ピストンエンジンのバランス

第 6.2 節で横置き直6に触れた3カ月後の5月28日、 Volvo は横置き直6 2.9 litter 搭載の S80 を発表しました。 ただし、ボルボの主張とは違って、横置き直6は世界初ではありません。 車名が思い出せないのですが、'70年代にイギリスのブリティッシュ・ レイランドがハッチバックボディで作っていました (1998年5月31日)。

それまで乗っていた 4 気筒車が古くなり振動、騒音があまり激しく なってきたので、1997 年末に買い替えました。 新しい車は 5 気筒です。 5 気筒ガソリンエンジンの元祖 AUDI は止めてしまいましたが、 5 気筒ディーゼルは Mercedes Benz ともども健在ですし、 VOLVO は 850/70 に横置きで、FIAT/LANCIA も横置きで採用するなど、 5 気筒エンジンはむしろ普及しつつあるといえます。 そこで疑問を持ちました。

Volvo Straight 5 Samnail VOLVO S70 の横置き 5 気筒 2.5 リッターエンジン. Honda Straight 5 Samnail HONDA Inspire の縦置き 5 気筒 2.5 リッターエンジン.

それで、内燃機関の教科書をひもといて自分なりにまとめました。

1998 年 2 月 19 日 作成
1998 年 5 月 5 日 Volvo 5気筒エンジンの写真を載せました。
1998 年 9 月 21 日 ホンダ 5気筒エンジンの写真を載せました(浜村さんより)。
2000 年 11 月 15 日 世界初の V6 エンジン搭載車が判明したので, ランチャ・アウレリアの写真を載せました.


1. 座標系

エンジンの重心 Mg を原点 0 とし、

2. 振動のモード

エンジンを剛体と見なしたとき、自由度は並進 3 と回転 3 の合計 6 あるが、 このうち 4 つだけ考えれば良い。

2.1 剛体の並進のモード

単一の気筒について生じる。 多気筒機関については、位相をずらして 合成したものが正味の力になる。

2.2 剛体の回転のモード

第2、3番目のモードは多気筒機関おいて生じる回転モーメントである。

2.3 弾性体のモード

これはエンジンの部品がたわむことによる振動であるが、 エンジンを搭載するとき深刻な問題になることはない。 エンジンブロックの共振は剛性は高いため問題にならないが、 クランクシャフトのたわみによる共振は、シャフトの長い直列多気筒 では発生することがある。 そのときは、ベアリング数を増して共振周波数を上げるなど、 搭載する以前に押える。 この点では、同じ気筒数ならクランクシャフトの短い V 型エンジンの ほうが有利である。

2.4 トルク変動

間欠爆発に起因するトルク変動は、気筒数が多いほど少ない。 爆発行程で正のトルクを発生する角は 180°以下であるから、 一周期 720°を慣性モーメントの助けを借りずに運転するには 最低 5 気筒必要である。 4 気筒以下のエンジンではフライホイール効果が本質的役割を持つ。 このトルク変動は意外と大きく、エンジンの慣性モーメントにもよるが 6 気筒エンジンでも一周の間のトルク変動は数倍ある。

4サイクル機関で等間隔爆発の場合の爆発間隔
気筒数 2345681012
爆発間隔 360°240°180°144°120°90°72°60°

直列エンジンの場合には等間隔爆発にするが、 V型エンジンの場合力学的な釣合を優先するため、 バンク角によっては不等間隔爆発になることがある。 V 型エンジンでは左右のバンクの対応するシリンダは同じ クランクに接続したほうが構造簡単である。 このとき、左右のバンクの位相の差はバンク角に等しい。 しかし、バンク角が 90°より大きいと V 型エンジンの コンパクトであるという利点が損なわれるので、 V6 の場合にはシリンダ毎のクランクにして等間隔爆発と 小さいバンク角を両立させることができる。 一例として Volkswagen の15°V6 VR6 エンジンと、 一気筒減らした V5 VR5 エンジンが挙げられる。 また国産の乗用車用 V6 エンジンのほとんどもそうである。

