生活日記3月

2003年03月31日

  今週末はミラノでゆっくりしていました。ミラノはハーフコートでも暑いくらいの日もあります。日曜日にはオペラのLa Bohemeを見てきました。いつものいわゆるスカラ座公演ではなく、町の小さな公演といった趣きのもので、僕の好きなSan Lorenzo 教会(ミラノ案内参照)内の建物の中での公演でした。200人足らずの客数で、切符売りやワードローブ係はオーケストラの一員がやるというアットホームな手作り公演です。まるで学芸会のような舞台のオペラで大変(?)興味深かったです。歌い手の力量はまあまあといったところで、主役級より脇役の韓国人が頑張っていました。ほとんど4頭身の見栄えはしない役者でしたが、声はピカイチで大きな喝采を浴びていました。今はオペラにはまっています。
 ちなみに日曜日から夏時間となり、日本との時差が8時間から7時間となりました。日暮れが遅くなります。仕事に疲れて病院外に出たときにまだ太陽が高いと元気が出るものです(最高で9時くらいまで明るい)。いい季節になってきました。



2003年03月23日

 今週末は病棟です。夜はオペラでも見たかったのですが、残念ながら時間が合わず何も出来そうにもありません。勉強に専念します。ミラノはこのところすっかり春の陽気で大変気持ちいいです。既に蚊も発生していますが、、、。CENTROは散歩をしている人と観光客で夜でも人でいっぱいです。ちなみに今日で渡伊一周年です。感想は一言では語れませんが、本当にいろいろなことがありました。自分自身ではだいぶ成長したと確信しています。



2003年03月21日

  ついに戦争が始まりました。日本でも大きな話題になっていることと思いますが、イタリアでも当然毎日大きく報じられています。政治が大好きなイタリア人ですから、世界情勢の話になると話が止まりません。 正直僕自身は北朝鮮の問題が一番気がかりで、イラク問題は二の次です。最新情報は僕は主に新聞から情報を集めています(最新ではないですが、、、)。ついでですから、ここでミラノの新聞事情を紹介します。日本のように家に配達するシステムは存在はするのかもしれませんが、僕の周りでは聞いたことがありません。みんないわゆるタバッキで買うのです。週末には4つくらいの新聞の束をかかえた人を見かけたりします。気のせいか文化人だと気取っているようにも見えます。また、ミラノには4種類位の無料の新聞があります(CITY, LEGGOなど)。日本の新聞の半分くらいのサイズで、文章が少々簡単な印象があります。ミラノのショッピング情報などを仕入れるに適しています。しかしながらその他の一般的な内容も大変充実していて、一般の人(定義が難しいですが、、、)はこれらの新聞だけで十分なのではないでしょうか?実際、バスやトラム、地下鉄内でこれらの新聞を見かける確率は非常に高いです。多くの人が読み終わると捨てているようです。バスの停留所や駅の改札付近で配っていて、車のドライバーには窓をあけると放り込んでくれます。病院にも配達されてきます。以前は時々それらを読んでいたのですが、最近は文化人になるため?と更なる語彙のアップのために一流の新聞(la Repubblica, CORRIERE DELLA SERAなど )を買って読むようにしています。ですからイラク問題には僕も少々詳しいですよ。



2003年03月17日

 ミラノに帰ってきました。帰る途中にANDERMATTというスイスのスキー場(高速からすぐ)に行ったは行ったのですが、やる気がせずミラノに帰ってきました。高速道路がスイスではほぼ無料(1年分一括)で、イタリアでは有料なので変な気(払いたくないという気持ち)がしました。
 学会では早朝から深夜までびっちりだったので(食事会も含みますが、、、)、昨夜は12時間以上寝ました。また新たなモチベーションを持って頑張ります。



2003年03月15日

 スイスのザンクトガレンで開かれている国際学会も4日目が終わりました。知識の吸収を怠っていたことが身にしみるほど最先端は先に行っていました。ですから体力的には大変なのですが、なんとか根性でほとんど全ての発表に出席して今日の乳癌治療の現状や今後の展望、また形成分野に関係がありそうなことを把握できたと思います。
 また、日本から来た、前の同僚の岩瀬先生(東大放射線科)や、他の東京や九州の先生方とも食事を共にできたりしてとても有意義でした。
 この学会は招待者しか発表できません。日本やアジアからは発表はなく、残念でした。それに反しEIOからは毎日のように発表があり(乳腺外科、病理科、放射線科、腫瘍内科、その他)、まさにヨーロッパ癌センターの名に恥じないくらいヨーロッパ内、いやアメリカを含めた世界全体での地位が確立されてきたと思います。日頃いっしょに働いている先生方がどんどん発表されて、世界が身近に感じられると共に勇気付けられました。EIOの一員であることを誇りに思います。
 明日は最終日、コンセンサスミーティングで共同声明が出ます。近いうちに僕なりに把握したレポートを載せたいと思います。とりあえず生活風景に写真を載せます。



2003年03月14日

 この日記はザンクトガレンのホテルで書いています。2日目から町の中心部のホテルを取りました。僕は車で来ているので、学会と提携しているホテル(バス送迎がある)を選ぶ必要はなく、自由でした。小さいホテルにしては僕の部屋は大きく快適でした。ただ、レセプションがバールと兼ねていたようで、内線電話になかなかでなかったので、ホテル内にもかかわらず、モーニングコールを頼むのに自分の携帯電話からホテルに外線電話をして頼んだというような不愉快な思いもしました(どういうことかよく分からないですがとにかく生まれて初めて!)。また、全体にいえることですが、一般の町の人がドイツ語しか理解できない人が多く、道を聞くにも、何をするにも不自由を覚えました。学会はまだ序盤です。



