生活日記7月

2002年07月30日

  携帯電話。イタリアでは携帯を持っていない人は珍しいと思えるくらい携帯電話が普及しています。日本もかなり普及していますから同じくらいでしょうか?ただ、全体的にまだ大きく、日本人のようにストラップをつける習慣はなく、携帯電話を単体で持ち歩いています。受信音はやっと簡単な音楽ができるようになったレベルで、日本の和音を効かせた受信音には遠く及びません。カメラ付きもテレビで宣伝しているので、日本の状況に近づいてきてはいると思います。また、多くの人がプリペイド式の携帯を使っています。そのほうが維持費がかからないのです。僕も携帯を使っていますが、プリペイド式で、この間100ユーロ分払ってきました。ATMやインターネットで、または直接電話屋(僕の場合はTelecom Italia, TIM)に行けば電話代が払え、同じ電話番号を使い続けられます。
 ところで、電車に乗る機会が増えて気付いたことがあります。電車の中で携帯が鳴ると、回りに気にかけることなく大きな声で話す人がほとんどなのです。日本のように周りに迷惑をかけるからすぐに切るという概念はまったくないようです。それどころか、かかってきた電話だけに限らす何回でも車内から電話をかけて、回線の具合が悪くては会話が途切れまたかけ直すというような人に何回も遭遇しました。一等車でもそうなのです。今まで席を立って車内の端に行って話した人を一回だけ見たことがありますが、あとはみんなむしろ携帯で話すことを誇らしく思っているかのように堂々と話します。最近は内容が分かってしまうので、気が散ってしょうがありません。日本のマナーはすばらしいと思います。イタリアもなんとか良くなって欲しいものです。



2002年07月29日

 1200年代からの大学の町であり、イタリアでもっとも有名な聖地でもあるサンアントニオ聖堂を有するパドバに行って来ました。実は僕の真の目的はそのどちらでもなく、フィレンツエで魅せられたジョットのフレスコ画だけで占められたScrovegni礼拝堂でした。内部がなんと40点近くもの彼の作品で占められているのです。
 パドバはベネチアから電車でわずかに30分ほど西にあります。ベネチアといっしょに行くと旅の効率はいいのでしょうが、僕は日曜日しか旅行できないので、ミラノから日帰りで行って来ました。フレスコ画を見るためには当たり前ですがそれがある場所に行かなくてはいけません。今はそれが楽しいです。作品は最近修復が完了し、フレスコ画保存のために礼拝堂内は完全にエアーコンディショニングされています。ミラノのレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」と同様です。そのため一回に15分間しか見ることは出来ません。作品をすべて網羅した絵葉書集をあらかじめ買って、それと見比べながら本物を見ました。目が悪いので上のほうは細部までよく見れませんでしたが大変満足しました。
 その他にもドウオーモ横の洗礼堂、サンジョルジュ祈祷堂やサンアントニオ信者会の1300年代のフレスコ画を見ました。後者にいたっては他に見る人がいなかったのでたった一人で見ました。まさに独り占めで大満足です。
 マイブームのジョットを追ってパドバまで来ました。こうなるとあとはアッシジ(ここにも有名なジョットのフレスコ画がある)に行くしかなさそうです。ちょっと遠いですが、、、。



2002年07月28日

 今日はテレビで、イタリアセリエAに今年から挑戦するレッジーナの中村の実戦デビューを見ました。去年から中田以外にもう1人2人はイタリアに来て欲しいなと思っていたので、ミラノからははるか遠くの南イタリアの端(長靴のつま先部分)にあるレッジーナですが、中村が来て僕としては大歓迎していました。
 試合は、現在アオスタという北西の端の小さな町でキャンプをしている3チームによる小さなカップ戦で、ユベントス、レッジーナ、リビアのなんとかというところのチームによるものでした。そんな小さな大会でもサッカー好きのイタリアですから、逃さず中継があり、おかげでミラノにいながらにして昨シーズンのチャンピオンチームのユベントスとレッジーナの対戦を見ることができたのです。
 その中継で、解説者は中村を盛んに褒めていて、間違いなく人を惹きつけるいい選手だと言っていました。また、日本からの大量のカメラマンを写し出して中田の時と同じで、南イタリアの小さな町に日本人が大量に押し寄せるだろうとも言っていました。日本代表の監督がトルシエからジーコに代わり、必ず日本代表に復帰するだろうとも断言していて、相変わらずイタリアのサッカー解説の情報量の多さには驚かせられました。
 中村も、聞いたことあるような選手ばかりのチームと対戦していよいよセリエAに参戦するという実感を得たのではないでしょうか。
 僕は単純なので、日本人選手の活躍を自分の活躍に重ねたいと考えています。だから僕は今年は中村を応援します。中田を超えるような活躍をして欲しいです。ミラノに来た時は応援に行きたいと思います。