V 型エンジンの自然なバンク角
形式V6V8V10V12
バンク角度 120°90°72°60°

V8 エンジンから単純に 2 気筒外して V6 にしたような 90°バンクの エンジンの場合、90-150-90-150-90-150 の不等間隔爆発になる。 アメリカ製 V6 エンジンや、最近では Mercedes Benz の V6 エンジン がそうである。 ホンダの 90°V6 はボンネットを低くするためで、 カムは気筒毎になっている。

3. ピストンの運動は上下非対称である

つい先日「内燃機関ハンドブック」を読むまで僕は、 クランクが円運動するから、ピストンの運動もその射影として 単純な cos 関数で表されると信じ切っていた。

しかしそうではない。 ピストンが頂点にあるときのクランク角を 0°とすると、 クランク角 90°のときピストンは中点ではなく中点より下にいる。 その理由は、コンロッドが垂直から傾くため、クランクの長さの 垂直成分はその余弦であり幾分短くなるためである。 ピストンは、クランク角が -90°〜 90°のときには余弦運動より速く、 90°〜 270°までは余弦運動より遅く動く。 これはつまりフーリエ級数展開したとき、角速度 ω について cos 2ω, cos 3ω, …の成分があるということである。

クランク半径(ストロークの半分) r、コンロッド長さ l、 ストローク中央を原点とするピストンの位置 x とする。 ρ = r/l と定義すると、一般に 1/3 < ρ < 1/5 であり、

    x  = r cosθ + l sqrt(1 - ρ sin^2θ),
となる。これを展開して、ρの 5 次の項まで書くと、
    x/r = cosθ 
        + [ρ/4 + (ρ^3)/16 + (ρ^5)/512] cos 2θ
        - [(ρ^3)/64 + + 3(ρ^5)/256] cos 4θ
        + [(ρ^5)/512] cos 6θ,
となる。 仮に ρ = 1/4 とすると、一次の項に対する高次の項の比は、 二次 1/16、四次 1/4096、六次 1/521288 となる。

4 多気筒機関のクランク構成

4.1 直列偶数気筒エンジン

直列 4 気筒、6 気筒エンジンでは、シリンダを A、B 二群に分け、 各群の対応するシリンダ A1-B1、A2-B2、… を同じクランク角にする。 そうして A 群は周期の一回転目、B 群を二回転目に爆発させることにより、 等間隔爆発にする。 また、A、B 群のクランクは中央を境にして鏡像に配置することにより、 回転モードの発生を押えられる。

直列 4 気筒エンジン
#1#2#3#4
A1B2A2B1
クランク角540°180°360°
爆発順序1423

直列 6 気筒エンジン
#1#2#3#4#5#6
A1B2A3B3A2B1
クランク角480°240°600° 120°360°
爆発順序153624

4.2 直列奇数気筒エンジン

直列 3, 5 気筒エンジンでは、シリンダは二個一組ではなく、 一つ一つ独立のクランク角を持つ。 そのため並進のバランスは良いが、対称性がないため回転のモーメントが生じる。

直列 3 気筒エンジン
#1#2#3
クランク角480°240°
爆発順序132

直列 5 気筒エンジン
#1#2#3#4#5
クランク角576°144° 72°288°
爆発順序15243

4.3 V 型エンジン

V 型多気筒エンジンは、バンク角、クランク構成及び点火順序に 自由度があり、直列エンジンのように一意に定まらない。 V8 エンジンは、直 4 エンジンを二つ合体させたような 180°クランクも可能であるが、よりバランスの良いのは、 90°クランクのものである。

V 型 8 気筒エンジン (90°クランク)
左#1右#1左#2右#2 左#3右#3左#4右#4
クランク角360+90°270°630+90° 90°450+90°180°540+90°
爆発順序(例)1537 2648
上の表は、一周目に左バンクが、二周目に右バンクが爆発するような エンジンを示している。 +90°とは左バンクとクランクを共有しているが、 ピストンの位相が 90°ずれることを意味している。

