よくある質問

1:乳房再建とはどういうものですか?
 乳癌手術後の乳房の変形は、患者さんに心理的歪みを与え、また、特性ブラジャーやブラウスを作るなど経済的にも問題があり、欧米では再建を望む人が多いといわれてます。日本人の場合は乳房の小さい患者さんが多く、また乳房に対する関心が白人に比べて淡泊なのか、あるいは癌という致死率の高い病気から救命されたいという観念が優先するためか、以前は乳房再建を望む患者さんは極めて少なかったのです。しかしながら最近は、Quality of life(生活の質)の向上のために乳房再建を望む患者さんが増えてきています。これには最近の乳癌治療の成績の向上も無関係ではないと思います。研究や治療法の成果が上がるにつれ、乳癌は必ずしも恐ろしい病気ではなく、予後の比較的良い疾患であるということが広く知られるようになりました。そして患者さんが、「癌」とはいえ残された人生は決して短いものではないという認識を持つようになったため、救命だけにとどまらす、その一歩上のレベルである、「治療後の生活の質の向上」に目を向け始めたからだと思います。同様の考えが医師側にも広まり、患者さんに乳房再建を勧める機会が多くなってきたのだと思います。そこで今日、乳房再建は乳癌治療の一環として捉えられるようになってきています。
 ひとくちに乳房再建といってもさまざまな種類のものがあり、再建術をおこなう時期を含め、患者さんひとりひとりに合わせたまさに「オーダーメイド」な再建術が必要になります。そこで具体的に乳房再建の種類を列挙してみます。

1:自分自身の組織を使うか人工の組織(人工乳腺)を使うか

自己の組織:
 局所皮弁
 筋皮弁法
 Pedicled TRAM Flap (通常の腹直筋皮弁)
 Free TRAM Flap (マイクロサージェリーによる腹直筋皮弁)
 Free DIEP Flap (マイクロサージェリーによる腹部皮弁、腹直筋を可能な限り温存する)
 Free SIEA Flap (マイクロサージェリーによる腹部皮弁、腹直筋を可能な限り温存する)
 Latissimus Dorsi Flap (広背筋皮弁) 
 Extended Latissimus Dorsi Flap (拡大広背筋皮弁)

人工乳腺:
 生理食塩水インプラント
 シリコンインプラント
 ハイドロジェルインプラント(現在使用できない)
 エキスパンダー(後にインプラントに入れ替える必要がある)
 エキスパンダーとインプラントの両方の特性をもったもの(あるメーカーのものでこのタイプがあるが、生理食塩水を注入するためのバルブが胸部外側に触れる)

2:一期再建か二期再建か

1期再建:乳房切除直後、乳房再建を引き続き行う
2期再建:乳房切除後、一定期間をおいてから改めて乳房再建を行う

以上です。どの方法が一番適しているかを以下の条件などで判断するわけです。

・患側の手術のみなのか、健側も含めた両側の手術なのか(日本では両側の手術はあまりおこなわれていないので考えられていないが)
・乳房切除後に胸壁に放射線照射があるのかないのか(特に人工乳腺の適応に関係する)
・執刀医の経験はどれくらいあるのか(医師はスーパーマンではない、患者さんと十分に話し合って妥協点を探す(転医も含めて)のも大事)
・病院が提供できる設備はどうか(マイクロサージェリーなどは高度(高価)な機器が必要)
・看護レベルはどうか(入院中の看護だけでなく、再建後のいわゆる「患者教育」に重要)
・患者さんの経済状態はいかがか(再建方法によっては保険が適用されないためとマイクロサージェリーなどは保険を効かせても負担額は大きくなる)
・手術後の予想される全身療法の種類(化学療法の種類は考慮する必要がある)
・患者さんの体型、体質、嗜好(やせているか否か、糖尿病があるか否か、ケロイド体質があるか否か、喫煙者か否かなど)
・患者さんの予想される予後(そもそも正確な予後を予想するのは困難ですが、それでも分かっていることは結構あります。それについての告知も含めて難しい問題ですが、医師側にとっては大事と考えます)
・患者さんの希望