2002年07月27日

 実は6月の初めからイタリア語学校に通っていました。マンツーマンのプライベートレッスンで週2回受けていました。レベルは中級といわれるもので一応初心者ではないレベルで、木曜の一番の遅い時間の7時30分からと土曜の午前中の一番遅い時間の11時30分から各1時間30分のレッスンでした。毎週木曜日は手術が終わる時間に気をもんで、土曜日は午前中にレッスンを受け、そのままどこかへ旅行にいくという感じで毎回旅行の用意をしていっていました。8月はバカンスの時期ために土曜日のレッスンがないとのことなので、これを契機に一旦また独学に戻ろうかと考えています。木曜日は眠い目をこすりながら、土曜日も疲れが残ったままと言う感じでなかなか効果的に学習できなかったことを後悔しています。昨日(木曜)はなんとレッスン中に眠ってしまいました!もったいなかったです。生活でイタリア語が絶対必要とは分かっていても研究の論文などは全て英語(英語でなければ話にならない)なので、イタリア語に対するモチベーションが100パーセントになりません。なんとか気持ちを保ちながらまた機会があったら学校通いを続けていきたいです。



2002年07月27日

 7月に入ってからどんどん手術をやるようになり、毎日忙しく過ごしていましたが、、昨日ついに研究テーマのほうが見つかりました。今までも探していたのですがようやく見つかったのです。最新の装置で皮膚の血液循環量を計測し、乳房再建時に役立てようというもので、僕にとってはかなりやりがいのある研究です。研究と手術と両方が充実して初めて留学が成功すると思うので頑張ります。



2002年07月24日

 先週末と今週末はそれぞれベネチアとフィレンツエに行って来ました。おのおの2回目で、町の構造などちょっとは勝手を知っているので、今回はテーマを持って行きました。ベネチアでは貴族の館の造りを見ること、フィレンツエではウフィッツイ美術館を見ることでした。
 べネチアの中心部であるcanal grande沿いの建物はさまざまな時代に建てられた貴族の館が点在していて(すべてがそうかしれない?)、ガイド本を片手にゴシック様式、バロック様式、ロンバルディア様式、ルネッサンス様式などのたくさんの様式を確認できました。それにしてもベネチアの建物は傷みが激しいです。海に面しているので無理もないのですが、維持が大変だと思います。さまざまな物に維持費が多くかかるので物価が高いのも納得というところでしょうか。
 フィレンツエではウフィッツイ美術館だけに行きました。2時間も列に並んでやっと入ることができました。ボッティチェッリの「プリマベーラ、春」や「ビーナス誕生」が目玉になると思いますが、個人的には絵画の創世記の作品、つまり絵というものが教会の祭壇画として存在していた頃の作品に惹かれました。ジオットを代表とする1200年代後半からのものが特に興味深く、初めは現実の町の景色は普通描くことはせず、幻想的な景色のみを背景に描いていたということや、絵の中に完璧な3次元性が完成されるまでの変遷などがとても興味深かったです。
 フィレンツエではついでに映画「冷静と情熱のあいだ」の舞台となったサンティ・アポストリ教会も見てきましたが、映画と違って非常に小さく、狭かったです。映画はカメラのレンズのいたずらなのか景色が広く見えるのだと思いました。



2002年07月23日

 刺青。こちらの若者はよく刺青をしています。変な日本語のようなものからアニメのキャラクターのようなかわいいものまでいろいろあります。日本でいうところの刺青とはちょっと違うようで、色合いは単純なものが多いです。要するに黒とか紺一色だけの刺青です。患者さんなんかでも、時々ちょっとした小さな刺青が肩やおなかにあったり、お尻の上(腰のところ)にあったりします。この腰の刺青が実に多い!同僚の女医さんも時間があったら、「永遠に愛している」というような意味の漢字の刺青をしたいといっていました。日本人の感覚とはちょっと違うようで、抵抗があまりないようなのです。もっとも日本人でも近頃の若い人(十代)は刺青をするのでしょうか?僕は良く分かりません。僕なんかは刺青のある人を見るとつい偏見を持って見てしまうのですが、皆さんはいかがでしょうか?
 ところで、イタリアの観光地にいくと必ず刺青をする商売人がいます。中国人と思われる彼らが本物の刺青をするのか、それともただのシールなのかはまだ分かりません。シールのような気もします。今度調べます。



