生活日記5月

2002年05月30日

 トラムでの検札。先日トラムに乗っていたら、2ヶ月滞在して初めて係員が検札をするのを見ました。トラムやバスの切符は機械に差し込んでただ搭乗時間を検印するだけなので、切符なしでも自由に乗り降りできてしまいます。僕の観察した限りでは、5人に1人ぐらいしかきちんと切符を使って乗っていないと思います。ただし、75分間は一度の検印で自由に乗り降りできるので、自分が見たときにある人が検印していないからといって、必ずしもその人が無賃乗車しているとは限らないと思いますが、、、。とにかく、めったに遭遇することはないと聞かされていた検札に遭遇してびっくりしました。案の定、切符を持たない若者が係員に盛んに詰問されて10分くらいはもめていました。無賃乗車が発覚すると15倍の運賃を払わされるという事ですが、彼が払ったのかどうかは分かりません。仮に検札で見つかったとしても、一年の内でほとんど検札には遭遇しないので罰金を払ってもそのほうが安くつくといって切符を持っていない人を僕はたくさん知っています。ただ、よく観察すると、ある地域の人はほとんど全員が検印するというように地域性があることにも気付きました。要するに良心やモラルあるいは金銭的余裕の問題なので、そのあたりにもはっきりと社会の中の身分差みたいなものが現れるのではないでしょうか。僕が使うトラムは中心部から徐々に町外れに向かい、終点まで行きます。そうすると、乗っている人の肌の色や、服装が徐々に変化していきます。それにつれて検印率も下がっていくのです。
 僕は日本人代表として、また毎日病院で降りることなどを考えて、いい加減には出来ないと考え、比較検札するようにしています。ただし、機械が故障していることも多く、そんな時は車内を歩き回ってまで検印することはしないで、知らん顔をしています。



2002年05月28日

 今週末はベネチアへ行って来ました。先週は仕事でかなりストレスがたまっていたので急に思い立って行ってきました。今回はインターシティーのprima classe(プリマクラッセ、一等)で行って来ました。一等といっても前回のフィレンツエの時とシートが若干違うだけで値段も大きく変わるものではありませんでした。(267kmで往復60ユーロ程度)ただ、乗り合わせる人たちのマナーの良さが目に付きました。やはりそういうところには違いがあるのかもしれません。
 さて、初めてのべネチアだったので、僕のやり方で、とりあえず町を一周して全体を把握するところから始めました。一周といっても運河の町ですから、とりあえずメインの運河である、Canal Grande を通っているバスならぬ定期船の停留所の端から端まで乗ってみました。学生時代にヨットをやっていたので(国体選手でした)基本的に海が大好きです。ですから、潮風は本当に気持ちがよく最高でした。特にリド島という端の島のほうは一瞬外海かと思えるほどでした。車がなく、船が交通手段と言うのは普通では考え難い環境で、興味深さは尽きませんでした。ただのタクシー(船)でさえもものすごくきれいなのがあり目を奪われてしまいました。
 細かなところは次回以降に探索することとして、今回は更にムラノ、ブラノ、トルチェッロという周辺の小さな島々にいくツアーに参加してみました。もともとベネチアはこれらの小さな島から歴史が始まり、現在の町が作られていったという経緯があるので、7世紀に作られた古い教会などはとても興味深かったです。日本にいるときに日本でのベネチア建築の第一人者の法政大学の陣内教授と会食をする機会があり、ベネチアの興味深さを聞かされていたので、メインのベネチアの町では、特に建築に目を配ってみました。でも専門書があるわけではなかったので、あまりよく分かりませんでした。有名なサンマルコ広場は想像以上に広く、町の中心部としてはミラノのduomoより立派でした。ただ、海の町らしく細部のほうは少々傷んでいて、維持のほうは大変なのではないかと思いました。
 自分の滞在先であるホテルのほうは残念ながら今まで僕がヨーロッパで体験したホテルの中ではダントツ最悪でした。トイレにベットが付いていると言っても過言ではないような小さい部屋でした。床も盛んにきしんで、駅のホテルインフォメーションのお姉さんを恨みました。彼女はこんなに上手にイタリア語を話す日本人には会ったことがないと褒めてくれたのに、、、。もっとも町の中心部で一泊80ユーロではそんなものなのでしょうか。
 いつもそうなのですが、帰りにベネチアのガイド本を買ってきました。今度来るときは、もっと建築の知識をもって見てみたいです。写真を生活風景に載せました。