などをすべて考慮して乳房再建方法を決める必要があります。単純な話ではないことがお分かりいただけると思います。 


2:一期再建と二期再建のメリット、デメリットは?
 再建方法により当然違いがありますが、一般的に言われていることです。

一期再建の長所:
   @回数が少ない
   A精神的苦痛が少なく早期に社会復帰が可能
   B衣服に対する気遣いから解放される
   C保険が適応になる(厳密には乳房再建という術式は認められていない
    が、、、)
   D胸部や腋窩部に癒着がなく、マイクロサージェリーのような繊細な再建術に有利。

一期再建の短所:
   @乳癌切除医師と再建医師の連携の良い病院を選ぶ必要がある
   A癌の初回手術に患者が多くのことを考慮に入れなくてはいけない
   B補助療法の影響を考慮に入れられない
   C乳房喪失期間がないため充実感に欠けることがある

二期再建の長所:
   @乳癌切除医師と再建医師を患者が自由に選びやすい
   A再建時期が自由に選べる
   B癌の初回手術に患者が多くのことを考慮に入れる必要がない
   C補助療法の影響をあまり考えなくて良い
   D補助療法後の身体的変化(体重など)の出た後に行うため、最終的な
    左右差を小さくすることが可能
   E乳房喪失期間を経るため、充実感が大きいといわれている

二期再建の短所:
   @回数が多い
   A患者が乳房喪失感を味わう時期がある  
   B一時的にでも衣服に対する気遣いが必要
   C胸部や腋窩部に癒着があり、マイクロサージェリーのような繊細な再建術に不利
   D原則的に保険が適応にならない

以上です。


3:インプラントにはどういう種類のものがありますか?
 ・生理食塩水インプラント
 ・シリコンインプラント
 ・ハイドロジェルインプラント(現在使用できない)
 ・エキスパンダー(生理食塩水を注入する、後にインプラントに入れ替える必要がある)
 ・エキスパンダーとインプラントの両方の特性をもったもの(あるメーカーのものでこのタイプがあるが、生理食塩水を注入するためのバルブが胸部外側に触れる)

などがあり、日米欧の各社が存在しています。
 乳房再建目的では基本的に日本では保険適用になりません。輸入に関しても制限があり、大量入手、大量ストックは経済的な面からも困難です。こちら(European Institute of Oncology)では2社のものに限って大量ストックしていますが、それでも時々欲しいものがなく、他のものに妥協するというようなことが起こります(当然合格点以上の範疇での話です)。日本では入手自体が簡単ではないので、現在はまだ患者さんにとっても病院側にとっても使用しづらい時期といえると思います。
 そもそも乳房というものは人によってさまざまな大きさや形(時には柔らかさも違う)をしているために、他の人工骨頭などをはじめとするの人工の留置物に比べバリエーションが豊富で、ストックするという点では難しさがあります。更に現在も、形や柔らかさをより本物に近いものにするための開発が進んでいてまさに現在進行形の産業です。いつになったら完全無欠のインプラントができるのか、それまで待ってから再建をしたいというようなことを聞かれることが時々あるのですが、答えは分かりません。恐らくいつになっても開発途上となるのはないでしょうか。工業製品である以上は仕方がありませんが、現在あるものをたくさん使うことによって生産する企業に利益を生じさせないと開発は進みません。ですから僕は、あまり考え過ぎずに再建をしたいと思ったときが一番再建に適した時期ですと答えています。


