいから作っちゃえ。 カッコさえそれらしければ中身が新しくても 観光客には分からないだろう。

日本の蒸気機関車は、その最終期に技術的にやり残したことが三つある。 ボイラの高圧化とボールベアリングの採用、 それから高速マレー機関車である。 アメリカでもヨーロッパでも、最終期には 20 気圧前後の圧力が 標準化されたが、日本は 16 気圧に留まった。 ちなみに当時 50 年前の火力発電用ボイラの圧力は 40 気圧程度で、 現在は 200 気圧をゆうに越えている。

日本は明治終期に第一世代マレーを輸入して懲りて以後止めてしまった。 普通の蒸気機関車は台枠に固定された一組の走り装置を持っている のに対して、マレーは関節式とも呼ばれ、二組の走り装置を台車に振り分けて もち、曲線通過性能を保ったまま動輪を増やして牽引力を増せる。 しかし第一世代マレーは走行安定が悪く、高速運転ができなかった。 また複式(蒸気を高圧シリンダと低圧シリンダの二段階で膨張させる) であったため、機構が複雑になる割りには牽引力は二倍にならない という欠点があった。そのため、日本の蒸気機関車の本には マレーは駄目だと書いてあるものが多い。

しかし、アメリカでは昭和初期に改良され、単式マレーが 量産されて長大貨物や急行旅客を引くまでになったのだ。 日本のように、曲線のきついところで高出力が要求される場合には、 重連にするよりマレー式の可能性もあったかも知れない。

観光用ではそこまでシリアスになる必要もないだろうから、 蒸気終期における貨客両用万能機関車であった 2D2 (Northern) 型を日本でもというのを最終目標にしよう。 しかし世界水準の 2D2 型を走らせるには、新幹線の線路でなければ 駄目だから、在来線用には、まず第一段階として、 現状より多少の増強を計った、 D51 より速く、C57 より強い性能を目標にしよう。 最後に設計され製造されなかった C63 は、C58 の改良型という 位置づけで、 1520mm の動輪を持つ1C1 型の中型機関車であるが、 18 気圧でボールベアリングを採用するはずだった。 そのため最高速度以外は C57 の替わりにもなり得る予定だった。 これをさらにスケールアップしたものを作ろう。 残念ながら、僕は蒸気機関車の理論を知らないから、 定量的にはでたらめだけど、勘弁して欲しい。

低速で牽引力は軸重の増大で得る。 軸重を16トンと C62 並にとると、C57 より 20% の増大になる。 増えた重量はボイラに振り向け、C59 か D51 並のボイラを 20 気圧 で使うと、蒸気発生量が多くて勾配でも速度が持続できる。 20 気圧というのは 50 年後としては控え目な数値だ。 一方、速度はそれほど必要ないので構造簡単のため動輪 1520mm の 1C1 のままとする。ボールベアリングによる抵抗軽減と合わせて、 中高速域の牽引力は C57 の 50% 増しの C62 並という辺りで よしとしよう。

リミットデザイン再び

と、ここまでを読み返して思ったのだが、 蒸気機関車というのはむき出しのエンジンが走っているわけで、 形態と性能が直接結び付いた今日ではむしろ珍しいような マシンである。 多少の近代化を計ったとて、 基本原理を守ったままでは飛躍的な性能向上は望めず、 電気機関車、ディーゼル機関車の全盛を覆す、 蒸機復活の野望の目は見えない。

すると、観光用にかこつけて、現代の技術を使って蒸機機関車の 可能性を引きだそうなどと考えた僕自身、 刷り込まれたリミットデザインの発想から脱却できていない のであろう。 はい、これが今日の結論でありました。