2002年05月28日

 先週の金曜日に、なんと乳腺外科の教授のベロネージと二人きりで手術をしました。イタリアではほとんどの人が知っている医師でもあり、元大臣でもあるベロネージとです。ベオネージは、こちらでは息子のパウロ・ベロネージも助教授をしているので、通称ベロネージパパと呼ばれています。パパとの手術の時は当然のことながら誰か他の医師がいつもいるのですが、今回は反対側の形成手術と合同であることや、人手不足(?)が原因で、僕しか相手がいなかったのです。再発疑いの小さな腫瘍切除でしたが、結果的には再発ではありませんでした。貴重な体験ができました。



2002年05月25日

 手術室のラジオ。ここの手術室ではFMラジオが流れています。ラジオを聴きながら手術をするのです。日本ではCDをかけたり、BGMがあったりすることはありましたが、普通のラジオはありませんでした。驚くべきことに、はじめから手術室の壁にラジオが組み込まれているのです。よく覚えていないのですが、アメリカで見学したときもラジオだったかもしれません。普通のラジオなので、会話もけっこう入ります。そういう時は音楽のかかっている局に換えてくれないかなどとリクエストをして変えてもらうわけです。僕のお気に入りはラジオモンテカルロです。80年代のアメリカの洋楽がたくさん流れます。僕は80年代の音楽が大好きです。また、イタリアのヒット曲もよく流れています。おかげでこの2ヶ月間に、イタリアのヒットチャート上位の曲はほとんど脳裏に焼きついてしまいました。結構いい曲があって、機会があったら是非日本に紹介したいです。
 ちなみに、YUYUという歌手の「MON PETIT GARCON」(モンペティギャッソン、フランス語で私のかわいい男の子)という曲はものすごくヒットしました。



2002年05月24日

 車をとめる時のルール。こちらに来て車の止め方で感心したことがあります。道端への縦列駐車が異常に接近していてすごいのは周知のことかと思いますが、2重にも3重にも縦列駐車してあるのを見ると、奥の車はいったいどうやって車を出すのだろうと思っていました。その答えを最近知りました。それは病院内の駐車場でのことです。縦列ではないですが、止めてある車の前にたくさんの車が堂々と止まっていたことがあって、それを教授や同僚は手で押して軽々と移動させて(どけて)なにもなかったかのように自分の車を出したのです。要するに、そのように無理な止め方をする車はサイドブレーキをかけず、簡単に移動できるようにしておくのがエチケットなのだそうです。言われてみるともっともなことかもしれませんが、そのように車を止めるほうも、手で押して車をどけている同僚たちのほうにもいかにもイタリアらしいなと感心してしまいました。



2002年05月21日

 チケットだらけ。こちらの生活で日本と大きく違うのはチケットが非常に多いということです。もちろんこれはEIOにいるという特別な環境下でのみいえることだと思いますが、病院内では何でもチケット(biglietto)が必要なのです。
 まず、僕の一日の食生活を紹介します。朝、一件目の手術が終わるとbar(バール)に行き、カプチーノ(カップーチョと呼んでいる)とクロワッサン(甘いものでブリオッシュと呼んでいる)を食べます。昼は時間があればself service(いわゆる病院食堂)で食事をします。食後はbarでコーヒーを飲みます。夜多くの日は、またself serviceで夕食を食べます。こんな感じなのですが、すべてにチケットが必要です。 
 barには、コーヒーのみ(10枚で5.16ユーロ)、カプチーノのみ(10枚で7.23ユーロ)、カプチーノとクロワッサンのセット(10枚で11.36ユーロ)、パニーノと飲み物のセット用(10枚で11.36ユーロ)のそれぞれ別々のチケットがあり、10枚単位で買います。チケットには色がついていて、簡単に見分けがつくようになっています。self serviceにはまたそれ用のチケット(10枚で15.5ユーロ、つまり1食1.6ユーロ)があります。
 また僕の場合は通勤にバスも使っているので、そのチケットがあります。バスのチケットにもミラノ市内用(10枚で10ユーロ)と、郊外用があり、レジデンスと病院間では郊外用(10枚で13ユーロ)を使い、ミラノ中心部に行くには市内用を使います。
 このように僕の財布の中にはチケットばかりが溢れています。