4:広背筋皮弁術とはどういうものですか?
 広背筋という上腕の骨と背骨をつなぐ筋肉があり、腕を後方に振る時などに役立っているのですが、腕に筋肉が細い束で付着しているため、その部分を中心にいろいろな方向に筋肉を持っていける(動かせる)いうメリットがあり、胸部の組織欠損(前面)や肩(上方)の組織欠損に創部閉鎖の目的で考えられました。その中で筋肉と一部の皮膚と皮下組織を乳房そのものとして使う方法が特に盛んに行われるようになり、それが一般的に広背筋皮弁による乳房再建といわれています。手技的にやや簡単で安定した結果が残せるというのも盛んに行われている理由の一つです。ただし、腋窩郭清の後年月が経っている例や、腋窩放射線照射の後には組織の癒着があるため注意が必要です。
 広背筋は薄っぺらな筋肉のために、皮下組織の少ないやせている患者さんの場合は乳房を再建するのに必ずしも十分な組織量が確保できません。そのために拡大広背筋皮弁術という腰部の脂肪組織まで広く使う方法が考案されました。また、筋肉というものは両端の緊張があってはじめてボリュームが保たれるので、一方を切られた筋肉は萎縮します。寝たきり老人の体の筋肉のようになるのです。ですから、術直後と比べ、2年、3年と経つと胸の大きさは小さくなります。それを見越してはじめは大きめの乳房を作る必要があります。そして時にはインプラントとの併用を必要とします。
 昔は乳房切除術は侵襲が大きく、大胸筋や小胸筋という胸の筋肉を取ったり、皮膚も広範囲に切除されたり、仮に残っていても極限まで薄くされたりしていたために、広背筋皮弁が胸壁を閉じるためとまた同時に乳房再建のために良く機能していました。日本人の場合は小さめの乳房で十分なことが多いので、インプラントを使うこともなしに広背筋皮弁だけを行う数は日本は多いほうだったと思います(あまり左右対称性は問われていない時代もあったため)。
 しかしながら今日、乳癌の早期発見が増えたためもあり、乳房切除術の侵襲は縮小傾向にあり、大胸筋、小胸筋を温存するのが普通となり、皮膚も切除範囲は最小限になってきています。そのために広背筋皮弁を使わなくともそのまま胸部を閉創することが出来るようになり、代りにインプラントを挿入するだけで乳房再建も実現できるようになってきています(一般的に自己組織によるものより柔らかさのような質感はやや落ちますが)。そのために広背筋皮弁の適応は減ってきています。残された皮膚自体が少なく、またかなり薄く、そのままの閉創やインプラント挿入だけでは不十分という場合には依然として有効な乳房再建方法ですが、あまり皮膚欠損が大きすぎると広背筋皮弁では不十分となり腹直筋皮弁の適応になります。また、最終的に左右差をなくするためにインプラント併用が必要となることが多いです。となるとインプラントによる合併症(感染、被膜拘縮など)のリスクは背負うこととなり、自己組織による再建法のメリットが半減してしまいます(柔らかさはインプラント単独より上であり、まったく価値がないとはいえないが)。要するに広背筋皮弁の適応は乳房切除の「侵襲の度合」と健側乳房の大きさなどに密接に関係があるのです。それを踏まえた上で適応を決める必要があります。また、仮に健側に乳房縮小術を併用できるのなら、インプラント使用を避けるということも考えられ得るので、ここでも様々な点を考慮する必要があります。ただ、日本の場合は、インプラントのストックがまだ不十分な病院が多く、そういった人工乳腺の入手が制限されているがために(例えば大きいのは手に入らないとか、シリコンは手に入らなくて、生理食塩水のものだけとか)、苦肉の策で広背筋皮弁とインプラントの併用や、広背筋皮弁単独での再建を行うといった場合もあるのは確かです。
 理想的にはあらゆる材料、技術がそろった上で患者さんに一番適した「オーダーメード」の再建法が望まれます。