次の表は直 3 エンジンを裏返しに合体させたような想像上の V6 エンジン を示す。

V 型 6 気筒エンジン (90°クランク)
左#1右#1左#2右#2 左#3右#3
クランク角420+60°240°540+60° 120°300+60°
爆発順序(例)153624

5. 多気筒機関での各振動モードの評価

僕が参考にした教科書は 1960 年のものだが V6 エンジンの記載がない。 従って V6 エンジンの記述は志田の推定であり、 誤っている可能性があることをお断りしておく。 因みに,世界初の V6 エンジン搭載車は 1950 年代半ばの ランチャ・アウレリア (イタリア・トリノ市の自動車博物館にて 2000 年 11 月 8 日) だそうである.

5.1 z 軸方向の並進モード

気筒当りの往復質量を W とすると求心力は F = Wr(ω^2) である。 下の表に各シリンダの力を合成した残存不平衡力を示す。

直 4 エンジンが飛び抜けて悪く、単気筒エンジンに近いことが分かる。 残存している 2 次のモードを打ち消すために考えられたのが 「サイレントシャフト」と呼ばれる、クランクの倍速で廻る 二本の不平衡シャフトである。 互いに反対方向に回転することで y 軸方向の不平衡力は打ち消し、 z 軸方向の不平衡力を 2 次モードの打ち消しに使う。 2 次のモードが消えれば 4 次のモードは 1/64 であるから効果は大きいが、 倍速で廻るから、摩擦損失が小さいという 4 気筒エンジンの利点の 一つは多少損なわれる。

V6 エンジンの配置は、左右のバンクによる振動が互いに打ち消し合うように なっていないため、振動の特性は直3 エンジンと本質的に同じである。

z 軸方向の並進の各モードの成分
配列cosθcos 2θcos 4θcos 6θ不平衡力比*
FF q4F q61.25
直30003F q62.0e-4
直404Fρ4F q44F q61.0
直500001.0e-7
直60006F q64.0e-4
60°V6000(3/2)sqrt(3) F q61.8e-4
90°V800-4sqrt(2) F q402.2e-2
但し q4 = -(1/4)ρ^3、q6 = (9/128)ρ^5 である。
* 不平衡力の比は、ρ=1/4 としたときの F cos nθ の係数である。

5.2 y 軸まわりの回転モード

この振動の起源は 5.1 の並進モードと同じである。 並進ではバランスしていても、重心まわりの非対称性のために トルクを生じる。 L をシリンダ中心間距離として、M = FL で表したこのモードの成分を 下の表に示す。 直 4 や直 6 エンジンのように偶数の気筒が並んでいる場合には、 前後対称の配置にすることによりこのモードを打ち消せる。

直 5 エンジンや V6 エンジンは、他のモードではむしろ直 6 や V8 より優れているが、このモードが残存していることが難点と言える。

y 軸まわりの回転の各モードの成分
配列1 次2 次4 次6 次比*
00000
直3sqrt(3)M cos(θ-π/6) sqrt(3)Mρcos(2θ+π/6)sqrt(3)M q4 cos(4θ-π/6)01.79
直400000
直50.45M cos(θ-3π/10) 5.0Mρcos(2θ-π/10)0.45M q4 cos(4θ+3π/10) 0.45M q6 cos(6θ-3π/10)1.69
直600000
60°V63M cos(θ-π/6) 3Mρcos(2θ+π/6)3M q4 cos(4θ-π/6)03.09
90°V800000
但し q4 = -(1/4)ρ^3、q6 = (9/128)ρ^5 である。
* 不平衡力の比は、ρ=1/4 としたときの M cos nθ の係数である。