2002年05月21日

 ウインク。イタリア人に限ったことではないのかもしれませんが、同僚のみんなは男も女もウインクが非常にうまいです。手術中に他の人の手術を覗きに行ったりすると、話す代わりに目で挨拶してくれるのですが、その時に最高にうまいウインクをするのです。完璧に片目だけを閉じることができるのです。特にシシリアから来ているジュゼッペ(43歳、子持ち)はナンバーワンです。日本ではあそこまでうまいウインクを僕は見たことがありません。僕はあまりうまくウインクが出来ないので感心しきりです。



2002年05月19日

 オートバイの世界。今日はたまたまオートバイのフランスグランプリを見ました。オートバイの世界選手権です。オートバイのメーカーはヤマハ、ホンダ、カワサキ、スズキの日本メーカーが世界を席巻して久しいですが、ライダーのほうはなかなか世界に通用しませんでした。しかし、このところ、排気量の小さいほうは日本人が上位を独占し、最後の牙城であった500ccクラスでも日本人が十分活躍しています。今日のレースでは途中まで宇川がトップだったのですが、最後に抜かれて2位になりました。国別では、1位イタリア、2位日本、3位イタリアでした。現在イタリア人と日本人が世界をリードしています。イタリア人のキレた走りは昔からあって、モータースポーツの世界ではイタリア人は常に誰かが上位にいますが、それにも負けないような走りをする日本人の台頭はうれしい限りです。数あるスポーツの中で現在世界に十分通用している種目はオートバイじゃないかと思います。日本ではモータースポーツの放送はあまりなかったですが、こちらでは、よく放送しています。特にオートバイはもっと日本でもテレビに露出してもいいのではないでしょうか。つたない英語でもしっかりインタビューに答えて、世界に認知されている選手がたくさんいるのですから。



2002年05月19日

 今日はオペラを見てきました。Teatro alla Scala (スカラ座)は3年間の修復工事中なので、現在はミラノ北西部に位置するTeatro degli Arcimboldi (アルチンボルディ劇場)でスカラ座公演は行われています。初めて行って来ました。(席は一番いい席の前売りでで95ユーロでした)演目はLe Nozze di Figaro (フィガロの結婚)でした。劇場は新しくきれいなのですが、とりたてて立派というわけでもなく、どこか作りが軽い感じで、公演内容もものすごく感動したと言うほどではありませんでした。(僕はその方面の教養はあまりないので単に理解できなかっただけだと思います)と、こんな辛口になってしまうのは帰りがすごく大変だったからじゃないかと思います。まず遠すぎます。ドウオーモから専用のバスが出ているのですが、20分から30分かかります。そんな事情をまったく考慮していないのか、始まる時間は午後8時からで、終わったのは深夜の12時です。遅すぎます。それからバスで市中心部に帰ってきても今度は郊外向けのトラムも本数が少なく、寒空の下で待ち続け結局レジデンスに帰り着いたのは午前1時半でした。公演の後半はトラムとバスがなくならないかと心配で、内容に集中できませんでした。人気のない田舎に公共機関で深夜に帰ってくるのは寂しく、少々怖いものです。田舎者は見るなということでしょうか。もうちょっと公共機関で見に来る人の身になって考えて欲しいものです。 車が手に入るまでは行くのを控えようと思います。
 ちなみにオペラのイタリア語のほうはちょっとしか理解できず残念でした。特別な言い回しも多く、オペラ風によく響くような声で発音されるととたんに聞き取れなくなってしまいました。
  あと、チケットですが、ドウオーモの地下のスカラ座の切符売り場で買ったのですが、ダフ屋がいて、といっても足を引きずった男がいて話しかけてきて、正価より安いチケットがあるというのです。チケットをよく見ると、正価の半額近い値段が印刷してありました。きっと、障害があることで、安くチケットが買える立場の人で、それを正価よりはちょっと安い値段で売って儲けているんだなとすぐに察しがつきました。僕には障害がないので、もしかしたらそのチケットでは入れてもらえないかも知れないと思い断りました。そんなことがありました。