5:腹直筋皮弁術とはどういうものですか?
 腹直筋と呼ばれる、寝た状態から起きる時に必要な腹部の真ん中に左右対称に存在している筋肉があります。その筋肉内からの血管がへその周りの皮下組織へもいっていて(穿通枝と呼ばれる)皮下組織を還流しています。そのため、筋肉と皮膚と皮下組織をひとかたまりにして他の場所へ持っていくことが出来ます。それが腹直筋皮弁です。胸部の組織欠損や会陰部(時には人工腟にも使える)の組織欠損部に利用できます。腹部の皮下組織は一般的にかなりの量があるので、乳房再建に用いるとかなり大きな乳房まで再建できます。そのため、広背筋皮弁と同様にインプラントでは乳房再建が不可能な時に行われます。通常は2本のうち1本の腹直筋を上部へ反転して用いますが、必要に応じて2本とも使ったり、1本でも移動する皮下組織の端の血管と胸部の血管をマイクロサージェリーでつないだり(superchargeといわれている)して血流量を補ったりします。多くの組織が確保できるので、下垂も含めて反対側の胸に近い形を作りやすいメリットがあります。また、現在は腹直筋は温存して、穿通枝(上述)と皮下組織のみを切除し、それを胸部の血管とマイクロサージェリーでつなぐ再建法(free DIEP flap)も盛んになってきています。この方法だと術後の合併症である腹部ヘルニアのリスクがなくなり理想的です。ただ、技術的に難易度が高いということと、全ての患者さんに行うのは困難であることなど問題点がないわけではありません。
 適応は、インプラントが使用困難な放射線照射後の胸部や広範囲に胸部の皮膚も切除しなくてはいけない場合、また患者さんがインプラントを望まない時などになると思います。こちらでは太った患者さんが多く、腹部にもたっぷりと脂肪があるために、腹直筋皮弁の適応は多いのですが、同時に胸部にもたっぷり脂肪があり、通常の乳房切除後には比較的皮膚の状態がいいので、インプラントにも向いているので迷うところです。やはり、その他の条件を鑑みて決めています。


6:乳房縮小術と乳房吊り上げ術とはどういうものですか?
 乳房縮小術:乳房過形成(大きすぎる乳房)を矯正する手術です。いろいろな方法が存在し、歴史的にもいろいろ変遷がありましたが、医師の経験や大学の派(?)みたいなもので少々違いが出るかもしれません。形成外科というのは疾患に対する「絶対的な適応」みたいなものがなく、各医師の経験に基づいた創意と工夫で治療にあたる科なので、こういうところには各医師間の違いが大きく出ます。とにかく、大きくはsuperior pedicle(血行を乳房の頭部側より確保する方法)、 inferior pedicle(血行を乳房の足側より確保する方法)、central pedicle(血行を乳房の中心部より確保する方法)に分けられるのではないかと思います。多くの場合は乳輪周囲と乳房下線、またそれと乳輪とを結ぶ傷(逆T字)が出来ます。これがネックで抵抗を感じる患者さんもいます。
 ちなみにこちらでは、ほとんどがsuperior pedicleで、大きい乳房の場合(縮小率が大きい場合)はinferior pedicle、時にround block法という乳輪周囲の傷だけの縮小術を行います。ただし、round block法では乳房が平らになり、あまり大きな乳房には適応になりません。

 吊り上げ術:乳房下垂を矯正する手術です。乳房縮小術と同じ要領で、実質組織を切除せず、頭側への移動のみの手術で(superior pedicleと central pedicleがあります)、傷は同じです。また、乳頭上部(頭側)の組織や皮膚を切除して吊り上げる方法もあります。この場合は乳輪周囲のみの傷となります。乳房縮小術と同様にround block法が使えます。

 乳房縮小術や乳房吊り上げ術はこちらでは日常の手術で、乳房切除後インプラント挿入術と同時に行っています。健側が下垂が大きい場合は患側のインプラント側と形状に大きな左右差が出来てしまうからです(現状では下垂を再現できるインプラントはありません)。また、インプラント側は年月を経てもそのままですが、健側は下垂がきて、だんだんと左右差が大きくなるというのも理由の一つです。傷の大きさを気にしなければ、こちらでは良好な結果です。ただ、日本では保険が利かない手術ですからそのあたりをどう解決するかも問題です。        