5.3 y 軸方向の並進と z 軸まわりの回転のモード

この二種類の振動の起源は同じである。 コンロッドのピストン端を中心とする慣性モーメントを I 、 とすると求心力は Q = I(ω^2) である。 複数のクランクのy 軸方向の揺れ運動を合成した力を考えると、 その x 軸について偶関数成分は重心に及ぼす正味の力になり、 奇関数成分は z 軸まわりの回転モーメントになる。

コンロッドの質量は、5.1/5.2 のモードに寄与する往復質量より ずっと小さいため、このモードによる振動は比較的小さい。 また、z 軸まわり回転のモードは、参考文献にも記載がない。 発生するシリンダ配置が 5.2 の y 軸まわりの回転のモードと 同じであり、それより遥かに小さいことから、独立に考慮しない のであろうか。

y 軸方向の並進の各モードの成分
配列Q sinθQ sin 3θQ sin 5θ不平衡力比*
ρp3p51.0
直303 p301.8e-2
直40000
直5005 p55.7e-4
直606 p303.5e-2
60°V60000
90°V80000
但し p3 = -(3/8)ρ^3、p5 = (15/128)ρ^5 である。
* 不平衡力の比は、ρ=1/4 としたときの Q sin nθ の係数である。

6. 考察

6.1 直5 か V6 か

歴史的には、北米での主役は直6 --> V8 --> V6 と変遷している。 V8 を縮小して V6 というのは自然な流れといえる。 一方日本とヨーロッパでは、V8 は北米向け大型車に限られ、 国内向け上級車では、完全バランスと云われる直6 エンジン が猛威をふるってきた。 しかしいよいよ直6 エンジンは過去のものになる時期が来た。 安全指向の高まりの中で、全長が長い縦置き 直6 は衝突時に潰れ代が 取れない、という欠点が表面化してきたからである。 直6 信仰と表裏一体なのが後輪駆動崇拝であるが、 前輪駆動は単に車内が広く軽量になるというだけでなく、 操縦性においても悪天候下での安定性という決定的な優位性が あるから、流れが後輪駆動に揺れ戻ることはあるまい。

従って今後のミドルクラスは、直5 と V6 が主流になる。 どちらも縦、横置き前輪駆動のどちらも可能であるが、 本研究の結論として、バランスにおいては大差ないことが分かった。

ガソリンエンジンにとって最適なシリンダサイズというのは 400-500ccの 範囲らしいから、2 〜 2.5l クラスは直 5、3l クラスは V6 という 棲み分けになるのではないか。

6.2 横置直 6 エンジンの可能性

日本では未だに「回るエンジン」の迷妄が醒めないが、摩擦損失から いっても、小さいものをギュンギュン回すのは節約にならない。 エンジンの性能を排気量あたり出力で測るのは、 税金対策以外の意味はなく、工学的に自然な尺度は、 出力重量比である。 カムを増やしたりバルブを増やしたりしてヘッドが肥大化すれば重量も増し、 シンプルな大排気量エンジンと比べて出力重量比でも実用燃費でも利点はなく、 コストは却って増えてしまう。

効率、ドライバビリティ、静粛性からいっても、ロングストロークの 低回転型エンジンへ回帰する気運が熟してきた。 最初っから分かり切っていたことではあるが、制約のなかでベストを 尽くすというリミットデザイン好みと商品性がエンジンのあり方を ねじ曲げて来たのだ。 これからはシンプルな多気筒エンジンか、VOLVOやVWのようにトルクブースタ としてターボを付けた小排気量エンジンに行くだろう。

そこで、横置き用に全長を短縮した直6 エンジンを考えてみよう。 ボア 69mm ストローク 106mm とするとシリンダあたり 396cc になるから、 5 気筒 2l 版をブルーバードに、6 気筒 2.4l 版をセフィーロベースの 次期ローレルに積もう。 リッター当り 60馬力以下に押え、最大トルクを 2500rpm で、 最高出力を 4500 rpm で発揮することにしよう。


<参考文献>
八田桂三、浅沼強編、内燃機関ハンドブック、朝倉書店、1960年.
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