2002年05月18日

イタリア語の印象3:Grazie!とCiao!
 Grazie!とCiao!は一日の中で使う言葉のナンバー1、2です。Grazie!いつでもどこでも誰にでもgrazie!と言ってばかりいるような気がします。特に仕事中は、看護婦さんから何かを渡してもらったり、補助をしてもらう度にGrazie!というので、手術中は何回言うことになるのか想像もつきません。頼んだ道具を受け取る度に言うのですから。その他何をしてもらってもGrazie!です。日本語のありがとうに当たる言葉とされていますが、むしろ「どうも」くらい使用頻度が高い言葉だと思います。余談ですが、教授はフランス語なまりで、「グラッツェ」ではなく「グラッチェ」と発音するので、僕もうつってしまいました。、
 挨拶の言葉はCiao!です。これまたいつでもどこでも誰にでもCiao!と言っています。親しい人に使う挨拶とされていますが、病院内ではだいたいCiao!です。話したことのない人でも顔を見たことがある人はもうCiao!レベルになってしまいます。僕が偉い教授の先生には恐縮して「ぼんじょるの〜」なんていうと、返事はCiao!と笑顔付きで返事が帰ってくるので拍子抜けしてしまいます。同じ人に一日のうちで何回会ってもその度にCiao!です。イタリアに行く前に日本から電話をかけていた頃は、Ciao!と言うのがちょっと照れくさかったのですが、今はまったく抵抗がなくなりました。朝から晩までCiao!と言っています。



2002年05月16日

 ミラノでは、4月終わりから5月にかけて町中にpolline(ポリーネ、花粉)が舞います。この時期にミラノへ来るのは始めてなので初体験なのですが、日によっては尋常じゃないほどの量の花粉が町中を舞います。花粉と言ってもタンポポの種のようなふわふわした綿がほとんどで、それに小さな種が付いています。初めは蚊かなにかの虫が飛んでいるのかと思ったら、実は花粉だったのです。多いときは、車の窓から大量に車内に入ってきたり、話しながら歩いていると口の中に入ってきてしまうほどです。先日パルマに行く途中でも大量発生地帯を通過したのでミラノに限らず他の場所でも見られるようです。どんな種類の植物かは残念ながら分かりません。とにかく東京では絶対に見ない光景です。市街部のすぐ側に自然がある証拠だと思います。生活風景に写真を載せました。



2002年05月12日

 EIOの形成外科は、乳腺外科や腫瘍内科とは違い、入念なデータベース(患者さん情報の集大成)がなく、2年前から、病院の疫学科の指導で始めたとのことです。形成外科領域では、エビデンスに基づく治療というのはあまりなく、経験に基づく治療が支配的です。ですからデータベース管理は日本でもほとんど浸透していません。そういう観点から行けば、少々進んでいるのかとも思います。EIOの乳腺外科や腫瘍内科には専門の管理者がいて、医師はむしろむやみに情報に近づけないのですが、形成外科にはまだそのようなポストはなく、今まで医師がその仕事をしていました。先日いろいろとデータベースについて僕が医局会で意見を言ったのをきかっけに、これからは僕がデータベースの入力を担当することになりました。カルテから必要な情報をコンピューターに入力していくのですが、手書きのイタリア語はほとんど解読不可能!!で、当分の間は秘書がいるときにその仕事をして、なにが書いてあるのかを聞きながらやる必要があるようです。先行きが不安です。