7:乳頭乳輪温存乳房切除術とはどんな手術ですか?
 英語では、Nipple-sparing mastectomyとかSubcutaneous total mastectomy(皮下乳腺全摘と訳される)と呼ばれているものを指すと思いますが、日本語も含めて呼び名が統一されていないと思います。要するに、乳頭乳輪を含めた乳房の皮膚をほとんど100%残し、皮下の乳腺組織だけを切除する術式です。歴史的には、大部分の胸部の皮膚もろとも全乳腺を切除する昔の乳房切除術から、乳頭乳輪を含めた紡錘形の癌直上の皮膚と全乳腺を切除する縮小乳房切除術になってきて、skin-sparing mastectomyといわれる、ほとんどの皮膚を残し乳頭乳輪と全乳腺だけを切除する手術法が現れました。どうして乳頭乳輪と全乳腺だけを切除するのかというと、癌細胞は乳房の端のほう(末端)よりは乳頭方向に浸潤しやすいと信じられていて、また、乳腺組織は乳頭乳輪部では皮膚とほぼ不可分なほど接近していて、乳頭を残すことはすなわち癌の浸潤しやすい乳腺組織を残すこととなり、局所再発率を上げてしまうと考えられていたからです。しかし、現在のように健康診断が普及し、早期発見が当たり前のようになってくると、癌が十分に小さく、さらに乳頭からも十分に離れたところに位置しているような症例が増えてきて、そのような症例に乳頭乳輪も切除してしまうのがはばかられるようになり、乳頭乳輪も他の部分の皮膚といっしょに残すこの手術法が考え出されたのです。とはいっても概念自体はかなり以前からあって、浸潤癌ではなく肉腫や巨大良性腫瘍の患者さんや、家族歴のある患者さんに予防的に乳房切除を行うような例(癌の存在しない乳房切除)が数は多くはなくとも存在していたからです。浸潤癌の患者さんの手術法としてポピュラーになってきたのがつい最近ということなのです。 
 癌が十分に小さく、さらに乳頭から十分に離れたところに位置していない限り乳頭にも浸潤していると考えるのが妥当であり(意見が分かれるところであるが、浸潤しているかいないかをしらべる肝心要の病理検査の方法によって結果に違いが生じてしまうため正確に論じるのが困難)、乳頭を残すと癌を取り残してしまうので、普通の乳房切除を行わなくてはいけません。ですから適応は、いわゆる乳房温存手術(普通は乳腺を部分的に切除し乳頭乳輪を温存する)とほとんど同じになってしまうのです。どういうことかというと、乳頭乳輪温存乳房切除術が可能な症例は同時に乳房温存手術も出来てしまうのです。そのために欧米ではそれほど行われていません。EIOでもそれほど多くありません。ただし、それは癌学的な立場だけで言えることであり、手術の後の美容面、cosmesisを考え併せると、また適応は増えてきます。特に日本人のように乳房が一般的に小さい民族では、理論的に乳房温存手術が可能であっても、切除部を周りの組織で補うことが往々にして困難であり、術後に醜形を呈することが多くなってしまい、名ばかりの「乳房温存」になってしまうのです。そこで、乳頭乳輪温存乳房切除術の出番となるのです。乳頭乳輪温存乳房切除術を行い、さらに同時再建をすれば、形のいい乳房再建も行いやすく(一般的に部分切除後の乳房部分再建術より乳房全切除後の再建術のほうが手術法はシンプルで良好な結果が得られる)、術後の患者さんの乳房の喪失感も減らすことができ、更に術後放射線照射を受けなくてもいいため、治療スケジュールが軽くなるというメリットが生じます。(この放射線照射が患者さんによっては思いの他重荷になったりします。)とはいっても問題点もあります。乳房温存手術は放射線照射が術後にありますが、乳頭乳輪温存乳房切除術は放射線照射がありません(行なうことも出来るでしょうが、、、)。理論的には放射線未照射の乳腺組織を残すこととなるのです。(質問8参照)
 現在EIOでは、われわれ形成外科が中心になってこの術式を推進させているところです(乳房再建と密接に関わるため、注意参照)。ただし、世界に類を見ない特殊な術中放射線照射(IORT)を併用して、乳頭乳輪(前述のように、要するに少量の乳腺組織)を残していても理論的には完全な乳腺全摘を実現させています。
 注意:乳頭乳輪温存乳房切除術は、一般的に常に再建術とセットで論じられます。というのは、皮膚が少々余り気味となるので切除術だけだとかなり醜くなってしまうからです。