2003年03月13日

 ザンクトガレンの国際会議にやってきました。スイスの北東部、ドイツとオーストリアの国境に近い町です。午後2時に出発し、ミラノから車で4時間強かかりました。スイスでは高速道路は年間30ユーロ払えば走り放題です。いわゆるインターチェンジがありません。それが返って裏目に出ました。ザンクトガレンへはずっと高速(一部一般道も含む)でも行けるのですが、一般道を通っていけば直線的で近いと判断し、高速に乗ったり降りたりしたのですが、インターがないためにどこまでが高速で、どこからが一般道か分かりずらくなってしまったのです。また、天候のほうもドシャ降りに見舞われ、雨の暗く狭い畑の中の道を延々と走らなくてはならず、大変でした。ザンクトガレンは小さな町ですが、町が川と谷、そして高速道路にまたがっているために、アップダウンが結構ある狭い道を走らなくてはならず、夜に着いたこともあって会場を探すのに相当迷いました。でも夜景は綺麗でした。初日はホテルを取っていなかったので前の同僚の岩瀬先生の部屋に転がり込み、夜中まで語り明かしました。
 会議は、世界中から約3000人が集まっています。僕は発表ではなく聞く立場の人間なので、乳癌治療の現状を手っ取り早く把握できることを期待しています。



2003年03月11日

  今週の水曜日からスイスのSt.Gallen(ザンクトガレン)で行われる乳癌の治療法に関する国際会議を見に行ってきます。日本からも大勢の医師が参加することと思います。EIOの腫瘍内科の教授のGoldhirshが議長を務めているのでなんとなく親近感がありますが、僕自身は初参加となります。日本からの医師達は当然飛行機で来るわけですが、僕は自分の車で行けるのでとても感慨深いです。とにかく一生懸命勉強してきます。実は帰りにスキーにも行こうと目論んでいます。



2003年03月11日

 行って来ました!ミラノ中央警察署で1日がかりで滞在許可証をゲットしました!なんとも重苦しい一日でしたが何とかなりました。去年法律が改定されて、全ての外国人は指紋捺印が義務づけられ、おかげで僕も両手の捺印を強要されました。指1本づつの捺印を各2回、手を閉じた状態で左右一回づつ、開いた状態で左右一回づつと面倒くさい作業をたった一人の係が行っていました。おかげで滞在許可証は出来ていても捺印が終わらないために午後の遅くまでいつまでも人が残っていました。僕は朝8時から午後3時半までかかりました。指紋捺印の関係で、去年まであった、EU圏内各国、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本人に対する優遇措置は撤廃されて、現在はEU圏内か否かだけの区別になっていました。ある意味で日本人にとっては面倒になった感があります(単純に早い者順になった)。その他の国の人にとっては、遅くてもとにかく滞在許可証が一日で出来るというのはかなりのメリットだと思います。聞くところによると、以前は何ヶ月もかかっていたそうですから。
 また、驚くべき体験をしました。ある黒人のおじさんに、書類のコピーを頼まれましたのです。警察署内にある、お金を入れてボタンを押すだけの単純なコピー機を使うことが出来ない人がいるのです!驚くと同時にそのような人といっしょに扱われているということに少々不快感を覚えました。生活風景に憎っくき警察署の写真を載せます。



2003年03月10日

 また嫌な季節がやってきました。滞在許可の延長です。一年前に大変な思いをしたアレです。現在、ミラノの中央警察署は平日の午前中のみ開いていて、しかも水曜日はやっていません。また、電話などでの問い合わせには一切応じません。おかげで仕事への影響は必死で、既に2回午前中仕事を休んでいます(銀行関係と情報収集のため)。明日はいよいよ申請に行って来ます。一発で行くことを祈っています。



2003年03月10日

 今週末はフリーでしたが、疲れの蓄積のためか山に行く気がせず、ゴロゴロしていました。ただ、土曜日の夜はロッシーニの「アルジェのイタリア女」というオペラを見に行って来ました。内容はまずまずでしたが、僕もだんだんと耳が肥えてきまして、最近は歌手の声量に満足できない時があります。今回は唯一テノールの若い歌手だけが光っていました。隣の見知らぬおじさんとも意見が一致しました。また、劇場に行く際、日本人とイギリス人といっしょにタクシーに相乗りしたのですが、日本人はローマからわざわざオペラを見に来た人たちで、オペラを学んでいるのだと言っていました。彼等から、ミラノで声楽を学んでいる人と思ったと言われました。僕の声は少々声楽家様なのでしょうか?



2003年03月03日

 今週末はベネチアのカーニバルに行って来ました。10日間の開催期間中で最後の週末でした。本当は最初の日曜日が一番派手なのだそうですが、一生に一度は見ておきたかったのでとにかく行ってきました。ベネチアは4回目ですが、予想通り人の数はいつにも増して多く、息が詰まるほどでした。ただ、僕は夏の隅田川の花火大会(知っている人は知っていると思いますがすごい人出です)に慣れているので、何とかやり過ごすことが出来ました。ある店の人に言わせると4,5年前が一番良かったとのことです。仮面をかぶった人も多く、また市をあげたイベントも充実していたとのことです。1979年から大々的にこのカーニバルを行なうようになったのですが、スポンサー不足や熱意の低下?などで最近は主にただ仮面をかぶった人々が町を練り歩くだけ(数も減ってきている)になってしまっているとのことです。それでも僕にとっては初めてだったので結構楽しめました。生活風景に写真を載せます。





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