2002年07月18日

 昨夜は乳腺外科の教授であるベロネージ教授主催の年に一回の慰労会(?)のような夕食会がありました。郊外のレストランを貸しきって、乳腺外科、形成外科、病棟の看護士が招待されました。立食ではなくテーブルだったので、かなり広いところが必要なんじゃないかと思っていたら、まったく問題ないくらい巨大なレストランで、ラジオの放送局も併設している程でした。
 日頃は術衣かラフな格好の同僚たちもみんなエレガントに着飾って、なかなかいい雰囲気でした。食事の途中から、音楽演奏兼歌手のような人が現れて、ガンガンとのりのいい曲をかけだしたので、踊りだす人が出て(真ん中にかなりのスペースがあったため)、盛り上がりました。最期には全員がいっしょに踊り、ドンチャン騒ぎです。悪ふざけの看護士が寄ってたかって教授クラスの先生達の服を脱がせ始めてストリップ劇場のようにもなってしまい大変でした。我がPetit教授も犠牲になりました。
 南米からの留学生達ははじめからノリノリで、それに対しはじめはシャイに見えていたイタリア人達もみんな最期にはかなり上手に腰を使って踊っていて、さずがだなと感心させられました。ベロネージ教授はさずがに踊りませんでしたが、74歳とは思えないほど元気に楽しんでいました。僕は形成外科で一番最初に踊り出したのですが、気持ち良かったです。



2002年07月16日

 冷静と情熱のあいだ。日本に帰国したときに「冷静と情熱のあいだ」という映画のDVDを買って来ました。僕のコンピューターはDVD付きなのでこちらでも見られます。去年の冬に映画公開されたもので、大ベストセラーが映画化されたものです。主人公はフィレンツエに住んで、絵画の修復の仕事をしています。昔の彼女との約束を一途に思い続けているという内容で、イタリアのミラノとフィレンツエが舞台になっています。内容もいいのでしょうが、僕にとっては二つの町、特にミラノが舞台になっていると言うところが気に入っています。僕はミーハーなので、先日ロケ現場にいってきました。なんの変哲もない街角でしたが、映画の舞台だと思うとワクワクしました。僕の部屋の近くもロケに使われていて、ケリー・チャン演じる「あおい」が勤めるお店があります。映画とまったく同じ店でした。
 日本では最近イタリアブームで、イタリアに行くと言うとうらやましがられたものですが、仕事で大変な時は、こういった映画でも見て、イタリアにいるということは結構素敵なことなんだと自分に言い聞かせようと思っています。はじめの時のように精神的に辛い時期は過ぎ、今は全てが順調になりました。ミラノという町もかなり好きになりました。



2002年07月11日

 蚊の異常発生。ここミラノは蚊が異常に多いです。東京や故郷の茨城でも経験したことがないくらいの蚊がいます。家の中にも少なくても3匹はいると思います。ミラノには汚い小川や廃墟などの水溜りがあり、そこが発生源となり毎年夏は蚊が異常に発生するのだそうです。蚊が多いというだけならなんとかなると思うところでしょうが、こちらにはクーラーがなく(少なくとも僕のアパートにはありません)、また日本のいわゆる「網戸」のようなものがありません。窓を開ける必要は絶対あるのに、蚊の侵入を防ぐ手が限られているため不快な生活環境になっているのです。アパート生活を始めて、ベープマットや蚊取り線香を使っていますが、蚊をまったくなくすることは出来ません(蚊取り線香は「Raid」というネーミングのもので、日本のものとまったく同じです)。これはミラノに来る前は想像していなかったことです。知人は窓のテラスにジェラニウム(蚊がきらいな匂いがするらしい)という植物をたくさん置いて蚊の侵入を防いでいるそうです。僕も新たな手を考えようと思います。



2002年07月06日

 一時帰国を挟んでイタリアに来て3ヶ月が経ちました。最近急にいろいろなことが見わたせるようになり、またイタリア語の能力も急にアップしたような感覚をもっています。今だったら何でも出来ると思うような感覚です。いよいよ身も心もイタリアになじんできたようです。これからは地に足をつけて更に充実した留学生活を送ろうと思います。 
  ところで、帰国時にマックで僕のホームページを見る機会があったのですが、ひどいものでした。まともなレイアウトで見ることは出来ないし、文字化けをしているのもありました。マックを使っている方はきっと見る気も失せてしまうと思います。残念ながら解決策が分からないので、このままにしておきます。すいません。



2002年07月04日

 久しくホームページ更新をしていませんでしたが、6月の最期の週末にミラノに戻り、7月からまた今までどおりの生活を再開しています。アパート生活も始まっています。ミラノの中心部で、いわゆるcentro storicoと呼ばれるエリアにアパートを借りました。実は今まで何件か下見をして、その度に満足できずに決めかねていたのですが、帰国間際にいい情報が入り、気に入って即入居を決めてしまっていたのです。あわただしくレジデンスを引き払い、荷物を同僚の家に置いてもらい帰国していました。そのあたりのいきさつは後で改めて書きたいと思います。
 アパートには満足しているのですが、現在電話がありません。ですからホームページの更新もコンピューターを病院まで持っていかなくてはならない状況です。また、帰国後は異常に忙しくなってしまいました。そのせいでしばらくの間更新の間隔が少々空くと思います。よろしくお願いします。





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