8:Nipple-sparing mastectomyと術中放射線照射の関係は?
 現在EIOでは、Nipple-Sparing Mastectomyを推進させていますが、言葉の定義から説明しなくてはいけません。我々の定義は以下のようです。

 ・Nipple-Sparing Mastectomy:皮下乳腺全摘+乳頭乳輪への術中放射線照射
  ・Subcutaneous Mastectomy:皮下乳腺全摘+乳頭乳輪温存(術中放射線照射なし)
  ・Skin Sparing Mastectomy:皮下乳腺全摘+乳頭乳輪切除

 乳頭乳輪部を残して皮下乳腺全摘を行う時に問題となるのが、乳頭直下の組織をどのくらい切除するかということです。乳腺組織は乳頭乳輪部では皮膚とほぼ不可分なほど接近していて、乳頭乳輪を残すことはすなわち乳腺組織を残すこととなるからです。しかしながら、乳頭乳輪も所詮生身の組織ですから、血流(栄養と酸素)がないと腐ってしまいます。そのためある程度の厚さ(血管網)を残す必要があるのです。余り残しすぎると癌組織もいっしょに残してしまう可能性があるので、ぎりぎりのところで折り合いをつけるのが一般的です。可能であれば術中迅速組織診断で残した乳頭乳輪直下に癌組織がないことを確認したほうが理想的です。EIOでは、この残した乳頭乳輪(術中迅速組織診断で癌組織がないことを確認済みの場合のみ)に放射線を照射することによって、理論的には乳腺を残さない状態(乳頭乳輪を切除した状態)と同じにしています。術中照射という極めて新しい概念(と照射用機械)のおかげで、乳頭乳輪も比較的厚めに残せるようになり、安定した結果を期待できるようになったのです。そこで初めて、Nipple-Sparing Mastectomyという術式は新しい術式として理論的にも臨床的にも従来の手術法から発展できたのです。まとめると、術中放射線照射のおかげでNipple-Sparing Mastectomyが誕生したと我々は考えています。
 しかしながら、全ての病院で術中照射が可能なはずもなく、というよりEIO以外の病院では事実上不可能なため、癌の大きさ、腋窩リンパ節転移の有無、癌の組織的な種類、それに悪性度やホルモン感受性などの癌のほかの要因や術後補助療法の内容も考え合わせて総合的に判断して、術中放射線照射なしの皮下乳腺全摘術(我々に言わせるとSubcutaneous Mastectomyになる)を行うことは可能だと思います。更に付け加えると、このような考え方(外科手術は癌治療のほんの一環に過ぎないという考え方)を延長していくと、Subcutaneous Mastectomyの適応そのものも大きくすることが出来るのです。つまり、例えば癌がかなり大きく、更に乳頭直下にあろうとも、Subcutaneous Mastectomyが出来るのです。これは共済病院で僕がやってきたことです。
  