2002年05月12日

イタリアのファッション2:靴
 僕は日本にいたときに、ちょっとした靴マニアであったことを告白します。数は多くないのですが、メーカーや種類にはこだわりをもっていました。当然靴磨きは日課のひとつで、靴墨の種類やブラシも使い分け、シューキーパーも当然使用していました。ヨーロッパ文化に憧れを強く持つようになった頃からその種の本を買いあさり知識を仕入れて買い揃えたのです。東京、特に青山や渋谷辺りに行けばヨーロッパの高級靴の直販店がいくつかありますから、お金さえあれば問題なく靴マニアの道を邁進することが出来るわけです。
 さて、ミラノに来てまず観察したのは靴でした。本場イタリア(本当の意味ではイギリスかもしれませんが)、特にミラノの男性たちはどんな靴を履いているのか興味があったのです。結果は、本物の革靴の使用率が圧倒的に高いことが分かりました。社会にはいろいろな階層の人が当然いますが、そんな中でも、ピカピカのしかもグッドイヤー方式で底の張替えの出来る伝統的な革靴をはいている人は東京より圧倒的に多いです。やはり革靴の文化はヨーロッパからなのだと思います。手術室のロッカーには色とりどりの革靴が溢れています。(赤色も時々見ます)差別発言を恐れずにいいますが、日本では人工革で底がゴムの、マニア間では通称「ギョウザ靴」(底がゴムなために履いているうちに幅広の足の形に丸くなって、さらに反り返っている靴)を小田急線や山手線内では良く見かけたものです。病院内でも偉い先生でもギョウザを履いていました。そんな日本を僕はほほえましく思いました。高級車には乗っても靴までは気を使わない文化を。しかし一方で底がゴムの靴は歩きやすいし、雨にも強く、値段も安いですから、普及して当然だとも思います。一概にギョウザも悪くないです。僕もまともな収入が得られるまではまったく気にもかけずギョウザを毎日履いていましたし。言いたいのは、靴の世界にも、伝統と奥深さがあり、それを知った上でギョウザを履くなら結構だが、それを知らないでギョウザであるならばそれは少々不幸なのではないかということです。ちょっと大げさになりましたが、マニアですから許してください。ミラノでもギョウザは当然見かけます。我が教授プティも時々ギョウザです。ただ、重ねて言いますが比率的には革靴を履いている人の数はかなり多いです。日本だったらスニーカーを引っ掛けていそうな若い人でもきちんと履いていたりします。色使いもおしゃれな色が結構多いです。
 ただ、靴の手入れをするまでの人は多くはなさそうだということも分かりました。靴墨の手入れを明らかにしていない靴をたくさん見かけます。素材はいいのに見ていて残念に思います。(マニアですから)どうやらミラノでも丁寧に手入れまでする人は限られるようで、日本と変わらないですかね。
 革靴の値段のほうは、当然ピンきりですが、日本よりはかなり安いです。だから、みんなが履けるのでしょう。完全オーダーの靴が300ユーロで出来る店もあります。今日、Duomoの近くで、靴用品専門店(修理もOK)を見つけて良かったです。靴用品がなくて、手入れが出来ないでいたので一安心です。ちなみに女性用の靴については良く分かりません。 



2002年05月08日

食生活紹介1:Grissini Torinesi
 これを知っている人はいるでしょうか?グリッシーニとは棒状の乾パンのことで、4,5本が袋に入っています。これがself serviceには必ずあります。もともとトリノ産なのか名前にTorinesiと形容詞がついています。とにかく各々のテーブルの上に束になって立てられていたり、バスケットに入って好きなだけ取れるようになっていたりします。始めは何のためにあるのか不思議に思っていました。というのはパンがあるのにわざわざ乾パンを食べる必要があるのかと思ったのです。他の人を観察していると、ひととおり食事が終わった後に話をしながらぽりぽりやったり、後でおなかが空いたときにちょっとつまむためか持ち帰っている人もいるようです。僕もちょっとした非常食用としてときどき持ち帰って食べるようになりました。パンを食べる気はしないけどちょっと何か食べたいときに丁度いいのです。こちらは日曜日はほとんどの店(というかすべての店)が休みですから、うっかり食べ物を買い忘れたときにも活躍するわけです。なかなか重宝します。はじめは文字通り味気なかったのですが慣れるとおいしく感じてくるから不思議です。
 Grissiniに限らずこちらでは日本ではあまり見かけないような揚げパン(カリカリのパン)もポピュラーで、スーパーではよく売っています。味はやはりおいしい!という感じではないですが、ちょっとしたときに便利な食べ物です。トッピングをして食べたりもするようです。ちなみに教授宅でご馳走になったときも揚げパンがありました。



2002年05月05日

 今日は車でミラノの北に位置するComo湖まで行って来ました。ここのところ天気が悪く観光には向かない日でしたが、せっかく車があるので行って来ました。ミラノ環状道路から北西へ向かうとすぐに着いてしまいました。(生活風景参照)



