極私的読書案内(その2)

K. Shida

○ 株式罫線の見方使い方 新版―投資家のための戦略図

木佐森吉太郎,1984年10月,東洋経済新報社, ISBN: 4492730028.

○ 相場道の極意―現代に生きる相場格言

木佐森吉太郎,1970年3月,東洋経済新報社,ISBN: 4492730117.

罫線(チャート)は株式取引の値段の推移を表す図であり, その罫線から何らかの意味を読み取る行為を罫線分析 (またはテクニカル分析)と呼ぶ. 罫線分析の骨格は1970年代までにほぼ確立したと見られる. 日本テクニカルアナリスト協会 が設立され,その最初の事業として「日本罫線史」(日本経済新聞社刊) が出版されたのは1978年である. それ以降,いくつかのモメンタム分析手法が提案されているものの, 大筋は変わらないようだ.

「株式罫線の見方使い方」は,罫線のパターンを懇切丁寧に分類してみせ, 相場の段階に応じて応用法まで解説した具象的な内容, 「相場道の極意」は,江戸期の米相場に由来するさまざまな格言を説き, 株式市場への応用を解説したやや抽象よりの本である.

古い木佐森吉太郎の本を罫線入門として推すのは, 今後このような本はもう現れないだろうと思われるからである. かつての証券マンは,自らの相場観確立のため,経済学ばかりでなく 西洋哲学や西田哲学を学んだものだという. この本は,そういう教養主義の香りを残した読み物なのである. それに対して,これから罫線本が書かれるとしたら, 現代の教科書知識的世界観にもとづいたハウツー本にならざるを得ないだろう. また現代の私たちは,木佐森の経験した1970年代までの株式相場と, 江戸期の米相場という,二重の過去を振り返ることができる. これもちょっと古い本の効用である.

日本では江戸期から大阪に米相場が立っていたので, 「人の行く裏に道あり花の山」というようなさまざまな格言が残っている. しかし,木佐森も株式相場に無条件に当てはめることの危険性を指摘している. たとえば主食たる米の相場は終わることがないが, 会社は倒産するから相場の「壊れ」ということが生じるなど. 木佐森はその格言がどういう理屈から言われるのかをていねいに解説して くれているので,今日の相場に当てはめられるのかどうか私たち自身で判断できる.

木佐森以降も証券界は変わった. とくに手数料格安のネット証券の登場により, 超短期投資を主とするデイトレーダーと呼ばれる一群が現れたことが大きい. 昔からの罫線分析はまだ通用するのか? 僕はかなり楽観的である. 昔は罫線は自分で書かなければならないものだったのに, 今日では,インターネットでどの銘柄の罫線も瞬時に表示できるほど 普及しているではないか.


○ 胎児の世界

三木成夫,1983年1月,中公新書(691), ISBN: 4121006917.

この本を知るきっかけは,2003年6月1日に東京の原美術館で行なわれた 茂木健一郎 さんの「 スキンタッチを着ること 」という講演である. 原美術館ではファッションデザイナーの「山本耀司展」が行なわれており, その企画の一つだったのだが,僕は元から茂木健一郎さん目当てであった. その話の中に,三木成夫が出てきたのだ. 茂木健一郎さんは1985年に東大で三木成夫の講義を受けたことがあったのだが, すっかり忘れていたという. 講演より少し前に周りの人から三木成夫という名前が何回も出きたことで, はっと記憶が蘇ったのだそうだ. スライドを使った講義が終わって教室が明るくなると隣にいた ガールフレンドが号泣していた,という奇跡の講義だったことを.

この茂木さんの想起は,僕にもう一つの感動の記憶の蘇りを 連鎖させることになった. 数日後,僕はスターバックスコーヒーで「胎児の世界」を読んでいた. 「胎児は40日目に上陸する」という謎めいた三木の言葉が 次第に明らかになっていく. つまり「個体発生は系統発生を繰り返す」ということなのだが, 三木は胎児の顔の変化を受胎日数ごとに追うことで確かめようとする(p. 107).

三六日の顔がこちらに向いたとき,しかし,わたくしの心臓は一瞬とまった. 爬虫類の顔がそこにある. あの古代爬虫類「ハッテリア」の顔ではないか.

三八日の顔がこちらに向いたとき,わたくしは何か凝然となる. 獅子頭の巨大な鼻づらが,いきなり,ヌーッと目の前に迫ってくる. それはもう毛だものの顔だ. はやもう哺乳類の顔になっていたのだ….

「ハッテリア…どこかで聞いたぞ,アッ!」. このとき突然,頭の中によく通る声が響き渡った, 「古代ハチュウ類,ハッテリアにそっくりだ!」. それはもう一人の東大出身者 野田秀樹 の声だったのである. 間違いない.野田が率いる劇団夢の遊眠社 第27回公演「彗星の使者(ジークフリート)」の台詞だ.

トブ・ソーヤ:シーラカンス,それは三十三日目で止まったミドリゴの顔, 三十五日,三十六日,古代ハッテリア,三十七日.
三代目始祖鳥:駄目だ,俺のシアンも三十七日追い詰めた日のことまでしか 覚えていない.
トブ・ソーヤ:三十七日,始祖鳥そっくりのミドリゴの顔, 三十八日,獅子頭の巨大な鼻づら,…

野田秀樹の戯曲集「彗星の使者・宇宙蒸発」(新潮社,1986年), に当たると 105 頁にこの台詞があり,野田が三木成夫の話を聞いて, 劇のモチーフに使ったことは明らかである. 「彗星の使者」が初演されたのは 1985年, 奇しくも茂木さんが三木成夫に出会ったのと同年に, 僕も,筑波万博会場で,もうちょっとで泣きそうな感動を 味わっていたのであった. 直接間接の違いは,東大生と僕との教育水準の違いであろう. ホンモノに出会えるチャンスは東大が抜群に高い.

解剖学者三木成夫が,日本有数の演出家野田秀樹と, 気鋭の脳科学者茂木健一郎の両方に 影響を与えたとは,愉快ではないか. 野田秀樹は竹下明子(夢の遊眠社の女優)と一緒に講義を聞いたのだろうか? 竹下明子も泣いたのだろうか…と つい空想したくなる.


これは凄い東京大学コレクション

荒俣宏,養老孟司,黒田日出男,西野嘉章,1998年9月,新潮社とんぼの本, ISBN: 4106020726

そう,何故東大はスゴイのか. ただ偏差値が高いとか,日本一の大学だからといわれても納得できない向き にはこの本がお勧め. つぎから次へと繰り出される貴重にして珍妙なるお宝の数々にもうメロメロ. これをみて何も感じない受験生は,Fランク大学にでも行ってろ! 僕の高校生の頃にもこの本があったら,もうちょっとまじめに受験勉強 したかも知れない.残念.


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