9:乳房切除後放射線照射の乳房再建術への影響は?
乳房切除後の胸壁への放射線照射が必要な患者さんは
ASCOのガイドラインでは
Patients with 4 or more positive axillary lymph nodes - PMRT is recommended
Patients with 1-3 positive axillary lymph nodes - there is insufficient evidence
Patients T3 or stage III - PMRT is suggested
注:Radiation: chest wall and supraclavicular
となっており、NIHのガイドラインでは
There is evidence that women with a high risk of locoregional recurrence after mastectomy will benefit from postoperative radiotherapy
It must be coordinated with adjuvant multiagent chemiotherapy and/or hormonal therapy
と有効性が謳われています。印象としては、今後も術後放射線照射は重要であリ続けると思われます。それに対し、乳房再建術との関係は、現時点では以下の後ろ向きの研究が少々存在するだけで、乳房切除後放射線照射と乳房再建術の関係は不十分なデータしかないと言わざるを得ず、まだまだたくさんの疑問点や批判があります。

Kuske RR et al. Int J Radiat Oncol Biol Phys 1991
Forman DL et al. Ann Plastic Surg 1998 
Evans GRD et al. Plastic Rec Surg 1995
Williams JK et al. Ann Surg 1995
Zimmerman RP et al. Am J Clin Oncol 1998
Chawla AK et al. Int J Radiat Oncol Biol Phys 2002

一般的には、放射線照射後の患者さんには、術後合併症(被膜拘縮など)の発生率の上昇を理由に、インプラント(または組織拡張器+インプラント)は適応外で、腹直筋皮弁や広背筋皮弁の適応になると言われています。しかしながら、前にも述べているように、乳房再建術は乳房切除術の質と密接に関係があり、患者さんの体質や手術にどれくらい耐えられるかなども考えあわせて必ずしも上記のことを厳守する必要はないと思われます。放射線照射の機械(方法)の発展ともあいまって、適応に関しては現在術者に委ねられているといえると思います。臨床の印象では、患者さんによっては皮下(や筋肉下)に大変な癒着が起こっており、インプラント再建は不可能と思える症例から、まったく問題なく出来そうな症例まで様々です。物理的にも、放射線照射後の患者さん全てに自己組織再建を行うのは不可能と思われ、どこまでインプラント再建術の適応患者数を増やすかが課題だと思います。前向きの研究を待ちたいところです。もしくは研究を行わなくてはいけません。

注:不親切で申し分けありませんが院内での英語の発表から作成したので英語が残っています。


10:乳房再建の歴史を教えてください
時代と共に変わって来ています。

1960年代: ハルステッド手術が主流
         乳房再建黎明期
         インプラントによる再建法のみ
         術後のCosmesisは著しく低かった

1970年代: 乳房温存手術が登場
         
1980年代: 広背筋皮弁の登場
         腹直筋皮弁(TRAM)の登場
         組織拡張器の登場 
         マイクロサージェリー技術の登場
         Cosmesisの向上が見られた

1990年代: Skin Sparing Mastectomyの登場
         広背筋皮弁、TRAMの進歩およびバリエーションが広がる
         マイクロサージェリーによる遊離皮弁(free flap)の進歩
         組織拡張器、インプラント技術の進歩
         Oncoplastic Surgeryの登場