2002年05月05日

イタリア語の印象2:感嘆表現
 こちらに来て日常よく耳にする言葉に驚き(というか感心や単に大げさに言って場を盛り上げる)を表現する言葉があります。それは
bellissimo! (bellissima!)ベリッシモ!(ベリッシマ!) です。文法的にはbello(良いという意味)の絶対最上級と呼ばれる強調表現で、手術室内ではよく使われています。(男性名詞を指しているのか女性名詞を指しているのかで語尾がそれぞれ-o、-aになります)特に形成外科で、術後の見栄えがいいと、看護士などがベリッシモッーー!!とかベリッシマッーー!!と叫ぶことになるのです。文章にするとうまく伝わりませんが、とにかく始めの頃はなんて大げさなと思いましたがそれほどきれいでなくてもどんどんそう言っています。せっかく行った手術を、気持ちよく終わらせるのにはこのような表現で執刀医を持ち上げるのも大事なようです。(執刀医自らが自信で納得するのにも言っているようですが、、、)他にbravissimo!(bravissima!)があります。bravo(すばらしいという意味)のやはり絶対最上級です。ブラビッシモッーー!!やブラビッシマッーー!!と言い、同様の使い方をします。最後はfantastico! (fantastica!) ファンタースティコ!(ファンタースティカ!)です。すばらしい!という意味ですが、例えば看護士が局所麻酔の手術なので患者さんが思いの通りに協力してくれたりした時に、ファンタースティコッーー!!とかファンタースティカッーー!!と患者さんに声をかけるわけです。
 こんな言葉がポンポンと出てきて、場をどんどん盛り上げて楽しくにぎやかに物事を行っています。日本語ではすごい!!とかすばらしい!!となるのでしょうが、しょっちゅう使う感じではないので少々違うニュアンスです。



2002年05月04日

イタリアのファッション1:スカートは年配の証
 こちらではスカートをはいた若い女性はほとんど見ません。バスで乗り合わせる中学、高校生(と思われる)の女の子達はみんなジーンズや、黒くてぴっちりした独特のボディーコンシャスなズボンをはいています。みんながみんな同じような格好なのですが、いわゆるスカートははかないようです。同僚の女医さん達もいつでもズボンです。スカートは中年のおばさんから、お年寄りがよくはいています。年配者の象徴のようになっています。思うに若くてやせているうちはボディーラインを強調して、年を取って太ってしまったらスカートでごまかすという意識があるのではないでしょうか?それとも単なる流行でしょうか?真相は分かりませんがとにかく日本とはかなり違うのではないかと思います。



2002年05月04日

 教授からの驚くべきオファー。教授がもしよかったらいっしょに住まないかと言ってくれたのです。一人でイタリアに来て、アパート探しもままならない状況を見て、親切心から言ってくれたのだと思います。教授はミラノでは一人暮らしですから(猫が一匹いますが)、部屋には余裕があるのです。僕としてはレジデンスの部屋を換えてからは結構満足しているし、教授と一緒ではちょっと堅苦しいので、丁重にお断りしました。そんなオファーをしてくれる教授は世界広しといえどもなかなかいないと思います。
 もうひとつオファーがあって、来週末教授はドイツに学会に行くので、その間の猫の餌当番を頼まれました。そのかわり部屋は自由に使ってもよし、車も自由に使ってよしとのことです。そちらの話は僕にとっても車があって好都合なので受けました。もちろん部屋を使うつもりはありませんが。それにしても部屋までも自由に使っていいと言ってくれるなんて僕にとっては信じがたい話です。



2002年05月02日

 昨日レンタカーを借りてきました。交通事情になれるために、マニュアル車になれるために、そして気晴らしのために借りました。
 どうせ借りるなら新しい車がいいと思い、ミニクーパー(ミニワン)という、日本でもまだ出たばかりであるはずですが、それを一週間借りました。始めはどきどきモノでしたが、早速道に迷い、4時間連続で街中を走り回り、一気に慣れてしまいました。左ハンドルのマニュアル車、右車線、それにトラムが走る道やロータリーにも慣れました。車は小さな車ですが、排気量は1600ccと相対的には結構パワーがあるので、きびきび走ります(生活風景参照)。今日は同じレジデンスに住むエドワルド(ブラジル人)を乗せて、病院から帰ってきました。
 車があれば快適そのものです。ただ、街中での駐車はものすごく接近した縦列が当たり前なので、それは訓練と度胸が必要そうです。
  余談ですが、ロータリーというのは面白いです。日本にはないシステムで、道の交差部分にある信号のない(大きい場合はあります)ぐるぐる回る道のことです。左回りで(国によっては右回りだそうです)、ロータリー内の車と、ロータリーから出る車が優先で、ロータリーに入る車は一時停止をして安全を確認してから入らなくてはなりません。街中にもあるし、田舎にはもっとあるような感じです。信号がほとんどなく、かわりにロータリーがあります。交差部分で止まることなくリズミカルにそこを通過できたり、道が分からないときはぐるぐる回りながらロータリー内に留まって、標識を改めて確認してから確かな道を選択できるメリットがあると思います。





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