2003年:  術後のほうが術前より綺麗なことがあるようになった

       
時代と共に進歩してきていますが、それほど歴史のあることでないことも分かっていただけると思います。ですから更なる進歩が必要です。
   


11:民間療法(代替療法)はおこなってもいいのでしょうか?
社会心理学的立場よりのアドバイスをお話します。

 数え切れないほどの研究者によって近代から現代にかけて延々と積み上げられてきた現代医学に立脚し、さらに現在の新しい考え方であるEvidence Based Medicine(科学的根拠に基づく医療)が現在広まりつつあります。乳癌の分野には特に浸透しています。治療法を選択するのは患者さんであり、十分な情報をもとに十分な検討がなされたのであれば、最終的に患者さんがどんな治療法を選ばれても基本的には全く異論はありません。特に効果は期待できないものの、害もないと思えるものには全く反対はしません。しかしながら、患者さんの予後を悪化させたり、肝臓やその他の器官の機能低下を招き標準治療に悪影響を及ぼすと思われるような治療法を患者さんが選択された際には慎重な態度が必要だと考えています。つまり、患者さんにもっと慎重に治療法の選択をしてくださいとお願いします。しかしながら、慎重に自分で考えてくださいと言われても何のよりどころもない患者さんがほとんどであると思われるので、ある立場からの人の考え方の特性を参考のために書かせてもらいます。人間の信念形成に関する習性を社会心理学的に分析したものをご紹介します。患者さんがやや自省的にご自身の思考内容を考え直す手助けになれば幸いと考えます。
1)ややありふれた、多くの人々が信じる事柄より、それとは違うよりセンセーショナルな(強烈な印象を持つという意味)事柄に強く影響を受け惹かれてしまう。
   例:睡眠学習
     脱サラして金をもうける方法 など
 医師、医学界などの大多数の意見に対して、そんなものでなくてもいい結果が出せるというようなセンセーショナルな思考に惹かれがちである。(利用可能性簡便法)   
2)ヒトは一度もった信念をなかなか変えようとしない。(自己防衛バイアス
3)たとえそれが愚かな信念であっても認めようとしない。(認知的不協和解消のための合理化
4)さらに一層信念に固執してしまう。(期待効果
そこで、以下の質問について是非考えてください。

<質問>
 あなたはご自身の選んだ治療法を、ご自身で図書館に通ったり、人に必死になって聞き回って探し出したのですか。テレビや雑誌や人の噂から安易に得たセンセーショナルな情報に過ぎないのではないですか。
 乳癌と診断された患者さんが、心理的な動揺や混乱の中で膨大な時間を割いて自身の治療法について調べることはとても大変なことであり、ほとんど不可能なのは承知しています。そのため雑誌やテレビなどのメディアに頼らざるを得ないのではないでしょうか。そこで、メディア(=マスコミ)に対する考え方を述べさせてもらいます。
 今日の人々の意識はテレビ、雑誌などのメディアの情報によって知識を得ることによって形成されているといえます。そのメディアが常に正しい情報を正確に伝えていれば良いのですが、メディアはEvidence(根拠、証拠)もない、いわゆる少数の人間(時には一人)の経験や印象といった極めて曖昧な偏った知識や技術を賛美し、人々を誘導してしまいます。医者(我々も含めて)の治療法の啓蒙不足、現代の医療事故や医療ミスによる医師、医学界への信頼の失墜もメディアに影響を与えているとも思われます。しかし、たとえその知識、技術が誤りであると判明しても一度世に出た番組、記事の取り消しや訂正は出るとは限らず、出たとしてももとの番組、記事より注目されることはまれです。番組や記事は視聴者や読者の楽しみの種、エンターテインメントと見なして報道をするということを忘れていけないと思います。民間療法がうまくいかないとき、その施設や施術者は責任をもって最後まで診てくれるのでしょうか。また、そんな時メディアは責任をとってくれるのでしょうか。報道の自由を楯に取るだけではないでしょうか。
 もし、いわゆる現代医学よりも安価で簡単な民間療法、副作用がなく手間のいらない例えば飲み薬だけの民間療法、病院にかかりたくてもかかれないような貧しい患者さんや僻地の患者さんに救いの手をさし出すような民間療法、現代医学で太刀打ちできないような末期の患者さんに精神的な救いを与えることができる民間療法などがあればそれらはすばらしい民間療法ということができると思います。しかしながらそのような民間療法があるのでしょうか。全く効果がみられないか、効果を判定できないか(効果を判定するには時間が必要であるため)、法外な治療費、薬代を取っていないでしょうか。どこかの新興宗教みたいに。前述の人の心理につけ込んだものではないのですか。もう一度よくお考えになってからご自身の治療法を選択してください。
 
 注:強調してある単語は専門用語です。




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